剣士、再び
「ヴィシャスがヴィーニアスを憎んでいる理由は理解したよ」
治療を終えた貴一が、座ったまま言う。
「全てをありのままに伝えたらどうだろう?」
「疑われるだけだな」
ピピンが冷静に言う。
「搦手で攻めてきたと見て逆上するかもしれない。あの子は、人生の大半をヴィニーを憎みながら過ごした」
そう述べたのはクリスだ。
「なら、一対一で奴を倒すしかないのか……」
「私はパスさせてもらうわ。我が子に槍を向けるのは忍びない」
クリスはそう言って、槍を抱いて貴一の隣に座る。
「立ち会っても魔法剣で槍を破壊されて負けるだろうな」
と、ピピン。
「そうとは限らないわよ。彼はハーフエルフ。純粋なエルフの私より体魔術の扱いは下手だわ」
「つまり、体魔術だけはクリスの劣化版ということか」
「そうなるわね」
「希望が見えてきたなあ」
とてもそうは思ってないような調子でピピンは言う。
「条件としては、体魔術に負けない剣術の経験。魔法剣を使用できる者……ん? 一人いたな」
ピピンが顎に手を当てる。
貴一も、一人の人物に思い当たって目を丸くする。
二人は、異口同音にその名を告げた。
+++
六体の魔物が倒れている。その中でも一際大きな魔物の倒れた背に座って、男はミネラルウォーターを飲んでいた。
建物の入り口に、少女が駆けてくる。
「陰陽連の術師はすぐに来るとのことです」
「そうかい。早くしてほしいところだけどな」
「全員、気絶しているのですか?」
「ああ、そうだ。深く眠って一晩はぐっすりだろうよ」
「よく、六匹の相手を一人で……」
少女は感嘆したように言う。
「雑魚なら何匹来ようと軽いものだ。俺は常に進歩を続けている。生まれ持った腕力だけで満足している魔物に負ける道理がない」
「おみそれしました」
そう言って、少女は礼をする。
「フル・シンクロなしでこの戦闘力。秀太様は五聖に並ぶ逸材でしょう」
男、秀太は、苦笑して答えた。
「別れ際に引き分けに持ちこんだがな。相手も進歩を続けている。どう転ぶかはわからんよ」
「流石です、秀太様」
「様付けはよしてくれ。そんな身分じゃあない」
そう言って、秀太は音を鳴らし始めたスマートフォンを取り出して視線を落とす。
貴一の名前が画面に表示されていた。
嫌な予感がした秀太だった。
+++
クリスと貴一は、互いに武器を構えて戦っていた。
クリスが突進する。
貴一は槍の軌道を反らして背後を振り向く。
掌底がその腹に叩きつけられた。
貴一は吹っ飛んで、双剣の片割れを杖にして辛うじて立っている。
「やっぱり無理かな」
ピピンがぼやくように言う。
「いや、スピードには慣れてきた。もう少し修練を積めば、行ける」
「そう強がるな。膝が笑ってるぞ」
ピピンのからかいを無視して、貴一はクリスを見る。
「クリス、治療を頼む」
「わかったわ」
そう言って、クリスは地面に槍を突き立て、貴一の傍に歩み寄る。
そして、貴一の腹に手を置いた。その手から光がこぼれ始める。
「スピードに対応しても魔法剣をどうにかせねばな」
ピピンの言うことは尤もだ。
「やっぱり、あいつに託すしかないのかな」
「あいつはあいつで体魔術に対応できるかが怪しい。しかし、吸収は早い奴だったな」
そこで、ピピンは言葉を切って溜息を吐く。
「一番はヴィーニアスが目覚めることなんだが」
「寝入っている奴をあてにしても仕方ない。俺達は俺達にできることをやるだけだ」
「若い頃のヴィーニアスもそうだった」
ピピンは苦笑顔でそう言う。
「お弁当作って来ましたよー!」
そう言って、制服姿の栞が顔を出した。
手には大きな紙袋を抱えている。
三人は、休憩することにした。沙帆里と恵美里も、食事時だと腰を上げる。
そして、六人は弁当に箸をつけた。
「美味いよ。栞が作ったのか?」
「私とセレナ様の合作です。皆さんに元気を出してもらおうと思って」
「セレナは沈んだ様子じゃなかった?」
そう問うのは、セレーヌだ。自分の娘のことだ、気にならぬわけがない。
「多少ショックは受けていたようでしたが、既に立ち直っています。ただ、水の精霊を奪還できなかったことに関しては悩んでいるようでして」
「だろうなあ。俺達も頭が痛い」
ピピンが弁当を一口分飲み込んで、そう言う。
「打てる手は打とう。その上で駄目だったら、ヴィシャスに託そう」
「五聖ともあろう方が弱気ですね」
栞が咎めるように言う。
「俺だって託したくない。ヴィシャスのあの黒い感情は光というよりは闇に近い。多分コケるだろう。しかし、現実的にものを見なければならぬ時もある」
「大人の詭弁です」
「確かに欺瞞だな」
その時、貴一は眠気が襲ってくるのを感じた。
昨晩から徹夜で体魔術対策を練ってきた。疲労が眠気を推し進める。
そして、貴一はその場で横になった。
夢を見た。
去っていくクリスを追っている。
これは貴一の夢ではない。ヴィーニアスの夢。
ヴィーニアスはついぞ、クリスに届くことはない。
城門を抜けると、そこはエルフの森。
ヴィーニアスは、泣きながら焼け落ちた家を探る。
