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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
阿蘇山地下迷宮編
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野球バカ一代

 その日、哲也は貴一の荷物の一部を勝手に借りた。

 優香の部屋をノックして、しばし待つ。


 反応がない。

 扉も、鍵がかかっている。


(警戒されてはいないよな……)


 そう思いつつ、その場を後にする。

 広間に、優香の姿があった。

 一人、椅子に座り、天井の明かりを見て黄昏れている。


「よう、北野サン。奇遇だな」


「なんだ、哲也クンか」


 優香は物憂げに視線を下ろした。


「なにしてんだ?」


「考え事」


「考え事なら部屋でもできる。誰かに声をかけてもらうのを待っていたんじゃないのか?」


「それが、貴方とでも?」


 優香が冷笑する。

 哲也は、心が折れかけたがニヒルに微笑んで自分を奮い立たせてみせた。


「そうは言ってないさ」


 優香の隣に座る。

 優香は、一人分距離を置いて座り直した。


「なんの用?」


「暇だろ? 遊ばない?」


「貴方には沙帆里ちゃんと静ちゃんがいるでしょ」


「どっちもアウトドアは苦手らしくてね」


「なにそれ」


 優香が、胡散臭げに哲也の手に持った物を眺める。

 待ってました、とばかりに哲也はそれを披露した。


「野球のグローブと軟式ボール」


「やらないわよ」


「昨日ゲーム教えてやったのは誰だったかなー」


「頼んでないわ」


「けど教わったよね」


 優香は黙り込む。


「いいわ。これで貸し借りチャラよ」


 そう言って、優香は歩き始めた。そして、近くにいた陰陽連の術師らしき人物を見つけて、声をかける。


「ちょっと運動しに外に出たいんですけど」


「わかりました。監視がつきますがかまいませんね?」


「ええ。望むところです」


(警戒されてんのかなあ)


(百戦錬磨の哲也君にしては稚拙な攻め方だな)


 ピピンがからかうように言う。


(そうかな)


(お前は女の趣味に合わせるのが得意だろう? 何故北野さんには自分の趣味を押し付ける)


(それもそうだなあ)


(お前のそれは自分を知ってもらいたいという行動だ。エゴだよ)


 手痛い意見だった。


「準備できたわよ」


 そう言って、優香は気だるげに手を差し出してくる。

 その手を、手で握る。


「違う」


 優香は、表情も変えずに言った。


「グローブ」


「ああ、はい。悪い悪い」


 哲也は慌てて手を離すと、二個あるグローブの片方を手渡した。

 優香はそれを手にはめて、使い心地を確かめる。


「相棒が使ってた奴だから仕上がってるはずだ」


「その相棒を誘えばいいじゃない」


「誰かの提案で洞窟に行っちまったよ」


「なるほどね」


 優香は納得したように頷くと、歩き始めた。

 哲也もその後を追い、隣に並ぶ。

 後ろからは、陰陽連の関係者がついてきていた。


 エレベーターの前にたどり着くと、陰陽連の関係者がカードをスロットに通す。すると、エレベーターの扉が開いた。

 彼女は淀みなく最上階のボタンを押す。

 優香は、話しかけてこない。

 哲也も、話題がなかったので話しかけなかった。


(女は鼻っ柱が高いぐらいが丁度いい、か)


 ピピンがからかうように言う。


(まあな)


