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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
京都激動編
36/79

真の光帝陣

 時間は少し遡る。

 朝食の席で、旅人五人は一緒になった。

 貴一は三度目のカレーを口にし、思わずこぼす。


「味に飽きたなあ……」


「ヴィーニアスはどうだ?」


 哲也が淡々とした口調で問う。


「また深く眠ってしまったよ。悪夢も見なくなった」


「そうか……そうかぁ」


 哲也はそう言って頭を抱える。そして、貴一の頬を引っ張った。


「なんだよ」


「いや、憎らしくてな」


 表情は微笑んでいるが、内心では苛立っているのかもしれない。


「けど、ヴィーニアスは呼べば起きてくれる。そんな気がするんだ」


「あてにならないヒーローさんね」


 静が呆れたように言う。


「どうしてヴィーニアスは起きることを拒んでいるんだろう」


 沈黙が場に漂った。

 哲也、静、沙帆里は気まずげに視線を逸している。


「内緒か。まあ、もう慣れたけどな」


 貴一はそう言って、カレーを食べることに集中し始めた。

 食器を片付けると、グレンがやって来た。

 ピピンと、ヴィーニアスに話があるという。


「生憎、ヴィーニアスは眠ってるぜ」


 貴一は言う。

 恵美里と沙帆里は用事があるからと、静は部屋で休みたいとのことで、去っていった。


「いいのです。これは私の懺悔のようなものですから……」


 そう言って、グレンは二人の向かいに座った。

 グレンは話を切り出さない。

 二人は、待つ。

 しばし沈黙が、周囲に漂った。


「私は……前世の私は、シルカ様に懸想していました」


 重い罪を告白するように、グレンは言う。


「知ってた」


 哲也が投げやりに言う。

 グレンが驚いたような表情になる。


「バレバレでしたか?」


「かなり。だってお前珍しいもの手に入れたらまず俺の許可を得てシルカに持ってったじゃん。ガキをあやしてるのかと思ったがどうもそうらしくもない。知ってたよ」


「お恥ずかしい限りです」


 グレンは項垂れる。


「だから、この剣はシルカ様と、その旦那様であるヴィーニアス王のために使おうと誓った。しかし、少し邪念があったようです」


「だから、シルドフルに操られたと」


 哲也の言葉に、グレンは頷いた。


「私は今回は、どうやら戦力になれそうもない……」


「それがいいかもな。また操られたら目も当てられない」


 哲也とグレンの会話を聞いていて、貴一は考え込んだ。難しい話だ。けれども、それでグレンを外すのは、後味が悪いように思われた。


「シルカを守ることに集中したらどうだろう」


 貴一は言う。


「自分が操られればシルカが危うい。それを頭に入れていたならば、状況は変わらないだろうか」


「その結果があの惨状なのです。面目次第もない」


 グレンは、顔を上げる。


「私は、王のように強くはない」


「いや、弱いぜこいつ。前世にトラウマがあって滅多に起きやしねえ。どうでもいい時は図太いのにこと身内のことになると脆くなる」


 呆れたように哲也は言う。


「ともかく、私はここまでのようです。シルカ様の護衛、ピピン様にお願いしたい」


「……二人を同時に守るか。まあ、できないこともないかな」


「お願いしたい」


「ああ、わかったよ。お前も歯痒いだろうが、辛抱してくれ」


「はっ」


「行っていいぞ」


「ありがとうございます」


 そう言って、グレンは去っていった。


「なんか可哀想だな」


 貴一は、思わずそう口にしていた。


