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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
京都激動編
35/79

負けヒロイン達のお茶会

 それはシルカがまだ少女の時の話だった。


「どうしてヴィーニアス様は私を妃にしてくれないんでしょう?」


 足を投げ出して椅子に座り、対面の椅子に座るピピンに問う。

 ピピンは苦笑いの表情になった。


「お行儀よくな、シルカ」


「はい」


 シルカは素直に居住まいを正す。


「けど、城に呼ばれたきっかけが外見であれ、それから色々と交流を持って親しくなりました。私はヴィーニアス様以外の旦那なんて考えられません」


「わからんぞー。娘と思ってて養女にして政略結婚に出す。ありえる線だ」


「おじさま!」


 シルカは不安になった。ない話ではないと思ったからだ。


「くく、冗談だ。奴にお前を手放す度量などあるはずがない」


「じゃあ、結婚の話も?」


「……まあ、もうしばらく悩ませておこうじゃないか。お前は結婚にはまだ早かろう?」


「早く大人になりたいです」


 そう言って、シルカは足を前後に振る。


「行儀よく、な。シルカ」


「はい」


 それから数年後、シルカはヴィーニアスの第二王妃に指名される。

 色々問題はあれど、幸せな結婚生活が過ぎた。

 それに、シルカは迷いを持たなかった。

 あの時までは。


「侵入者だ! 皆、正面階段前に移動せよ!」


 騒がしい声と鎧の擦れ合う音。

 花に水をやっていたシルカも、なんだろうと思って出て行った。


 凄まじい光景が繰り広げられていた。

 槍を突きつけた鎧を着た兵士達が、一人の女性に軽々と投げられ、壁に叩きつけられ、失神していく。

 女性は腰に手を当てて、呆れたように言った。


「あんた達、元上司の顔を忘れたの?」


 彼女の顔は、シルカによく似ていた。

 ヴィーニアスへの疑念が生まれる。

 この時から、シルカは記憶を探る魔法を極めることに没頭することになる。

 しかし、ついぞそれを、ヴィーニアスに使う度胸はなかった。

 ただ、自分が拾われた理由と、自分が一番ではないのだという確信は、シルカの中に残った。



+++



「ヴィニー!」


 シルカが駆けてくる。

 飛びついてくる彼女を、ヴィーニアスはしっかりと抱きとめた。


「シルカ。苦労をかけたな」


「ううん、ううん。ヴィニーとさえ会えれば私は十分なの」


 そう言って微笑む彼女の目尻には涙がある。


「しかし、困ったな。手がかりがなくなってしまった」


 哲也が顎に手を当てて考え込む。


「シルドフルは何処へ行ったのだろう。生活している拠点を見つけ出せれば一番なのだが」


 確かに、シルドフルを退治しなければヴィーニアス達は前に進めない。


「ヒントらしいヒントもなかったしねえ」


 沙帆里も不安顔だ。


「まあ、今日は完勝を祝うか」


 哲也は半ば投げやりにそう言った。


「俺は再び眠るよ……なんだか、とても眠いんだ」


 そう言って、ヴィーニアスは目を閉じる。


「駄目だ、起きろ」


 哲也がピピンに変わり、ヴィーニアスの肘を取る。

 しかし、時既に遅し、ヴィーニアスは貴一に戻ってしまっていた。


「まったく」


 ピピンは鼻白んだように言う。

 後には、シルカに抱きつかれて落ち着かない気持ちの貴一が残った。


「また起きるのかね、奴さんは」


 心の中のヴィーニアスに声をかける。しかし、返事はない。


「わからない……どうしてヴィーニアスはこんなに寝るんだろう」


「現実から逃げているのさ、奴は」


 そう言って、ピピンは憎々しげに目を細めた。

 そして、メンバー総出の祝勝会を終えて、寝て、翌日に進展があった。