 哲也は、否定はしなかった。

 そして、三人は外に出た。

 開けた荒れ地だった。


「ストレッチするぞー」


「体育の授業みたい」


 外に出て気分が乗ってきたのか、優香が微笑んで言う。

 哲也がストレッチをし、優香がそれを真似る。

 そして、全てが終わると、二人は距離を置いて向かい合った。


「グローブ動かすなよ」


 哲也はそう言ってから、軽く投げる。

 球が矢のように速く飛んだ。

 乾いた音がして、ボールは優香のグローブに収まっていた。


「なに今の。凄い速かったんだけど」


 優香が目を輝かせている。


「六割程度の力だ」


「へー。あんたって凄いのね」


「北野サンのが凄いさ。普通の女子ならビビって縮こまってグローブを動かしちまう」


「へー」


 そう言って、優香は振りかぶって、投げた。

 軟式ボールは重力に従って地面に落ちて、弾みながら哲也の傍まで転がってくる。

 それを、哲也は拾ってグローブに収めた。


「上手くいかないわね。どうやったら速く投げられるの?」


「鍛えないとなー。後は、手をしならせて投げることだ」


「ふーん」


 優香は腕をぐるぐると勢い良く回す。

 肩の関節が外れるのではないかと心配になるような勢いで。

 その表情が、ふと思案するようなものになった。


「リューイなら投擲は得意かしら」


「リューイが上手くなっても意味ないだろう」


「私が上手くなっても意味ないけどね」


「将来子供とキャッチボールができるぞ」


「子供、かぁ……」


 優香が、再びなにかを考え込む。

 哲也は、怪訝に思いながらも腕を止めた。


「あ、気にしないで。投げて」


「グローブ構えろよー」


「はいはい」


 哲也はグローブを狙って、投げる。

 矢のような送球は乾いた音を立てて見事にグローブに収まった。


「風を切ってる音がするよ。君、野球部?」


 優香の弱々しい球が返球されてくる。

 先程よりは、若干距離が出ていた。


「そうだよ。ショートで二番手投手で外野手だ」


「なんだ、便利屋か」


「ユーティリティプレーヤーと言ってほしい」


 哲也はボールを拾って、再び投げる。

 グローブがボールを受け取る乾いた音がした。

 ボールが投げ返される。

 二人の間を、ボールは何回も行き来した。


「二番手投手ってことは、ピッチャーもできるんだ」


「できるぞ」


「変化球とか投げられる?」


「投げられるぞ」


「見たい」


「それより凄いもの、見せてやるよ」


 哲也は悪戯っぽく微笑んで、距離をおいた。

 五十メートル程の距離ができただろうか。


 哲也は体全体を使って、投げる。

 乾いた音がした。

 ボールは見事に優香のグローブに収まっていた。


 哲也はボールを回収しに軽やかな足取りで帰ってくる。


「凄い。今の距離でも正確にコントロールできるんだ」


「今ぐらいの距離ならどってこたないさ。次はもっと開くぞ」


 そう言って、哲也はボールを受け取り、軽やかな足取りで距離をあけていく。

 九十メートル近い距離ができていた。


「これは流石に無理じゃないかなー」


 優香が叫ぶ。


「ちょっとズレるかもしれん。そっちで修正してくれ」


 そう言って、哲也は体全体を使って、勢い良くボールを放った。

 グローブを狙った全力投球。


(決まったらカッコイイぞ、俺)


 ボールは重力に逆らうように伸びていき、グローブに収まった。


「狙った所にドンピシャじゃん! なにこれ! 凄い!」


 優香はすっかり気分を良くしたようで、飛び跳ねんような勢いだ。

 じゃじゃ馬が、少し自分に懐いてくれた。そんな感覚を、哲也は味わっていた。


「んー。やっぱり久々だとイマイチ」


 そう言って、肩を回しながら優香に近づいていく。


「本調子ならもっと凄いの?」


「いや、避けようとしないお前も凄いけどな。普通初めてであれはビビる」


「お前言うな。あとそんな球を投げるな」


 優香の中の警戒心が鎌首をもたげたのが見えた気がした哲也だった。

 慌てて、話題を変える。


「あと何回か投げて肩を温めたら、要望通りピッチングと行こうか」


「おう、変化球だ!」


「プロテクターもないし、キャッチャーは頼めないな」


「おう、当然だ! 無茶言うなよマジで」


 なんだかんだで、打ち解けつつある優香と哲也だった。

 気がつくと、日が傾いていた。


「今日も終わるねえ」


「そうさなあ」


「本当はね、私、一日一日を大事にしたいの。だから、施設内に篭っている日常は苦痛だった」


 優香は、夕日を眺めながら言う。


「だから、外に連れ出してくれてありがとうね」


 優香はそう言って、哲也の手にグローブを置くと、微笑んだ。

 その可憐な笑みに、哲也は心音が高くなるのを感じ、そんな自分自身に戸惑った。


(なんだ俺は、初心なガキじゃあるまいし)


「どってことないよ。俺の趣味に付き合わせただけだ。今度は、北野サンの趣味に付き合うよ」


「ふーん」


 優香は、探るように哲也を見る。


「ま、考えとくわ」


「ああ、頼むよ」


(頼むよって言ったか、俺? プライド高いつもりなのに?)


