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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
琵琶湖攻防戦編
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挑戦者の選抜

「とりあえず誰を代表に立てるか、だ」


 廃工場から少し離れた草原で、ピピンは顎に手を当てて言った。


「まあ、私が適任でしょうね」


 クリスが淡々とした口調で返す。


「ヴィニーやヴァイスがフル・シンクロ可能ならば席を譲ったけれど、そうもならないとなると三番手の私が出るしかない」


「頭の痛い話だよなあ……」


「私も五聖よ。人を超えた実力はあると自負している」


 そう言って、クリスは指先で白銀の槍を回転させた。


「今回は戦う必要はあるんだろうか」


 貴一は、疑問に思っていたことを口にしていた。


「相手の目的も世界の破滅ではない。なら、説得することも能うんじゃないかな」


「俺は今更おりる気はないぜ」


 ピピンは鼻白むように言う。


「相手は新生五聖を目標に動いている。俺達の席を取ろうって寸法だ」


「しかし、相手は強いと聞く。任せてもいいんじゃないか?」


「それは、相手を見てからの話だな」


 ピピンはそう言って、遠くを見るような表情になった。

 その視線が、不意に貴一に向けられる。


「貴一、クリスと恵美里と戦ってもらう。一番強い奴は誰か。はっきりさせておこう」


「時間の無駄だと思うけどなあ」


 と、クリス。自信たっぷりなようだ。


「……わかったよ。とりあえず相手の要求はタイマンだものな」


「そゆこと」


 話し合いの結果、恵美里とクリスがまず戦うことになった。


「手加減はするよ」


 そう、クリスは宣言する。


「私も加減はしよう」


 恵美里は大剣を杖のようについて不安げにそう返す。

 自分の力が親友を傷つけはしないだろうかと怯えているように見えた。

 二人は、十メートル程の距離を置いて、武器を手にして対峙していた。


 恵美里が大剣を持ち上げて構える。


「はじめ!」


 ピピンが鋭く言った。


「体魔術、六十パーセント……!」


 そう唱えたクリスの体が淡く輝き始める。

 そして、クリスは狼のように駆けた。


 鉄と鉄がぶつかりあう澄んだ音がした。


 恵美里はのけぞりながらもなんとか一撃を受け止めたようだ。

 しかし、体勢が崩れている。

 それを整える前に、クリスは水面蹴りを放った。

 恵美里は倒れる。

 その喉元に、クリスの槍の穂先が突きつけられた。


「そこまで!」


 ピピンが言う。


「鈍ってないな」


「惚れ惚れするでしょ?」


「ああ、お前はいい女だ」


 そう言ってピピンは肩を竦める。

 憑依霊組は和やかな空気だ。わかっていることを再確認しているような雰囲気があった。


「次は貴一、お前の番だ」


「あいよ。ダウンロード」


 貴一は両手に双剣を浮かび上がらせる。

 あれほど強かった恵美里があっという間に倒された。

 前にあるのは絶望的な壁。

 しかし、這い上がろうとする。最後まで希望は捨てない。

 スポーツで培った勝負の経験が貴一にさざなみのような静かな心をもたらしていた。


 両者は十メートルほどの距離を置いて対峙する。

 距離を詰めるのはクリスなら一瞬。ならばどう対応するか。それが課題だった。


 クリスは槍を掲げて、唱えた。


「一投閃華!」


 光を纏った槍が凄まじい速度で接近してくる。

 しかし、速い投擲物に貴一は慣れている。

 間一髪右手の剣で弾く。


 その時、既にクリスは貴一の懐に入り込んでいた。


(速いのは恵美里戦を見てわかっていたことだ!)


 そう、恵美里の呆気ない敗戦の原因はクリスの突進の速度と重さを知らなかったこと。けれども、貴一は見て学習している。その差が如実に出る。

 クリスの掌底が貴一の腹部を打ち抜かんとする。

 それを半身を反らして避けると、貴一は双剣の柄でクリスの後頭部を狙った。


 その瞬間、クリスの姿が視界から消えた。

 クリスは地面に伏せて、蹴りで貴一の顎を打ち抜かんとしていた。

 辛うじて躱す。


(集中、集中……)


