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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
京都激動編
33/79

奸計1

 夜の屋上に出る。相変わらず破壊の傷跡が残る建物だが、既に面子は揃っていた。


「お待たせ」


 貴一は言う。


「二人して時間ずらして来たのがなんか生々しいなあ」


「からかうなよ」


 哲也のからかいに、苦い顔で返す。


「そういうんじゃないからね」


 静も苦い顔だ。


「本当は私の勝ちだったのに……」


 沙帆里は恨みがましく哲也を見ている。


「負けは負けだよ、沙帆里ちゃん」


 恵美里が苦笑顔で言う。


「まあ、安眠できたなら良かったんじゃ?」


 灯がいつものなにを考えているのかわからない表情で言う。


「ああ、安眠できた。今日は、勝つよ」


 不思議と、恐怖がなかった。今日は勝てる。そんな思いがあった。

 藤吾は、なにを思っているかわからない。険しい表情で前だけを見ている。


「安眠か。羨ましい言葉だ」


 隆弘がぼやくように言う。

 相変わらず、地面に置いた霊符に指を置いている。


「隆弘さんは完徹なんですか?」


「気を練っているのだ。仕方があるまい」


「心強いですね」


「陰陽師は漂流者などには負けん。私は陰陽連の最後のプライドだ」


 事実、隆弘の持つ札からは強い気配が放たれている。

 これは頼りになるかもしれない。貴一は、そう思った。


「フル・シンクロ」


 哲也が呟き、ピピンに代わる。


「敵さん来ねーな。今日もサボりか?」


 静と沙帆里も、フル・シンクロを行いクリスとセレーヌに代わる。


「来ないなら来ないで厄介ね」


 クリスが青い髪をいじりながら言う。その片手には白銀に輝く槍が持たれている。


「この広い京都。探すのは手間だわ」


「戦力を散らすってのも問題だしなー。どうしたもんだかな」


 ピピンがしゃがみこんで、前を見ながら言う。

 その目が不意に細めらると、彼は立ち上がって弓に矢をつがえ、引いた。

 矢が放たれる。


「来たぞ」


 緊迫した空気が流れ始めた。


「ダウンロード!」


 貴一と恵美里は異口同音に言い、それぞれ双剣と大剣を呼び出す。

 同時に、貴一は光の結界を張った。

 やはり、敵は感知できない。


「さて、人数では圧倒的に劣る相手に策はあるのか。見せてもらおうか」


 ピピンが矢を放ちながら、淡々と呟く。


「ここが正念場です! 勝利の美酒を我らに!」


 シルカが叫ぶ。


「貴方達の奮戦は私が見届けます。大いに暴れなさい!」


 セレーヌも叫ぶ。

 前線部隊がそれに応じ、周囲は熱狂に包まれた。


 敵部隊と、その後部にいるドラゴンが見えてきた。


「今回はドラゴンは下げてるか。賢明だ」


 ピピンが呟く。


「まあ、クリスの身体能力の前では無駄だがね」


 その言葉に応じるように、クリスは隆弘の腰のホルダーから一枚霊符を引っ張り出す。


「ドラゴンをまず仕留めるって作戦だったよね」


「ああ、頼む。大きな戦力は早めに潰しておきたい。隆弘さんがまた怪我して術を使えなくなるかもわからんでな」


「痛いところを突く」


 隆弘は苦い顔だ。


「わかった。敵部隊が接近したら、やるよ」


 そう、クリスは宣言した。

 青い三つ編みが、風に揺れていた。白い肌が月明かりに照らされ、髪と同じ色の瞳は前だけを見ている。


「しかし、この前のシルドフルの捨て台詞。あれは一体何だったのだろう」


 恵美里が、不安げに呟く。

 確かに、シルドフルは言った。お前達の心の弱さを見つけた、と。

 あれは一体、どういう意味だったのだろう。

 誰も答えられぬままに、前線部隊が敵部隊と衝突した。


「体魔術六十パーセント……!」


 クリスの体が輝き始める。彼女はしゃがんで力を貯めると、跳躍する。そして、ドラゴンの頬に殴りかかろうとした。

 その時、気配がした。死神が歩み寄る魔の気配。

 気がつくと、クリスの背中を、恵美里が大剣で切りつけていた。

 クリスは戸惑った表情でドラゴンの顔に着地し、その頬に霊符を張る。


「滅!」


 隆弘の叫び声とともに、ドラゴンは浄化された。

 上に乗っていたクリスは落下する。そこに、さらに恵美里は襲いかかっていった。


「恵美里! なにやってんだよ!」


 貴一は叫ぶ。


「きゃっ」


 シルカの声がした。

 見ると、藤吾がシルカを抱きかかえている。そのまま、彼は逃走を図ろうとした。

 その前に、ピピンが立ち塞がる。

 片手剣を呼び出し、鞘から抜いた。


 藤吾の手に現れた剣と、ピピンの片手剣が交差する


「最悪のパターンとして想定してはいたが、俺が剣を持つハメになろうとはな……」


 ピピンはぼやくように言う。

