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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
京都激動編
30/79

束の間の休息

 町を見下ろせる見晴らしの良い景色に貴一は心躍らせる。

 二条城に、貴一達は来ていた。


「本能寺の変の時、嫡男の織田信忠は二条御所に篭ったわ。そしてそこで腹を切った」


 静が珍しく、率先的に口を開いた。


「信忠って息子がいたんだな」


「そうよ。既に織田家は信忠に継承されていた。信忠さえ生き延びれば、秀吉の跳梁もなく、織田家が天下を統一したでしょうね」


「へえ。けど、そんな重要な場所なら厳重に攻められていたんじゃないか?」


「それがね。何人も二条御所から逃げ延びた人がいたのよ。中には関ヶ原の戦いで戦功を上げた人もいる」


「へえ」


「逃げようとして見つかって殺されたならそれは恥だ。父の作った織田家に泥を塗ることになる。そう、信忠は思ったのかもしれないわね」


 静は遠くを見ている。


「父の背を意識する息子は困ったものだと思わない? 自分の人生を生きればいいのに……」


 誰のことを言っているのだろう。静の表情は、どこか寂しげだ。


「ここがその舞台?」


「違うわ」


 貴一は肩透かしをくらったような気分になった。


「二条城は時代によって色々とあるの。ここは、徳川家が作った二条城。それでも、年代物だけれどね」


「あー!」


 沙帆里が大声を上げる。


「二人でなにやってるのよ!」


 そう言って、彼女は駆けてくる。


「別に。歴史談義をしてただけ」


「へえ。誰について?」


「織田信忠」


「知らないわ」


「森長可の上司よ」


「知らない」


「ここでシルドフルに襲われたら大惨事だな」


 どこから現れたのか哲也が会話に混じってくる。

 三人共、驚きに肩を震わせた。


「気配を消して近づくのはやめてくれ……」


「すまんな。俺も多少過敏になっててな」


「うん……」


 シルドフル。圧倒的な強敵。五人で戦っても勝てるかは危うい敵。


「本当に出かけてきて良かったのかな」


 貴一は遠くの景色を見ながら、呟く。


「夜しか来ないらしいし、隆弘さんが大丈夫だって言ったんだから大丈夫だろ」


 哲也が投げやりに言う。


「あれ意地はってるだけだと思うけどな」


「俺もだ。陰陽師にどんな奥の手があるのかは知らんが、近接戦では我ら憑依者が圧倒的に分がある。しかし、だ」


 哲也は、肩を竦める。


「張り詰めていても仕方ないだろう」


「皆、ジュース買ってきたよー」


 そう言って恵美里が駆けてくる。

 その後ろを、悠々と灯が歩いてきた。


「次は京都国際マンガミュージアムでも行くかぁ。時間があればユニサーバルスタジオジャパンも行けたんだけどな」


「俺、甲子園行きたい」


 と哲也。


「流石に京都を出ると戻るのに時間がかかるんだ」


 灯はいつものなにを考えているのかわからない表情で、手をひらひらと振る。


「いくぞ、小僧ども」


 そう言って、灯は歩き始めた。

 息子。

 引っかかる言葉だった。

 ヴィーニアスには、息子はいたのだろうか。



+++



 また、夜がやってきた。

 破壊を免れて残った屋根の一部の上に、貴一達は立つ。

 張り詰めた空気が、周囲には漂っていた。


「来ないな……」


 貴一は、呟く。


「怖気づいたのよ」


 と、セレーヌ。


「そんなわけないわ」


 恵美里が言う。


「弱点を見つけたって誇って帰ったんだもの」


「ハッタリだったとしたら?」


 セレーヌの切り返しに、恵美里は黙り込む。


「フル・シンクロはできないのか? 恵美里」


 そう訊ねたのはピピンだ。


「……できない」


 恵美里が、小さい声で答える。


「前々から聞きたかったんだが、なんでだ?」


「それは、その……」


 恵美里の声はますます小さくなる。


「俺も気になるな。憑依霊が目覚めた憑依者は皆、フル・シンクロできている」


 貴一も訊ねる。


「オッサンの体になるのが嫌なの!」


 恵美里は、やけっぱちになったのか大声で言った。


「胸毛とかすね毛とか生えるのはゾッとするし、一物がつくなんて考えられない! 私は女なの! 男じゃないの! その精神的な抵抗感が障害だろうってヴァイスは言ってる!」


