負けヒロイン達のお茶会
それはシルカがまだ少女の時の話だった。
「どうしてヴィーニアス様は私を妃にしてくれないんでしょう?」
足を投げ出して椅子に座り、対面の椅子に座るピピンに問う。
ピピンは苦笑いの表情になった。
「お行儀よくな、シルカ」
「はい」
シルカは素直に居住まいを正す。
「けど、城に呼ばれたきっかけが外見であれ、それから色々と交流を持って親しくなりました。私はヴィーニアス様以外の旦那なんて考えられません」
「わからんぞー。娘と思ってて養女にして政略結婚に出す。ありえる線だ」
「おじさま!」
シルカは不安になった。ない話ではないと思ったからだ。
「くく、冗談だ。奴にお前を手放す度量などあるはずがない」
「じゃあ、結婚の話も?」
「……まあ、もうしばらく悩ませておこうじゃないか。お前は結婚にはまだ早かろう?」
「早く大人になりたいです」
そう言って、シルカは足を前後に振る。
「行儀よく、な。シルカ」
「はい」
それから数年後、シルカはヴィーニアスの第二王妃に指名される。
色々問題はあれど、幸せな結婚生活が過ぎた。
それに、シルカは迷いを持たなかった。
あの時までは。
「侵入者だ! 皆、正面階段前に移動せよ!」
騒がしい声と鎧の擦れ合う音。
花に水をやっていたシルカも、なんだろうと思って出て行った。
凄まじい光景が繰り広げられていた。
槍を突きつけた鎧を着た兵士達が、一人の女性に軽々と投げられ、壁に叩きつけられ、失神していく。
女性は腰に手を当てて、呆れたように言った。
「あんた達、元上司の顔を忘れたの?」
彼女の顔は、シルカによく似ていた。
ヴィーニアスへの疑念が生まれる。
この時から、シルカは記憶を探る魔法を極めることに没頭することになる。
しかし、ついぞそれを、ヴィーニアスに使う度胸はなかった。
ただ、自分が拾われた理由と、自分が一番ではないのだという確信は、シルカの中に残った。
+++
「ヴィニー!」
シルカが駆けてくる。
飛びついてくる彼女を、ヴィーニアスはしっかりと抱きとめた。
「シルカ。苦労をかけたな」
「ううん、ううん。ヴィニーとさえ会えれば私は十分なの」
そう言って微笑む彼女の目尻には涙がある。
「しかし、困ったな。手がかりがなくなってしまった」
哲也が顎に手を当てて考え込む。
「シルドフルは何処へ行ったのだろう。生活している拠点を見つけ出せれば一番なのだが」
確かに、シルドフルを退治しなければヴィーニアス達は前に進めない。
「ヒントらしいヒントもなかったしねえ」
沙帆里も不安顔だ。
「まあ、今日は完勝を祝うか」
哲也は半ば投げやりにそう言った。
「俺は再び眠るよ……なんだか、とても眠いんだ」
そう言って、ヴィーニアスは目を閉じる。
「駄目だ、起きろ」
哲也がピピンに変わり、ヴィーニアスの肘を取る。
しかし、時既に遅し、ヴィーニアスは貴一に戻ってしまっていた。
「まったく」
ピピンは鼻白んだように言う。
後には、シルカに抱きつかれて落ち着かない気持ちの貴一が残った。
「また起きるのかね、奴さんは」
心の中のヴィーニアスに声をかける。しかし、返事はない。
「わからない……どうしてヴィーニアスはこんなに寝るんだろう」
「現実から逃げているのさ、奴は」
そう言って、ピピンは憎々しげに目を細めた。
そして、メンバー総出の祝勝会を終えて、寝て、翌日に進展があった。
「こんな手紙が郵便ポストに投函されていたそうだ」
隆弘が、朝食を食べている貴一、灯、静、哲也、沙帆里、恵美里の傍にやってきて開封された封筒を前後に振る。
封筒の宛先には、陰陽連と書かれている。
「内容は、姫の護衛の剣士と大剣持ちの剣士は使うな、だ」
「それって……」
貴一は驚いた。昨日洗脳されたメンバーだ。
「シルドフルの宿主のせめてもの抵抗と言ったところかな。ここから、シルドフルの住処が割れそうだ。いつでも出れる準備をしていてくれ」