 藤吾は次々に剣を繰り出し、ピピンを襲う。

 一方、恵美里とクリスも交戦中だった。と言っても、クリスは躱す一方。攻撃には転じていない。


「味方が、敵になっている……」


 セレーヌが、唖然としながら言う。


「これが答えだ、貴一!」


 ピピンが片手剣を振りながら叫ぶ。


「光の結界では探知できない敵、それは……」


「私に操られたお前らの側の人間だったということだ」


 ピピンの言葉をつぎ、低い声が周囲に響き渡る。

 いつの間にか、シルドフルの巨体が傍にあった。


「貴一! セレーヌと組んで凌げるか?」


 貴一は不安を覚えた。

 セレーヌの攻撃は補佐にしかならないだろう。決定打がない。

 しかし、ピピンは勝てとは言わなかった。

 凌げ、と言った。

 ならば、やるしかない。貴一の力は、弱くはないのだから。


「やるだけやってみる!」


 貴一は叫んだ。


「ぐふふふふ……どうだ、自らの仲間が敵となる様は。苦しかろう、切なかろう。今とどめを刺して、その思いを消してやろうではないか」


 そう言って、シルドフルは巨大な剣を引く。


「最低だな、お前。そうやって、人の心の弱さにつけこむことしかできないんだ」


 貴一は、双剣を構える。そして、叫んだ。


「セレーヌ! 奴を氷漬けにしてくれ!」


「破られるわよ?」


 セレーヌは戸惑うように言う。


「距離が近すぎる! 俺が遠くに運ぶ!」


「わかった!」


 セレーヌが杖の先端を地面に叩きつける。


「氷よ舞い散れ、氷華!」


 春の夜に白い雪のような結晶が降り注ぐのと、シルドフルが剣を振りかぶるのは同時だった。

 シルドフルは、氷の塊に覆われていた。

 貴一は地面に降りて、その塊を全力で押す。


「おおおおおおおお!」


 後方を確認すると、クリスが恵美里を抱きかかえて移動しているのが見える。

 こうして、三者の戦線は離れていった。



+++



「五剣聖最弱の男、ピピン!」


 藤吾が怒鳴る。


「俺の腕なら勝てる!」


「思い上がったもんだね、グレンちゃんも」


 飄々と言い、ピピンは彼の一撃を受け止める。

 シルカは、彼の腕から解放されようと足掻いているが、その努力は実を結びそうもない。


「俺はヴィニー坊やほど剣は使えないし、クリスみたいに強くはない」


 藤吾の剣を力任せに弾く。


「けどそれは、弱いということではない」


 さらに振り下ろされた剣を掻い潜って、藤吾の肩を突く。


「一般的な基準で言えば、強いぜ、俺は」


 ピピンは、そう宣言していた。

 藤吾の視線とピピンの視線が絡み合った。

 藤吾は、シルカを放すと、剣を両手で構えた。


 本気の一撃が来る。

 王室警護隊の長をしていた人間の本気の一撃。

 ピピンは、片手剣を引いて、それを待った。


「これを使え」


 隆弘が、ホルダーから霊符を一枚取り出して差し出す。


「グレンを浄化するわけにゃいかないよ、隆弘さん」


 ピピンは、視界に藤吾を入れたまま、答える。


「シルドフルの支配下から解放することはできるかもしれん」


「マジか?」


「ああ、陰陽師は嘘はつかん。方便は使うがな」


「そうかい」


 ピピンは、片手を伸ばして霊符を受け取る。

 それを隙と見たのか、藤吾は襲い掛かってきた。



+++



 噛みつかれ、痛みにクリスは顔を歪めた。

 相手の腹を殴り、無理やり距離を取る。

 敵と味方の前線のぶつかり合う音が、遠くに聞こえていた。


「恵美里ちゃん。正気に戻って」


 クリスは槍の穂先を恵美里の左肩に向けて、真っ直ぐに構える。


「私は正気よ」


 恵美里は、目を見開いて言う。その目は、前を見ていない。現実を見ていない。ここではないどこか心の中を見ている。


「利用されているのが嫌になっただけ」


 恵美里はそう言って、剣を振り上げる。

 豪覇斬のモーション。さっきはこの隙に体を抱え、前線から離れることが可能となった。

 攻撃は、できる。

 しかし、恵美里を傷つけたくないという思いがブレーキになっている。


「利用って、なんのこと? わからないよ!」


「友達面して、利用できるから仲良くしてただけ。最後には私を裏切る。両親のように。そう思ったら、貴女達が憎くて仕方なくなった」


「静がそんなことするわけない!」


「言葉ではなんとでも言える!」


 豪覇斬が放たれる。

 クリスは軽々とそれを回避する。体魔術を六十パーセントまで高めたクリスは人体の限界を遥かに超えた移動速度を可能とする。

 恵美里に、勝ち目はない。

 クリスは槍を捨てることを決意した。肉弾戦でならなんとか失神させられる。ヴァイスの剣技が如何に緻密と言えど、神速の攻撃には敵わない。

 その時、クリスは自分の意識が体の中へと引っ込められるのを感じた。

 静が、表に出て、体の支配権を握っていた。


(無理だ静! ヴァイスの剣術に貴女じゃ敵わない!)


