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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
琵琶湖攻防戦編
53/79

決戦

 月が見下ろす夜の琵琶湖に、百人近い人数が集まっていた。

 ヴィシャスは、双剣を抱いて座り込んでいる。

 貴一は、静に背を押されて前に出る。


 その体が、ヴィーニアスへと変わった。


「休憩はとったか? ヴィシャス」


 ヴィシャスは憎悪を篭めてヴィーニアスを睨む。


「お前の指図に従う理由はない」


「休むべき時に休まねば勝利は危ういぞ」


「今日はあの曲芸士はどうした?」


「帰らせた。インハイの予選が近いそうでな」


 ヴィシャスは滑稽そうに笑った。


「呑気なものだな」


「それに、お前との決着をつけるとしたら俺が適任だろう?」


「ヴィシャス!」


 声も高く言ったのはセレナだ。


「最後の勧告です。この場所を譲り渡す気はないのですか!」


 ヴィシャスは、喉を鳴らして笑った。


「余裕だな。父親が復活して強気になっているのか。おはよう女王も呑気なものだ」


「貴方は、以前はそんな物言いはしなかった」


「こっちが本性だ」


「私は、貴方が悪ぶっているように見える……」


「くだらんな」


 ヴィシャスが、双剣を両手に握って立ち上がった。


「あとは、剣を持って語るのみ。父上が上か、俺が上か。全てはそこに帰結する。どちらが光の精霊に相応しいか、勝負を決しましょう」


「お父様……」


 セレナが、不安げに言う。


「大丈夫だ、セレナ」


 ヴィーニアスは、双剣を呼び出して両手に握った。


「皆で帰ろう。平和な毎日に」


「はい!」


「セレナ嬢は父上を信頼していると見える」


 ヴィシャスは、嘲笑うように言う。


「立場が違えば、俺と同じ目にあっていただろうに」


 ヴィシャスの表情が、徐々に真顔になっていった。

 ヴィーニアスは、完全な集中状態にあった。ヴィシャスがどんな動きを取ろうと対応できるように万全の構えをきしていた。

 それに気圧されるように、ヴィシャスは双剣を構えた。


 耳に痛いような静寂が流れる。


「俺の体魔術は完成した。あの曲芸士にも、父上にも、負ける道理はない」


「なら、何故怯える、ヴィシャス」


 ヴィシャスは、虚を突かれたような表情になる。


「父親に剣を向けることが恐ろしいか」


「黙れ!」


「私はお前の師でもある。決着は見えている」


「ならば刮目して見ろ! 体魔術、百五十パーセント!」


 ヴィシャスの体が輝きを帯びる。


「そこまで高めれば持続時間が短くなる……焦ったな、ヴィシャス」


「その前に決着をつければ良いだけのこと! 行くぞ! 目で追えると思うなよ!」


 その声を残して、ヴィシャスは前方へと突進した。

 ヴィーニアスは、既に動いている。

 決戦が始まった。


 ヴィシャスが右手の剣を振りかぶって下ろす。

 腕力差で防ぐことは不可能。後ろに退いて回避することも不可能。

 それをヴィーニアスは冷静に判断して、行動に移る。

 ヴィーニアスは、前へと踏み出した。


 ヴィシャスの顔が真ん前にある。

 伸ばした腕。その内側へは剣を振ることはできない。

 空白のスペースにヴィーニアスは突入していた。


 額と額がぶつかって、鈍い音をたてた。




+++



 何故、というのがヴィシャスの感じたことだった。

 体魔術は百五十パーセントまで伸ばした。限界を超えた。

 だというのに、また父は刃を躱す。


 ヴィシャスの振るった剣をヴィーニアスは倒れて回避し、足を振り上げて腹を蹴ってくる。

 そこから、拳の五連撃をくらった。


 目眩がする。

 しかし、後ろ足を引いて体勢を整える。


 そして、剣を振った時には既に父は後方へと移動していた。

 確かに、父の体術は人並み外れている。運動神経も反射神経も並ではない。しかし、ヴィシャスの身体能力はその上へ行くはずだ。

 何故、攻撃が当たらない。

 いや、それよりも気になることがある。


「何故、俺を斬らない、父上! 殴るぐらいなら斬れるタイミングはいくらでもあったはずだ!」


「斬らないよ。皆で日常に戻ろうと言った。その皆に、お前も含まれている」


「母と俺を捨てた男が今更なにを!」


 ヴィシャスは返事を聞く前から飛びかかる。恐れるように。

 父はヴィシャスの双剣を自らの双剣で受け止めた。

 押すことで、相手の体制が崩れる。


 今だ、とヴィシャスが思った時には、腹部を蹴られて後方へと吹っ飛んでいた。