「こんな手紙が郵便ポストに投函されていたそうだ」


 隆弘が、朝食を食べている貴一、灯、静、哲也、沙帆里、恵美里の傍にやってきて開封された封筒を前後に振る。

 封筒の宛先には、陰陽連と書かれている。


「内容は、姫の護衛の剣士と大剣持ちの剣士は使うな、だ」


「それって……」


 貴一は驚いた。昨日洗脳されたメンバーだ。


「シルドフルの宿主のせめてもの抵抗と言ったところかな。ここから、シルドフルの住処が割れそうだ。いつでも出れる準備をしていてくれ」


「わかった」


 貴一は頷いた。

 シルドフルとの戦いも、クライマックスが近いようだった。



+++



 恵美里はシルカに呼び出されて、彼女の部屋に移動している最中だった。

 呼び出された理由がわからないので少し落ち着かない。

 しかし、断る理由もなかった。


 シルカの部屋の扉をノックする。


「どうぞー」


 シルカの脳天気な声が聞こえてきた。

 扉を開けて、中に入る。

 シルカは、電磁調理器でお湯を沸かし、紅茶の準備をしていた。


「どうぞどうぞ恵美里さん。今日は親睦を深めようと思ってこの会を設けたのです」


「……どうして私だけ?」


「セレーヌも来ますよ」


 なるほど、それは憂鬱な会になりそうだ。


(そう言うなよ恵美里。仲間との親睦は大事だぜ)


 ヴァイスが言う。

 尤もだと思ったので、恵美里は席についた。

 会話が途絶える。

 恵美里の対人経験不足なのもあるが、致命的に二人には接点がなさ過ぎた。


 数分後、セレーヌがやって来た。


「シルカ、来たわよ」


「ええ、いらっしゃい。紅茶の準備ができたわよ」


「デザートはないの?」


「ケーキがあるわよ」


「それはシルカにしては気が利いてるわね。前世では、こんな場を持つこともなかった気がするけれど」


「セレーヌが悪いんじゃない。人を貧乳ちんちくりん扱いするから。そろそろ私達、休戦すべきではないかしら」


 それが本題か。ならば何故自分は呼ばれたのだろう。恵美里は、怪訝に思う。


「ヴィニーを諦める気になった?」


 席につき、セレーヌは優雅にお茶に口をつける。


「諦めるって言うかね、見守る気になったのよ」


「それを諦めるって言うんじゃない。やあね、負け犬の遠吠えは」


「そうは言うけれどね。私達、ゲームで言えば負けヒロインよ?」


 沈黙が漂った。

 なるほど、自分が呼ばれた理由を納得した恵美里だった。


「恵美里は貴一に気があるの?」


 セレーヌが、横目で恵美里を見る。

 貴一に対して淡い思いはある。しかし、それは封じようと静との友情にかけて思ったはずだ。


「私は、そんなのないよ」


「シルカ、貴女の見立て違いね」


「そうかな。私はそうは思わなかったんだけれど」


 シルカは戸惑った様子だ。その表情が、ふいに微笑みに変わった。


「まあ、今日はケーキでも食べてのんびり過ごしましょう。シルドフルの捜索は配下の者達がやってくれてるわ」


「そうね……今は、待つことしかできないものね」


 そう言って、セレーヌは差し出されたケーキをフォークで切った。そして、一口食べる。


「ん、甘い」


「でしょう。私おすすめの店でね」


「教えなさいよ、シルカ」


「本当だ、美味しい」


 恵美里も、差し出されたケーキを一口食べて言う。それにしても落ち着かない空間だった。


「クリスは眠っていたヴィニーを起こした。それは、否定できない事実だと思う。私でも、セレーヌでも無理だった。クリスが、ヴィニーを起こした」


 セレーヌは苦い顔になる。


「付き合いが古いのは認めるけれどね」


「私はヴィニーの記憶を見たの。クリスが横につくことで、良い夢を見ていたわ。二人の男女が、牧場で過ごしてささやかな幸せを得る夢。あれがヴィニーの本当の望みだったかと思うと、気が抜けてね」