 一瞬でも集中力を切らせばやられる。そんな確信が、貴一の中にあった。

 貴一は、極度の集中状態の中にあった。


 クリスは軽やかに飛んで、投擲した槍を回収しに移動する。


「強くなったね、貴一。実戦経験を積み、フル・シンクロによりヴィーニアスの経験をより深く心に刻んだ。今の君は、立派な戦士だ」


 喉が乾いていた。そのあまり、唾を飲み込む。

 双剣を構える。


 あれを使えれば勝てる。

 魔法剣。ヴィーニアスの秘技。

 敵の剣すら断つ魔法の剣。


 しかし、使えない。貴一は、剣に生きた者ではない。その精緻のバランス感覚が貴一にはない。

 クリスは槍を持って突進する。

 足を狙っていると直感的に分かった。


 なら、足を捨てるまでだ。


 クリスの攻撃が右足を貫く。

 その瞬間、貴一の剣の柄は狙いすませてクリスの後頭部を殴っていた。


 クリスはよろけながら、後方に二度跳躍する。

 二人の間には、再び距離ができた。


 追撃のチャンスだ。しかし、足が潰れていてはなにもできない。

 愚策だったか、と悔いる。


「いい策だ。殴るんじゃなくて斬る気だったら終わっていた。けど」


 貴一の太腿から槍が消えていく。そしてそれは、クリスの手元に戻っていた。


「それはこちらも同じ話。頭を狙っていれば終わっていた」


 クリスは再び槍を構える。

 クリスの言う通りだ。頭を狙われていれば、回避の一動作の間に腹部に蹴りをくらっていただろう。


 窮地に陥り、貴一の集中力はますます研ぎ澄まされていた。

 先手を取ることはこれで完全に不可能になった。

 ならば、後の先を取ることに集中するのみ。

 後頭部は打った。相手は脳震盪を起こして十全の戦闘能力ではない。光明は、ある。


「ギブアップする気はないか……ヴィーニアスみたいだね」


 クリスはそう言って微笑む。

 次に激突する時に、決着はつく。

 独特の緊張感が場に漂っていた。


 クリスが、唇を舐めた。

 その次の瞬間、クリスは跳躍し、貴一の肩に槍を突き出していた。


「そこまで!」


 栞の声が響いた。

 クリスが槍を下ろして着地する。

 貴一の集中状態も、解かれた。


「これはなんですか? ピピン様」


 栞は憤慨したようにピピンに食ってかかる。


「選抜試験だよ。相手の望みはタイマンだろう? 一番強い奴を決めようってな」


「乱暴すぎます。フル・シンクロしているクリス様にそれがない貴一が勝てるわけないじゃないですか!」


「しかし、結構いい勝負だったぞ」


「もう」


 栞は、付き合っていられないとばかりに貴一に向かって駆け出した。

 そして、傍に座り、貴一の右の太腿に手を当てる。その眉がひそめられた。


「酷い出血……」


 治癒の光が栞の手から放たれ始めた。


「クリス。選抜メンバーはお前で決定だ」


「うん。精々善処するよ。幹部クラスを倒した相手ってのが引っかかるがね」


 そして、クリスは貴一に歩み寄ってくる。


「治療を変わろう。土の精霊の加護のある私のほうが完治は早いはずだ」


 しかし、栞は退こうとしなかった。


「私が、治したいんです。好きにさせてください」


 クリスは目を丸くしてしばらく考え込んでいたが、そのうち、苦笑して槍を肩で担いだ。


「わかった。治してあげて」


 そう言って、クリスは去っていく。

 ピピンも、恵美里も、それに習って去っていった。

 沙帆里は、去らなかった。


「元カノさんさあ。もう今カノじゃなくて元カノってわかってる?」


 沙帆里が、拗ねたような口調で言う。


「わかってるよ」


 栞は苦笑して答える。


「けど、貴一は貴一だからね。今も野球で頑張ってるらしいじゃん。野球をしている時の貴一は格好良かった」


「……褒められてもなにも出んぞ」


 貴一は頬をかいてそっぽを向く。


「そうね。手紙を書いても返事を送ってくれない薄情者には愛想が尽きたわ」


「思春期だったんだよ。そういうのを恥ずかしがる時期もある」


「あら、なら返事を書いておけば良かったって後悔してる?」


「いんや」


「ほら、それだ。貴方はいつも私は眼中にないのね」


「そういうわけでもないけど……」


 相手が不憫になって、つい貴一はそう答えた。


「なら、あるの?」


「ない」


「あはは、ひどーい」


 そう言って、栞は貴一の頬をひねる。


「ずっと、誰を見ていたの? その頃から、好きだったんでしょ?」


 貴一はそっぽを向く。静の顔が脳裏に浮かんだが、答えられるほど貴一は勇気はない。


「答える気はなしか」


 再び、栞の両手が貴一の太腿に当てられる。


「本人にもそんな調子じゃ逃げられちゃうぞ」


「五月蝿いな、わかってるよ」


「いつも五月蝿いなって言われてる気がするなあ私」


「事実五月蝿いんだもの」


「これでも元カノだぞ」


「自称だ」


「けど、私がいなくなったら寂しかったでしょ?」


 栞がいなくなった時のことを思い出す。

 確かに、なにかが足りないような不足感を覚えていた。


「答えはその沈黙で十分だよ、貴一」


「もう、大丈夫だ」


 貴一は気恥ずかしくなって、立ち上がった。

 鈍い痛みは残っているが、傷は大体は塞がっただろう。


「そっか。なら、良かった」


 栞は微笑んだ。その無邪気さに、貴一は一瞬、呼吸を忘れた。

 栞も膝をはらって、立ち上がる。


「ねえ貴一。私をプロ野球選手のお嫁さんにしてくれない?」


「プロになるかわかんないぞ」


「お嫁さんはいいの?」


「お前のそういう押しの強いところは苦手だ……」


「何事も押さないと始まらないんだよ」


 そう言うと、栞は廃工場に向かって歩いていった。

 代表は選出された。

 決戦が近づいている。その独特の緊張感に、貴一は喉の渇きを覚えていた。




次回『貴一VSリグルド』

今週の更新部分はここまでとなります。

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