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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
琵琶湖攻防戦編
51/79

それぞれの一週間2

「八割方回復ってとこかなあ」


 三日後、ヴィーニアスは両手の剣を落とすと、廃工場で言った。

 クリスが槍を抱いて座り込む。


「まだ鈍ってるね。ブランクは大きいね。全盛期のヴィニーの鋭さはないわ」


 ヴィーニアスは両手を下げて左右に振る。


「手が痛いのですか? お父様」


「痒いんだ。体魔術の一撃を弾き続けてたら痺れを通り越して痒くなってきた」


「完璧に受け流していない証拠だーねえ。多分、全盛期との差は数秒以下の時間の差。その差が、受け流した際に蓄積したダメージを増加させている」


「仰る通り」


「私レベルでは話にもついていけません……」


 呆れたようにセレナは言う。


「間に合うかな」


「間に合うさ、ヴィニー。そろそろ、体魔術百パーセントで行くよ」


「ああ、頼む」


 ヴィーニアスは、そう言って、双剣を拾い上げた。

 決戦まであと四日。特訓は続く。



+++



 三日、走った。

 足は全体が筋肉痛で、膝が笑っている。湿布の匂いにも慣れた。

 恵美里は、まだ走っている。

 いや、辛うじて走ってると言えるだけで、ほぼ歩いている状態に近い。


「はい、はっしれーはっしれー」


 後ろから声をかけてくる鬼教官が鬱陶しい。


「走らなかったら今晩のアイス抜きな」


「畜生……」


 恵美里は歯を食いしばって、再び足を上げ始めた。


「哲也はきつくないの? このマラソン」


「いいリハビリになる。最近筋肉が衰えていたからな。マシントレーニングでもできればもっと効率よくやれるんだが」


「このスポーツオタめ。だから運動部の奴とは話が合わないのよ」


「そうか?」


「そうよ。なんか人生楽しいですってオーラ出してる奴ばっかりだし。憎くて仕方がない。私達陰キャはパリピが嫌いなのよ」


「貴一もか?」


 恵美里は、足を止める。


「別に」


「はい、はっしれーはっしれー」


 哲也に背を押されて、再び走り始める。

 くたびれた。もう休みたい。時間はどれほど経った? まだ昼食の時間にはならないのか?

 徐々に暑くなっている気温が、肌にまとわりついた。


「はい、はっしれーはっしれーごーごーえっみりー、ふぁいとーえっみりー、はっしれーはっしれー」


 鬼教官はこれ以上なくノイジーだった。


「ねえ、私、痩せるかな?」


「俺はもう少し肉付きがいいほうが好みだ」


「てめぇの希望は聞いちゃいねえ……」


「現実的に言うと無理だな。大体一キロつき七千キロカロリー。ランだけでそれを消費するのは不可能だ」


「じゃあ美脚は?」


 少しでも希望になる話を聞きたい。


「専門じゃないからわからんな。けど、筋肉はつくぞ。ムキムキとした筋肉じゃなくて、引き締まる」


「ちょっとやる気が出た」


「はっしれーはっしれー」


「私、陸上部だけは一生入らないって決めた」


「はっしれーはっしれーぷりちーえみりー、はっしれーはっしれー、ごーごーえみりー」


「恥ずかしいからヤメレ」


「掛け声がないと退屈でな」


「運動部の奴とはこれだから話が合わないのよ」


 二人は走り続ける。

 その時のことだった。


 恵美里は、地面を足で掴んだ感触を今までより強く感じていた。バネが、足を前方へと跳ね上げる。足が大きく上がった。


「おっ?」


 逆の足も同じ。バネが、足を前方へと跳ね上げる。

 それを繰り返して、恵美里のペースは上がった。


「おっおっおっおっ?」


 恵美里は駆けていた。

 足がやっと肉体の一部となったような感覚があった。


「鬼教官! 今の私のランはどうだ?」


「ああ、様になってるな。第一段階は終了といえるだろう」


「じゃあ!」


 やっと休める。恵美里は目を輝かせる。


「逆上がり、できるか? 次は上半身を目覚めさせるぞ」


 鬼教官は容赦がなかった。


「あんたってそうやって運動馬鹿として一生を終えていくんだわ……」


 恵美里は絶望して、座り込む。


「可愛い女の子と一緒に運動できて嬉しいなーちやほやしたいなーとか思わない?」


「お前はちやほやされたいと思うような女か?」


 恵美里は、少し考えて答える。


「それはそれで面倒臭そう」


「くくっ、だから俺はお前を気に入ってるんだ」


 鬼教官は、悪魔のような笑みを浮かべた。


「ジムに行って本格的なマシントレーニングに移る。俺が補助するから臆するな。その前に」


 鬼教官は時計を見た。


「昼食にしようか」


 恵美里は、安堵の息を吐いた。

 心の中に、不可思議な感情が芽生える。

 それは、恵美里が今まで感じたこともないような、達成感だった。

 人並みに走れるようになった。ただそれだけのことが嬉しかった。



+++



 時間は、飛ぶように過ぎた。

 沙帆里としては、退屈な一週間だった。

 疲れて帰ってくる一同に、スーパーで買ってきた値引きの弁当を運ぶ日々。

 ある日、四人は疲れ果てのか、弁当を食べ終えてそのまま寝入ってしまった。


「……満足感ある顔してる」


 沙帆里は苦笑して、四人に布団をかけていく。

 今なら、違和感なく言える。この四人が、仲間なのだと。

 沙帆里は貴一の布団に入って、横になった。


「お休み、愛しい旦那様」


 そう言って、沙帆里は目を閉じた。


(明日は良い一日になりますように)


 最後の一週間も、残り一日となっていた。



次回『最後の一日』

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