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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
琵琶湖攻防戦編
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料理の腕前

 スマートフォンの通話による誘導で、一同は駐車場に辿り着いた。

 車を降りると、一人の少女が貴一を出迎えた。


「やあ、久しぶりだね、貴一」


 栞は微笑んで、そう言った。


「ああ、久しぶり」


 貴一は苦笑してそう応じる。

 他の四人も、車を降りていく。


「レンタル駐車場か。出費がかさむな」


 ピピンがぼやくように言う。


「ホテルが安いと思ってとったら駐車場は別払い。よくある話ですよ。他の四人の皆様もこんにちは」


「ああ、こんにちは」


 ピピンは飄々と微笑んで応じる。


「あのー、貴一の元カノという話は本当で?」


 そう言ったのは、恵美里だ。

 セレーヌは頭から湯気でもたてそうな表情をしている。


「こいつが勝手に言ってただけだ」


 貴一が渋い顔で言う。


「あー、ひっどーい。あれだけ野球の応援行ってあげたのに」


「事実だ」


「まあどっちでもいいけどねー」


 静が腕を組んで、そっぽを向いて言う。


「あれ? 佐藤さん?」


 栞が今気がついたとばかりに静の顔を覗き込む。


「や」


 静は腕を組んだまま片手を振って、短く挨拶する。


「久しぶりねー、同窓会みたい。そっか、佐藤さんも選ばれた人間なんだ」


「選ばれたくなかったけどねえ……」


「私はてんで大したことがない霊に憑依されてるんだけれど、さる方に拾われてね。今はその人の下で活動しているの」


「さる方? 伊集院さんの主人って?」


「セレナ様よ」


 栞は誇るように言った。


「セレナかあ」


 ピピンが懐かしげな表情になる。

 同時に、セレーヌがとたんに上機嫌になった。


「セレナがいるの?」


「ええ、いますとも」


 栞は胸を張って答える。


「そっかあ、あの子がいるか。久々に親子水入らずで話せるかもね」


「セレーヌ様にとっては、実の娘になりますものね」


「ええ、そうよ。ヴィーニアス、思い出さない? 私達の娘、次代の国王」


 貴一は話を振られて口を噤んだ。

 ピピンが間に入る。


「まあ、実物を見ればおいおい思い出すだろう。まずは、俺達の住む場所をはっきりさせんといかん」


「それもそうですね、ピピン様。私が案内しますゆえ、後をついてきてください」


 そう言って、栞は歩きだした。

 貴一達も、荷物を持ってその後に続く。


「俺達が暮らすのはマンションなのかい?」


 ピピンが問う。


「ウィークリーマンションです。短期宿泊も想定して、家電製品も一式揃っています」


「それはありがたいな」


「水の精霊については調べはついているの?」


 とは、セレーヌ。自身の精霊の話だ。気にならぬわけがない。


「眠っている場所は見つけました。しかし……」


 栞が肩を落とす。


「問題ありってことか」


「詳しくは、セレナ様から話があると思います。後日ということに」


「ああ、わかった」


 ザザは言った。ここは試練の場所だと。

 どんな試練が待っているのだろう。貴一には、予測もつかない。


「ここです」


 そう言って、栞はあるマンションの下で足を止めた。

 鍵を三つ、ピピンに手渡す。


「これは部屋の鍵です。並んだ部屋を用意してもらいました。今日は、休養してください」


