旅立ち
セレナグループと黒の兄弟の宴会も始まってかなりの時間が経過していた。
ゴーンズは廃工場の隅で不味そうに日本酒を飲んでいる。
ヴィニー一行とセレナは中央に陣取って、入れ代わり立ち代わり現れる仲間達と会話を楽しんでいた。
「お父様達は飲まれないのですか?」
セレナの問いに、ヴィニーはやんわりと首を横に振る。
「本体の貴一が未成年だからな。遠慮してるんだ」
「そゆこと」
クリスも、そう言ってオレンジジュースを一口飲む。
「母上ー」
顔を真赤にしたヴィシャスが千鳥足で歩いてきた。
そして、クリスの前でしゃがみこんだ。
リーンが慌ててその後を追いかけてくる。
「母上様におられましては本日もご機嫌麗しゅう」
「飲みすぎはよくないわよー、ヴィシャス」
「ヴィシャス様、飲み過ぎです。気を緩めすぎではないですか」
「かまわん、リーン。敵はもういないのだ。ここにいるのは母上と妹の同胞だ。背中を任せてなにが悪いことがあろう」
そう言うと、ヴィシャスは寝転がって、クリスの太腿に頭を乗せた。
「母上~」
そして、寝息が聞こえ始める。
クリスは苦笑して、ヴィシャスの頭を撫でた。
その光景に、苛立ちを覚えた者がいた。ヴィニーだ。
「甘やかし過ぎではないか」
清涼飲料水を一口飲んで、呟くように言う。
「ん? 私とヴィシャスの仲が良いのが不満?」
不穏な空気が流れ始めた。
「いい大人が母親の膝枕で寝入る。どうかと思うね。お前達はそんな風に俺のいない時間を過ごしていたのか」
「私の教育が悪いって言うの?」
「そうとは言ってない」
クリスが強い調子で言うものだから、ヴィニーは怯む。
「言っときますけどね、一緒に暮らしてもいない、たまにしか顔を出さなかった貴方に、教育についてとやかく言われる所以はありません」
クリスはピシャリと言う。
はっきりと言われて、ヴィニーはますます苛立った。
「しかし、なんだ。親離れできない子供というのも問題だと思うがな。ヴィシャスは王の子だ。王の資質がある」
「いーえ、ヴィシャスはエルフの子です。王の資質なんていりません」
「しかしだな。子供はいつか旅に出る。それを見送るのが親というものではないか」
「独り立ちしても親に顔を出す。それが親孝行というものではないかしら」
冷えた雰囲気がヴィニー一行の周辺に漂い始めた。
「見て、こうやって酔っているヴィシャスを。心許している証拠だわ」
「正体がなくなるまで飲むのは正直どうかと思う」
「じゃあ貴方はヴィシャスがこう育って不服だと言うのね?」
「そうは言ってない」
「言ってるわよ! 貴方は私の教育が不満なの。私はそれが不満なの。それが現状でしょう?」
「嫉妬だよ、嫉妬」
ピピンがからかうように会話に入ってくる。
「クリスを取られてヴィニーは嫉妬してるんだ」
クリスがジト目でヴィニーを見る。
「そんなつまらない理由か」
「おいおい、待ってくれよ。これは家庭の話だ。家庭の話に友人が口を出すべきではない」
「いつ貴方と所帯を持ったかしら。旅に出る前は私達はずっとエルフの森で暮らしていたけれど」
「じゃあお前は俺が子育てに非協力的だったとそう言うんだな?」
クリスはそっぽを向いて、またヴィシャスの頭を撫でる。
「おじさま、おばさま、そのぐらいに……」
リーンが苦笑顔で取りなす。
「こいつが悪い」
ヴィニーとクリスは異口同音にそう言って、互いの顔を唖然とした表情で見ると、そっぽを向きあった。
「なんというか、結婚とは大変なものなのだな……」
恵美里が疲れたように言う。
「こいつと結婚したことはない」
ヴィニーとクリスは異口同音にそう言って、互いの顔を唖然とした表情で見ると、再びそっぽを向きあった。
「いいじゃねーか。家族してるよ」
ピピンが冷やかすように言って、飲み物に口をつける。
貴一としては、結婚への理想が崩れたようで面白くない。
マンションに帰る道中の車内でも、ヴィニーとクリスの仲はぎくしゃくしたままだった。
シンクロを解き、貴一と静に戻る。
周囲から、安堵の息が漏れた。
「正直、喧嘩はやめてほしい。数少ない仲間なんだから」
恵美里が、恐る恐る言う。
「悪かったわ、恵美里。子供のことになるとどうもクリスも意地になってね」
「ヴィニーも口出ししたのが悪かった。余計なお世話って奴だ」