 咳き込む。血の味がする。

 喉元から込み上がってきた胃液と血の塊を、ヴィシャスは吐き捨てて立ち上がる。


「何故だ。何故勝てない……!」


「お前に教えたのは剣術の初歩だった」


 父はゆっくりと口を開く。


「それからお前は、魔法剣、体魔術とスキルに頼るようになった。剣術、体術を磨く必要はなかっただろう」


 ヴィシャスは慄く。

 それ以上言うな、と叫びそうになる。


「お前が振るっているのは、剣術ではない。ただの暴力なのだよ。それゆえ、読むのも容易い」


 今までの自分を全否定されたようなショックがヴィシャスを襲った。

 それをさらに否定するように、ヴィシャスは吠える。


「おのれえええええええ!」


 突進したヴィシャスに向かって、双剣が投じられた。

 自分でも慣れない百五十パーセントの体魔術でのトップスピード。辛うじて避ける。

 その顔面に、父の拳が叩きつけられた。


「覚えておけ。父は、強いと」


 ヴィシャスは憎悪を覚えていた。

 自分を裏切った父が自分より強い。そんなの、認められない。

 母と自分を捨てたこの男が、自分より強い。そんなの、認められない。


 憎悪は、力と結びついた。


「体魔術……」


 ヴィシャスは歌うように言う。


「百八十パーセント!」


 ヴィーニアスの目が、驚愕に見開かれる。

 その右頬に、ヴィシャスの拳が叩きつけられていた。



+++



 あまりにもヴィシャスは速すぎた。

 ヴィーニアスは後方から振られる剣を背後に剣を回して受け止め、そのまま押されて体勢を崩した。

 前方に転がって立ち上がる。

 一瞬遅ければ、真っ二つになっていただろう。


 ヴィシャスの攻撃は、さらに続く。

 闇の波動を放つヴィシャス。その力は尋常なものではない。

 それを読みを使い、紙一重でヴィーニアスは回避していく。


「国王陛下!」


 セレナの仲間の声がする。


「何故私の証言を使ってはくれないのですか!」


 ヴィシャスの動きが止まった。


「証言……?」


 ヴィーニアスは黙り込む。そして、体勢を整えて、挑発の姿勢を取った。


「かかってこい、ヴィシャス。気が済むまで」


「元よりその気だ。しかし、証言というのが気になる。お前」


 そう言って、ヴィシャスは双剣の片割れでセレナの仲間を指し示した。


「証言とやらがあるなら、言ってみろ」


 セレナの仲間は、一瞬怯えるようにゴーンズを見たが、意を決したように口を開いた。

 ゴーンズは、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。


「前世でクリス様とヴィシャス様の暗殺を命じたのは、ゴーンズ将軍です」


 ざわめきが起きた。


「私は前世でも、今世でもヴィシャス様の暗殺を命じられた。それは無理だと考え、今世では国王陛下に相談申し上げたのです」


 ヴィシャスは目を丸くしている。

 その体から、闇の気配が薄れていく。


「嘘だ、嘘だ、嘘だ……!」


 ヴィシャスは、叫ぶ。


「事実よ」


 そう言ったのは、クリスだ。

 ヴィシャスは、再び虚を突かれたような表情になる。


「ヴィーニアスが私達を暗殺するはずなんかない。貴方だって、本当はわかっているでしょう?」


 ヴィシャスは、構えを解いた。両手をだらりと下げて、項垂れている。

 ヴィーニアスは、その肩に手を置こうとして、払われた。

 ヴィシャスは顔を上げる。その表情は、どこか切なげだった。


「それでも、俺は、貴方を憎んでいなければ……自分を、許せなくなる」


 母に不自由をさせた罪。家を失った罪。色々なものを抱えかねて、ヴィシャスはここに立っている。

 ヴィーニアスは数歩後退して、双剣を構えた。


「来い、ヴィシャス。全て、受け止める。それが部下を御しきれなかった俺の罪だ」


「父上……」


 ヴィシャスは双剣を構える。

 その目に、もう迷いはなかった。


「俺はあんたを超える。あんたを超えて、あんたの分まで働く」


「よくぞ言った! なら、超えてみせよ!」


 ヴィシャスは再び飛びかかった。



+++



 永遠のように長い時間が過ぎた。

 ヴィーニアスの回避ははたから見れば紙一重で、見ている者の心臓に悪い。

 クリスは、夫と、息子の戦いを、じっと見つめ続けていた。


「ヴィニーの奴、限界を超えているな」


 ピピンが、呟くように言った。


「うん、ヴィニーはいつもそうだった。敵が強ければ強いほど限界を超えていく。けど、それはヴィシャスも同じ」


「父親の性質を受け継いでいると?」


「だって、体魔術百八十パーセントなんて集中力が保たないよ。それなのにこんなに長い時間、彼はそれを維持している」