「けど、ヴィニーは私を選んだ」


「クリスが去ったからよ」


 セレーヌは、ケーキを一口食べて黙り込む。


「私は城下町の庶民の娘だった。友達とずっと駆け回っていたわ。いつも貧相なご飯を食べて、それでも元気に遊んでいた。そんな私の生活を変えたのは、ヴィニーだった」


 シルカは、そこまで語って紅茶に一口をつける。


「ある日突然私はお嬢様になった。理由もわからずに。クリスの顔を見てから疑念を感じていたけれど、クリスの面差しを感じていたのね」


「私は、負ける気はないわ」


 セレーヌは言う。


「前世でも、今世でも負ける気はない。静にも、クリスにも、負ける気はない」


「辛くない?」


「辛いならおりなさい。私はおりない」


「私だって、おりたくはない。けれども、ヴィニーの本当の望みは王冠でも、私でもなかった。そうとわかるとね」


「私だけがわかってます、みたいな顔はしないで」


 セレーヌは、苛立たしげに言う。


「私は実際にヴィニーの記憶を見たのよ、セレーヌ。否定できない事実だわ」


 シルカは、そう言って頬杖をつく。


「本当に幸せそうな光景だった。牧場で、ヴィニーとクリスは火を囲み、歌を歌い、二人で寝入る。それこそがヴィニーの目覚めるキー。ヴィニーの心の奥底にあった願望」


「ヴィニーは不幸だったと、そう言うの?」


 セレーヌは今にも席を立ちそうだ。


「そうまでは言わないけどね」


 シルカは、苦笑して言う。


「誰だって引きずってる恋の一つや二つはあるわ。それを含めて受け止める度量が寛容よ」


「敵わないなあ……」


 シルカは感心したように言う。


「ライバルがおりるならそれはありがたいわ。私は勝つことだけを考えて行動する。貴女は勝手にすればいい」


「だって、ね。思うのよ……ヴィニーが私と結婚したのも、全ては、妥協だったかもしれないと思うと。それをあらためて突きつけられると。わかっていたけれど力が抜けちゃうのよ」


 シルカは、微笑んでいた。けれども、その瞳からは涙が流れていた。

 恵美里は、どうしたものかと思った。シルカを励ましてあげたい。けれども、自分にはなにもできない。

 セレーヌが、動いた。

 シルカを、抱きとめた。


「貴女は自分の役割を立派に果たしたわ。ヴィニーを癒やし、政務をする活力を与えた。それは無駄なんかじゃないし、なかったことにはならない」


「うん……うん」


 シルカは、頷く。


「ご苦労様だったわね、シルカ。けど、もう自由になっていいわ」


「ありがとう……」


 シルカは、目から涙を拭う。


「ああ、今一瞬成仏しかけたわ」


「冗談じゃないわよ。私の胸で成仏しないで。後味悪いわ」


「それもそうね……それじゃあ、後はセレーヌに託すわ」


 シルカは、苦笑しつつそう言った。


「ええ、味方をして。静は強敵だから。恵美里も、応援してくれる?」


「私は、静を応援するよ」


 恵美里は、淡々とそう言っていた。


「静は友達だ。友達は裏切れない」


「そう」


 セレーヌは微笑んだ。余裕すら感じられる微笑みを浮かべた。


「なら、私達はライバルね。沙帆里が育ってからが勝負よ。私達はけっして後には退かない。愛する人を追うわ」


「怖い、怖い……」


 恵美里はそう言って肩を竦める。


「私は人に対してそんなに強い感情を抱くのがわからない。貴一は確かに眩しいわ。光みたい。けれども、絶対に掴みたいという思いはわからない」


 恵美里は、そこで言葉を切って、ケーキを一口食べる。


「なら、私は静のように気持ちを秘めている方がナチュラルに思える」


「なるほどねえ。対人関係の経験値不足が原因か。なら、貴女が対人経験の経験値を得た時、状況は変わるかもね」


 面白くなさ気に、セレーヌは言った。

 対人経験を得た時、自分はどうなるのだろう。恵美里自身にもわからない。


「頑張ってね。恋愛は、今を生きる人にしかできないのだから。生憎、灯に貴一はピンとこないみたいだし、私はここまでだわ」


 シルカは微笑んでそう言った。

 涙で目が潤んでいて、とても綺麗に諦めた、という風には見えなかった。


 お茶会を終えると、恵美里は静の部屋に移動した。そして、シルカが貴一を諦めたことを伝えた。


「クリスには敵わないってシルカは言ってたよ」


「……だから私はヴィーニアスが嫌いなのよ。女を泣かせる男だわ」


 そう、淡々と静は言った。


(静と貴一の恋愛も難航しそうだなあ……)


 恵美里は、そう思う。

 けれども、この二人がくっつく方が、しっくりくるように恵美里には感じられるのだ。


「私は味方だからね、静!」


 恵美里は、力強く言う。

 静は、虚を突かれたような表情になった。


「う、うん」


 肝心の二人が鈍いのでは物事は進展しないのではないか。恵美里は、そう思う。

次回『真の光帝陣』

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