「わかった」
貴一は頷いた。
シルドフルとの戦いも、クライマックスが近いようだった。
+++
恵美里はシルカに呼び出されて、彼女の部屋に移動している最中だった。
呼び出された理由がわからないので少し落ち着かない。
しかし、断る理由もなかった。
シルカの部屋の扉をノックする。
「どうぞー」
シルカの脳天気な声が聞こえてきた。
扉を開けて、中に入る。
シルカは、電磁調理器でお湯を沸かし、紅茶の準備をしていた。
「どうぞどうぞ恵美里さん。今日は親睦を深めようと思ってこの会を設けたのです」
「……どうして私だけ?」
「セレーヌも来ますよ」
なるほど、それは憂鬱な会になりそうだ。
(そう言うなよ恵美里。仲間との親睦は大事だぜ)
ヴァイスが言う。
尤もだと思ったので、恵美里は席についた。
会話が途絶える。
恵美里の対人経験不足なのもあるが、致命的に二人には接点がなさ過ぎた。
数分後、セレーヌがやって来た。
「シルカ、来たわよ」
「ええ、いらっしゃい。紅茶の準備ができたわよ」
「デザートはないの?」
「ケーキがあるわよ」
「それはシルカにしては気が利いてるわね。前世では、こんな場を持つこともなかった気がするけれど」
「セレーヌが悪いんじゃない。人を貧乳ちんちくりん扱いするから。そろそろ私達、休戦すべきではないかしら」
それが本題か。ならば何故自分は呼ばれたのだろう。恵美里は、怪訝に思う。
「ヴィニーを諦める気になった?」
席につき、セレーヌは優雅にお茶に口をつける。
「諦めるって言うかね、見守る気になったのよ」
「それを諦めるって言うんじゃない。やあね、負け犬の遠吠えは」
「そうは言うけれどね。私達、ゲームで言えば負けヒロインよ?」
沈黙が漂った。
なるほど、自分が呼ばれた理由を納得した恵美里だった。
「恵美里は貴一に気があるの?」
セレーヌが、横目で恵美里を見る。
貴一に対して淡い思いはある。しかし、それは封じようと静との友情にかけて思ったはずだ。
「私は、そんなのないよ」
「シルカ、貴女の見立て違いね」
「そうかな。私はそうは思わなかったんだけれど」
シルカは戸惑った様子だ。その表情が、ふいに微笑みに変わった。
「まあ、今日はケーキでも食べてのんびり過ごしましょう。シルドフルの捜索は配下の者達がやってくれてるわ」
「そうね……今は、待つことしかできないものね」
そう言って、セレーヌは差し出されたケーキをフォークで切った。そして、一口食べる。
「ん、甘い」
「でしょう。私おすすめの店でね」
「教えなさいよ、シルカ」
「本当だ、美味しい」
恵美里も、差し出されたケーキを一口食べて言う。それにしても落ち着かない空間だった。
「クリスは眠っていたヴィニーを起こした。それは、否定できない事実だと思う。私でも、セレーヌでも無理だった。クリスが、ヴィニーを起こした」
セレーヌは苦い顔になる。
「付き合いが古いのは認めるけれどね」
「私はヴィニーの記憶を見たの。クリスが横につくことで、良い夢を見ていたわ。二人の男女が、牧場で過ごしてささやかな幸せを得る夢。あれがヴィニーの本当の望みだったかと思うと、気が抜けてね」
「けど、ヴィニーは私を選んだ」
「クリスが去ったからよ」
セレーヌは、ケーキを一口食べて黙り込む。
「私は城下町の庶民の娘だった。友達とずっと駆け回っていたわ。いつも貧相なご飯を食べて、それでも元気に遊んでいた。そんな私の生活を変えたのは、ヴィニーだった」
シルカは、そこまで語って紅茶に一口をつける。
「ある日突然私はお嬢様になった。理由もわからずに。クリスの顔を見てから疑念を感じていたけれど、クリスの面差しを感じていたのね」
「私は、負ける気はないわ」
セレーヌは言う。
「前世でも、今世でも負ける気はない。静にも、クリスにも、負ける気はない」
「辛くない?」
「辛いならおりなさい。私はおりない」
