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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
京都激動編
37/79

記憶だけは美しいがままで1

 数週間が過ぎた。

 トランプ、麻雀、ジェンガ、人生ゲーム、あらかたのゲームはやり尽くした。

 灯はどのゲームにも堪能で、沙帆里はいつも悔しげな顔だった。


 違和感があった。

 シルカが表に出てきていない。あれほど騒がしい人だったのに。

 どうしたのだろう。それを問うこともできずに、日々だけが過ぎていく。


「一人で大丈夫ね」


 別れ際、静が淡々とした口調で訊ねてくる。


「ああ、もう大丈夫だ。悪夢は去った」


 貴一は苦笑して答える。


「そう。なら私も楽でいいわ。手のかかる王様によろしくね」


 そう言うと、静は手を振って去っていった。その手が、恵美里の手を掴んで引いていく。


(さて、寝るか)


 新たな日常に順応しつつある貴一がいた。

 眠っている魔物が起きて大暴れする直前なんて信じられない。

 安寧の日常の中に貴一はあった。


「いつ出ることになるかわからない。覚悟はしておけよ」


 哲也の言葉が脳裏に蘇る。

 いけないと思いながら、思ってしまうのだ。

 こんな日常が続けばいいのに、と。


 終わりは、唐突にやってきた。

 ジェンガをしている一同の前に、隆弘がやってきた。


「ある神社から、空間の捻れのようなものが観測された。結界だろうと推測される」


「きたか」


 哲也が腰を上げる。


「占い師、ザザかぁ……」


 貴一もゆっくりと腰を上げる。


「安寧の時間は過ぎた」


 恵美里も腰を上げる。静もそれに習った。


「じゃあシルカの勝ち逃げってこと?」


 沙帆里が面白くなさ気に言う。


「灯の勝ち逃げだ。シルカのじゃない。そう思うのだな」


 哲也が淡々とした口調で言う。そして、歩き始めた。


「行くぞ。隆弘さん、情報をくれ」


「ああ、神社までは我々陰陽連が送ろう。そこからは君達の仕事だ」


「クリス、気配が邪悪なものかどうか察知できるな?」


「クリスはできると肯定しているわ」


「なら問題はなしだ。行こう」


 哲也の指示を聞きながら、貴一はこの地での生活の終わりを感じ始めていた。

 それは、シルカとの別れでもあった。

 不安で眠れなかった時に、手を握ってくれたシルカ。いつでも元気で、優しくて、ヴィーニアスが大好きなシルカ。

 彼女との別れに、名残惜しさを感じている貴一がいた。

 いや、それは貴一というよりは、その中で眠るヴィーニアスの感情だったのかもしれない。


「ちょっと待ってくれるか」


 そう言ったのは藤吾だ。

 珍しい相手から呼び止められて、貴一は意外な思いになる。

 哲也が二人の間に立つ。


「なんだ? こっちは忙しいんだがな、グレン」


「グレンじゃない、藤吾だ。貴一君と話がしたい。そう時間はかからない」


 藤吾は真剣な表情でこちらを見ている。

 貴一は仲間達の様子を伺うと、藤吾と共に歩き始めた。

 自販機の傍だった。

 藤吾がダイエットコーラを買う。そして、貴一に投げた。


「炭酸は嫌いか?」


「いえ」


「そうか、俺は嫌いだ」


(なんの用だろう……)