死体が見つからないように祈りながら、探り続ける。
そして、彼は放置しておけば永遠にその場で遺体を探し続けただろう。
長い時間が過ぎた。
雨が降り、雪が降り、桜が降り、暑い日差しが降り注いだ。
「ヴィニー」
クリスの声がして、ヴィーニアスは泣くのをやめた。
「私達の子供のことだよ」
クリスは、しかめっ面でヴィーニアスに語りかける。
「心の強さを取り戻して」
そう言って、クリスはヴィーニアスの手を取る。
ヴィーニアスはわけがわからずに呆けていた。
その手に、温もりが宿り始めた。
そこで、夢から覚めた。
静と栞がそれぞれ貴一の右手と左手を握っている。
「……なんだ、この状況」
「私は佐藤さんがうなされてる貴一の手を握ったから」
栞は悪びれずに言う。
静は、手を離すと、貴一の頭を叩いた。
「案の定あんたがうなされ始めたからよ」
そう言って、静は立ち上がり、槍を手に生み出して杖のように地面をつく。
「一旦帰るか。昨日からぶっ続けだったからな」
空は夕日が傾いている。
「今日の夜はヴィシャス坊やの好きにさせてやろう。どの道、奴の修練で時間が取られる」
「奴、と言いますと?」
栞が不思議気な表情になる。
「お前の知らない奴だ」
「それを判断できるということは、ピピン様の本体は私の知っている相手ということになりますね」
「勘がいいな」
ピピンは伸びをする。
「帰ろう、マンションに」
ピピンの言葉に、各々頷く。
そして、五人はマンションへと戻った。
事態の解決の糸口も見つからぬままに。
「レンタル駐車場は金がかさむなあ」
車を停めて、ピピンがぼやく。
「どうせ時間の大半はあの廃工場で過ごすんだ。そう使うことはないだろう」
貴一は慰めるように言う。
「そうさな」
ピピンは自分を納得させるようにそう言った。
そして、少し外を歩いてから哲也へと戻る。
貴一達も、その後ろに並んで歩いた。
「今日の晩御飯はなんだ?」
「トンカツ。筋肉を維持するためにもタンパク質が肝要だ」
「じゃあ俺は米を炊くよ」
「頼む」
「静、晩御飯の調理は私に譲るんでしょうね」
「食材をドブに捨てるつもりならそれでもいいけどね」
「どうせ皆同じ部屋で食事することになるんだから、私に任せてくれればいいのでは?」
恵美里の一言に、四人が立ち止まる。
「異議なし」
貴一が言う。
各々、口々に言った。
「異議なし」
「私は自分で作るのー!」
「子供は素直に大人の言い分に従いなさいな」
「静だって子供じゃない」
拗ねた沙帆里を放置して、四人は再び歩き始めた。
+++
食事を摂って腹ごなしに四人でゲームを楽しんでいると、チャイムが鳴った。
貴一は立ち上がって、ドアを開ける。
大きな荷物を持った秀太がいた。
剣士、再び。
頼もしい人材が仲間に加わった。
秀太は握り拳を差し出す。
その拳に、貴一は拳をぶつける。
「久しぶりだな、貴一。会いたかったぜ」
「そうだな、秀太。しかし、こちらの状況はあんまり芳しくはない」
「まあ、俺が呼ばれたんだからな。相手は魔法剣でなければ通用しない敵だろうて」
「その上にクリスの体魔術まで使う」
秀太は表情を引きつらせた。
「ねえ、なんで俺呼んだの?」
「お前は吸収が早いからなんとかなるかと思ったんだ」
哲也が部屋の奥から淡々とした口調で言う。
「まあ、入れよ。荷物置きたいだろう?」
「そうさせてもらうよ」
貴一と哲也は、ケーキを作っている恵美里の後ろを通って、部屋に入っていった。
秀太が荷物を下ろす。
「悪いけど長期滞在も覚悟してくれ」
「いや、そうはならないと思うよ」
貴一の言葉に、秀太は予想外の言葉で返した。
「それは自信か? それとも不安からか?」
「どっちかっていうと自信だな」
秀太は淡々とした口調で言う。目の前の壁にも動じない、強い心に裏打ちされた態度のように見えた。
「そこまで言うならあるんだろうな? 秘策が」
哲也がコントローラーを地面に置いて、秀太に向き直る。
「あー、勝ち逃げずるい!」
沙帆里が不平の声を上げる。
秀太は一つ、頷いた。
「ザザ様に会って才能を引き出してもらった。今の俺には、お前達に見せていない技がある」
「貴方と互角だった貴一がメッタメタにやられたのよ?」
静が疑わしげに言う。
「そう思うならなんで俺呼んだかな。授業だって遅れるんだぜ」
「藁にでも縋る気分なのよね」
「俺は藁かよ。まあ、ザザ様は言ってた。これはお前の努力によって開花しかけていた才能なのだと。俺は新たな技を得た。五聖にも匹敵するかもしれない技を」
「自信はたっぷりなようだな」
哲也は、まだ疑わしげな表情だ。
「ああ、任せておけ。この地の騒乱、俺が終止符を打つ」
「ケーキできたよー」
そう言って、恵美里がケーキを持ってくる。
「よくケーキなんて作れたなあ」
「炊飯器で作れるケーキがあるんだよ」
貴一の言葉に、恵美里は照れ臭げに微笑んで答える。
「じゃあ、食うか」
「いただきます」
六人の声が重なった。
懐かしい仲間は、すぐに今の仲間に馴染んだ。
次回『秀太の覚醒』