目覚めたヴィーニアス
ヴィシャスの体から輝きが消えた。
倒れたヴィシャスを、黒の兄弟達が支える。
ヴィーニアスは、それに背を向けた。
「父上、何故今トドメを刺さない! 同情のつもりか!」
「全力でぶつからねばお前の恨みは晴れぬだろう。ぶつかっても晴れるかはわからぬがな」
「そうだ! お前は俺と母上を捨てた人だ! 信頼を裏切った人だ! 俺は許さないぞ、ヴィーニアス! ヴィーニアスゥゥ!」
ヴィシャスの叫び声が夜空に響き渡った。
「国王陛下。この機に乗じて全軍で相手を討滅したほうが向後の憂いがないと思われますが」
ゴーンズがそう耳打ちしてくる。
「寝言なら聞き流そう、ゴーンズ」
そう言って、ヴィーニアスはゴーンズの傍を通り過ぎていった。
「ヴィーニアス!」
クリスが抱きついてくる。それを、ヴィーニアスは受け止めた。
「ありがとう。あの子を助けてくれて、ありがとう」
「俺達の子だろ、当然だ」
そう言って、ヴィーニアスはクリスの髪を撫でる。
「今度は出てきてすぐ寝入るわけじゃないだろうな?」
ピピンが嫌味っぽく言う。
「完全に目が覚めたよ。ヴィシャスが死にかけたのは相当ショッキングな光景だったぜ」
「なら、いい。お前がいなくては始まらない」
ピピンは唇の片端を持ち上げた。
「しんどかっ……たぁ……」
そう言って、秀太が座り込む。
その傍に、セレナが駆けて行った。
「ひとまずはアジトに戻りましょう。誰か、秀太さんを担ぎ上げて」
「私がやるわ」
そう言って、クリスはヴィーニアスを離すと、秀太を抱き上げた。
一同は撤退する。廃工場に向かって。
「寝ていた間の記憶はあるか?」
ピピンが、運転しながら問う。
「ああ。俺は貴一君で、貴一君は俺だ。情報の共有はできている」
「また精霊探しだ。進歩がないとは思わんか」
「そう自虐するものではあるまい。やるべきことはやらなければならん」
「俺の悲観論にはお前の糞真面目な意見が一番だ」
「楽しそうだな」
ヴィーニアスは苦笑する。
「やっとのことで相棒が目覚めたのでな。で、考えはあるのか?」
「直接ぶつかるよ。まだヴィシャスは未熟だ。俺でも勝ち筋はある」
「そうかね。五聖クラスの実力者と見るが」
「体魔術、魔法剣、確かに有用なスキルだ。しかし、スキルに振り回されているのだ、彼は。それを指摘できなかったのも我が人生の悔いだった」
「なるほどね。お前クラスの人間となると見える景色も変わってくるか」
ピピンは考え込んだようだった。
「ヴィーニアス……」
「なんだ? セレーヌ」
「やっとゆっくり話せるのね」
「ああ。すまなかったな」
ヴィーニアスは苦笑する。
「前世でも言ったけど、私、第二王妃は認めたけどクリスは認めてなかったと思うんだけど、そこらどう思う?」
「……フル・シンクロはちょっと負担が大きいな。貴一君に代わる」
ヴィーニアスはそう言い、貴一に変わった。
「いや、こんな状況で代わられても」
思わずぼやく貴一だった。
「モテる男は辛いねえ」
クリスは窓の外に視線を向けて、からかうように言う。
「また眠りについたとかいうことはないだろうな……」
ピピンは低い声で言う。
「起きてるよ。ヴィーニアスは、目覚めた」
胸の中に心強い味方がいる。それを、貴一は感じ取っていた。
+++
廃工場に足を踏み入れる。
「ヴィーニアス国王、お帰りなさい!」
セレナを中心に、大合唱が起きた。
戸惑っていた貴一の背を、ピピンが押す。
貴一は、ヴィーニアスへと変わった。
「皆、不安な思いをさせた。愚息が迷惑をかけた。帳尻は俺がつける。信じてついてきてくれ」
大喝采が起こる。
(京都の時も思ったけど)
(ん? なんだ、貴一君)
(お前、意外と人望あるんだな)
(……まあ、寝てばかりの人間と思われているんだから仕方がないか。前世の俺は仕事をしてたぞ)
セレナが抱きついてくる。
「やっと会えました、お父様」
「セレナ。お前には前世でも今世でも迷惑をかけた」
