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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
阿蘇山地下迷宮編
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出会い

「さて、俺達は暇人になったわけだが」


 哲也が部屋のベッドに座って言う。


「侵食率を下げる良いチャンスじゃないかな」


 静が前向きな意見を述べる。

 沙帆里はどうしてか黙り込んでいる。どこか、沈んだ様子だった。


「いつもみたいに騒がないのか? 恵美里と貴一が二人きりなんて許せないとかどーとか」


 哲也が皮肉っぽく言う。


「足掻いたって私はあのダンジョンには入れないんだもの。知らないわよ」


 気弱げに言って、沙帆里はそっぽを向いた。


「そっか」


 哲也は違和感を覚えて素直に引き下がった。そして、一つの提案をした。


「リューイも誘ってゲームでもするか。コントローラーは四人分買ったしな」


「そうね、それがいいわ。リューイ君は東エリアの四番目の部屋にいるって言ってた」


「サンキュー静。呼んでくるよ」


 哲也は立ち上がって、部屋を出た。沙帆里も部屋を出て行く。自分の部屋に置いていたゲーム機を取りに行くのだろう。

 その背中に、声をかける。


「なにしょぼくれてんだ、お前」


 沙帆里が足を止める。背中越しに、その表情は見えない。


「しょぼくれてなんか、いないわよ……」


 そう言って、沙帆里は駆けていった。


(妹ながらわからん奴だなー。わかるか? ピピン)


(君も案外繊細さがないからな。俺にはわかる気がするよ)


(教えろよ)


(野暮な話さ)


 ピピンと会話しながら、通路を歩く。

 そして、四番目の部屋にたどり着いた。


「リューイ、ゲームでもして遊ぼうぜ」


 扉を開ける。

 哲也と同年代ぐらいの女の子が、下着姿で姿見を眺めていた。

 互いに、硬直する。

 女の子の顔は徐々に紅潮していった。


「出てってー!」


 服、ブラシ、リモコンなどが一斉に投げられる。


「わ、悪い。そんなつもりじゃなかった!」


 哲也は慌てて部屋を出る。


(部屋を間違えたか? 静の奴、部屋の片付けだけじゃなくて記憶力までガタがきたのか。いや……)


「もしかして、お前、リューイか?」


 しばらくして、服装を整えた女の子が部屋から出てきた。

 見るからに不機嫌な様子だ。


「そうだけど、悪い?」


「鍵ぐらいかけとけよな」


 このままじゃ自分が悪いことになりかねない。哲也は相手を責めることで罪を相殺しようとした。


「生憎、ノックもなしに入ってきたのは貴方が初めてよ」


「なるほど」


「ほんと、非常識な人ね。ピピンの宿主ってのも納得がいくわ」


(言われてるぞ、ピピン)


(俺は女の子の部屋にノック無しで入ったことはない)


(女の子だって知らなかったんだよ!)


「で、なんの用?」


 女の子は訝しげに言う。


「あー、その、なんだ」


 哲也は言い淀んだ。女の子の顔立ち。スタイル。それが、哲也の口から流暢さを奪った。

 女の子の顔立ちはあまりにも可憐すぎた。

 王妃であるシルカやセレーヌに劣らぬほどに。


「君、名前は?」


「お得意のナンパかしら、ピピンさん」


「俺とピピンは違うよ。水と油だ。さっきのだって事故だ」


(よく言う)


 笑いを噛み殺しながらピピンが言う。


(五月蝿い)


 女の子はしばらく哲也を値踏みするように眺めていたが、そのうち溜息を吐いて表情を緩めた。


「鍵をかけてなかったこっちにも非があるのは確かね。私は北野優香。あらためてよろしく、山上哲也クン」


「哲也でいいよ」


「私は北野さんでいいわ」


「普通下の名前でいいよって流れにならない?」


「そこまで貴方と親しくないわ」


 哲也は苦笑する。

 これは、一筋縄ではいかなそうだ。


「まあ、親睦を深めにゲームでもしないかって話が持ち上がっていてだな。ちょっと遊ばないか?」


「いいわよ。佐藤さんとも妹さんとも仲良くしたいもの」


「俺とは?」


 沈黙。

 着替えを見てしまったのはそんなに重罪なのだろうか。

 哲也は優香ではないのでわからない。


「じゃあ、行こうか。北野サン」


「ええ、案内よろしく。哲也クン」


 出だしから好感度はマイナス。苦境の中に哲也はいた。


(いやー、第一印象悪いほうが後々イメージ良くなるぞ、哲也)