「わかった。そうしよう」


「貴一、また話をしようね。じゃあね」


 そう言って、栞は去っていった。


「元カノかぁ」


 恵美里が戸惑うように言う。


「自称元カノ、でしょう?」


 セレーヌが面白くなさ気に言う。


「どっちでもいいことよ。私は早くシャワーが浴びたいです」


 静が言って、ピピンに手を差し出した。

 セレーヌが沙帆里に戻る。


「ずるい、私だってシャワー浴びたかった」


 ピピンは静に鍵を手渡すと、恵美里にも鍵を手渡した。


「悪いけど一人部屋だ」


「いいですよ。私だって男の人に寝顔や着替えを見られたくないですもん」


 そう言って、恵美里は鍵を受け取って歩いていく。

 静と沙帆里も、言い争いながらも後に続いた。

 そこで、ピピンは哲也に戻った。


「んじゃ、俺達も行くか」


 飄々と言う。


「お前さ……」


「なんだ?」


「栞が苦手だから、ピピンのままでいただろ」


 哲也は黙り込んでいたが、そのうち口を開いた。


「行くぞ」


 彼は歩き始める。その後を、貴一は追った。


「あー、やっぱそうだ。ずっけー、ずっけー」


「悔しかったらお前もフル・シンクロを完全にするのだな」


 言い争いながら、二人は歩く。



+++



「腹が減ってきたな」


 テレビを見ている最中に、哲也が唐突に言った。


「俺、ご飯作れないぜ。出前でも取るか? どーんとピザでもさ」


「金がもったいない。金には際限がある。俺達は自炊する術を持たなければならない」


「そうだなあ。買い出しに行くか」


 二人して、歩き始める。


「静達は大丈夫なのかな?」


「ダウンロードすれば米を持つ程度の筋力は手に入るだろう。スマホで近所のスーパー探すぞ」


「わかった」


 マンションを出る。そして、数十分かけて歩いてスーパーに辿り着いた。

 哲也は手際よく食材をカゴに入れていく。

 貴一は感心して、それを見守る側に回った。


「二人で数日過ごすならこんなもんだな」


「ほー。なに作るかもう頭に計画図できてる感じ?」


「当然だ。俺の料理の腕を舐めるなよ」


 これは侮れないな。貴一はそう思った。


「凄いよ、お前」


「そもそも俺達野球部には栄養学の知識も必要だ。そこから突き詰めて考えれば料理ができるのは至極当然のことと言っていいんじゃないか?」


「耳が痛いぜ。それじゃあ期待してるぜ、お前の料理」


「ああ、任せろ」


 二人は食材を買って、マンションに帰った。

 そして、哲也が米を研ぎ始める。


「お前、母親仕事で遅くなるのに料理とかしないの?」


「あー、貴子に任せてたなあ」


「そっかあ。ところでさ」


「なんだ」


「米洗うのに洗剤って使うんだっけ? 使わないんだっけ?」


 そこからかよ。

 貴一の中で哲也の評価が一段階下がった。



+++



「貴一に私の手料理を食べてもらうの。手出しは無用よ、クリス」


 そう言って、沙帆里はお玉で静を指す。


「どうでもいいけどあんた料理下手じゃなかったっけ」


 テーブルに頬杖をつきながら、風呂上がりの静は言う。


「それは前世での話ですー。今世の沙帆里ちゃんは母親の料理を観察して料理上手になったのでした」


「ほー、楽しみにしてるわ」


 どうでも良さげに静は言う。

 事実、どうでも良かった。出て来る料理が美味しかろうと不味かろうと食べるだけだ。

 それよりも、セレナとの再会が近づいていることが、静を暗鬱な気持ちにさせた。


(悪いね、相棒)


 クリスが、心の中で軽い調子で言う。


(あんたは気楽でいいわ、クリス)


