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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
阿蘇山地下迷宮編
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揺らめく心

 夕食の時間になった。

 哲也は通路を歩いて、食堂に行こうとした。

 そして、食堂の場所を聞いていないことに思い至った。


 良い口実ができたと思い、優香の部屋を訊ねる。

 今度は扉をきちんとノックした。


「北野サン、ちょっといいか?」


「哲也クンか」


 拒絶を感じるような口調ではなかった。ゲームで指導したことが少しはプラスになっているらしい。

 少なくとも、好感度マイナスの状態は脱したようだった。


「食堂の場所がわかんないんだ。案内してくれないか」


「仕方ないわね。そういうことなら案内するわ」


 優香が部屋を出てくる。

 そして、戸惑うような表情になった。


「沙帆里ちゃんと静ちゃんは?」


「部屋を訊ねたけどいなかった」


 嘘だ。訪ねてなんかいない。


「そう。じゃあ私達もさっさと行きましょうか」


 そう言って、優香は前を歩き始める。

 その横に、哲也は並んで歩いた。

 沈黙が漂った。


「広島は今年も強いな」


「サッカー?」


「野球だよ」


「私、野球興味ない」


「俺は野球漬けだったんでね。野球の話に興味津々だ」


「そっか。気が合わないわね。私、運動部でもなかったもの」


 まだ優香は哲也に心を開いていないようだ。反応の素っ気なさが、哲也の心にダメージを蓄積させていく。


(かまうものか)


 哲也は躊躇いを振り切った。


「そうなのか? 今のうちに運動しておかないと勿体無いぞ」


「才能の有無ってのがあるのよ。ゲームしててもわかったでしょ? 私は運動神経がないの」


「鍛えたらつくよ」


「鍛える気がないの。わかんない人ね」


(あれ、俺ってつまんない男?)


 哲也は女性と接していて初めて自信を失った。


「そういや嵐活動休止するな」


「芸能人にも興味ないわ」


「なんになら興味があるんだ?」


「……教える義理もないわよ。はい、食堂」


 活気で賑わう食堂に、二人は入っていった。


「じゃあ、私並ぶから」


「俺も並ぶよ」


「まさか一緒に食べようって気じゃないでしょうね」


「その気だけどなにか?」


 優香は深々と溜息を吐いた。


「いいじゃん別に。憑依霊の縁があることだし、仲良くして悪いことはない」


「いいわよ。私、食事中は黙って食べる派だけどね」


「俺が変えてみせるよ」


「……まあ、努力してみれば」


 拒絶はされなかった。

 我ながら強引な距離のつめ方だな、と哲也は思う。

 しかし、どうしてだろう。ずれた心の歯車が、哲也を急かすのだ。


 その日、哲也は優香と共に食事についた。

 哲也は野球部での経験を大いに語り、優香は興味なさげに相槌を打った。

 暖簾に腕押し、糠に釘。そんな言葉が脳裏をよぎった。

 途中で静がやってきて、そんな時間も終わりを告げた。


「邪魔かな?」


(邪魔だ)


