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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
琵琶湖攻防戦編
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ヴィーニアスとセレーヌの娘、セレナ

「中々筋がいいな」


 ヴィーニアスは両手に握った木剣を振り回して相手と戯れている。

 相手も両手に木剣を握っている。

 双剣と双剣の戦いだ。

 しかし、ヴィーニアスは受ける一方で、相手が振り回す木剣を素直にさせるがままにしている


「どうすればお父さんみたいに強くなれるの?」


「修行することだなー。けど、今は大きな敵もいない。凡庸であってくれた方が俺も安心できるというものだ」


 相手の動きが止まった。


「お父さんは、僕に強くなってほしくないの?」


「隙あり」


 そう言って、ヴィーニアスは木剣で相手の頭を軽く叩く。


「争いの時代は終わった。お前は勉学をし、普通の子供になるがいい」


 相手は座り込む。


「やだよ、僕は強いほうがいい。父さんや母さんのように強くなるんだ」


 そう言った彼の瞳は、爛々と輝いている。

 その眩しさに、ヴィーニアスは一瞬自分の老いを忘れた。


「そうか。お父さんを超えるか」


「うん、父さんを超える。母さんも」


「そうか、そうか」


 そう言って、ヴィーニアスは相手を抱き上げた。

 どうしてだろう。これだけ親しくしているのに、相手の顔はついぞ思い出せなかった。


 そこで、貴一は目が覚めた。

 今のは、ヴィーニアスの記憶だろうか。

 セレーヌとの間にもシルカとの間にも子供がいたという話だから、その中の一人なのだろう。


 昨日恵美里が残していった鍋の残りを電子レンジで温める。白米も昨日の残りがある。


「恵美里に礼言っとかないとな」


 いつから起きていたのか、哲也が起き上がってテレビの電源をつけた。

 ニュース番組が流れ始める。


「天気予報見ろよ貴一。俺達の地方とはピックアップされてる地図がまるで違うぜ」


「異郷に来たって感じだよな」


 部屋の隅に立てかけてあるテーブルを部屋の中央において、朝食を並べる。

 哲也も、自分の朝食を温め始めた。

 確かに、画面に映っているのは自分の故郷とは違う地方の地図。

 ここが自分の住んでいる土地ではないと否応なく思い知らされた。


「変な夢を見たよ」


「どんな夢だ?」


 箸を咥えながら哲也が器用に喋る。そして、貴一の隣りに座った。


「ヴィーニアスは誰か子供に剣の稽古をしているんだ。多分相手は男の子だな」


「シルカとの子供だろう。セレーヌとの間には女児しか生まれなかった」


「そうなのか」


「セレーヌは随分気にしていたようだったがな。セレナが後継者に決まってからはあまり気にしなくなったようだった」


「色々あるんだなー、王宮にも」


「そこのボスがヴィーニアスだったんだ」


「うん」


「目覚めてもらわなければ困るよ」


「努力はしているよ。声をかけたりはしている」


「返事は?」


「たまにあるな。けどすぐ寝入ってしまう。ヴィーニアスは夢を見ている。懐かしい夢。愛しい人の夢」


「それを現実逃避っていうんだ。歳を取ってからのヴィーニアスにはそういう弱さがあった」


「弱さ?」


 哲也は白米を口の中に入れて咀嚼して飲み込むと、再び口を開いた。


「英雄も老いる。ヴィーニアスは弱くなった。実力的な意味ではなく、精神的な意味で。晩年は見ていられるものではなかった」


 苦い顔で哲也が言う。ピピンの感情が流れ込んでいるのかもしれない。


「体は全盛期で蘇ってるのにな」


「まったくだ」


