虚しいコール音
貴一と恵美里が出てきた。
その連絡を受けて、哲也達はヘリコプターに乗り込もうとしたが、拒否された。
「当人達が臭いからシャワーを浴びるまで待ってほしいそうです」
陰陽連の関係者から説明を受けて、納得する。
そして数時間後、一行はシャワーを浴びた貴一達と再会した。
「いやあ、疲れたよ」
貴一はそう言って晴れ晴れしく微笑む。
「シャワーは久々だ。生き返った気持ちがする。欲を言えば湯船がほしい」
恵美里も清々しい笑顔だ。
「ご苦労様、洞窟の中に何週間も……大変だったわね」
静が労う。
「帰り道携行食が切れてなー。いやはや大変だったよ」
「火の精霊の加護は受けられたのか?」
哲也の問いに、貴一は親指を立てる。
「バッチシだ」
「そうか。ならいい」
哲也は微笑んで貴一の肩を叩く。
「こっちも大変だったんだぞー」
「なにがあったんだ?」
「敵はゴーレムの群れ。さらにペンズだ」
「ゴーレム? リューイが……?」
「闇の芽が寄生したらしい。排除を頼めるか?」
哲也は、真剣な顔を見て貴一を見た。
「任せろ」
貴一は胸を張って、そう言った。
優香の部屋に行く。
ノックをすると、優香は顔を見せた。
「貴一が帰って来た。闇の芽を排除してくれる」
哲也の言葉に、優香は表情を綻ばせた。哲也も思わず相好を崩す。
優香の肩に、貴一は手を置いた。
そして、ヴィニーに変わる。
しばらく彼はなにかを念じると、優香の方から手を引いた。
「これで大丈夫なはずだ」
「良かった」
優香が哲也に抱きつく。
哲也も、優香を抱きしめ返した。
「どうなってるんだ?」
ヴィニーが、貴一に戻って静に問う。
「私達もわかんないところなのよねー」
静が、戸惑うように言う。
「どこへ行っても哲也は変わらないか。手が早い」
哲也は、そう言った貴一の足を思い切り踏みつけた。
呻き声が上がる。
「また、旅に出るのね」
「ああ、けど、必ずお前が生きているうちにこの熊本に戻ってきてみせる。もう一度会おう」
「ええ。この地を守って、待っているわ」
「約束だ」
「約束よ」
二人は、さらに強く互いを抱きしめあった。
「ねえ、貴一」
沙帆里が、呟くように言う。
「なんだ? 沙帆里」
「私、貴方を絶対に後悔させてみせる。絶対によ」
沙帆里は不敵に微笑んでいた。
「ああ、望むところだ」
貴一は苦笑して、沙帆里の頭を撫でた。
+++
一晩の休憩を挟んで出発ということになった。
また、車に乗って進んでいく。
飛行機雲が、空に浮かんでいた。
運転席のピピンがそれを視界に映すと、哲也の心が和むのがわかった。
「九州旅行もできなかったな」
貴一がぼやくように言う。
「くまモン見れなかった」
恵美里が残念そうに言う。
「阿蘇山体験ツアーは行けたじゃない」
静が励ますように言う。
「博多ラーメンでも食ってくか?」
ピピンが訊ねる。
「賛成!」
声を上げたのは恵美里だ。
「そうか。それに、よりたい所があるんだ」
「よりたい所……?」
そして、一行は小旅行の後に、その場に辿り着いた。
そこは、夜の球場。壁には緑色の蔦が複雑に絡み合っている。
阪神甲子園球場。高校球児の聖地だ。
ピピンは哲也に変わって、手を掲げる。
「これで周辺の人間は皆寝入った。俺達だけだ」
「甲子園か……こういう形で来るとはな」
貴一が感慨深げに言う。母校の敗戦は貴一も既に知っている。残念がっていたが、受け入れてもいるようだった。
「行くぞ」
哲也が貴一と沙帆里の手を握る。
恵美里が、静と手を握り合う。
そして、五人は宙を浮いた。
甲子園の内部へと進んでいく。
「あれ、この感じ……」
恵美里が呟くように言う。
「どうしたの? 恵美里」
「いや、なんでもないんだ、静。多分、気のせいだ」
「そっか」
そして、一同は、甲子園のグラウンドに足をつけたのだった。
「よし、早速やるぞ!」
「いいのかなー、こんなん。不法侵入だぜ」
言いつつも、貴一は荷物からバットを取り出して素振りをしている。
「細かいことは気にするな!」
哲也はグローブと硬式ボールを荷物から取り出し、マウンドへと向かった。
「これが甲子園のマウンドか……」
溶けそうな思いだった。
全国の球児が憧れ、けど中々届かない夢のマウンド。そこに、哲也は立っていた。
バッターボックスには貴一。
照明役に、恵美里が手の上に巨大な炎を浮かべている。
「準備はいいか?」
「ああ、いつでも来いだ!」
「ストレート縛りだからな。上手く打てよ」
哲也は、振りかぶって投げる。渾身のストレートを。
硬球は風を切って伸び、ストライクゾーンに吸い込まれるように走っていった。
貴一がバットを振る。
澄んだ金属音がした。
硬式ボールは飛んでいく。空高く飛んで行く。そしてそれは、観客席のベンチに当たって乾いた音を立てた。
「やっぱお前は規格外のバッターだ、貴一」
哲也は、晴れ晴れとした思いでいた。
心の悔いが、一つ晴れた。
「そう褒められると照れる」
「見事なスイングだった」
その声は、五人のものではなかった。
一同、戸惑って周囲を見回す。
「もしかして……やっぱり……」
恵美里が、声を上げる。
五人の前に、黄色い光の球体が浮かび上がった。
「私は土の精霊。豊穣の精霊にして繁栄の精霊」
「なぜ土の精霊が甲子園球場に?」
貴一は問う。
「人はここで激しい喜怒哀楽の感情を放つ。それを眺めるのが私の暇つぶし」
「結構俗っぽいぞこいつ」
哲也が、貴一に耳打ちする。
貴一は、慌てて哲也の口を閉じさせた。
「二つの精霊の力を感じる。ならば、私の力も与えることにしましょう。土の適正者よ、優しき者よ、前に出なさい」
静が、数歩前に出る。
「私の力を授けましょう」
黄色い光は小さくなり、静の喉に飲み込まれていった。
「やった! 三つ目!」
沙帆里が飛び跳ねてはしゃぐ。
「あとの精霊は光と、風か……」
哲也は感慨深い思いでいた。
旅もついに折り返しを過ぎたのだ。
その時、メールが届いた。
ザザからだ。
「ひかりのせいれいはとうきょう。かぜは」
そこで、メールは途絶えている。
焦って変換もしていないメール。
哲也は、不安を覚えてザザに電話をかけた。
しかし、ついにザザは電話に出なかった。
哲也は、目の前に暗雲が漂い始めているのを感じた。
次回から最終章に移ります。今週の更新はここまでとなります。