(根拠のない励ましはやめてくれ)


 二人は歩いて行く。



+++



 恵美里が手に灯している炎が生命線だった。

 日の差さぬ薄暗い洞窟を貴一と恵美里は二人して歩く。


 その時、恵美里が足元を滑らせて転びかけた。それを、貴一は片手で支える。


「あ、ありがとう」


「どってことないさ」


 そう言って、恵美里を立たせる。


「誰が作った洞窟なんだろう……」


「静ならなにか薀蓄でも語ってくれそうだけれどな」


「静じゃなくて不足か?」


 恵美里が不安げに問う。


「そういう意味じゃないよ」


 貴一は苦笑して、恵美里の背のリュックを叩いた。


「ヘリで聞いた話によれば、この火山は数千年前に一度噴火したらしい」


「噴火したら他の県まで被害が及ぶんだったか」


「東京まで火山灰が積もるそうだ。想像もつかない話だな。それを鎮めるためにこのダンジョンは作られたのかもしれない」


「古代人の独特の知識の結晶か……」


 分岐路に辿り着いた。


「どちらへ進む?」


「左手の法則で行こう」


 そう言って、貴一は腰にぶら下げた大きな袋から石を一個取り出して進路に置く。


「それは?」


「静に持たされた。ヘンゼルとグレーテル方式って奴だ。途中で道に迷っても、この石が進路を教えてくれる」


「なるほどな。なにも起きなければ良いのだが……」


「わからんところだ。俺達は古代人の魔法技術を知らない一面がある。けど」


 そこまで言って、貴一はヴィニーに変わる。

 そして、壁に剣を叩きつけた。

 澄んだ音がし、剣は壁に弾き飛ばされた。


「魔法剣が通じない。古代人はそれなりの魔法技術を持っていたと考えたほうがいいだろう」


「わかった。心しておく」


 ヴィニーは貴一に変わる。


「行くぞ」


「ああ、わかった」


 二人は歩いて行く。炎だけが照らす暗闇の中を。



+++



「勝ちー!」


 沙帆里が両手を上げて誇るように言う。


「どうしたのかなー、静さんは。年長者の貫禄で勝ってくれるんじゃないのかな」


「私はこういうゲームしたことないもの」


 静は、気にした様子もなく画面を見ている。


「ぜんっぜん駄目だ。勝てない」


 優香の成績も散々だった。

 最終決戦はいつも山上ブラザーズ。

 他の二人は早々に敗退するのがお決まりの図となっていた。


「しゃーないな。俺が教えてやるよ」


 そう言って、哲也はコントローラーを置き、優香の背後に回った。


「覆いかぶさって手の上からコントローラー握ったらはったおすからね」


「そんなことしないさ。タイミングを教えてやる」


「ふーん、そうくるか」


 沙帆里が、面白がるように言う。


「お前は静を教えてやれ。そうすれば丁度いい対戦になるだろう」


「嫌よ」


 沙帆里が、あまりにも硬質な口調で言ったので、哲也は驚いた。


「静なら、なにも言わなくても勝手に成長するはずだわ」


 気まずいムードが場に漂い始める。


「いいわよ。私も弱いなりに楽しむから」


 静の緩い一言が場の空気を和ませた。


「北野サンの次には静に教えるよ。それでそれなりに戦えるようになるはずだ」


 戦闘が始まった。


「北野サン、遠距離攻撃でダメージを稼げ」


「う、うん」


「そこでガード押しながら横」


「こ、こう?」


「そうそう、上手くできてる」


「こりゃ私が敗退一番手だなあ」


 静が苦笑混じりに言う。

 どうしてだろう。彼女を見る沙帆里の表情が、厳しいものに見えたのは。


 それよりも、哲也は優香の表情に見とれていた。


「攻撃くらった、次はどうやるの? 哲也クン」


「あ、ああ。復帰位置にも反撃を喰らいにくい場所があってだな……」


 哲也は画面を見るのに集中し始めた。

 優香という少女との出会いで、哲也の心の歯車は微妙に食い違い始めていた。


次回『揺らめく心』

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