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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
異世界の英雄に憑依された件
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流れ着いた魂達1

 冒険者ギルドは活気に満ちている。

 旅から旅の羽休めに来ている人もいれば、そこでの仕事を天職とする人もいる。

 ピピンが受付に片手を置いて優しく微笑んだ。背中には弓と矢筒があり、腰には幾つもの短剣をぶら下げている。


「依頼はあるかな」


 受付嬢は苦笑する。


「ヴィニーさん御一行の期待に添える依頼はないですね」


「そうか。じゃあ食費と宿代を賄える依頼を頼む」


「ピピンさん達はうちのエースですからね、とっておきがありますよ」


 そう言って、受付嬢は人差し指で天を指すと、書類を漁り始めた。


「また危険な旅かぁ……」


 クリスティーナが項垂れるように言う。


「楽しいだろう?」


 ピピンは皮肉っぽく微笑む。


「ドラゴンの卵を取ってこいって言われた時は死ぬかと思ったわ」


 クリスティーナがうんざりしたような口調で返す。腰には伸ばせば槍になるバトンがぶら下げられている。

 ピピンは軽く肩をすくめて、返事をしなかった。


「まあ、全部ぶっ飛ばすだけよ。クリスは見ていればいい」


 セレーヌが宝玉のついた杖を握って口を挟む。

 クリスティーナは不快気な表情になった。


「護衛がいなきゃなにもできない嬢ちゃんじゃんかよーあんた」


「まあまあまあ……」


 ヴィーニアスが間に入る。

 国を取り戻すという使命があるにも関わらず、時にこう思ってしまう。

 この時間が、永遠に続けばいいのに、と。

 誰も命を落とすことなく、平和に過ごせれば良いのに、と。


 しかし、国を守るのがヴィーニアスの血の定めだ。

 それは覆ることはない。

 ヴィーニアスは、青春の真っ只中にいた。



 そこで、貴一は目が覚めた。

 授業は滞りなく進行している。慌てて、黒板に書かれた内容をノートに写そうとする。しかし、タイミング悪く、黒板に書かれた内容は消されてしまった。

 次の段階へと授業は進む。貴一だけが取り残されている。

 外に視線をやると、雨が降っていた。

 なんとなく黄昏れて、それを見ることで時間を潰す。


 昨日の、クリスティーナとのやり取りを思い出す。


「私達は、異世界からやってきた魂」


 そう、クリスティーナは言った。


「貴方達の中に憑依している」


 なんでも、クリスティーナはある魔物の復活を阻止し、封印しようとした。しかし、封印するのに必要な精霊の加護を受けた人間が一人欠けていた。

 その為、封印は完全なものにならず、魔物は別の世界へと飛んでしまった。

 クリスティーナ達は、その後を追ってきたという形になる。

 精霊の加護を受けた死後の魂を現地の赤子に宿らせ、成長を待った。


 そして、貴一の中にも精霊の加護を受けた人間、ヴィーニアスが存在するのだ。

 二人は同じ幹から栄養を得る枝葉のように成長してきた。貴一が育った分、ヴィーニアスも育ってきたのだ。

 そのはずだが、貴一の中のヴィーニアスは未だ目覚める気配がない。


「おい、井上」


「はい」


 呼ばれて、前を向く。


「この数式を解いてくれるか」


「すいません。話聞いてませんでした」


 数学の教師は溜め息を吐いて、教壇に教科書を置いた。


「正直でよろしい。まあ、お前は野球を頑張ってるからある程度大目に見よう。佐藤、解けるか」


「はい」


 静はそう言って立ち上がると、黒板の前に移動し、すらすらと数式を解いていった。

 見事なものだと思う。


(なに寝ぼけてるんだろうな……)


