秀太の覚醒
ひとまずは秀太の実力を見定めないといけない。
そうと決まり、六人は昼の廃工場に辿り着いた。
夜には憑依者達が集まるこの場所も、この時間帯では人気がない。
「クリスと戦えばいいのか?」
「魔法剣なしでね」
クリスと秀太は二十メートルほど離れた位置で対峙している。
互いに、既に槍と剣を手に作り出していた。
「前は間違っても勝てない相手だった。今は善戦できそうな気がするよ」
秀太はそう言って剣を構える。
「面白いわね。その自信のタネ、見せてもらおうかしら」
クリスも槍を構えた。
「体魔術、四十パーセント!」
クリスの体が輝きを帯び始める。
「あいつの自信の程、どう見る?」
哲也が貴一に耳打ちしてくる。
貴一は五秒ほど考えて、答えた。
「根拠もなしに見栄を張る男じゃないよ、秀太は」
「なら、勝てると思うか?」
「それも想像し難いんだよな」
「結局は秀太に体魔術に慣れてもらうしかないか……」
「おーい、開始はまだかー?」
軽い調子で秀太は声をかけてくる。
琵琶湖の命運を握っているというのに呑気なものだ。
「始め!」
哲也の声が廃工場に響き渡った。
クリスが地面を蹴る。
そして、秀太の右肩狙って槍を突き出した。
しかし、秀太は既にその時には動いている。
左肩を前にして半身だけをクリスに見せ、槍を躱していた。
クリスは慌てて構えを取り直す。
そして、秀太の一撃を受け止めた。
「やはり体魔術は厄介だな。仕留めたと思ったタイミングでも防ぐ」
秀太は槍に押されて踏ん張りながら、苦笑混じりに言う。
クリスが水面蹴りを放つ。それを跳躍して避けて、秀太はクリスの背後を取った。
再び、槍と剣がぶつかりあう。
「ほう」
哲也は感心したように言う。
「四十パーセントとはいえ、体魔術を使っているクリスと互角……?」
貴一の心には戸惑いしかない。
(少し会わないうちに、実力が跳ね上がってるぜ、秀太)
剣と槍がぶつかりあう音が、廃工場に響き続けた。
秀太には恵美里のような体力切れはない。運動部で鍛え続けた肉体は伊達ではない。
クリスは跳躍して、秀太と距離を取った。
「侮っていた無礼を詫ましょう。そして、ギアを上げるわ。体魔術、六十パーセント!」
恵美里と貴一を一蹴した体魔術の六十パーセント。
それを前に、秀太は余裕の笑みを浮かべていた。
そして、二十分が経った。
「そこまで!」
哲也が告げる。
戸惑うような表情だった。
クリスと秀太は、互いに構えを解き、礼をする。
「しんどいわ~。飲み物ある?」
「私も喉が乾いたわ」
「沙帆里、お前ちょっと走って自販機探してこい」
そう言って、哲也が分厚い札束で膨れ上がった財布を沙帆里に投げる。
「コンビニ見つけたらお菓子買ってもいい?」
「いいぞ」
「じゃあ行くわ」
沙帆里は素直に外に出て行った。
秀太は近づいて来て、悪戯っぽく微笑んで貴一に拳を差し出す。貴一は唖然としていたが、微笑んで、拳に拳をぶつけた。
「どうよ。俺の新技」
「大したもんだ」
「だろう? ザザ様に会いに行ったかいがあったというものだ」
「どういうカラクリだ、秀太」
哲也が、疑わしげに言う。
「体魔術を六十パーセントまで上げたクリスに通常の人間はまず対応できない。できたとしたら化け物の類だ」
「人をお化けみたいに言うなよな」
秀太は苦笑顔で言う。
「まあ、説明するよ。俺の新技を」
秀太は哲也に説明を始める。
静が、貴一の傍にやって来ていた。
クリスならともかく、静が貴一の傍にやってくるのは珍しい。
「これで、貴方はいいの?」
静は、責めるように言う。
「……時間が惜しい。確実な方法を取るさ」
「けど、今後、ヴィーニアスの力が必要な時が来る。それを先延ばしにしていて、問題は起きないのかしら」
「俺にやれ、と言っているのか?」
静は腕を組むと、口を噤んだ。
「言いたいことがあるなら言えよな」
「あんたの中にいる人は言ってもしょーがない人だからね。私はクリスじゃない。優しくない」
「そうかい」
沈黙が漂った。
貴一は、秀太の言葉に意識を傾け始めた。
(このままでいいのか? ヴィーニアス。お前の出番もなしに、終わっちまうぞ)
そう、終わるのだ。
心のすれ違いを残したままで。
+++
夜の琵琶湖に、また百人に近い集団が集った。
「性懲りもなく斬られに来ましたか、父上」
ヴィシャスが嫌味っぽく言う。
静に押されて、貴一は一歩前に出る。
「今日は助っ人を呼んできた。お前に匹敵する実力の持ち主だ」
「母上と戦えと? これは中々悪趣味だ」
「違う。クリスじゃあない。秀太、頼む」
秀太は足音もなく貴一の前に立った。
「ヴィーニアスの息子だと聞いている。君の父親には救われたこともある。だから、君に刃を向けるのは多少なりとも心が痛むが、お互い健闘しよう」
ヴィシャスは虚を突かれたような表情になった。
