師、再び
恵美里は大剣を手に呼び出して、構える。
武器は敵に向かって数歩進めば届く位置にある。
しかし、相手の手の内が読めない。
恵美里は、様子を見る。
(ワクワクドキドキ冒険ツアーもついにクライマックスだな)
ヴァイスがからかうように言う。
(なにがよ)
(貴一の坊やに懸想してるのは知ってるんだぞ)
(勝手に心を読まないで。それは、封じた想いよ)
(さあてなあ。さて、来るぞ)
敵が、動いた。
下段の構えから、足を動かし日本刀を振りかぶった。
恵美里は大剣で受け止めようとする。
その時、不可思議なことが起こった。
敵の日本刀の刀身が、ブレた。
日本刀は確かに受け止めた。だというのに、恵美里の腕には傷がついていた。
後方へ跳躍する。
(どう見る?)
(ありゃー剣の刀身を増やしてるな。そういう呪いがかかっている)
(ここには回復役のクリスがいない。ダメージは負いたくないわ)
(なら、受けぬことだな)
「どうした、少女よ。我が剣を見て怖気づいたか」
「冗談!」
恵美里は再び、相手の懐に入る。日本刀が振り下ろされる。
その刀身が、再びブレた。
それを恵美里は回避する。肩に僅かに傷がついた。
(思ったより攻撃範囲が大きい!)
(けど、そこはお前の距離だ)
そう、日本刀を振り下ろした相手を攻撃する絶好の機会が待っていた。
恵美里は大剣を振り上げる。
殺さぬように、平で打とうとする。
まるで振り下ろした勢いが嘘のように、日本刀が振り上げられた。
顎と両肩を打たれ、恵美里は後方へと数歩後退する。そこに、追撃が襲いかかった。
恵美里は跳躍して後方へと避けた。
「両刃刀なら命はなかったな」
男は嘲笑うように言う。
恵美里は、深々と溜息を吐いた。
髪の毛は油っけを多く含んでいて見れたものではない。顔は汚れて、服からは異臭がする。
まったく、年頃の女の子のいる環境ではない。
「恵美里、変わるか?」
貴一が、心配そうに問う。
「大丈夫よ。私には奥の手がある」
恵美里は大剣を構えて、精神統一した。
今は、細かいことを気にしている場合ではない。世界の危機なんて恵美里にとってはどうでもいいものだ。しかし、仲間の苦労は報われなくてはならないと思う。
その一点において、恵美里とヴァイスの心は完全に一致していた。
そして、恵美里は唱えた。
「フル・シンクロ!」
恵美里は、ヴァイスへと変わっていた。
「ほう……」
敵が、興味深げに目を見開く。
(今回はギャーギャー言わないんだな、恵美里お嬢さん)
(あー、うん。ないはずのものがついてるとかは一回経験したし、汗臭いのは自分も一緒だし)
(ならば行こう。我は君に勝利を与える者だ)
ヴァイスは再び突進した。
敵は日本刀を振り下ろす。
その瞬間、ヴァイスは大剣を空中へと投げた。
そして、分裂した刀身を四本手につかむ。
敵の目が驚愕に開かれた。
そして、残りの一本が頭に当たる直前に、ヴァイスの体重を乗せた蹴りが敵の腹部に突き刺さった。
敵は吹き飛ぶ。
そして、ヴァイスは落ちてきた大剣を掴むと、上段に大きく構えた。
大剣に光が集まってくる。
「豪覇斬!」
大剣から放たれた光刃が走って、敵の体を斜めに斬りつけた。
敵はバランスを崩し、地面に座り込む。
「楽勝だったな」
(あんたが化け物だからよ)
恵美里は渋い口調で言った。
「確かに、私の負けのようだ。約束だ。要件を聞こう」
「魔物が復活しようとしている。それも小さな奴ではない。化け物だ。それを封印するために、火の精霊の加護が欲しい」
「化け物……確かに、この遺跡が稼働しているということはそうなのだろうな」
「それじゃあ?」
「剣を合わせてみて、お前達が邪悪な者でないことはわかった。会わせよう。火の精霊に」