「どちらが勝つと思う?」


「どちらにも、生き残って欲しい」


 クリスはそう言って、涙を一つ流した。

 自分にも止め得た戦いだった。ヴィシャスの行動をきちんと見て、普段から言い聞かせておけば、防げた戦いだった。

 けれども、運命は父子を決戦へと導いた。

 その時だった。ヴィシャスが、後方へと倒れた。

 足も腕も痙攣して、体は輝きを失っている。


「限界か、ヴィシャス。凌ぎきった、俺の勝ちだな」


 ヴィーニアスはそう言って、ヴィシャスに右手の剣を突きつける。

 その剣を弾いて、ヴィシャスは立ち上がった。


「やっぱ、あんたは強いよ、父上……あんたの逆ばかりを行った俺には至れぬ境地だ」


 呟くようにヴィシャスは言い、言葉を続ける。


「体魔術、百パーセント」


 ヴィシャスの体が再び輝き始めた。


「やめろ、これ以上は、宿主にも影響が出る!」


「なら、綺麗に終わらせてやるさ」


 ヴィシャスはそう言って、笑った。全てを、嘲笑うかのように。

 彼は高々と剣を掲げる。


「全軍前進! 敵を蹂躙せよ!」


 黒の兄弟は、戸惑ったように顔を見合わせる。

 しかし、その表情が決意に固まった。


 黒の兄弟が武器を鞘から抜いて前進を始める。

 ゴーンズが全員に臨戦態勢に移るように指揮を執る。

 その両者の前に、立ち塞がる者があった。


 セレーヌだ。

 白銀の杖を地面に叩きつけて、唱える。


「舞い散れ、氷華!」


 敵軍はヴィシャスを除き膝下まで凍らされ、硬直する。

 リーンは、全てを悟ったような表情だった。


「嘘……この辺りの氷の魔術のコントロールが、全て乗っ取られた……」


 敵の魔術師らしい人間が、慄くように言う。

 そう、セレーヌの異名は氷帝。

 氷の魔術を使わせたら右に出るものはいない。


「恵美里ちゃん!」


 クリスは、そう言って手を差し出す。

 恵美里は頷いて、その手を握った。


 それは、二人が練習していた新たな魔術。

 合成魔術。

 二つの属性を重ね合わせた強力な魔術。


「メテオ、ストライク!」


 二つの声が重なった。

 空から燃え盛る流星群が降り注ぎ、敵の頭部を襲った。

 氷が消える。

 黒の兄弟達は、地面に倒れ伏す。


 こうして、敵は完全に無力化された。


「これが五聖の戦い……」


 セレナが呆れたように言う。


「人知の及ぶものではありませんね」


 味方から、熱狂的なヴィーニアスコールが巻き起こる。


「その域に、足を踏み入れた奴がいる」


 ピピンは淡々とした口調で言う。


「ヴィシャスだ」


 ヴィーニアスと、ヴィシャスは、向かい合っていた。

 双剣を構えて。



+++



 ヴィーニアスは避け続けた。時に拳で反撃しはしたが、剣での反撃は一切しなかった。

 そして、ついに、ヴィシャスの体から輝きが消えた。


 光の精霊の加護を受ける者は決まった。ヴィーニアスだ。


「お前の全力、確かに見せてもらった。次は剣技を磨くといい。時間はたっぷりとある」


「……せ」


「なんだ?」


「……殺せ」


 ヴィシャスは膝をついて、言った。


「愛する息子だ。殺せるか」


 ヴィーニアスは、しゃがみこんで言う。


「他の子供と比べて贔屓する気はないが……森の中で逞しく育つお前に、誰よりも親近感を覚えていた」


 ヴィシャスは目を見開いて、涙を一筋流す。

 それを拭って、彼は剣を振り上げた。


「憎悪、そこまでのものか……なら、この勝負、俺の負けなのだろう」


 ヴィーニアスは、目を閉じた。

 生暖かい血が、頬に数滴かかった。


 目を開くと、セレナが二人の間に割って入り、剣をその背で受け止めていた。


「ああ……あああ……」


 ヴィシャスが、慄くように言う。

 ヴィーニアスに抱かれたセレナは、微笑みかけた。


「私、ね……父上に厳しくしつけられるたびに……貴方みたいなお兄ちゃんがいれば良かったなって思ってたの……ほんと……よ……」


 そう言って、セレナは目を閉じた。

 シンクロ状態が解け、女子大生の体に変わる。


「ああ……ああ……」


 ヴィシャスは涙していた。

 目から溢れる液体に戸惑うように、泣いていた。


 そして、セレナの手を握ると、叫んだ。


「誰か、誰か! 俺の妹を救ってください! 誰か!」


 その叫び声は、遠く、遠くまで響いた。

 ヴィシャスの瞳に、最早憎悪はなかった。

 琵琶湖をめぐる決戦は、こうして幕を下ろした。

次回『始まりは終わりとともに』

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