貴一と静は互いの表情を見て、安堵の息を吐く。
「まあ、久々にヴィシャスの顔を見られて良かったな。それだけでもいい旅だった」
ピピンが言う。
「そうね。色々な因縁が消化された。これで精霊を集めることに集中できる」
静は、しみじみとした口調で言う。そして、言葉を続けた。
「侵食率を下げるためにしばらく滞在する?」
「いや、すぐに出発しよう。長旅になればその間に侵食率は下げられる。今回侵食率が高いのは静と貴一だろうから、丁度運転中に休めるだろう」
「それじゃあ、行こっか。京都に」
「そうだな。シルカがいるからまたクリスが拗ねんとも限らんが」
「拗ねないわよう」
静の口からクリスの声がした。
「わからんぞ。人間は欲深い。一つ手に入れればまた一つ欲しくなる」
「私はエルフだもん」
再び、静の口からクリスの声がする。
静は疎ましげに自分の頬を引っ張った。
「クリスー。私が話してる最中に勝手に出てくるのをやめて」
「ごめん」
そう言って、それきりクリスは引っ込んだ。
貴一は、シルカとのキスを思い出していた。
また同じことをすれば、その時はセレーヌと、それ以上にクリスの厳しい視線を浴びることになる気がしていた。
「水の精霊の加護を受けてどうだ? セレーヌ」
貴一は、助手席のセレーヌに問う。
「今までとは桁が違うわね……覚醒した当初の自分が如何に弱ってたか、やっと実感できた感じ」
「コントロールはできそうか?」
「誰に言ってるの? 私は氷帝よ。魔術ならお手の物なんだから」
セレーヌは上機嫌だった。
+++
翌日の早朝に、各自、荷物の準備となった。
元々荷物の少ない貴一と哲也はすぐに準備を終えた。
恵美里も、少し遅れたが準備を終える。
「ジャージが増えた分少しかさばって時間がかかった」
「いいよ。許容範囲内だ」
哲也は、淡々と答える。
「食材はいくつか捨てねばならないな。心苦しいことだ」
「事情が事情だ。お百姓さんも許してくれるだろう。それにしても……遅いな」
苦戦していたのは静と沙帆里の部屋だ。
「おーい、まだかー」
哲也が声をかける。
「おかしいのよ! 荷物をつめた時は入ったのに! 入らない!」
静の苛立たしげな声が返ってくる。
リュックとゲーム機を持った沙帆里が、先に部屋から出てきた。
「静は苦戦しているのか?」
恵美里の問いに、沙帆里は呆れたように一つ頷く。
「暮らしてる間も荷物散らかってたからね。それに新しく本も何冊も買ってたし。鞄がもう一個必要だわ」
「確かに、静の部屋はいつも散らかっていたなあ……」
恵美里がしみじみとした口調で言う。
「そんな汚部屋なの?」
貴一は、戸惑いつつ問う。
「汚部屋じゃない!」
扉越しに、怒鳴り声が飛んできて貴一は体を震わせた。
「京都の時は苦戦しなかったのになー」
哲也がどうでも良さげに言う。
「京都の時は買い出しに行く自由がなかったからね……静ー、諦めて本捨てれば? 私の見る限り許容量オーバーよ」
「本を捨てる? 本への冒涜よ! そんなことは許されない!」
「鞄買ってくるわ」
そう言って手を振ると、哲也はさっさと階段をおりていった。
(静って整理整頓できないのか……几帳面そうな性格なのになあ)
将来に一抹の不安を覚えた貴一だった。
こうして、ごたごたしながらも一行は滋賀を後にした。
出発し、琵琶湖の傍を通る。
「俺達、ここで戦ったんだよな……」
貴一はしみじみとした口調で言う。
「琵琶湖を二つに裂いたクリスの必殺技は圧巻だったぞ」
恵美里が上機嫌に言う。
「ヒヤヒヤしっぱなしだったわ。最初から最後まで」
少し疲れたように、静は言う。
「さよならだ、滋賀」
ピピンは、歌うように言う。
「ああ、さよなら、滋賀」
静が持つラジオから、スピッツの歌うロビンソンが流れていた。
その時、貴一はズボンのポケットに違和感を覚えて手を入れた。
手紙が、出てきた。
便箋を開けて、中を見る。
栞からの手紙だった。
佐藤さんと上手くやれよ。
そうとだけ、書かれていた。
(さよなら、栞)
栞に追い掛け回された小学校時代のことが、一瞬だけ脳裏を過ぎっていった。
今週の更新内容は『旅立ち』『シルカ再び』『かつての敵にして、かつての仲間』となります。
第四章突入です。