「なら、セレナの我儘を聞いていただけますか」
「なんだ?」
「一緒に、寝てほしいのです」
周囲がざわめいた。
「お母様も一緒にです」
周囲の者は安堵の息を吐いたようだった。
+++
「というわけで今日は恵美里と寝てくれるか」
「仕方ないわねえ……ヴァイスと夜明かしなんて旅の最中で何度もあったことだから気にしないわよ」
クリスは快諾した。
かくして、恵美里の使っていた部屋が空き、ヴィーニアスとセレナとセレーヌはその一室に滑り込んだ。
三人で横になる。
「夢が叶いました」
セレナは無邪気に微笑む。
「こんなこともお前にしてやらなかったっけか」
ヴィーニアスは、戸惑うように言う。
「王位継承が決まってからは、お父様はずっと厳しかったです」
「そうか、寂しい思いをさせたな……」
「私は、怖いのです」
セレナは、そう言った。
なにが怖いのだろう。ヴィーニアスは、戸惑う。
「あのヴィシャスという男は、私の全てを奪っていくのではないかと……」
「ヴィシャスもお前も俺の子だ。仲良くはしてくれないか」
「仲良くしていた頃もありました。けど、彼は本心では私を恨んでいるでしょう。だからおはよう女王などとからかうのです」
(それは自業自得じゃないかなあ)
思ったけど口には出さなかったヴィーニアスだった。
「お父様は、ヴィシャスと私、どちらかを贔屓するようなことはありますか?」
「俺がお前と兄弟を贔屓して特別扱いしたことはあったか」
「私にだけは厳しゅうございました」
(相当根に持たれてるな、お前)
貴一が呆れたように言う。
(セレナの寝間着に興奮してる童貞が五月蝿いよ)
(こ、興奮してねーし!)
「どうしました? お父様」
「いや、ちょっと貴一が五月蝿かった」
セレナは滑稽そうに笑う。
「宿主をそう蔑ろにするものではありませんよ、お父様」
「そういうお前はどうなんだ?」
「と言いますと?」
「宿主は無断外泊で責められるのではないか?」
「私の宿主に、両親はおりません。それに、大学生で一人暮らしです」
ヴィーニアスは一瞬、言葉に詰まった。
「そうか」
「二人分の夢が叶った心地です。お父様は、今世では優しいのですね」
「もう、城も国もないゆえな……」
ここまで、娘に窮屈な思いをさせていたか。そう思うと、ヴィーニアスは胸が痛んだ。
そのうち、セレナは寝息をたて始めた。
「我が娘ながら健気な子よ」
セレーヌが、そう言ってセレナの頭を撫でる。
「今世では、優しくしてあげて」
「ああ、わかっている」
ヴィーニアスは苦笑する。
「ヴィーニアス」
セレーヌは、潤んだ目でヴィーニアスを見ていた。
これはまずいか、とヴィーニアスが思った時のことだった。
「私も、寝るわね」
何かを察したように、セレーヌは苦笑して、目を閉じた。
後には一人、ヴィーニアスが残された。
しかし、家族の寝顔を見て過ごす時間というのも、悪くはなかった。
その時、部屋の扉がノックされた。
家族は寝入っている。
ヴィーニアスは、立ち上がって来訪者を出迎えに行った。
表にいたのは、セレナの仲間の一人だった。
周囲に注意をはらい、なにかに怯えるような、沈んだ表情をしていた。
+++
深夜、ヴィーニアスは屋上に出ることにした。
屋上に向かう途中、移動している静と沙帆里と哲也と出くわした。
「なにしてるんだ?」
問うと、哲也からこんな返事が来た。
「お嬢様方が新技を思いついたそうでな。それを試すために広い場所へ行く。なにせ五聖クラスの技だ。広い土地が必要になる」
「なるほど。気をつけてな」
すれ違い、ヴィーニアスは屋上へと向かう。
階段を上がって、屋上への扉を開けた。
心地よい風がヴィーニアスを歓迎した。
(今は遠い我が故郷。しかし、吹く風はどこも変わらない)
歩いていき、フェンスを指で掴んで夜の街を見下ろす。
(挨拶をしていなかったな。初めまして、だな、貴一君)
(何度も助けられたけどな。寝ぼけてて覚えてないのか?)