 二人して、朝食を食べた。

 各々、皿を洗う。


 晩年のヴィーニアスを、貴一は知らない。

 若い頃の決断力に富んだヴィーニアスしか知らないのだ。

 だからだろうか。貴一と哲也の間ではヴィーニアスの評価に乖離感があるように思える。

 ヴィーニアスはどんな一生を送ったのだろうか。

 貴一が一番知れる立場にいるのに、一番それを知らなかった。


 昼になると、車でバーガーショップへ行って、昼食を食べた。

 レンタル駐車場の料金にピピンは渋い顔だった。

 そして、各々部屋で過ごしている間に、夕方になった。

 貴一のスマートフォンが、音を鳴らした。

 画面には栞の名前が浮かび上がっている。


「貴一、今大丈夫?」


「ああ、のんびりしてる」


「なら、セレナ様が会いたいと言っているわ。移動してもらえないかしら」


「わかった」


「案内役として私が出向くから、準備をしておいて」


 貴一は電話を切ると、全員にその旨を知らせた。

 恵美里はケーキを作っている最中だった。


「お前、なんだかんだでこの旅満喫してるよな」


 貴一は思わず言う。

 恵美里は柔らかく苦笑した。


「皆に食事を作るのは楽しいよ」


 そう言うと、彼女は表に出した食材を片付けていった。

 そこに、かつて世界を滅ぼそうとした彼女の面影はない。

 良い意味で変化しているのだと、そう思った。


 栞がやってきたのは、三十分後だった。白いバンの助手席に乗っている。


「私達が先を進むので、皆さんは皆さんの車で後をついてきてください」


「わかった」


 ピピンが答える。そして、自分達の車に移動して全員で乗り込んだ。

 そして、車は発進した。

 前を行く白いバンの後を追っていく。


 三十分ほどして、車は停まった。

 人気のない廃工場だった。


 栞達が車から降りる。貴一達もそれに習った。

 栞達の後に続き、廃工場の中に入っていく。

 工場の中で、懐中電灯が光を放っていた。


 殺風景な光景の中で、場所を彩るような花蓮な少女が立っていた。金髪碧眼で、鼻は高く、やや目つきがきつく、セレーヌの面差しがある。

 彼女を取り巻くように、いかつい男達が集まっている。

 少女は栞に気がついたようで、こちらに視線を向けた。


「お待ちしておりました、五聖の皆様。セレナと申します」


 そう言って、セレナは長いスカートの両端を軽く持ち上げて礼をした。

 ざわめきが起こる。


「五聖……!」


「ついに来てくれたか!」


 概ね、好感的な反応なようだった。


「久しぶりだな、セレナ」


 ピピンが言う。


「ええ、お久しぶりです、ピピンおじ様。セレナは今、憑依者滋賀連合、その長として活動しています」


「仲間は結構多いのか?」


「非戦闘員を除けば五十人精々です」


「それでも水の精霊は確保できない?」


 セレナの表情が、陰った。


「裏切り者が出たのです」


 渋い顔でそう言ったのは、セレナの隣りにいる青年だ。

 彼は、姿を変えると、肩幅の広い体格に恵まれた壮年の男性になった。


「ゴーンズ将軍か」


「いかにも」


 ゴーンズは、うやうやしく頭を下げた。


「誰だ?」


 貴一は小声でピピンに訊ねる。


「セレーヌ派の大御所だよ」


 ピピンは淡々とした口調で答えた。

 セレナが、再び口を開く。


「我々は彼らと一致団結して敵の幹部らと戦いを繰り広げていました。彼らの戦闘力は凄まじかった。その末に、我々は二体の幹部を撃破することに成功したのです」


「幹部を二体もか」


 ピピンが、驚いたように言う。


「ええ、全て、彼らの協力のおかげでしたが。彼らは、黒の兄弟と名乗っておりました。黒いローブのフードを目深にかぶり、けして顔は見せなかった。怪しいと思いながらも、敵の幹部を屠った功績は見逃せなかった」