 静は一つ溜息を吐く。


「あー、なによその溜息! 見てなさいよ、本当に絶品料理を作ってみせるんだからね!」


「はいはい、期待してる期待してる」


「期待してなさそう。いいわ。食べて驚くのね」


 そこまで言うなら少しは期待してもいいのだろうか。静は、少しだけ今日の晩御飯の出来を期待した。


「ところで……」


 沙帆里は、静に体を向ける。


「米洗うのに洗剤って使うんだっけ? 使わないんだっけ?」


 そこからかよ。

 静は、腰を上げた。


「いいわ、どいて。私が作る」


「やだ! おかずの調理の方は完璧なんだもん!」


「じゃあご飯は私が炊くわ! 洗剤入りのご飯なんて食わされてたまるか!」


「私がやるのー!」


 言い争いが部屋の中に響き渡った。



+++



「最初から私に言ってくれれば良かったのに」


 恵美里は火にかけた鍋の中身を見ながら言う。

 静は野菜を切っていた。


 沙帆里と哲也と貴一は座ってテレビを見ている。

 部屋の中には食欲をそそる芳しい匂いが漂っていた。


「食材ドブに捨てただけね。農家の人達に謝っとくのね」


 静の言葉に、山上ブラザーズは渋い顔になる。


「しかしだな。私が思うに簡単な料理程度は作れるようになっておかないと、一人暮らしになって辛いぞ」


「私はお母さんの料理を見てたから作れます」


 恵美里の言葉に沙帆里が反論する。


「あんた魚焦がしたじゃない。漁師の皆さんに謝りなさいよ」


 静の言葉で、彼女はすぐに黙り込んだ。


「その点俺の料理は完璧だった」


「辛すぎて食べられないことを除けばな」


 貴一は苦い顔で言う。


「私もうっかり忘れてたわ。ピピンって辛い料理が大好きで、食材が手に入ったら凄い辛い料理作ってたもんね」


「静と違って私は忘れてなかった!」


「けど代替品は作れなかった、と」


 静の一言に、沙帆里は膨れてしまった。


「美味いのになあ」


 哲也はそう言って、激辛チゲ鍋を一人で食べている。


「憑依霊に影響されすぎじゃない?」


「かもな」


「恵美里、切り終わった」


「鍋に入れてー」


「はいはい」


「後は食材を順番に入れてっと……二十分ぐらい待ってもらえれば大丈夫かな」


 そう言って恵美里は冷蔵庫の中身を見て目を丸くした。


「なにこの肉の量。賞味期限内に消化しきれないと思うから冷凍庫に入れるよー?」


「頼んだー」


 哲也は気楽な調子である。

 静と恵美里が三人の傍に座る。そして、五人でテレビを見始めた。

 テレビではニュース番組がやっている。


「恵美里が今回の旅の生命線だわね」


 静は、頬杖をついて言う。


「私だって料理できるもん!」


「芋を煮すぎて溶かした人がなんか言ってる」


「できるはずなのよ! 母さんの料理を見てるんだもん!」


「セレーヌも料理できなかったでしょ。見栄はらないの」


 こうして、平和に時間は過ぎていった。



+++



 夜になった。

 布団を敷いて、電気を消して、二人は横になる。


「なんか今回も、ゴタゴタしそうだなあ」


 貴一は、諦め混じりに言う。


「違和感がある」


 哲也が、呟くように言う。


「なんだ?」


「水の精霊は発見されているらしい。ならば、後はその場所へ移動すればいい。セレーヌが水の精霊と対話すれば、協力は仰げるはずだ」


「うん」


「おかしいと思わないか?」


「ああ、思う」


「セレーヌが移動すれば済む話なのにそれができないとセレナは言っている。まるで、守護者がいるかのように」


 貴一は答えない。

 ただ、戦闘が近づいている予感を覚えていた。


「戦う覚悟だけはしておいたほうが良いだろうな」


「ああ」


 沈黙が漂った。


「なんか、変な状況だよな、今。俺達、本当なら野球してたはずなんだよな」


「そろそろブランクができ始めてるな。光の精霊、水の精霊、土の精霊、火の精霊、風の精霊。全員から加護を貰うには何ヶ月かかるやら……」


「変な話になっちゃったな」


「まあな」


 再度、沈黙。


「お前が一緒で良かったよ」


 貴一は、言う。


「一人だったら、焦燥感で一杯だったと思う」


「そうだな。俺達は幼馴染だし、野球に対する感情も共有できる。いい相棒ってとこだ」


「そうだな」


「けど俺はシルカみたいにお前の手を握って寝たりはしないからな」


「気持ちの悪い想像をさせないでくれないか」


 なにがおかしいのかわからないが、二人してしばらく笑った。


今週のお品書き。

『料理の腕前』『ヴィーニアスとセレーヌの娘、セレナ』『挑戦者の選抜』となっております。

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