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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
琵琶湖攻防戦編
39/79

滋賀到着

「どこまで続くんだこのマンション街……」


 車の後部座席に座る貴一は呆れたように言っていた。

 背の高いマンションが並び続けている。


「この大津市は交通の便が良くてベッドタウンとして発展しているらしい。JRで京都まで十分、大阪まで数十分だ」


 運転席のピピンが淡々と言う。


「で、俺達の目的地はどこだよ」


 貴一の言葉に、ピピンは黙り込む。


「わからないのか」


 貴一は肩を落とす。


「俺は異世界人だし本体の哲也は車の運転経験のない子供だ。多少は粗は出る」


 ピピンは、悪びれた様子もなく言う。


「けど現地勢力と合流できないと困るね……」


 恵美里が言う。


「ヴァイスが使えなくなったからな」


「もう、すぐそうやって恵美里を責める。恵美里だって十分な戦力じゃない」


 静が憤慨したように言う。


「つーてもな、あれはジョーカーだぜ。要所要所で使っていきたい」


「弱気ね、ピピン」


 からかうように言ったのは助手席のセレーヌだ。


「昔はヴァイスがいなくてもなんとかなった。今は恵美里がプラスで居てくれると考えるべきではなくて?」


「そうだな、プラス思考万歳だ」


 ピピンはそう言って、肩を竦めた。

 後ろの車からクラクションを鳴らされる。

 目的地を見失っているピピンは、低速で運転していたのだ。徐々に、車の速度が上がっていく。


「まいったな、本格的に迷子だ」


「ねえ、草津ってカーナビにあるけど、これって草津温泉の草津?」


 セレーヌが興味深げに言う。


「草津温泉は群馬だ」


「そっかあ、違うのか」


 セレーヌは残念そうに肩を落とした。


「温泉好きなんだな」


 貴一は、苦笑混じりに言う。


「前世では暇だったから湯浴みぐらいしか暇つぶしの方法がなかったのよー」


「いい生活してたのねえ」


 静が呆れたように言う。

 ピピンもセレーヌも気まずげに口を閉じた。

 突如訪れた沈黙に、貴一は戸惑う。


「なんだよ、いきなり黙りこくって」


「いやな」


 ピピンが渋い顔で言う。


「クリスの憑依者である静に言われると、嫌味のように感じてな」


「実際嫌味よ」


 静は物怖じしない。


「なによー、恵美里とは仲良しな癖して」


「クリスはあんたと仲悪くないでしょ」


「そうだけどねー。やだやだ、若い子は怖いわ」


 ヴィーニアスとピピンとセレーヌの三人と、静の憑依霊であるクリスとの間に、なにか溝のようなものがあるのは貴一も感じていることだ。

 しかし、その理由は教えてもらってはいない。

 ただ、たまに見る悪夢の内容が、その一端を教えてくれているような気もするのだ。


(あれは実際に起こったことだったのかな……)


 貴一は、悪夢を回想する。


「母さん! 母さん!」


 少年の叫び声が薄暗い部屋の中に木霊していた。鉄が擦れ合う音が響き渡っている。

 薄暗い部屋の中で、炉の炎が燃え盛っている。

 そして、ヴィーニアスは唱えるように言うのだ。


「大罪人ヴィシャスの母、クリスよ。これまでの国の多大な貢献に免じて、本来なら断頭のち晒し首のところを、咎人の印をつけるだけに留める。罰を代わりに受けるというそなたの申し出も許可しよう」


「ありがたき幸せ」


 クリスは俯きながら、淡々とした口調で言う。


「咎人の印を」


 炎の中から、真っ赤に熱せられた鉄が引きずり出される。

 クリスの瞳が、一瞬恐怖に震えた。

 ヴィーニアスは、目を逸らした。

 熱せられた鉄がクリスの左手の肉を焼き、刻印をつけた音が、周囲に響き渡った。


 あの一連の光景は、ただの夢なのだろうか。

 夢でないのならば、ヴィシャスとは何者だ?

 彼の罪を肩代わりしてクリスは罰を受けたことになる。


 しかし、クリスの左手には肝心の咎人の印がない。

 まったく、わからないことだらけだった。


 ヴィシャス。何故か、引っかかる名前だ。


(ヴィシャス、ヴィシャス、ヴィシャス……)


 心の中で唱える。答えは見つからない。


「細い路地に移動しよう。ここはそもそも車を停める場所がない」


 そう言って、ピピンはハンドルを切った。


「今更な判断ね」


 静はぼやくように言う。

 また、重い沈黙が場に漂い始めた。


 灯と別れて一日。仲介役の存在を失って、五人は少しぎこちない状態にあった。


「ちょっと美鈴さんに訊いてみるよ」


 そう言って、貴一はスマートフォンで美鈴に連絡を取る。

 美鈴はすぐに電話を取った。


「ハーイ、貴一。どったの?」


「大津で迷った。マンションだらけでどれが目的地か見つからない」


「カーナビ使いなさいよ」


「使い方がわからない」


「えーっと、住所入力できるはずなのよね。住所はメモ取ってあるわよね?」


「うん」


「いや、いいわ。それより現地の人に迎えに出てもらったほうが早いから。電話番号を教えるから、後は自分で連絡を取って」


「わかった」


 美鈴は電話番号を口にしていく。

 それを聞いて、貴一はメモに書いた。


「ありがとう。そっちに連絡してみる」


「うん。頑張ってね。あと、この時間帯は講義があるから電話をかけられるとちょっと困ります」


「悪い、美鈴さん。助かった」


「いいってことよ。じゃあなー」


 そう言って、美鈴は電話を切った。

 そして貴一は、今度はメモに書いた電話番号に電話をかける。

 ワンコールで相手は電話に出た。


「もしもし」


「はい、もしもし」


 少し緊張したような、若い少女の声が耳に伝わった。

 貴一は少し気が楽になる。


「俺は井上喜一。ヴィーニアスの憑依者だ」


「貴一?」


 相手が、弾んだ声になる。


「やだ、貴一、本当に? 冗談じゃないでしょうね」


「冗談なものかよ」


 いきなり親しげになった相手に貴一は戸惑う。


「私よ、私! 伊集院栞!」


「栞か?」


 貴一は、思わず声が裏返った。


「なに、栞?」


 静が剣呑な表情になる。


「誰?」


 とセレーヌ。


「貴一の元カノよ。そういや関西方面に引っ越すって話だったわね」


 そう言って、面白くなさ気に静は窓の外に視線を向けた。


「なにそれ、聞いてない!」


 セレーヌが憤慨したように言う。


「貴一! 久々ね!」


 貴一は針のむしろに座らされているような気分で、苦笑して答えた。


「うん、久々」


 再会は戸惑いとともにあった。

次回、来週更新。

新キャラがどんどん出てきます。

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