「私だって、おりたくはない。けれども、ヴィニーの本当の望みは王冠でも、私でもなかった。そうとわかるとね」
「私だけがわかってます、みたいな顔はしないで」
セレーヌは、苛立たしげに言う。
「私は実際にヴィニーの記憶を見たのよ、セレーヌ。否定できない事実だわ」
シルカは、そう言って頬杖をつく。
「本当に幸せそうな光景だった。牧場で、ヴィニーとクリスは火を囲み、歌を歌い、二人で寝入る。それこそがヴィニーの目覚めるキー。ヴィニーの心の奥底にあった願望」
「ヴィニーは不幸だったと、そう言うの?」
セレーヌは今にも席を立ちそうだ。
「そうまでは言わないけどね」
シルカは、苦笑して言う。
「誰だって引きずってる恋の一つや二つはあるわ。それを含めて受け止める度量が寛容よ」
「敵わないなあ……」
シルカは感心したように言う。
「ライバルがおりるならそれはありがたいわ。私は勝つことだけを考えて行動する。貴女は勝手にすればいい」
「だって、ね。思うのよ……ヴィニーが私と結婚したのも、全ては、妥協だったかもしれないと思うと。それをあらためて突きつけられると。わかっていたけれど力が抜けちゃうのよ」
シルカは、微笑んでいた。けれども、その瞳からは涙が流れていた。
恵美里は、どうしたものかと思った。シルカを励ましてあげたい。けれども、自分にはなにもできない。
セレーヌが、動いた。
シルカを、抱きとめた。
「貴女は自分の役割を立派に果たしたわ。ヴィニーを癒やし、政務をする活力を与えた。それは無駄なんかじゃないし、なかったことにはならない」
「うん……うん」
シルカは、頷く。
「ご苦労様だったわね、シルカ。けど、もう自由になっていいわ」
「ありがとう……」
シルカは、目から涙を拭う。
「ああ、今一瞬成仏しかけたわ」
「冗談じゃないわよ。私の胸で成仏しないで。後味悪いわ」
「それもそうね……それじゃあ、後はセレーヌに託すわ」
シルカは、苦笑しつつそう言った。
「ええ、味方をして。静は強敵だから。恵美里も、応援してくれる?」
「私は、静を応援するよ」
恵美里は、淡々とそう言っていた。
「静は友達だ。友達は裏切れない」
「そう」
セレーヌは微笑んだ。余裕すら感じられる微笑みを浮かべた。
「なら、私達はライバルね。沙帆里が育ってからが勝負よ。私達はけっして後には退かない。愛する人を追うわ」
「怖い、怖い……」
恵美里はそう言って肩を竦める。
「私は人に対してそんなに強い感情を抱くのがわからない。貴一は確かに眩しいわ。光みたい。けれども、絶対に掴みたいという思いはわからない」
恵美里は、そこで言葉を切って、ケーキを一口食べる。
「なら、私は静のように気持ちを秘めている方がナチュラルに思える」
「なるほどねえ。対人関係の経験値不足が原因か。なら、貴女が対人経験の経験値を得た時、状況は変わるかもね」
面白くなさ気に、セレーヌは言った。
対人経験を得た時、自分はどうなるのだろう。恵美里自身にもわからない。
「頑張ってね。恋愛は、今を生きる人にしかできないのだから。生憎、灯に貴一はピンとこないみたいだし、私はここまでだわ」
シルカは微笑んでそう言った。
涙で目が潤んでいて、とても綺麗に諦めた、という風には見えなかった。
お茶会を終えると、恵美里は静の部屋に移動した。そして、シルカが貴一を諦めたことを伝えた。
「クリスには敵わないってシルカは言ってたよ」
「……だから私はヴィーニアスが嫌いなのよ。女を泣かせる男だわ」
そう、淡々と静は言った。
(静と貴一の恋愛も難航しそうだなあ……)
恵美里は、そう思う。
けれども、この二人がくっつく方が、しっくりくるように恵美里には感じられるのだ。
「私は味方だからね、静!」
恵美里は、力強く言う。
静は、虚を突かれたような表情になった。
「う、うん」
肝心の二人が鈍いのでは物事は進展しないのではないか。恵美里は、そう思う。
次回『真の光帝陣』




