シルカ再び
そして、一行は陰陽連京都支部との連絡を取った。
道の駅で待ち合わせして、目隠しをされて車に揺られて移動する。
車はある場所で停まり、床が下っていく駆動音が響き始めた。
そして、地下施設へと到着する。
一同は、目隠しを取った。
「ヴィーニアス!」
車から降りた途端に、懐かしい声が響き渡った。
桃色の髪を揺らして、シルカが駆け寄ってきていた。
貴一はヴィニーに変化し、それを抱きとめる。
「しばらくぶりだな、シルカ。まだ地下施設にいるのか」
「目覚めたと聞いていてもたってもいられなくて。今日ここに来ると聞いてお邪魔していたのです」
「そうか。お前にも苦労をかけたな」
「琵琶湖では色々あったそうですね」
「ヴィシャスと……息子と仲直りしたよ」
「それは重畳。息子といがみあうなんて悲しいことです」
ヴィニーはシルカを放すと、その頭を撫でた。
「それにしても、私達の息子はどこにいるんでしょうね?」
「陰陽連に聞けば覚醒した者もいるのではないかな。俺達は、ザザばあと連絡を取ってすぐに行こうと思う」
「そうですか。ゆっくり話をしたいところですが、名残惜しいですね」
「すまないな。全てが終わったら、またゆるりと話そう」
「全てが終わったら……」
シルカが、思案するような表情になる。
「その時、私達の魂は現世にしがみつけるのでしょうか」
ヴィニーは、シルカを抱きしめた。
「わからんところだ。これはロスタイムだと思おう。本来なら、二度と会えなかった」
「そうですね。ヴィニーを残して死んだ時は、心配したものです」
「シルカって短命だったの?」
静が、沙帆里に問う。
「四十そこそこで亡くなった記憶があるわ」
「そっか」
「ヴィニー。愛しています」
「俺もだ」
ヴィニーはそう言って、シルカの背を叩いた。
一行は、再び目隠しをされて車に乗る。僅かな振動が体を揺らした。
「もう、目隠しを取っていいですよ」
体感時間で十数分経つと、運転手が言った。
各々、目隠しを取る。
畑ばかりののどかな景色が周囲には広がっていた。
「ヴィニーの愛っていくつあるのかしらね」
静が呆れたように言う。
「世界が違えば常識も変わる。ヴィニーは王にしては妃が少ない方じゃないか」
そう言うのは哲也だ。
「そうかもしれないけどねー」
(お前発言迂闊すぎ……)
貴一は心の中でヴィニーを責める。
(仕方があるまい。俺は平等に皆を愛している)
ヴィニーは開き直っている。
貴一は心の中で小さく溜息を吐いた。
そのうち、ザザの待つ神社に辿り着いた。
一同は車から降りる。
「ザーザばーあ。来てやったぞー。もてなせー」
哲也が大声で言う。
反応がない。
「おかしいな」
哲也は顎に手を当てて考え込む。
「コンビニに出かけてるのかもよ?」
そう言うのは静だ。
「ちょっと待つか」
そう言って、哲也は赤い鳥居の下で座り込んだ。
「だらしがないんじゃないか、鬼教官」
恵美里は立っている。
「言ったな。今度のシゴキはもっと激しくしてやる」
「迂闊なことを言うんじゃなかった……」
「あんまり恵美里を苛めないでよ。本番でバテてたら目も当てられないんだからね」
「俺だってその辺りはわかってるよ。平和な時間の楽しいレクリエーションだ」
「楽しい……?」
恵美里は疑わしげに言う。
「スポーツは楽しいもんだ」
哲也は風のように飄々としている。
その時、貴一は視界が歪むのを感じていた。
気がつくと、周囲は一面真っ白な世界だった。
テーブルが中央に置かれ、その奥には椅子に座ったザザがいる。
煙草の匂いがした。
哲也がザザの傍に歩いていき、テーブルに手を置いた。一行はその後に続いた。
「遅かったな、ザザばあ」
「ああ……なんというかな。最近、悪寒がしてな」
「悪寒?」
「嫌な予感がするんだよ。鮮明に未来が見えない」
「それは、魔物絡みか?」
「わからん。私の寿命が尽きようとしているのかもしれんね」
「ザザ様の寿命が……?」
貴一は、思わず訊ねていた。
「人間、誰しも最後には死ぬ。最後には人類そのものも滅ぶ。その運命はどこの世界でも変わらない」
「ザザ様の本体は老齢で?」
「いんや。まだ若いよ」
そう言って、ザザは灰皿に煙草の先端を押し付けた。
「さて」
その一言で、空気が引き締まった。
「次の精霊だ。火と土の精霊が見える」
「私と静の精霊か」
「そうだ。火の方はもう現地の陰陽連が見つける頃合いだな。土の方は自然と会うだろう」
「場所は?」
哲也の問いに、ザザは即座に答えた。
「阿蘇山」
「阿蘇山……って言うと九州か? また遠いな」
「熊本だね」
と、静。
「くまモン見れるかな」
と、恵美里。
「私は加藤清正公ゆかりの地を見たいな」
「観光じゃないぞお嬢さん方。じゃあ、行くか」
「そうだな。皆で行こう。熊本へ」
貴一の言葉に、一同頷いた。
そして、一行は、陰陽連京都支部と別れ、九州へと向かった。
シルカは、道の駅までついてきた。
彼女は手を振っていた。いつまでも、いつまでも。
(名残惜しいな)
ヴィニーが、呟く。
(また会えるさ。何度でも)
(ああ……)
それきり、ヴィニーは黙り込んだ。
貴一の脳裏に、記憶が浮かび上がった。
それは穏やかな昼下がりの記憶。
シルカに膝枕をされて、ヴィニーは寝転がっている。
シルカは、何度も、何度も、ヴィニーの頭を撫でた。
二人は些細な話題で笑いあっている。
これはヴィニーの記憶だ。
(血は争えんな)
ヴィニーが、不服気味に言った。
(そうさな)
貴一は、思わず笑った。
クリスに甘えていたヴィシャスを言えたものではないと思ったのだ。
「なにがおかしいの?」
静が興味深げに聞いてくる。
「なんでもない。なんでも」
「ふーん」
貴一の誤魔化しに、静は素直に引き下がる。
そのうち、記憶の中では、ヴィニーは政務はどうしたとピピンとセレーヌに叱りつけられていた。
(お前、結構だらしない王だったんじゃないか……?)
ヴィニーは返事をしなかった。
次回『かつての敵にして、かつての仲間』