「あんなに守りたいと思ってるのに、気持ちは通じないなんて」


「お前のせいでもあるんだぞ」


 哲也はからかうように言う。


「シルカを嫁に出す手もあった。けど、お前は自分の妃にした。シルカ自身の強い希望もあってだけどな」


「それはヴィーニアスの行動じゃんか。俺には関係ないよ」


「そうさなあ。俺も随分憑依霊に影響を受けているらしい」


 ぼやくように言うと、哲也も席を立った。


「俺は武器の点検をするよ。お前はどうする?」


「精神統一でもしてるよ。気になる話がある」


「気になる話?」


「ヴァイスが言っているらしい。俺や恵美里が使っている光帝陣は、違うと」


「違う? 十分な威力のように思えるがな」


「ヴァイスが実践してくれるらしい。楽しみだ」


「そうか。バトルマニアなのは影響を受けてなのかな」


 そう、考え込むように言って、哲也は去っていった。



+++



 時計が四時を差した頃、五人は再び隆弘によって食堂に集められた。

 状況の変化を察知したシルカもやって来ている。


「郵便局の近くの地域で大学にしばらく顔を出していない者がいる。不審な行動なども度々目撃されている。我々は彼がシルドフルなのではないかという確信を得た」


「間違いはないのですか?」


「偵察部隊がそこで連絡を絶っている」


 沈黙が漂った。犠牲者は、既に出ている。


「そこで、業腹だが君達の協力を得たい」


「憑依者に協力を頼むのはプライドに触りますか」


 哲也が、苦笑混じりに言う。


「沽券に関わると言ってもいい」


 隆弘は、自虐気味に笑った。


「だが、戦闘経験の差から見ても漂流者は必要戦力だ。頼むしかなかろう」


「我々の目的にも沿っています。異論はありません」


 そう、貴一は言った。


「私は留守番をします。ヴィニー」


 そう言って、シルカは切なげに微笑んだ。


「今の私なら、操られてしまいそうだから」


「それは一体……?」


「行くわよ」


 そう言って、静が貴一の肘を引く。

 それに引かれるまま、貴一は歩いて行った。

 シルカは寂しげに、それを見守っていた。視界から消える、最後の最後まで。もしかしたら、その後も。


「車、ガソリンそろそろ入れないとな」


 と、哲也。


「衣服はこの施設の洗濯機であらかた洗濯したね」


 と、沙帆里。


「まだ、旅は続くのだったな」


 どうしてか楽しげに恵美里が言う。


「続くさ。俺達が望む限り。世界を見捨てない限り」


 哲也は、遠くを見てそう言った。



+++



 車で三十分ほど走っただろうか。

 最初の十分は、目隠しをされていた。

 その時間がすぎると、目隠しを外すことを許可された。


「府内ではあるけれど、京都市内ではないわね」


 静が、淡々と分析する。


「どうしてそう思う?」


 助手席の隆弘が問う。


「畑だらけだし、田舎すぎるわ。ここが政令指定都市だとしたら私は戸惑うわね」


「正解、と言っておこう。しかし、政令指定都市と言っても色々だぞ。諸君らはこれから目の当たりにするかもしれんがな」


「どうして、陰陽連の支部は京都市内にないのですか?」


 貴一は、疑問に思って訊ねていた。


「都に妖魔が蔓延ったのも今は昔の話。そもそも、陰陽術の祖は気を紛らわす術だ。妖魔とは人が見る錯覚。その心の隙間を癒やす術として陰陽術は産声を上げた。シルドフルの洗脳を排除したのもその応用だな」


「それは、世間の一般論とは違っているように思いますが」


 と言ったのは静だ。


「そうなのだから仕方がない。心を癒やす術だった。しかし、実際に妖魔が現れ始め、それは退魔の術となった。心を癒やす術の応用で退魔の術になる。これがどういうからくりかわかるかな?」