ヴァイスは、恵美里に変わる。
その傍に、貴一が駆け寄ってきた。
「やったな、恵美里!」
「ねえ、貴一。褒めてくれる?」
「もちろんだ!」
今だけはこの幸せを受け止めようと思う。この幸せは自分だけのものだ。その程度は、裏切りにはならないだろう。そう思った。
そして、貴一を想い、仲間を想うこの気持ちを持ち続ければ、何度でもヴァイスになれる気がした。
+++
「優香ー、キャッチボール行こうぜー」
地下施設の扉の前で、声をかける。
「ごめんね。今日はちょっと駄目だわ」
そう、弱々しい声がした。
「体調悪いのか?」
「うん。ちょっと、体が痛いの」
「筋肉痛かぁ。なまっちょろいなあ。入っていいか」
「駄目よ」
微笑んでいるとわかる口調だった。
自分達も随分親しくなったな、と哲也は思う。
「わかった。じゃあ晩御飯の時にまた呼びに来るよ」
「うん。待ってるよ」
哲也はそうして、優香の部屋を後にした。
自分の部屋に戻って、時間を待つ。
けたたましいサイレンの音がした。
敵襲だ。
哲也は飛び上がって、エレベーターへと向かった。
沙帆里、静、優香もやって来ていた。
エレベーターに乗って、外へ出る。
そして、その集団と遭遇した。
前回は闇でよく見えなかったが、今回ははっきりと見えた。
黒いゴーレムだ。
それも、優香のものととても良く似た。
沙帆里がセレーヌとなり、地面に杖の切っ先を叩きつける。
「水よ、走れ! 水線華!」
水の線が走ったと思ったら、敵の集団は細切れになって崩れ落ちた。
「氷よ、咲き誇れ! 氷華!」
白い結晶が周囲に漂う。次の瞬間、それは巨大な氷山となっていた。
前回と同じ。攻略パターンは確立している。
あとは、術者を倒すだけ。
哲也は上空へと飛んだ。そして、立っている術者を、その目で見た。
それは、真っ暗だった。人の形をした、真っ暗な闇だった。
(これは……?)
哲也は戸惑いつつも、矢を弓につがえ、放つ。
闇は頭を射抜かれ、溶け落ちていった。
それが使役するゴーレム達も、同時に消えたようだった。
(どういうことだ……?)
哲也は考える。
リューイのゴーレムとよく似たゴーレム。
そして、人の形を持った闇。
はっとして、優香の顔を見る。
優香は、強張った顔をしていたが、哲也に気がつくと微笑んで、呑気に手を振った。
哲也も、手を振り返す。
(杞憂、だよなあ……)
(わからんぞ)
ピピンの言葉は、不吉な響きを持って哲也の中に残った。
+++
闇の中に、炎の球体が浮いていた。ただならぬ圧迫感を放つ球体だ。
「我は人に叡智のきっかけを与えし者。人を管理する者」
「火の精霊様。お願いがございます」
恵美里はそう言って、膝を折って祈る。
「貴方の力が必要なのです。どうか、私に、加護を与えてはくれないでしょうか」
「私はきっかけは与えた。あとは人が処理することだ」
「巨大な魔物が復活しようとしているのです」
「ふむ……しかしそなたは、それにあまり興味を持っていないようだな」
「友人達が生きる世界を作るためになら、戦えます」
「そうか。それが脳内分泌物が作り出す錯覚だったとしてもか?」
「それに従うのみです」
「迷いがないな。気に入った」
炎の球体が、小さくなった。
それは恵美里の口に入ってきて、体の中に入り込んでいく。
体が熱い。今までにない力が湧いてくる。
恵美里は、火の精霊の加護を受けたことを確信した。
「勝利を、必ずや貴方に」
「人の生死に私は興味を持たぬ。行くが良い」
声だけが残っていた。
恵美里は、振り返り、貴一の背を叩いて歩き始める。
もう、貴一はただの仲間ではない。苦楽をともにしたパートナーだ。
次回『飛行機雲』