 貴一は戸惑うしかない。


「なんでだ」


 藤吾は、唐突に言った。


「はい?」


「なんで、命の危険を侵す旅に出られる? 俺ならば考えられないな」


 確かに、人から見ればそう言われるのは当然だろう。

 貴一は、苦笑した。


「けど、俺が動かないと、もっともっと沢山な人や、大事な人が死んでしまうから」


「怖くはないのか」


「正直、怖いです。時々、眠れなくなるほどに」


「それでも、戦うのか」


 貴一は、ペットボトルに視線を落とし、頷く。


「度し難いお人好しだな」


 藤吾は吐き捨てるように言う。


「反論のしようもありません」


 貴一は苦笑するしかない。最初から、彼が貴一を苦手がっていたことはわかっていたことだ。憑依霊に対して抵抗感があるのだろう。


「……負けたよ、王様」


 そう、藤吾は言った。

 顔をあげると、藤吾は真っ直ぐに貴一を見ていた。

 その手が、差し出される。


「頑張れ、貴一」


「ありがとうございます、藤吾さん。藤吾さんから、そんな言葉を聞くとは思わなかった」


 手と手が重なって、握りしめられた。


「じゃあな」


 手を離すと、藤吾は去っていった。貴一は、ペットボトルを持って仲間達の所へと急いだ。

 ここに来てから、初めて藤吾と打ち解けられた気がしていた。



+++



 車で四十分ほど走り、一同はその神社の前に辿り着いた。

 立派な赤い鳥居が道に沿って何個も並んでいる。


「我々はここで待機しているよ。異常を感じたらなにか合図をくれ」


「わかった」


 哲也は隆弘に返事し、そして一歩を踏み出す。


「クリス、邪悪な気配はあるか?」


 静はクリスになり、答える。

 長い耳が、小さく上下に動いた。


「とても清浄な空気……聖なる空間って感じだね。神様を祀る場所だからそれも当然か」


「なら、行くか」


 哲也は歩き始める。

 四人は、その後に続いた。

 鳥居を潜っていく。


 それを、五分ほど繰り返した。

 鳥居は、途絶えることがない。境内が見える様子もない。


「流石に、長くねえか?」


 哲也が、呆れたように言う。


「結界だよ。出口と入口が連結されている」


 クリスが淡々とした口調で言う。


「ふむ。じゃあ綻びもどこかにありそうなもんだけどな」


 哲也はそう言って腕を組んで立ち止まる。


「クリス、捻れてる空間はどこだ?」


「五個前だね」


「それじゃあ、そこを調べてみるか」


 哲也はそう言って駆けていくと、五個前の鳥居でしゃがみこんで周囲を調べ始めた。

 草むら、石ころ、そんな些細なものを調べていく。

 クリスと沙帆里もそれに習った。


 恵美里と貴一は、顔を見合わせる。互いに、戸惑った顔をしていた。


「出られるんだよね……?」


 恵美里が不安げに言う。


「ヴィーニアスが起きれば強引に突破することも可能なんだがな」


 哲也が言う。

 貴一は、責められているような気分で落ち着かない。


「恵美里、ヴァイスは空間を裂くことはできないのか?」


「あー、ヴァイスなら、出せない」


 恵美里の一言で、空気が凍る。


「それはどういう意味だ? 恵美里」


 哲也が低い声で言う。


「だって、ヴァイスの奴、股間を私の腕でかいたんだよ! 許せると思う?」


 恵美里が気まずげに言う。


「その抵抗感が再びフル・シンクロを不可能にしたんだろうってヴァイスは言ってる!」


 哲也はしばらく黙り込んでいたが、そのうち大きく溜息を吐いた。


「なんだ、ピピンの坊やか」


 声が響いた。皆、周囲に視線をやる。


「闇の気配があると思って警戒していたが、ピピン坊やが元凶ならいいだろう」


「なんだよ、俺のせいか」


 苦笑して、ピピンは立ち上がって手を払った。

 空間が捻れていく。そして、気がつくと、周囲は白い空間に包まれていた。

 若い美女が、煙草を吸いながらテーブルの奥で椅子に座っている。こちらではなく頭上に視線をやっていた。


「探したぜ、ザザばあ」


 哲也は、そう言って美女の傍に歩いていく。他の四人も、それに習った。


「この人が?」


 貴一は哲也に耳打ちする。

 哲也は、頷いた。


「そうだ。未来も過去も見通す千里眼の持ち主。占い師ザザだ」


 そんな偉い人には見えない。しかし、今貴一達が彷徨った結界を作ったのが彼女ならば、その実力は本物だろう。


「言っておくが君達は私を見つけたわけじゃあない。シルドフルが退治されたことを察して私が結界に綻びを作ったのよ」


 そう言って、彼女はテーブルの上の灰皿に灰を落とす。


「ザザばあもシルドフルは怖いか」


「実力とメンタルは別問題だ。私が操られたら光の勢力に多大な被害を及ぼす。身を隠して賢明だと褒めてしかるべきだと思うね」


「尤もだよ、ザザばあ」


 そう言って、哲也は肩を竦める。

 そして、テーブルに手を置いた。

 哲也とザザの視線が交差する。


「依頼はわかっているな」


「精霊の居場所だろう? なあに、任せておけ。私ならば精霊の居場所ぐらい簡単に探知してみせるだろう……と言いたいところだが」


 ザザは、そこで言葉を切って皮肉っぽく微笑んだ。


「無駄足だな」


 その時、貴一のスマートフォンが鳴った。

 画面には美鈴の名前が記されている。


「出なよ」


 ザザは、そう言って煙草に口をつける。


「ここ電波通ってるの?」


 哲也が呆れたように言う。


「暇つぶしにソシャゲがいいんだよ。ワイファイも通ってるぞ」


 貴一は電話に出た。


「貴一? 水の精霊の居所がわかったわよ。そこで活動してる味方とのネットワークもできた」


「水の精霊の居所? 何処だよ、美鈴さん!」


 ザザを除く全員がざわめきたった。

 ザザは煙を吐いて、再び皮肉っぽく微笑んだ。


「な。無駄足だと言っただろう?」


 そう言って、ザザは笑い声を上げた。


「まあ、私はコンビニに行く時以外はいつでもここで待っているよ。いつでも来なさい」


 ザザは煙草の先端を灰皿に捻りつけた。

今週は二章の締めくくりから三章の出だしまでの投稿となります。

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