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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
京都激動編
32/79

貴一争奪戦2

 哲也は、部屋の扉の出っ張りに足を引っ掛け、腕で体を支え、天井に張り付いていた。

 敵の気配が近づいてくるのがわかる。


 狙える。

 そう思って、哲也はBB銃のトリガーを引いた。

 風船が五つ、割れた音がした。


(我ながら錆びついてないなー)


 ピピンは惚れ惚れとしたように言う。

 駆け足が近づいてきた。敵が移動を早めたのだろう。


 哲也は再び狙撃する。

 風船が二つ割れる音がする。

 しかし、ここまで好き勝手やったのだ。敵は既に哲也の位置を捕捉していた。

 哲也は天井から降りながら狙撃する。

 また、風船が二つ割れる。

 そして、次はしゃがみ、地面を踊るように一回転しながら撃った。

 風船が三つ割れる。


 そして、人数差は、ないに等しくなっていた。

 シルカ派が撤退する。

 哲也はBB弾をリロードして、無感情にその後を追う。

 そして、大体のオチは読めたな、と思った。

 少数の敗残の兵。それを逃すクリスではない。


「きゃー!」


 シルカの声と風船が割れる音が周囲に響き渡った。

 しかし、状況は哲也の想像の斜め上を行った。

 静チームとセレーヌチームが、白い巨大な紙の怪物に追われながら哲也に向かって駆けてきた。

 哲也は天井に再び舞い戻り、皆が去るのを待った。



+++



 時間は少し遡る。


「セレーヌチームの大軍が向かってきてる……」


 静は細い通路で呟く。


「応戦する?」


 恵美里は問う。


「不意打ちで少し削っておきたいところね。そのまま、食堂の方へ移動。ニチームの中間でなんとか生き残る」


 静は淡々と答える。

 足音が、恵美里の耳にも聞こえるほどに近づいてきた。


 恵美里は腕と頭だけを出して、敵を狙い撃った。

 風船が割れる音が三度する。

 敵が駆け始める。


「十分!」


 そう言って、静は、恵美里の手を引いた。

 その時のことだった。


「うるさあああああい!」


 隆弘の叫び声が周囲に響いた。


「人が寝ずに気を練っているというのにお前らは静かにもできんのか! もう辛抱ならんぞ漂流者どもめら!」


 隆弘の声には余裕がない。切羽詰まっているのが伝わってくるかのような声だった。


「紙に丸められて黙るがいい! 式神、いでよ!」


 阿鼻叫喚が響く。

 静と恵美里は、恐る恐る細い通路から顔を覗かせた。

 すると、巨大な紙の形をした式神に追われたセレーヌ組が駆けてくるのがわかった。


「細い通路よ! 細い通路はあのデカブツは通れない!」


 沙帆里が叫ぶ。


「冗談じゃない!」


 静と恵美里は手と手を繋いで駆け始めた。

 走る、走る、走る。

 通路を出たところで、撤退してきたシルカと鉢合わせする。


「棚ぼたで悪いけど」


 静は一瞬で、シルカの構えたBB銃を掴んでいた。


「じゃあね!」


 そう言って、静はシルカの風船を撃った。

 風船はあっけなく割れて、切ない音を響かせた。

 感傷に浸る暇はない。静達は駆け続ける。

 巨大な式神は、体を横にして細い通路を進んだようだった。


「お前らー、魔術やフル・シンクロを使ったらアウトだからなー」


 哲也が天井に上手く引っかかりながら呑気な口調で言う。


「五月蝿いわね、わかってるわよ!」


 静は怒鳴って、その足元を駆け去って行った。

 そして、一同は食堂に辿り着いた。


 式神が一瞬で四つに切り裂かれる。

 貴一が、双剣を手にして立っていた。


「なんか大変そうだから倒しといたけど……良かったのか?」


「大正解よ、貴一」


 沙帆里が、不敵に微笑む。そして、叫んだ。


「囲んで!」


 静は、セレーヌチームに囲まれていた。

 いかに歴戦の勇士とて、多数の銃を相手にするのは分が悪い。

 敵も凡夫ではない。前世では剣で生きた者達。動体視力はずば抜けている。


(これは負けたか……)


 そう、静は目を閉じた。


(悔しいな……)


 自分の中に沸いた思いに、戸惑う。

 悔しい? 何故?