「やはり、心を許すべきではなかったのです、セレナ様」


「言っても詮無きことです」


 セレナは、傷ついたように視線を落としたが、次の瞬間には気丈に前を見ていた。


「彼らは水の精霊を見つけた途端に、裏切った。我々が新たなる五聖になるのだと。そして、それからずっと、水の精霊の居場所……琵琶湖の一箇所を、占拠しているのです」


「ということは彼らも水の精霊の加護は受けれていないと見える。譲歩の条件は出されなかったのか?」


 セレナは、沈鬱な表情になった。


「一対一で勝てたなら場所を譲る、と。そして、我々の中に彼らに一対一で勝てる人材は存在しませんでした」


「なるほどなるほど、大体話はわかった」


 ピピンは腕を組んで、頷く。


「敵の幹部を倒せるレベルの人材が水の精霊を守っているわけだな」


「そうなります」


「頭が痛い話だな」


「まったくです」


 セレナとピピンはどちらも苦い顔で話し合っている。


「こんな例もあることです。ヴィーニアス国王におられましては、クリスティーナも裏切るとはお思いになられないのでしょうか」


 そう言ったのは、ゴーンズだ。

 場に張りつめた空気が漂い始めた。


「寝言ならば聞き流そう、ゴーンズ」


 ピピンが冷たい声で言う。


「しかし、彼女は大罪人。その事実は変わらない」


 ゴーンズは引かない。


「クリスは仲間だよ」


 貴一は、口を開いていた。


「前世でなにがあったかは知らないけれど、俺達の仲間だ。それは俺が一番良く知っている」


「だから貴方は甘いと言うのだ……」


 ゴーンズは歯痒げにそう言って、黙り込んだ。


「とりあえず、当面の目標は琵琶湖に陣取る黒の兄弟の撃破だな。うちでタイマンで一番強いのは誰だ?」


「恵美里かクリスね」


 セレーヌが冷静に言う。


「じゃあ、ぶつかってみようじゃないか。直接」


 ピピンの言葉に、再度ざわめきが起きた。

 そして、それは喝采へと変わった。

 五聖が黒の兄弟に挑む。そして、平和を勝ち取る。そんなシナリオが皆の頭に浮かんだことだろう。


「期待にそえられるかどうかは怪しいのだがな……幹部クラスを倒す相手となると私達でも厳しいのではないか?」


 恵美里が不安げに言う。


「しかし、当たらんわけにもいくまいよ」


 ピピンはそう言って、踵を返す。

 そこに、セレナの声がかかった。


「ピピンおじ様、皆」


 セレナのよく通る声が廃工場に響き渡る。


「少し、お父様とお母様と三人きりにさせていただけませんか?」


「好きにしな」


 ピピンは貴一の肩を叩くと、去っていってしまった。

 憑依者滋賀連合の面々も敷地内から去って行く。

 クリスと、恵美里も去っていった。


 セレナが駆け寄ってきて、貴一とセレーヌを抱きすくめる。


「お会いしとうございました。父上、母上」


「私もよ。前世じゃ貴女は長寿じゃなかったからね。晩年は寂しい思いをしたものだわ」


 セレーヌはしみじみとした口調で言う。

 貴一は困ってしまった。ヴィーニアスの記憶がない貴一にとって、セレナは他人に等しい。

 それよりも、静が機嫌を損ねていないだろうかということが気になった。


「前世では暗殺の恐怖が常につきまといました。不安な毎日だった。今、私は、この平和な国で両親と再会できたことに感謝しているのです」


 セレーヌが、セレナの髪を撫でる。


「そして、恐縮してもいます。そのような世界で、両親を窮地に送り込む自分に……」


「五聖である以上戦いは避けられないわ。それよりも、よく幹部を二体も倒したわね」


「凄腕がいるのです。黒の兄弟の中に」


 セレナは、暗鬱な表情でそう言った。


「幹部を二体。手助けはあったとはいえ、首を上げたのはいずれもその者でした」


「名前は?」


「ネームレスと名乗っています」


「名無しか……匿名掲示板でもあるまいにね」


「お父様は、なにか考えはありますか?」


 お父様、という呼び方に戸惑いながらも、貴一は答える。


「当たってぶつかるしかないんじゃないかな。あと、ヴィーニアスは目覚めてはいないんだ。悪いけれど、俺に君の記憶はない」


 セレナは、貴一を抱きすくめる手を離した。


「これは失礼しました。では、私は思い出してもらえることを望むのみです」


 セレナは、胸に手を置いて言う。


「あの不安な王宮で、お父様の後ろ盾があったからこそ私は活動できたのです。その感謝の気持ちは、今世においても消えてはおりません」


「そっか。凄い奴だったんだな、ヴィーニアスは」


「ええ、私の自慢のお父様と、お母様です」


 そう言って、セレナは微笑んだ。

次回『挑戦者の選抜』

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