「引っ込んでて、クリス。これは、私達の問題。私と、恵美里の問題」


 静は、怒っているようだった。

 恵美里に、怒っているようだった。

 彼女は槍を構えると、唱えた。


「ダウンロード」


 クリスの経験や身体能力が静の体に注ぎ込まれる。

 そして、静と恵美里の決戦が始まった。



+++



 氷の塊が割れて、中からシルドフルが現れた。

 その破片が勢い良くぶつかって、貴一は仰け反る。


「また、一人で戦うことを選択したか、ヴィーニアス……!」


 シルドフルはそう言って、巨大な剣で貴一を指す。


「しかし、前世のようにはいかんぞ。お前の魔法剣。対策は練った」


「そうかい」


 貴一は冷や汗をかいていた。

 恵美里と二人で戦った敵。どうやって剣士一人で相手をする。

 凌げとピピンは言った。

 凌ぐことだけなら、可能かもしれない。


 その時、巨大な氷柱が何本もシルドフルに向かって襲いかかった。

 それを、シルドフルは剣で破壊していく。

 隙が見えた。


 脇腹をすれ違いざまに斬る。

 しかし、軽症だ。


 貴一ができることは、クリスや恵美里が復帰するまでそれを積み重ねること。


「ははは、効かんぞ、効かんぞヴィーニアス!」


 振り返ったシルドフルが剣を振り下ろす。

 受け止めようと体が動く。しかし、そうした場合は死ぬとヴィーニアスの経験が告げていた。

 回避。

 髪を剣が掠める。

 シルドフルの背中に、氷柱が何本も突き刺さった。


「疎ましい魔女め、まずはそちらから退治してやろうではないか!」


 いけない、と貴一は思った。

 危ないのはセレーヌだけではない。藤吾とピピンが戦っているし、シルカも隆弘もいる。

 皆、巻き添えになるのは避けられない。


「待てよ」


 貴一は、呟くように言った。


「なんだ? 懇願か?」


「余所見してていいのかよって言ってるんだよ」


(久々にいい夢、見ただろ)


 心の中に問いかける。

 静寂が心に焦りを生む。


(……ああ)


 返事があった。貴一は目を見開く。


(なら、一仕事してくれよな!)


「行くぞ、ヴィニー! フル・シンクロ!」


 雲に隠れていた月明かりが差した。

 貴一の意識は体の内部に引っ込み、代わりにヴィーニアスが表に出る。


 静かな心が伝わってくるかのようだった。


「夢を見た……」


 ヴィーニアスは呟く。


「寝言か?」


 怯んだように、シルドフルは言う。


「いい夢だった。遠く過去に捨ててしまった夢だ」


 双剣を、ヴィーニアスは構える。

 シルドフルの目に恐怖の色が滲む。


「俺は、皆を守るよ。そのためにお前は邪魔だ、シルドフル! 再び我が剣の前に沈め!」


「抜かせえええええ!」


 シルドフルが剣を振り下ろす。

 それを、ヴィーニアスは双剣で受け止めた。

 その足に、尋常ではない負担がかかった。

 しばらくは全力疾走はできないだろう。


「ほう」


 ヴィーニアスは感心したように言う。


「魔法剣を使っているのだがな。それで折れぬとは一体どういう了見だ」


「お前ら人間が光の力を使って剣を強化したように、私も闇の力を使って剣を強化する術を覚えたのよ!」


「なるほど。しかし、剣を断つ域には達していない」


「お前の猪口才な魔法剣さえ防げれば十分!」


 シルドフルは剣を振り上げる。


「前世のように、いくと思うな!」


 シルドフルの剣が、大地にのめりこんだ。

 ヴィーニアスはそれを躱して攻撃に転ずる。

 しかし、シルドフルの動きは素早かった。大地をえぐり取り、そのままヴィーニアスにぶつけたのだ。

 そのまま振られた剣を、視界を遮る土を物ともせずに双剣で受け止め、ヴィーニアスは弾き飛ばされる。

 経験だけで、ヴィーニアスは今の作業を行っていた。

 尋常な戦闘勘ではない。貴一は舌を巻く。


「……眠いな。動きにいまいちキレが出ない」


 ヴィーニアスが、ぼやくように言った。


(お前は十分に寝てるだろ、いい加減にしろ!)


「そうだったな」


 ヴィーニアスは苦笑して、地響きを立てながら接近してくるシルドフルに向けて双剣を構えた。



次回『奸計2』

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