かつての敵にして、かつての仲間
「どうしても敵に回ると言うのか。リューイ」
闇夜の下だった。ヴィニーは少し距離を置いてリューイと向かい合っている。
リューイは、まだ若い青年だった。黒い短髪をしており、背は高い。
「ヴィニー。僕はどうしても貴方と戦わなくてはいけなくなった。二人きりになれる時を、待っていた」
リューイがそう言うと、周囲に岩でできたゴーレムが何体も現れ始める。
その数、最終的に五十を越えた。
「そうか。本気なのだな」
「ああ。僕は貴方を殺す……それが人類への反逆だと知りながらも」
ヴィニーは考え込んだ。
そして、どうあろうと相手は退くまいという結論にたどり着いた。
「理由は問うまい」
ヴィニーが双剣を鞘から抜き放つ。
「勝負だ」
生ぬるい風が吹いていた。
ヴィニーとリューイは、向かい合った。
どうしてだろう。リューイは最初から最後まで、悲しげな目をしたままだった。
そこで、貴一は夢から覚めた。
久々の、ヴィニーの記憶。
車は夜の高速道路を走っていた。
「変な時間に目が冷めたな」
ピピンが声をかけてくる。
静も、恵美里も、セレーヌも、寝入っているようだ。
「リューイって男の夢を見た」
「リューイ、か……」
ピピンは、しばらく黙っていたが、そのうち口を開いた。
「奴も転移しているのかね」
「俺にはわかんないよ」
「そうさな」
それきり、ピピンは再び運転に集中し始めた。
(リューイは人質を取られていたんだ)
ヴィニーが、苦い口調で言う。
(それゆえ俺達に敵対したが、仲間だった頃は心強い存在だった。彼の操るゴーレムは、兵隊を軽々と薙ぎ払ったものだ)
(そっか。だからピピンも歯切れが悪いのか)
(ああ。俺達にとっては苦い記憶というわけだ)
(なるほどなあ……)
ヴィニーの過去は、自由に閲覧できる図書館みたいなものだ。色々な情報が、色々な場所に眠っている。
けれども、それは自ら開こうとするか、何かのきっかけがなければ、開くことはできない。
ヴィニーの過去を、貴一はまだよく知らない。
「もう一回眠るよ」
貴一は、そう宣言した。
「そうしろ。俺もそろそろ車を停めて眠る」
ピピンは、淡々とそう言った。
車の振動音が、ゆりかごのように睡魔を呼び寄せてくれた。
+++
貴一が次に目を覚ますと、周囲は高速道路ではなくなっていた。閑静な住宅街だ。
遠くに、山が連なっているのが見える。
「あれが阿蘇山か……?」
「そうだな。カーナビによると、阿蘇山で間違いない」
「なに? 阿蘇山?」
「ついたのか?」
「へー。でかいわね」
女性陣も次々に目を覚ます。
「いくつも連なっているように見えるのだが、あれのどれが阿蘇山なんだ?」
恵美里の興味深げな質問に、静が答える。
「五岳と言って五つの山が連なってるのが代表的で、いくつもの山の集合体なのよ」
「で、どれが阿蘇山なんだ?」
恵美里は、怪訝な表情になっている。
「……あえて言えば、全部?」
「全部調べろって言われたらお手上げだな」
ピピンはからかうように言う。
「冗談じゃないわね。数ヶ月単位でかかるわよ」
静が呆れたように言う。
「登山用具とか買って登山しなきゃならないのかしら。体力保つのかな」
静の言葉に、不安が周囲に漂い始める。
「まあ、本地の陰陽連が頑張ってくれているのを期待しよう」
「そうね」
「阿蘇山、かぁ……」
貴一は、思わず呟く。
「引け腰になったか?」
ピピンはからかうように言う。
「いや、遠くまで来たなあと思ってな」
「そうさな。ここはもう本州じゃない。地元に帰るより沖縄に行くほうが近いぐらいだ」
「……ほんっと、遠くに来たよな」
「運転して俺はクタクタだ」
「感謝してるよ」
貴一は苦笑するしかない。
+++
陰陽連熊本支部との交渉はスムーズに進んだ。
道の駅で車を停め、外に出て相手の車を待つ。
三十分ほどして、黒塗りの車が二台、道の駅の駐車場に入ってきた。
その車は貴一達の傍で停車し、窓を開ける。
「火の精霊は?」
「阿蘇山に眠る」
相手の問いに、ピピンが答える。
「ヴィーニアス御一行様ですね。お待たせしました」
「待ってくれるか。僕も、挨拶をしたい」
何処かで聞いたような声が、車の中から聞こえてきた。
ドアが開き、一人の青年が地面に降り立つ。
貴一は、その姿に思わず目を丸くした。
「ヴィーニアス王。ご無沙汰しております」
黒い短髪に長身で華奢な体格。
リューイが、そこには立っていた。
「今世では、貴方の味方として働きたい。都合の良い話ですが、僕の願いを聞き届けていただけませんか」
貴一は、ヴィニーに体の主導権を譲り渡す。
ヴィニーは微笑んでいた。
「ああ、頼む。お前がいると頼もしいよ、リューイ」
リューイは、表情を綻ばせた。
二人は、固い握手を交わした。
「僕のゴーレムが夜な夜な山を探ってあるダンジョンを発見しました」
「ダンジョン?」
ヴィニーは怪訝な表情になる。
貴一も、気持ちは同じだ。この世界にダンジョンという単語は似つかわしくない。
「多分、火の精霊はそこに」
ヴィニーは、リューイの手を離した。
「案内してくれるか」
「ええ。まずは移動しましょう」
かくして、一行は陰陽連熊本支部への移動を開始したのだった。
次回、来週更新