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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
京都激動編
31/79

貴一争奪戦1

(まだ頑張っているのか)


 悪魔の声がする。

 皇竜也は栄養ドリンクを飲んで、その声を無視した。

 栄養ドリンクの瓶が、部屋のあちこちに散乱している。


(無理なドーピング。目を覚まそうとする。無駄無駄。お前は最後には寝入る。人間なのだから)


「僕が寝ているうちに、非道な真似をするのをやめろ!」


 竜也は叫ぶ。


(くっくっくっく。非道? 私は人類の望みを叶える者だと言うのに)


「馬鹿を言うな、シルドフル! 無関係な人まで巻き込んで! 僕はお前の手につけられた枷だ! けして思い通りにはさせんぞ!」


(……事実、行動を随分と制限されている。大した精神力だと褒めておこう)


 悪魔、シルドフルはぼやくように言う。


(けど、お前は寝入るよ。人間なのだからな)


「……」


 竜也は栄養ドリンクをもう一本飲む。

 意識は今にも落ちそうだ。

 それでも、必至に起き続けた。

 その手が、シャープペンシルを持ち、ルーズリーフで手紙を書き始めた。



+++



(敵の出方がわからんのがなんとも不気味だ)


 哲也は憂鬱な表情で陰陽連地下施設の通路を歩いていた。


(とりあえずクリス、貴一、恵美里、と駒はある。そう苦戦はしまいよ)


 ピピンの声が心の中に響く。


(楽観論だな)


(ああ。君を励ましているつもりだが?)


 敵わないな、と哲也は苦笑する。

 その時のことだった。

 争う声が聞こえてきた。


「ああ、何度だって言ってやる! シルカ派は負け犬だと言ったんだ!」


「このロリコン野郎……!」


 哲也はピピンを表に出して、争っている人々の間に慌てて入り込む。

 どちらも、集団だった。


「馬鹿野郎。国も城もない今、争ってどうする!」


 ピピンの一言に、沈黙が場に漂う。

 二つの集団は互いを睨んだまま、去って行った。

 ピピンは、哲也に戻る。


(ガス抜きを考えなければならんな……)


 ピピンはぼやくように言う。


(そこまで俺達の仕事かよ?)


(派閥争いで閑職に追いやられた者も多い。どうにかしてやらねばならんのだよ)


(前世の因縁か……)


 哲也は、心の中で溜息を吐く。


(勉強になるぞ。集団を統率した経験は野球部に戻った後も有効活用できるだろう)


(いつになったら戻れるのかね)


(とりあえず幹部は一体倒せる。一歩前進だ)


(強いな、ピピンは)


 呆れたように哲也は言う。


(俺は、そう強くはない。野球がしたいんだ)


(……申し訳なく思っている)


(悪い。言いっこなしだ)