(私自身の実感としては、覚えているような気もするといった程度だ。しかし、君の記憶が私の記憶を裏打ちしている)
(もう大丈夫なのか? 王様)
(ああ、もう大丈夫だ。困難には立ち向かわなくてはならない。ヴィシャスが見つかって、むしろ目的が明確になった気持ちだ)
(そうか……なんかベリーハードな気がするけどな)
(人生とはベリーハードなものだよ、貴一君)
(そういうものか)
(そういうものだ)
風が吹き、ヴィーニアスの髪を撫でる。
(不思議だな)
貴一は、呟くように言っていた。
(なにがだ?)
(あんたの言葉を聞いていると、困難も軽い障壁に思えてくる。心折れてた癖にな)
(人の上に立つものは勇気を奮い立たせる者でなくてはならない。王の宿命だよ)
(ふーん。偉い人なんだな、あんた)
(綺麗なお題目を並べているだけだよ。心は脆い。一度折れたら中々戻らぬ)
(……そうか)
(ヴィシャスも、多分そうなのだろう)
その言葉の意味を読み取れなかったようで、貴一は黙った。
風が吹いている。
ヴィーニアスはそれを体に浴びる。
「ヴィシャスも、この風を感じているだろうか……」
祈るように、ヴィーニアスは言った。
+++
草原に幾重もの穴が開いていた。
まるで、小さな隕石でも落ちてきたかのような穴だ。
哲也が呆れたように肩を竦める。
「これは大した威力だ、お嬢さん方。しかし、威力が強すぎるな。即死だぜこんなんくらったら」
「調整はできるか? 静。この技のメインは静だ」
「やってみるわ、恵美里。しかし、精霊の力は偉大ね。繊細なバランス感覚が必要になる」
しばし、二人は手を繋ぎ、強弱を試しながら技を放った。
平地だった草原は、その影響で穴だらけになっていた。
「そろそろやりすぎかしら。地主さんが怒るかしらね」
静は、我に返って恐る恐る言う。
「もう手遅れだと思うけどな。土魔術で整地だけはしとけよな」
「わかった」
静は地面に手を置いて土を操り始める。
地面の穴が徐々に埋まっていく。
「佐藤さん」
静に声をかける者があった。
貴一の元カノ、栞が、立っていることがわかった。
哲也はいつの間にかピピンへと変わっている。
「どうしたの? こんな夜更けに」
「たまたま夜空を見たら、なにかやってるのが見えたからさ。見物に来たの」
「そっか」
「こうしてゆったり話すのは小学生時代以来だね」
「そうね」
どうしたものだろう。静は栞に興味がない。
「ねえ」
「なに?」
「貴一のこと、好きなの?」
静は、思わず顔を上げた。
微笑んでいる栞と、目が合った。
「な、なんでそんな風に思うの?」
「普通は、寝てる人がうなされてても手を握ろうとはしないよ。性別が違えば尚更」
沈黙が漂った。
風が吹いていた。心地よい風が。
次回、来週更新。
更新量に関しては仕事が忙しい週になるため少なくなる可能性があります。申し訳ありません。




