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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
琵琶湖攻防戦編
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神速の剣士

「ヴィシャスには一週間ほど猶予をやろうってヴィーニアスが言ってる」


 朝食の席で貴一が言った台詞に、哲也は苦い顔をして顎に手を当てた。


「敵に塩を送る余裕があるのかね」


「勝つ自信があるとヴィーニアスは言っている」


「負けたら大惨事だ」


「まあそうなんだけどな」


「お父様は正々堂々の戦いを挑むつもりなのです。流石は王です」


 そう言うのはセレナだ。

 貴一はむず痒いような気分になる。


「セレナさんも一回シンクロ状態を解いたほうがいい。宿主を侵食しかけてるだろう?」


「その前に、黒の兄弟達に猶予を作ることを伝えなければ。無理をされても困ります」


「そうだな」


 貴一は頷いて、白米を箸で一掴みして口に運んだ。そして、咀嚼して飲み込む。


「用心棒は貴一と静がいれば十分だろう。私は残るよ」


 恵美里が言う。


「なんで私と貴一がセットであるかのように扱われているのかに関しては異論を唱えざるをえないわね」


「同感! ここは母である私が!」


「完全魔術師型なんて抱き上げて運んでくれる存在がいなきゃ使えないじゃないか」


「恵美里、言ってくれるわね」


「まあそうさな。貴一と静でボディガードしてくるといい」


 哲也が結論付ける。


「多数決って不完全な制度だと思うの。けど、いいわ。どうせ暇だから」


「俺は一旦帰っていいかな?」


 そう言ったのは、秀太だ。


「インハイ予選前の調整期間が近づいてきている。結構無理して出てきたんだ。代表がヴィーニアスで落ち着くんなら、俺は帰るよ」


 しばし、沈黙が漂った。貴一と哲也は視線で相談する。

 哲也が、口を開いた。


「無理をさせて悪かったな。助かった」


「なに、これぐらいはな。お前らは学生生活を犠牲にしているんだからよ。俺も結末まで見守りたかったが、致し方ない」


「とれよ、天辺」


 そう言って、貴一は秀太に拳を突き出す。


「おうよ」


 秀太は貴一の拳に自らの拳をぶつけた。


「相手をする学生が気の毒ね」


 静が苦笑混じりに言う。


「セレナさんは車の運転はできるか?」


 貴一は問う。移動の足がなければ遠くには行けない。運転手は必須だった。


「できます」


 セレナは誇るように胸を張る。


「じゃあ三人で出かけるか」


「私のポジションだと思うんだけどな」


 沙帆里は最後まで愚痴愚痴と言っていた。



+++



 昼食を取ると、黒の兄弟達に会いに行くことにした。

 セレナの運転で、琵琶湖まで移動する。

 滋賀の道にも、幾分か慣れた。


 そして、黒の兄弟達は五人いた。バーガーショップの包みを開いて食べている。

 その傍に、セレナは車を停めて、地面に降り立った。

 貴一と静も後に続く。


 黒の兄弟達が慌てて臨戦態勢に移った。

 セレナが、武力衝突が目的でないことを開いた手を前に出して伝える。


「今日は交渉に来ました」


 黒の兄弟達はしばらく戸惑うように剣の柄を握っていたが、そのうち一人がセレナを庇うように腕を上げて仲間を制した。


「用件を伺います」


 黒いフードの下から出てきたのは、女性の声だった。


「一週間の停戦を申し出に来ました」


 ざわめきが起こる。


「ヴィシャスも宿主にかなりの負荷をかけているでしょう。なので、この一週間は休戦ということにしたいのです」


「ヴィシャスに負担はありません。例の剣士の対策もばっちりです。我々は今から戦闘を始めても不都合はない」


「そう強がるものではありません。協定を結びましょう」


「リーンちゃんじゃない?」


 そう言ったのは、いつの間にか静から変化していたクリスだ。


「……クリスさんですか」


 女性、リーンは、渋々と言った感じで返事をする。


「聞いてよヴィーニアス。この子、ヴィシャスのいい人なのよ」


 貴一は、ヴィーニアスに体を乗っ取られるのを感じた。貴一の体はヴィーニアスに変化する。


「本当か? クリス」


 ヴィーニアスは子供のように喜んでいる。


「本当も本当。あの子が紹介してくれたんだから」


「ほーほー、これはうちの息子が世話になっています」


「調子が狂うなあ……」


 リーンはフードを脱ぎ、頭を抑える。

 ヴィシャスと同じ、緑色の髪をしていた。涼やかな目鼻立ちをした女性だった。


「同感です」


 セレナも苦笑して言う。


「休戦の件、聞いてもいいでしょう。しかし、どんな策略かわかったものではない」


 そう言って、リーンは細身の剣を鞘から抜き、地面に突き立てる。そして、柄の天辺を抑えるように握った。


「意見を通したければ戦いを持って交渉としましょう」


「あら、まあまあ」


「これはどうしたものだろう」


「ヴィーニアス、リーンちゃん戦いたいって」


「しかし困ったな。俺が怪我でもさせたらヴィシャスからまた恨まれそうだ」


 なんだろう、この空気。

 のんびりとした両親が息子の世話を焼いているようなほのぼのした雰囲気がある。


「おじさま、おばさま、少しは真面目にやってください!」


 リーンが凄む。


「叱られちゃった」


「ヴィーニアスが悪いのよ。若い人のことわかってないんだから」


「いやあ、俺は真面目だぜ」


「あらあら、若い子を見て張り切ってるのかしら」