 会話をしている間に、食堂に出た。

 哲也は不敵な微笑みを顔に浮かべる。

 自然に浮かんだものではない。形作ったものだ。

 哲也は演じる。飄々とした自分を。


 食堂では、灯、貴一、沙帆里と、静、恵美里が向かい合って座ってカレーを食べていた。

 自身もカレーの入ったトレイを受け取り、恵美里の隣りに座る。


「よう、おはよう」


「よう」


 貴一が表情を緩ませる。

 他の皆も、各々挨拶をした。


「そろそろどっちが勝ったか決着はついたのか」


 からかうように言う。


「それは私の勝ちよ。貴一に安眠をもたらしたんだから」


 その一言を聞いて、灯がシルカに代わる。


「それは勘違いです。貴一に安眠をもたらしたのは私ですよ、セレーヌ」


「最愛の私が安眠をもたらしたに決まってるじゃない!」


「ヴィニーの安眠を助けるとしたら私です」


 まずいな、と思う。周囲の意識が、セレーヌとシルカの言い争いに向いている。

 このままでは、二派の対立は深まるばかりだ。

 哲也は、立ち上がった。


「第一回、チキチキ貴一争奪サバイバル大会~!」


 その叫び声に、食堂にいる全員が唖然とした表情になる。


「それは一体……?」


 貴一は戸惑うように言う。


「なに、俺に任せておけ。夕方までに準備を済ませる」


 そう言って、哲也は食事に移った。


「ピピンおじさま、戦いの場を用意してくださると?」


「そうだ」


 哲也は、ぶっきらぼうに言う。


「後腐れなくていいじゃない。セレーヌ派の精鋭を集めれば不可能はないわ」


「そうか」


 哲也は、再びぶっきらぼうに言う。


「あの、勝手に人を景品にしないでくれないか」


 貴一が不平を言う。


「そうだな」


 哲也は尤もらしく頷く。


「聞いちゃいねえな」


 貴一は呆れたように言った。

 貴一にも悪いが、哲也は余裕が無いのだ。

 ただ、シルカ派とセレーヌ派の争いにケリがつくならば、その程度のことはしようという気持ちになっていた。



+++



 大量のダンボール箱が地下施設に届いたのは、時計が夕刻を指した頃だった。


「シルカ派とセレーヌ派は集まってくれ」


 そう言って、哲也は無感情にダンボール箱から取り出した小さな箱とゴーグルを配っていく。

 箱の中身がBB銃だということは、表面に書かれたイラストでわかった。


「サバイバルゲームですか、ピピンおじさま」


 シルカが感心したように言う。


「そうだ。これなら殴り合わずにオチがつくだろう? 皆ゴーグルはつけろよ」


「面白そうじゃない」


 沙帆里が不敵に微笑んで箱とゴーグルを受け取る。


「セレーヌ派! 集まって!」


 沙帆里が叫び、それに応じて二十人程度の人数が集まる。


「シルカ派! ここに!」


 シルカが叫び、それに応じて十五人程度の人数が集まる。


「呑気ねえ」


 静が呆れたように言う。

 その手に、箱とゴーグルが手渡された。

 静は怪訝な表情になる。


「私、シルカ派でもセレーヌ派でもない」


「いいから参加してくれ。数合わせだ。それに、クリスは参加したいだろう?」


「興味ないって言ってるけど」


「いいから」


 シルカが勝とうとセレーヌが勝とうと一番うるさいのはこいつだ。参加させて黙らせておくに限る。


「じゃあ、ルールを説明するぞ」


 哲也はホワイトボードにマジックの切っ先を走らせる。


「この地下施設は英数字の八の字の構造だ。食堂側にシルカチーム、エレベーター側にセレーヌチーム。両サイドから進んで、敵を全滅させたほうが勝ちだ。ちなみにフル・シンクロ、魔術の使用は禁止とする。胸に風船をつけて、それを割られたらリタイアだ」


「面白いじゃない。行くわよ、セレーヌチーム!」


「おう!」


 応じる声が重なり、一団の足音が遠ざかっていく。


「それでは我々はここでゆるりと開始時間を待ちましょう」


 ゴーグルを付けたシルカが、のんびりとした口調で言う。風船を膨らませ、胸に縛り付ける。


「……恵美里、行くわよ」


「ん、わかった」


 静と恵美里も去って行く。

 さて、どのチームが勝つか。

 哲也はゴーグルを付けて、BB銃を構えた。


「俺の意見は?」


 情けない声で言った貴一だった。



+++



 英数字の八の字の通路の中央の細い道。そこに、静と恵美里は陣取った。


「とりあえずここに来た奴から狩ってこうか」


「わかった」


「まったく、馬鹿らしい話だわ。これもかれも、誰にでもいい顔する貴一が悪い」


 静はBB弾をリロードしながらぼやく。


「まあ、これで私達が勝てば、貴一の寝室から女性を追い出せる。平和だ」


「そうね」


 静の瞳が、鋭い眼光を放った。

 その口が、素早く言葉を紡ぐ。


「右手、三人。こっちに来るわ」


「了解。不意を突けるな」


 恵美里は、運動神経が鈍い。しかし、ヴァイスの経験と身体能力をダウンロードすれば人並みには戦える。


「風船は通路のこちら側に隠して体の半分だけ出して打って。そうすれば負けはないから」


「了解」


(なんだかんだでやる気十分だなあ……)