 優香と会ってから、哲也の調子は狂いっぱなしだ。

 けど、それもたまにはいいかと思った。


「夕日、綺麗ね……しばらく見ていなかったから、本当に綺麗……」


 風が、優香の髪を撫でる。


「そうだな。本当に綺麗だ」


 君のほうが綺麗だ。そんな使い古された口説き文句は使えなかった。

 なにより、まだ使うタイミングではない。

 哲也は、ただ優香に付き合って、夕日を見続けた。


 その日、施設内に戻った時のことだった。

 陰陽連の関係者が、哲也を引き止めた。


「じゃ、私、部屋に戻るから。じゃーね、哲也」


「ああ、夕食時にまた」


「また来る気か」


 呆れたように優香は言う。


「ああ、また行く気だ」


 優香が離れていく。


「で、なんですか?」


 陰陽連の関係者に声をかける。


「あのね、できればあの子に、できるだけ付き合ってあげてほしいというか……」


「あいつ、友達いないんスか?」


「ううん、そういうわけじゃないんだけど……歳が近い友達がいるのはいいことだと思うの。ここの漂流者は年長者ばかりだから」


 なんとも歯切れの悪い物言いだった。

 哲也は戸惑ったが、深く考えないことにして頷いた。



+++



「十階だ」


 暗い階段を下りながら、貴一は言う。


「なにか、反応はあるか?」


 この迷宮は果てがないように思われた。一階一階が異常に長い。

 幸いなのは、モンスターが出てこなかったことだ。

 ピピンの心配は杞憂に終わったということなのだろう。


「徐々に近づいている……けど、まだ距離がある」


 恵美里は前を歩いて行く。手に浮かぶ炎が周囲を照らしている。

 そして、二人は開けた空間に出た。


「なんか、雰囲気が変わったな。製作者の意図が変わったっていうか」


「そうね。けどおかしいな。反応はまだ先にあるんだ」


 二人して、歩き始める。

 その時だった。

 壁から岩が抜き出て、地響きを立てながら結合していった。

 それは、何体ものゴーレムの形を成していた。


「言った傍からこれか!」


「どうする? 貴一!」


「駆け抜けよう! 動きはトロそうだ!」


 二人は、駆けた。

 懸念が一つあった。

 安眠できる場所は見つかるのかということだ。


 いかにヴィニーとは言え、睡眠不足疲労困憊の状態では流石に戦えない。

 休憩場所を見つけるのは死活問題と言えた。


「これは予想以上に命がけだぞ」


 貴一はゴーレムの攻撃を避けながら、ぼやくように言った。

 長い通路だった。


 二人は異口同音に唱える。


「ダウンロード!」


 二人の脚力が爆発的に増加した。

 二人が十一階に下る階段に辿り着くと、ゴーレム達は壁に戻っていった。


「鬼教官に感謝する日が来るとは思わなかった……」


 恵美里がぼやくように言う。


「今のランはサマになってたな」


 貴一は、からかうように言う。


「今のうちに食事を摂ろう。次に、いつ足を止められるかわからない」


「ん、わかった」


 二人は携行食を食べ始める。


「あのさあ」


「なんだ?」


「貴一は静が好きなの?」


 貴一は、頬が熱くなるのを感じた。


「フツーに好きだよ」


「上手くいってる?」


「ぼちぼち」


「そうか。なら、私は安心だ。私の親友を頼んだぞ」


「ああ、任せとけ」


 恵美里は勢い良く携行食を口に入れると、すぐに出発の準備をしてみせた。


(なんだか二人きりになってから恵美里の様子がおかしい気がするなあ)


 そうは思うのだが、その明確な理由がわからないので、貴一は思うに留めた。




次回『近づく心』

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