その顔が次第に歪み、笑い声が夜空に響いていく。
「はっはっはっは、五聖でもない人間を助っ人に呼ぼうとは。父上も耄碌したものですな」
「戦ってみればわかるさ」
秀太はそう言い捨てると、手を前に差し出した。
「ダウンロード」
秀太の手に剣が現れる。
「フル・シンクロでもなくダウンロードだと? 憑依霊を御しきれていない証拠よ」
そう言って、ヴィシャスは両手に剣を呼び出す。
(違う、ヴィシャス。秀太は憑依霊をそのままの肉体で御しているんだ)
二人は構えを取った。緊迫した空気が周囲に漂う。
リグルドが手を上げた。
「始め!」
リグルドの手が振り下ろされた。
「体魔術、八十……」
そこまでヴィシャスが言った時だった。
秀太が地面の土をヴィシャスの顔に蹴り上げた。
ヴィシャスは慌ててそれを防ぐ。
防いだ右腕に、秀太の剣が突き刺さっていた。
貴一は、心の中にざわつきを感じた。ヴィーニアスが動揺している。
ヴィシャスが傷ついて、動揺している。
それはそうだ。目に入れても痛くないほどに可愛がった我が子だ。
動揺せぬわけがない。
(ヴィーニアス……お前が選んだ道だぞ)
貴一は、胸に手を置いて心の中で呟く。
「二刀は厄介なのでな。潰させてもらった」
秀太はヴィシャスの腕から剣を引き抜き、淡々とした口調で言う。
ヴィシャスの右腕から、剣が落ち、血が滴った。
彼は憎々しげに秀太を睨む。
「貴様、剣士としての誇りはないのか?」
「勝てば生き、負ければ死ぬ。君達が生きてきたのはそういう世界だったと思うが?」
秀太は淡々とした口調で言う。
「ならば、死ね! 体魔術、百パーセントだ!」
ヴィシャスの体を神々しい光が包んだ。
そして、次の一瞬、ヴィシャスは秀太の背後を取っていた。
しかし、そのヴィシャスの腹部に、秀太の肘打ちが入っていた。
ヴィシャスは咳き込む。
そして、振り向いた秀太の剣とワンテンポ遅れて振り下ろされたヴィシャスの剣がぶつかりあった。
貴一は回想する。廃工場で告げられた事実を。
「簡単に言えば、先読みの才能だな」
秀太は額の汗を拭いながら、そう言った。
「先読み?」
「ああ、相手の次の攻撃がなんとなくわかる。対応速度が上がる。それが体魔術への対策に繋がる」
「予知の類か」
哲也はそう言って、顎に手を当てた。
「そうらしい。実戦経験だけは負けてないからな、俺は」
「つまり、ヴィシャスがいかに速く動こうと……?」
貴一は感心しながら言う。
「それよりも速い初動で俺が先を取る」
秀太は自信を持ってそう言っていた。
その結果が、如実に出ていた。
ヴィシャスは素速く動く。しかし、攻撃は反らされ、反撃に体のあちこちを痛め始める。
(大したもんだ、秀太……いくら予知ができようとあの速度に対応するのは生半可なことではない)
しかし、秀太はやってのける。完璧に。
それは綱渡りのようなもの。一歩間違えれば圧倒的な腕力に叩きのめされる。しかし、秀太は成立させている。その綱渡りを。
戦闘は長時間に渡った。
秀太の体のあちこちに傷があるが、深い傷は一つもない。呼吸は整っている。
ヴィシャスの呼吸が、乱れ始めた。
「無理よ……ハーフエルフの身でコントロールに細心の注意が必要な体魔術を最大限に駆使して三十分も」
クリスが、痛ましげに言う。
「ギブアップするなら認めるが」
秀太は、冷たい表情で言う。
その時、ヴィーニアスは過去を思い出していた。
それは、普段は日が落ちる前に帰るヴィーニアスが、雪で足止めされて、クリスの家に泊まった時のことだった。
その日は三人で晩餐を食べて、三人でベッドに並んで寝た。
ヴィシャスとクリスの寝顔を見て、これが自分が守るものなのだとヴィーニアスは決意を新たにしたのだった。
貴一の中で、ヴィーニアスが目覚め始めていた。
「こうなれば道連れよ! 貴様も、死ね!」
それは、ルール破りの一撃だった。
ヴィシャスは秀太の顔面めがけて、剣を振るった。
秀太は回避するが、予想外の一撃に反応が遅れる。
そして、秀太の剣も、ヴィシャスの胸へと向けられる。
相打ち。
最悪の結果が、見えた。
剣と剣がぶつかりあう、澄んだ音がした。
貴一はいつの間にか、ヴィーニアスとなり、秀太とヴィシャスの間に入っていた。
右手は剣でヴィシャスの剣を受け止め、左手は秀太の剣を握って軌道を反らしている。
左手から、血が滴った。
「悪い、秀太君。奮闘してもらって悪いが、この勝負はお預けだ」
そう、淡々とヴィーニアスは言う。まるで、感情を隠しているかのように。
「日付を改めよう。決着は俺がつける!」
高々とヴィーニアスは宣言した。
セレナ陣営からヴィーニアスコールが起きる。
ヴィーニアスは目覚めた。
今まで何度も眠っていた彼が、息子を守るために、目覚めた。
ヴィシャスは、唖然とした表情をしていた。
次回『目覚めたヴィーニアス』