 心の中で呟いた恵美里だった。


(私は、どうなんだろう)


 シルカも沙帆里も貴一への好意を隠そうともしない。

 自分はどうなのだろう。

 そんなことを、思った。



+++



「斥候部隊やられました……」


 情けない声で三人が戻ってくる。


「こんなに早く、三人も?」


 シルカは、戸惑いながら言う。


「ヴァイス様が相手だったがゆえ」


「ヴァイスさんが乗り気なの?」


 シルカは青ざめた。五聖の中でも剣技に優れた男。少しコツを掴めば、BB銃も使いこなすだろう。


「ヴァイス様とクリス様は中央の細い通路に陣取っております。難敵になると思われますが……」


「最終的には人海戦術ですり潰しましょう。今は極力相手をせず、横を通り過ぎるのです。背中さえ見せれば風船を撃たれることはありません。風船を割られた人は、戦闘の意志がないことをクリス様に伝えてください」


 シルカは地図の細い通路に駒を二つ置き、考え込む。


「我々は人数で劣っています。それをカバーできるのは通路の狭さ。我々全員で、移動しましょう。上手く行けばセレーヌ派の背中を突けるはずです」


「おう!」


 応じる声が重なった。

 シルカは冷静だった。



+++



「待って。選りすぐりの精鋭を選んで前進させたのに全滅ですって?」


 沙帆里は戸惑うように言う。


「は、情けない限りです。一瞬でした」


 そう言って、男は広げられた地図の中央の細い通路を指差す。


「ここにヴァイス様とクリス様が陣取っておられます。近づいた瞬間気配を察知されやられました」


「なるほど……」


 恵美里と静が相手ならば仕方がない。純粋な戦闘勘では五聖のトップに君臨する二人だ。


「出れる? 哲也」


 沙帆里は、縋るように哲也を見る。

 哲也は軽くBB銃を振る。


「威力偵察をしろってんならやるよ。狙撃は俺の十八番だ」


「じゃあ、哲也は右手から進んで通路を守って。私達は左手から行くから」


「しんがりだったか」


 呆れたように哲也は肩を竦める。

 しかし、腕を信じられているがゆえの配置だろう。


「私達は静チームを数に任せて殲滅後、シルカチームを挟み撃ちにする」


 そう、沙帆里は高々と宣言した。


「おう!」


 声が食堂に重なった。



+++



「敵の本隊が進んでいく……数は十三」


 静は呟くように言う。

 大した気配感知能力だと思う。恵美里は、敵の足音すら聞こえない。


「やりあう?」


 恵美里は問う。


「分が悪いわね。息を殺してお通り願おうじゃない」


 そう言って、静は肩を竦める。

 シルカ派は進んでいく。

 その行進が聞こえなくなって、静は一つ息を吐いた。


「悩むわね。狭い通路に固執するか。シルカ派がいなくなった食堂近くに移動するか」


「人数の不利は通路の狭さで相殺するのが良策だとヴァイスは言っている」


「そうね。クリスも同意見だわ。けど、両チームに挟み撃ちにされたら終わりよ。剣じゃなくて、銃なんだから」


「挟み撃ち、か。最悪のパターンね」


「すり潰されるのがオチってね。まあ、ゆっくり検討しましょう。シルカチームの本隊はセレーヌチーム退治に進んだ」


 そう言って、静はBB銃を持ち上げて、一発壁に向かって撃った


「精度は保証できないなあ……」


 呟きが、闇の中に溶けていった。


コミケと被るとは思いませんでしたが毎週の更新日。

上げていきたいと思います。

今週は『貴一争奪戦1、2』『奸計1、2』『負けヒロイン達のお茶会』『真の光帝陣』となります。

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