「やめてくれよ、俺をそんなスケベオヤジみたいに言うの」


 リーンが苛立っているのが手に取るようにわかる。

 しかし、この二人のほのぼのした空気は変わらない。


「頼めるか、貴一」


 予想外の一言に、貴一は驚く。

 その瞬間、ヴィーニアスの体は、貴一の体に変化した。


「うふふ、頼むわね、貴一」


「気軽に言ってくれる」


 そうぼやいて、両手に剣を呼び出す。


「今の貴方なら大丈夫。より深くヴィーニアスの経験を得ている。体さえついていけば、十分に勝てるわ」


 そう言って、クリスは貴一の両肩を持って前へと押した。

 リーンは、凄んだ目で貴一を見ている。

 なんだか彼女から、この相手なら真面目な空気に乗ってくれそうだなと言う安堵の心を感じる。


「俺はお宅の三番手にも勝ったぜ」


「お生憎だな。誰か、開始の合図を」


「いきますよ!」


 そう言って、黒の兄弟の一人が手を高々と掲げる。そして、振り下ろした。


「始め!」


「私は、二番手だ」


 その声は、横から聞こえた。

 細身の剣が一閃する。それを、慌てて弾く。

 秀太ではないが、相手の動きから攻撃に移るモーションが予測できていた。

 これが、ヴィーニアスが溜めてきた経験の成せる技。


 攻撃に移ろう。相手の剣を弾いた右手の剣の他に、左手の剣がある。

 そして、攻撃モーションに移ろうとしたところで、その動きが止まる。

 敵は既に、剣を引いて次の攻撃のモーションに移っていた。


 神速の敵の三連撃。

 なんとか弾いて凌いだ。

 敵は背後に数歩跳躍して引く。


「今ので仕留められないとは、やりますね。流石はヴィーニアス国王の魂を憑依させし者」


 リーンは楽しげにそう言った。

 美人だな、と、貴一はこんな状況でありながらも思わず見惚れだ。


(おい、うちの息子の嫁だぞ)


(気がはえーよオッサン。その息子には嫌われてる癖に)


(これから和解するのだ)


(はいはい。お前が負けたら全部終わりなんだからしゃきっとしてくれよな)


(了解した)


「なにを呆けている!」


 敵が剣を引き、なにもない場所を突いた。

 光が走る。

 閃光突だ。


 貴一は右手の剣でそれを弾く。

 閃光突は次から次へと繰り出される。

 神速の剣士の連撃。

 これでは双破斬も繰り出せない。


(距離を置かせたのが失敗だったな)


(つっても生半可な速度じゃないぜ。体魔術を使ってない奴の中じゃダントツだ。恵美里より上かも)


(あのお嬢ちゃんは運動神経が鈍い。普通ヴァイスが憑依してああはならんよ。それでも十分な強さだがな。さて、貴一)


(ああ)


(覚悟は決めたな?)


(ああ!)


 貴一は雄叫びを上げた。

 一瞬、リーンが怯んだように動きを止める。

 それは、ほんの一瞬のことだった。

 しかし、貴一が前進に転じるには十分な隙だった。


 光の矢の雨の中を、双剣を頼りに駆け抜ける。

 あと二十メートル。

 閃光突の高速連撃。その代償となっているのは機動力。足を止めなければ連撃にならぬがゆえに、相手を足止めできなければ動かない的になる。


 あと十メートル。

 リーンも雄叫びを上げた。

 閃光突の高速連撃の速度が早くなる。


 貴一は立ち止まって、防ぐことに集中する。

 リーンの顔に、安堵の色が混じる。


(もっとだ、貴一! 行けるはずだ! 俺の経験と鍛え上げた運動神経を持つお前ならば!)


(わかったよ!)


 貴一は一歩、一歩、前へと進んだ。

 あと五メートル。

 リーンの顔に焦りが滲む。


「吹き飛びなさい!」


 リーンが剣を引いて、魔力を溜め始めた。

 貴一も同時に、剣に魔力を溜める。


「雷鳴閃光突!」


 それは、まさに光の速さだった。

 一瞬で、それが通過した箇所が無に帰す。

 しかし貴一は、相手の攻撃に移るモーションで先読みして攻撃を回避していた。


「双破斬!」


 貴一の双剣から光の刃が放たれ、相手を屠った。

 そして、貴一は、弱々しく立ち尽くす相手の喉元に剣を突きつけた。


「おお、リーン様が……!」


「我々の中で二番手を譲ったことがないリーン様が!」


 動揺の声が上がる。

 リーンは、微笑んだようだった。


「私の負けです」


 そう言って、リーンは前に向かって倒れた。



+++



 クリスがリーンの傷の治療をしている。破れた服は元通りに直っている。


「戦って負けたとなれば、ヴィシャス様も交渉の件を聞いてくださるでしょう」


「そこまで俺の息子のために……」


「ええ嫁や……」


「やめてくれませんかね、その反応」


 リーンは苦い顔で言う。


「おばさまが以前語ったように、おじさまは暗殺などを望む方ではない。接してみてそうとわかりました。しかし、ヴィシャスはおじさまを恨んでいます。多分、戦闘は激しいものとなるでしょう」


「覚悟はしている。その中で、信頼を取り戻してみせる」


「そうですか」


 リーンは微笑んだ。


「全ての人がわかりあえれば良いですね」


 その言葉は、貴一の胸を打っていた。

 家を捨てた父。彼ともいつか、わかりあえる日がくるのだろうか。


(くるさ)


 ヴィーニアスは、脳天気に言う。


(想像もつかねえな……)


 貴一はそう言って、ヴィーニアスに完全に体のコントロールを委ねた。

今週の更新内容は『神速の剣士』『それぞれの一週間1.2』『最後の一日』『決戦』『始まりは終わりとともに』となります。

琵琶湖攻防戦編も本日中に完結します。

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