 それは自分に対しての言葉だったのか、ヴィーニアスに対しての言葉だったのか、貴一自身もよくわからなかった。



+++



「野球の時間だぜー」


 放課後、哲也が呼びに来る。


「悪い。俺、今日、パス」


「そうなのか? 体調悪いとか?」


「まあそんな感じ」


「へえ。まあ先輩には上手いこと言っとくからよ。元気になったら戻れよ」


「悪いな」


 哲也はしばらく、帰り支度をしている貴一を眺めていた。


「心配してんだ」


 哲也が、呟くように言った。


「なにがさ」


「最近、お前、ぼんやりしてるから」


「……気のせいだ」


 哲也はしばらく難しい顔をして考え込んでいたが、そのうち苦笑した。


「気のせいなら仕方ないな。貸しにしとくぜ」


「ああ、そうしといてくれ」


 帰り支度を終え、貴一は鞄を持って教室を去っていった。

 そして、鞄を漁り、一枚の封筒を取り出す。

 封筒の表面には、退部届と書かれていた。

 職員室に行き、野球部の顧問にそれを渡す。

 顧問は、虚を突かれたような表情でしばらくそれを眺めていたが、そのうちなにを考えているのかわからない表情で貴一を見た。


「練習が、嫌になったか」


「そういうわけじゃないんですけど……」


「じゃあ、なんだ? お前ほどの才能を持っている人間は稀だぞ。普通の人間ならばそれをありがたく活用するべきだ」


 大人に向かって反論をするのは苦手だ。けれども、貴一は、絞り出すように言った。


「やらなくちゃいけないことが、できたんです」


「それは、お前じゃなければできないことか。金の問題か」


「いえ、違うんです。なんていうか、その、他に代えが効かない状況というか」


「そうか……」


 顧問は、前を向いた。


「その割には、迷子の子供のような表情をしているがな、お前は」


「自分でもいまいち状況が把握しきれていない面もあるので。ただ……」


 おためごかしだ。そう思いながらも、言葉を続ける。


「野球部には迷惑をかけたくないんです」


「そうか」


 顧問は、一つ溜息を吐いた。


「それは卑怯な脅しだな」


「そうですね」


 否定出来ないので、貴一は項垂れる。


「ギリギリまで、戻ってくるのを待っているぞ」


 そう、顧問は淡々と言った。

 貴一は、肩の重荷が取れたような気分になった。


「ありがとうございます」


 そう言って、頭を下げて、職員室を出た。

 これで、昼の間にやることは大体やり終わった。

 これからの夜の時間が本番だ。



+++



「よっ」


 そう言って、しゃがみこんでいたクリスティーナが片手を開ける。もう片方の手にはホットコーヒーの缶が握られていた。


「幽霊でもコーヒー、飲むんですね」


「この世は楽しきかな。新しい飲み物や食べ物があって目が回りそうだ」


 そう言って、クリスティーナはおどけてみせる。


「それで、昨日の話。納得してくれたかな」


「するしかないでしょう……俺も、リビングデッドドール? に襲われたんだし」


「そう。私達は魂を異世界に送る契約をした。それがなにを間違ったか、私達だけでなく、前の世界の多数の存在を引き寄せる結果になった」


「つまり?」


「今のこの世は、前の世界の住人をひっくり返して混ぜてしまったおもちゃ箱みたいなもんだ。肩がぶつかった兄ちゃんが槍の熟練者かもしれないし、すれ違ったオッサンが妖術師かもしれない」