 静寂が漂った。

 貴一は、なんとなくわかる気がした。


「……人の心が、妖怪を作った?」


「正解だ。人の恐怖する心。それが野武士を鬼にし、枯れ柳を妖怪にした。人がホラー特番を信じた頃には酷く骨を折ったと聞く」


「今は、そういうこともない?」


「ノストラダムスが盛大にコケてくれたからな。人々から幽霊や妖怪を信じる心は消えた。まったく、ノストラダムス様様だ」


 揶揄するような口調の隆弘だった。


「今世紀に現れた妖怪はいないよ。もう誰も妖怪を信じていない。陰陽連は規模を縮小され、消えゆく運命だった。漂流者達が現れるまでは」


 再度、沈黙が漂う。皆、黙って隆弘の話の続きを待つ。


「まあ、感謝している」


 淡々とした口調でそう言った隆弘だった。


「その代償として世界の命運がかかってるんだけどな」


「尻拭いは自分でしてもらうさ。漂流者殿」


 車が停まる。隆弘は車から出た。

 畑に囲まれた、アパートの前だった。


 五人はその後に続く。

 隆弘は車の運転手に指示をした。


「少し離れた位置にいてくれ。多少、荒れるかもしれん」


「わかりました!」


 車が離れていく。


「さあて、鬼が出るか蛇が出るか」


 隆弘は楽しんでいるかのように言う。

 自棄になっているようにも見えた。


 隆弘が階段を上がり、その後についていく。

 二階の中央の部屋の前で、隆弘は足を止めた。

 ノックをする。

 反応はない。


「人の気配がする。扉を破壊できるか?」


「鍵開けなら得意だが」


 そう言った哲也を見た隆弘は、胡散臭いものでも見たかのような表情だった。


「なんでもいい、頼む」


「フル・シンクロ!」


 哲也がピピンに変わる。

 そして、鍵に針金を通していじり始めた。


「フル・シンクロ!」


 静、恵美里、沙帆里もそれぞれ唱え、クリス、ヴァイス、セレーヌとなる。

 貴一は小さな声で言った。


「ダウンロード……」


「いい加減ヴィーニアスを叩き起こせよな。甘やかすな」


 呆れたようにピピンは言う。


「善処はするよ」


 鍵が、開いた。


「隆弘さんはここで。俺達が中に行きます」


「ああ、任せた貴一。近接戦闘の経験値はそちらに軍配が上がる」


 ヴァイスが先頭に立ち、中に入っていく。

 狭い部屋だ。すぐに奥の部屋に辿り着いた。

 元は綺麗な部屋だったのだろう。しかし今は、洋服と、栄養ドリンクの瓶が散乱していた。

 そのベッドの片隅で、青年が膝を抱えて何かを呟いている。


「シルドフルか」


 ヴァイスが、咎めるように訊く。

 青年が、目を見開いてヴァイスを見た。


「僕は止めたんだ。やめろって言ったんだ。けどあいつはやめない。僕が寝ているうちに、何かをしている」


 早口で彼は呟く。その異様な光景に、緊迫した空気が漂い始めた。


「クリス達はちょっと下がっててくれるか」


 ヴァイスが振り向いてそう言うと、クリスは他の三人を押して部屋から出ていった。


「シルドフル。今なら一対一で戦ってやろう。眠ったまま終える気ならば、貴一に浄化させるがな」


 刺すような殺気が漂い始めた。


「さあ、どうだ、シルドフル!」


 ヴァイスは挑発をやめない。

 妖気が、爆発的に高まった。


 部屋の外に出ていた貴一達は見た。

 シルドフルの頭が屋根を突き破るのを。

 そして、アパートの一部が倒壊する。

 傾いていく通路で、貴一達は手すりを握ってバランスを取った。


「いでよ、式神!」


 そう言って、隆弘が紙に息を吹きかけて飛ばす。

 それは、巨大な人の形を取って通路を支えた。


 シルドフルは重みで一階まで突き破ったらしい。

 屋根からその頭が消え、一階から人が悲鳴を上げて逃げていく。