 視線で意志を伝えようとする。


「とんでもない。静ちゃんも座って」


「良かった。優香ちゃん、いっぱい食べるんだね~」


 アイコンタクトは親密な関係の存在相手じゃないと通用しないのだ。

 そうと思い知った一日だった。



+++



「今何階だっけ……」


 恵美里が呟くように言う。


「三階だな。そろそろ、夕食を摂ってもいい時間だ」


 貴一が、腕時計を眺めて言う。


「少し開けた場所がないとね」


「そうだなあ」


 そのうち、不思議な出来事が起きた。

 この闇の中で、光が見えたのだ。

 光は、貴一達が進めば進むほど大きくなっていく。


 そして、そこは、大きな開けた場所だった。

 天井の一部から水が勢い良く滴り、岩のコップに受け止められている。


「罠か……?」


 恵美里が警戒したように手に大剣を作り出す。

 それを手で制して、貴一はヴィニーになった。


 壁を触り、光の結界を張り、周囲を調べていく。


「これは、悪意を持って作られた場所じゃない」


「本当に?」


「ああ。休憩スポットとして作られたと考えるのが無難だろう。となると、この先の道もかなり長時間かかるようになっているのかな」


 恵美里は、荷物を下ろして胡座をかいた。

 そして、リュックから携行食を取り出し、袋を開けて口に入れる。


「歩き通しで疲れたか?」


 ヴィニーは貴一に戻り、苦笑混じりに言う。


「ううん。鬼教官との練習に比べれば天国よ」


「いい傾向だ」


 貴一もリュックを下ろして座り込み、携行食を取り出して食べる。


「こんな魔法科学、現代には伝わらなかった。世の中にはどれだけ、埋もれて消えてしまった技術があるんだろう」


「そうね……この旅に出て、私は良かったと思っている。色々な経験ができた。色々な知り合いができた」


「そうだな。あとは、最後がハッピーエンドなら言うことなしだ」


「そうね。いつかは、終りが来る」


 恵美里は寂しげに、ペットボトルの水を飲んだ。


「不寝番を交代しつつやろう。俺が先に寝るか? 恵美里が先に寝るか?」


「貴一に寝顔を見られるのか……?」


 恵美里が、恥じ入るように言う。


「仕方ないだろ」


 貴一までなんだか恥ずかしくなってきた。


「二人で寝てて魔物にでも襲われたらそこで終わりだぞ」


「理屈はわかる。理屈はわかるのだが……不眠不休で二人で進む道はないのか」


「それこそ無茶だ。注意力散漫になってつまらないミスをするようになるぞ」


「どうしても他に、道は無いのか」


「車の中でお前の寝顔なんて嫌っちゅーほど見たっつーねん」


 恵美里が顔を真赤にする。

 貴一も、つられて顔が火照ってくるのを感じた。


「変なことはするなよ!」


「俺どんだけ信用ないの!」


「いや、信用はしてるが。やっぱり男だしなあ……」


「信用してないよねそれ。男という生物そのものを信用してないよね」


「わかった。痛いことはしないでくれ」


「勝手に覚悟決めないでくれないか」


 げんなりしてきた。なにを暴走しているのだろう恵美里は。

 しかし、考えてみれば、男と部屋に二人きりで寝泊まりするというのは女性にとっては勇気がいるイベントかもしれない。


「ヴィニーにかけて誓うよ。恵美里にはなにもしない。絶対だ」


「そのヴィニーが三股かけてる人間のクズじゃんか!」


「あっちの世界じゃそういうのもアリだったの! ああ、もう! それなら俺の腕を縛って寝ろよ!」


「わかった」


 こう言えば相手は納得するだろうと思っての提案だったので、貴一は戸惑った。

 恵美里はリュックから紐を取り出し、準備をする。


「あの、それは敵襲時に危険だからやめたほうがいいんじゃないかな……」


「言い出したのは貴一だ」


「わかった。もう小難しいことは言うまい。俺を信じてくれとしか言いようがない」


 腰を上げて貴一に接近していた恵美里は、座り込む。


「わかった。けど、あっち向いて寝るから」


 そう言って、恵美里は部屋の隅に歩いていって、向こうを向いて寝転がった。


「これから先、今まで見なかったような魔物も出てくるのかなあ」


 恵美里が、呟くように言う。


「不安な敵は多少いるが、倒せない敵はいない。少なくとも、ヴィニーが見てきた中では」


「そっか」


「うん」


「やっぱり、最後はハッピーエンドがいいものね」


「そうだな。ハッピーエンドがいい」


「私にとってのハッピーエンドって、どんな状況だろう」


 恵美里が、よくわからないことを言い出した。


「魔物を封印して、平和な世の中で大学生になることじゃないか?」


「気持ちを殺して生きるのは、正しいことなのだろうか」


「誰だって、気持ちを殺して日常を生きている。そんなもんさ」


「そうか」


 最後の一言は、何故か寂しげだった。

 しばらくして、寝息が聞こえ始めた。

 貴一は壁を背にして、体重を預ける。


 とりあえず、一日目はモンスターと遭遇することもなく終わった。



次回『野球バカ一代』

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