 それを掘り下げたら不快な事実に辿り着くような気がして、静は気持ちに蓋をした。


「構え!」


 沙帆里が手を挙げる。


「待てよ、俺にやらせてくれ」


 呑気な調子の哲也の声がした。


「二人とも計画をいつも狂わせてくれるマイペース女どもだ。俺がトドメを刺してやりたい」


「ふうん……いいわよ、哲也。妹に勝利の美酒を味あわせて」


「わかったよ」


 風船の割れる音がした。

 静は、目を開ける。

 しかし、静の風船も、恵美里の風船も割れてはいなかった。

 割れたのは、沙帆里の風船だった。


「……お兄ちゃん、なんで?」


 沙帆里が無垢な子供のように目をまん丸にして問う。


「お前な。年端もいかない妹を男の寝所に送り込みたいと思う兄がどこにいるよ」


 銃を指でくるくると回転させながら哲也が言う。


「馬鹿ー! 哲也の馬鹿ー!」


「優勝、静チーム!」


 静は唖然とした。

 なにが起こったかはわからないが、勝ってしまったらしい。



+++



 夕方、枕と布団を持って貴一の部屋の前に移動した。

 心が落ち着かない。

 貴一と一緒に寝るのだから、それも当然だ。

 深呼吸を繰り返し、部屋の扉をノックする。


「どうぞ」


 中から声がした。

 静は、無言で中に入る。

 歩いていき、ベッドの横でお腹に布団をかけて座る。


「んで、どうすればいいの?」


「手を握ってくれ」


「握ればいいのね」


 溜息を吐いて、貴一の手を握る。


「はい、握ったわよ」


 貴一は微笑んだ。


「ありがとう。不安が少し紛れる」


 シルドフルとの戦いで矢面に立つのは貴一だ。

 それは、不安も感じるというものだろう。

 それを思うと、静は貴一に同情心を抱いた。

 静もシルドフルと戦うことになるだろう。しかし、ヒットアンドアウェイがクリスの基本戦術。あの大剣の攻撃範囲に常にいるということはない。


 静は、貴一の手を強く握った。温もりが、手に広がる。


「ありがとう、静」


「これぐらい、どってことないわよ」


 そう言って、静は鼻を鳴らした。


「こういうことをさせるためにあのシルカって子を育てたの?」


 呆れたように言う。


「ヴィーニアスに言ってくれ」


 貴一は投げやりに返す。

 そうやってしばらく痛いところを突いていたが、貴一の返事は徐々に緩慢なものになっていった。

 そのうち、貴一は寝入った。


「子供みたいね……」


 寝顔を見て、思わず呟く。

 その表情が、不意に歪んだ。


「クリス……逃げろ……!」


 貴一はうなされて、手を振る。静の手から、貴一の手が抜けた。


「クリス、逃げてくれ……!」


 貴一ではない。ヴィーニアスがうなされているのだ。そう、静は察した。

 ならば、自分にできることはなにもない。

 駆け足で、灯の部屋へと向かった。

 ノックすると、灯が部屋から出てきた。


「どうしたの? 勝者さん」


 灯はいつもの、なにを考えているかわからない表情で言う。


「ヴィーニアスがうなされています。私じゃ彼を苦しめることしかできない……今からでも、変わってほしいんです」


 灯はしばらく黙り込んでいたが、そのうちシルカに姿を変えた。


「クリスおばさま」


 シルカは、静の手を握る。


「おばさまはやめろやお前コラ」


 シルカは静の文句などどこ吹く風か、目を閉じた。


「私がヴィニーに拾われたのは、貴女に似ていたからでしょう」


 シルカは、切なげに微笑む。静は、黙り込んだ。


「わかっているのです。私は、一番ではないと。だから、ヴィニーは私を抱くのにも妃にするのにも随分と躊躇ったのです」


「シルカ……」


 静は、胸が締め付けられるのを感じた。

 これは、自分の感情ではない。クリスの感情。


「傍にいて、あげてください。それがヴィニーの一番の願いだったと思うから」


 そう言って、シルカは苦笑して目を開いた。


「では」


 そう言って、シルカは灯に戻り、部屋に戻って行った。

 静も、部屋に戻る。

 部屋では、貴一がまだうなされていた。

 静はクリスを表に出し、貴一の手を握る。


「ヴィニー、クリスだよ」


 クリスは、汗ばんだ貴一の額を優しく撫でる。


「今は、一緒だよ」


 貴一の表情が、少し安らいだ。


「きっとね、ヴィニーが望んだのはこんな細やかなことだったんだ。それでも、彼は王だった」


 クリスは、静に言い聞かせるように言う。


「王であることを、やめられなかったんだ」


 クリスは、そう言うと、ベッドにうつ伏せになった。

 二人は寝入る。次の戦闘に備えて。

 優しい夢を見た。

 ヴィーニアスが見ている夢だ。静は何故か確信を持ってそう思った。

 一人の青年と、一人のエルフの女性が生活をする。朝早くから起きて牧場の仕事をし、夜になると火を囲んで、歌い、そして肩を寄せ合って眠る。

 それは、けして現実にならない悲しい夢でもあった。

 過去の別の世界に、それを現実にする可能性はあった。

 自らの意志でそれを断ちながらも、男が見た感傷だった。



次回『奸計1』

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