「厄介極まりない……」


「退部届は出してきたかい?」


「ええ、まあ」


「夜の外出は増える。部に迷惑をかけないようにするにはそれが一番だ」


 正論だが、貴一の胸は傷んだ。

 甲子園を夢見て戦っていた頃。あれは一体何だったのか。

 積み重ねが崩されたような無情感が貴一の胸の中にはある。


「どうしてクリスティーナさんは前世の姿なんですか?」


「クリス、でいいよ」


 クリスティーナは缶の中身を飲み干してゴミ箱に投げ捨てると、立ち上がって親しげに微みながら言う。


「じゃあ、クリスさん」


「クリス、でいいって言ったよね、私」


「じゃあ……クリスはなんで前世の姿なの?」


「宿主とシンクロ状態にあるからだね」


「シンクロ?」


「私の全盛期の姿、全盛期の能力をこの世に呼び寄せられる。その代わり、魂を侵食されるというリスクがある」


「つまり?」


「私が本体になって、本体の子がサブになる可能性があるってこと」


「それって危険じゃないか」


 貴一は引っくり返った声で言った。体を乗っ取るようなものだ。

 クリスはひらひらと手を振った。


「大丈夫。最終的に体はこの子に返すよ。それに、まだ、フルシンクロはしていない。私の魂を少し前面に押し出しているだけだ」


「フルシンクロ、ですか」


 また専門用語だ。貴一はややこしいなと思う。


「憑依した魂とされた魂の完全な一体化。それをすれば、衣装や武装までもが私の前世の最盛期の物に戻るでしょうね」


「じゃあ、クリスは……クリスの本体は俺達と同校生ってことか? それ、コスプレじゃなくて」


 クリスは、相変わらず貴一の高校の制服を着ていた。


「さて、どうだろうね」


 クリスは妖しく微笑むと、歩き始めた。


「とりあえず、今日はリビングデッドドールを封じようと思う。あれは、被害が多すぎる」


「被害って言うと?」


「リビングデッドドールを作るには死体が必要となる。死体の兵。痛みも恐怖もない最強の兵団だ。前世では少々苦戦した」


「それって、死体を作るために町の人が危険ってことかよ」


 貴一は真っ青になった。

 つまり、自分が昨日斬った人々は、元は生きて自分の人生を謳歌していたということだろうか。


「肯定。町の人が襲われる可能性がある。だから、その前に結界を作ってこの町を聖域にしちゃいましょうってプランよ」


「はー……」


 貴一はしゃがみ込む。


「どしたん?」


「ファンタジー過ぎてついていけん」


「じきに慣れるよ」


 そう言って、クリスは歩いて行く。その後を、追った。

 丘の上の公園で、貴一達は足を止めた。

 高校のグラウンドにはまだ電気がついている。野球部の皆は練習しているのだろう。それを、どこか遠くに感じた。


「さ、貴一。結界を張って」


「つってもな。俺の中のヴィーニアスは目覚めていない。結界なんぞはれんぞ」


「私も手伝うから」


 そう言って、クリスは手を差し伸べてくる。

 少し照れくさい気持ちもあったが、その手を取った。

 クリスの手は、とても柔らかかった。


 クリスの魂が、心が、体の内部に侵入してくる。

 嫌悪感はない。ただ、異物感はあった。


「ヴィニー。結界だよ。光の精霊の加護を使うんだ」


「結界……?」


 その言葉は、貴一の口から勝手に漏れ出ていた。しかし、それは貴一の声ではなかった。ヴィーニアスの声だ。


「そうだよ、ヴィニー。この町全部を覆ってしまおう」


「わかった……」


 再び、貴一の口からヴィーニアスの声が出る。

 貴一の体は勝手にしゃがみ込むと、地面に空いた手をつけた。

 イメージが沸く。町全体が光に包まれる景色。

 次の瞬間、それが現実化した。


 それは、一般人には見えない光。魔法を嗜む者にしか見えない光だ。

 町を、光が包んでいた。


 貴一は思わず、感嘆の吐息を吐く。

 魔法だ。自分が、魔法を使っている。ゲームの中にしかないと思っていた術だった。それを、自分が使っている。

 なんだかロールプレイングゲームの勇者にでもなったような気分になってきた。


「なんだろうな。気分は勇者様だな」


「その調子その調子。浮世から離れるほど、ヴィーニアスの目覚めは早くなる」


 クリスは淡々とした口調で、貴一を立ち上がらせる。


「私があんたを同行させるのも、それが理由だ」


「うん……」


「さ、次に行こうか」


 そう言って、クリスは前を歩いて行く。


「なあ。ヴィーニアスとあんたはどういう関係だったんだ?」


 クリスは、立ち止まった。


「今日、目が覚めると、あんたと会いたくて仕方がなかった。涙が出ていた。ヴィーニアスにとって、あんたは、なんだ?」


「……腐れ縁さ」


 クリスは、苦笑混じりに言って、歩いて行った。

 貴一は、慌ててその後を追った。

 クリスがなにかを隠している気がした。


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