 そして、シルドフルは建物を破壊しながら外に出た。ヴァイスは器用に壊れていく建物の中から外へと跳躍していく。


 貴一は隆弘を抱え、他の三人と共に建物の外に出た。


「一対一だと言ったな、ヴァイス!」


「ああ、言ったとも」


 そう言って、シルドフルと向かい合ったヴァイスは大剣で自らの右肩を二度叩く。


「ヴァイス、無謀だ!」


 ピピンが叫ぶ。


「まあ、先輩冒険者の戦いを見ておきな。そして、恵美里、貴一、よく見ておけ」


 ヴァイスの目は、前に佇むシルドフルだけを見ている。


「これが真の、光帝陣だ」


 シルドフルの巨大な剣が、振り下ろされる。

 それを、ヴァイスはいともたやすく受け流した。

 鉄と鉄がぶつかり合う澄んだ音がする。


 シルドフルの剣が暴風のように荒れ回る。

 それを、ヴァイスは一歩も動かずに受け流していく。

 そのうち、大剣が光で輝き始めた。

 貴一は、息を呑んだ。


「攻撃を受け流しつつ、魔力を溜めている……!」


「そう! 豪覇光帝陣とは、敵の動きを受ける筋力と反射神経に裏打ちされた技!」


 ヴァイスは叫んで、敵の攻撃を地面にそらすと、大剣を高々と振りかぶった。

 夕焼けの中で、それが放つ光が煌々と輝いていた。

 ヴァイスは三歩、後方に飛ぶと、大剣を振り下ろした。


「豪覇光帝陣!」


 光刃が大地を削りながら放たれる。

 シルドフルはそれを受けようとした。

 その瞬間、光刃が二つに分かれた。

 光刃は四つ、六つ、八つと分かれてシルドフルを囲んでいく。


 それらの全てが、シルドフルに向かって突撃を始めた。


「だから陣って言っただろう?」


 ヴァイスはシルドフルに背を向けて、微笑む。

 鮮血が舞った。


「こりゃすげえや……強くなったシルドフルを、一人で攻略しやがった」


 ピピンが呆れたように言う。


「貴一、早く浄化を。クリスは治療の準備を」


「はい!」


 貴一と、クリスは異口同音に言う。

 貴一は、倒れたシルドフルの上に乗って、その首に双剣を走らせた。

 傷口から黒い闇が吹き出していき、そして、最後には足に大怪我をした青年が残った。

 クリスが治療を開始する。

 青年が、痛みに顔を歪めながら目を開ける。


「ああ……これでもう、悪夢を見なくて済むのか」


 そう言って、青年は微笑んで意識を失った。


「さて、次はこっちの頼みを聞いてもらう番だ。占い師ザザ、頼むぜ」


 ピピンが、隆弘に言う。


「わかっている。陰陽連の沽券にかけて発見してやろう」


 そう、隆弘は言った。



+++



「京都の方で大きな気配が消えた。多分、幹部クラスの敵だろう」


 湖の畔に佇む青年の言葉に、傍についていた二人が驚きの表情になる。


「流石はヴィーニアス様」


「となると、国王陛下はこちらへ来られるのですかな?」


 仲間の言葉に、青年は皮肉っぽく微笑む。


「どうであろうな。こちらの幹部は既に退治済みだと知ればどんな顔をするだろう」


「それは、誇りに思われることでしょう」


「俺はそうは思わん。あれは俺と母を捨てた人だ。しかし……」


 そこで言葉を区切って、青年は唇の片端を持ち上げた。


「あの男は俺に直接剣を向けられるのかな。自らの手で処刑するのを躊躇った男だ」


「ヴィシャス様。望みは変わりませぬか」


「ああ、変わらん。ヴィーニアスを排除して、俺が世界の救世主になる」


 そう言って、青年は両手に剣を呼び出した。

 双剣が輝き、放たれた光刃が水面を斬って水飛沫を上げる。


「待ち遠しいな。これほど待ち遠しいのは前世も含めて初めてかもしれん」


 遠くを見据える青年に、二人はうやうやしく頭を垂れた。

次回更新は来週になります。

皆さま良いお年を。

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