「えー……」


 静寂が漂った。

 そんなつまらない理由なのか、と言いたげな男性陣。

 わかる、と言いたげな女性陣。


「漂流者殿は呑気と見える」


 隆弘がぼやくように言う。


「私にとっては大問題なのよ!」


「私も胸毛がワシャワシャ生えるのは嫌だなあ……ヴァイスは男臭かったもんなあ」


 と、クリス。


「そうなのよ。まだ細身な美青年なら考えんでもないわ。けどヴァイスって筋骨隆々とした巨漢じゃない?」


「美青年ならなってみたいね。女の子を口説くんだ」


「ああ、それはわかる」


「私はわかんないわ。女が女を口説いてなにが楽しいの?」


 とはセレーヌ。


「お嬢さんを華やかせるんだよ」


 とクリス。

 周囲は置いていかれて、すっかりガールズトークになってしまった。


「やれやれ、本格的に漂流者殿は呑気だ」


 隆弘は、溜息を吐いた。

 その手は、地面に置いた霊符に添えられている。


「さっきからあんた、なにしているの?」


 クリスが問う。


「朝からずっと気を練っている。あのデカブツに一撃食らわせてやるためにだ」


「へー。陰陽連の面目を保とうってことかしら」


「どうとってもらおうとかまわん」


 なんとなく、沈黙が漂う。

 いつしか、気が抜けたような空気が周囲には漂っていた。

 結局、この夜、敵は来なかった。

 兵が減ったからだろうか、と皆は結論づけた。

 ならば、今も敵は兵を増やしているのだろうか。ぞっとしない話だった。



+++



 貴一とシルカは、陰陽連内部の通路を並んで歩いていた。

 寝る時にシルカが手を繋いでくれていると気が安らぐ。そんな事実に、縋っている貴一がいた。


 その前に立ちはだかったのは、恵美里、静、沙帆里だ。


「今日は私が代わるわ、シルカ」


 沙帆里が言う。


「沙帆里も駄目。男女七歳にして同衾せず。日本の言葉よ」


 と、静。


「私は見物人」


 と、恵美里。

 シルカはしばらく黙っていたが、そのうちひとつ手を叩いた。


「それではどうでしょう。皆で一緒に寝るということで」


 沈黙が漂った。

 静と沙帆里はお互いの出方を疑っている。


「楽しそうじゃない?」


 そう言ったのは、恵美里だった。

 かくして、狭い一室で五人が一緒に寝ることになったのだった。


 ベッドの上には沙帆里と貴一。ベッドの横には貴一の手を握ったシルカ。その横に静と恵美里が床で寝ている。


「静かにして、明日に備えましょう。けっして、はしゃがないように」


 そう言ったシルカの顔に、枕がぶつかって落ちた。

 沙帆里が目の下を人差し指で引いて舌を出す。


「あんたの指図に従うかっての」


「……セレーヌ。あんたがそうだから私達の仲は拗れたんだわ」


 シルカが呆れたように言う。

 恵美里と静は、会話に興じているようだ。


「なあ」


 貴一は、布団とシルカの手の温もりに安らぎを感じながら、口を開いていた。


「ヴィーニアスには、息子がいたのか?」


 空気が凍った。

 なにか自分は地雷を踏むようなことを言ってしまっただろうか。貴一は、戸惑い、焦る。


「いや、ちょっと気になって聞いてみただけっていうかだな」


 表情の抜け落ちた顔をしていたシルカが、苦笑するように微笑んだ。


「何人もいましたが、特筆すべきことがあるとすればセレーヌとの間に娘が、私との間に息子がいて、後継者争いをしていました。結局、セレーヌの娘が後を継ぎ、女王となって国を守りました」


「そっか……どこかに、いるのかな」


「五聖でもない私がいるのです。どこかで目覚めているのかもしれませんね。この、狭い日本のどこかで」


 日本が狭い? 相対的に考えれば確かにそうかもしれない。けど、人一人が旅をするには、十分に広い。そう、貴一は今日の京都観光で実感した。

 まだまだ、見ていないものがある。

 旅のことを思うと、少し心が安らいだ。

 そのうち、貴一は、眠りの中に落ちていった。


「母さん! 母さん!」


 少年の叫び声がする。鉄が擦れ合う音が周囲に響き渡っている。

 薄暗い部屋の中で、炉の炎が燃え盛っている。


「大罪人ヴィシャスの母、クリスよ。これまでの国の多大な貢献に免じて、本来なら断頭のち晒し首のところを、咎人の印をつけるだけに留める。罰を代わりに受けるというそなたの申し出も許可しよう」


 ヴィーニアスは無感情に紙に書かれた文章を読んでいる。


「ありがたき幸せ」


 クリスは俯きながら、淡々とした口調で言う。


「咎人の印を」


 炎の中から、真っ赤に熱せられた鉄が引きずり出される。

 クリスの瞳が、一瞬恐怖に震えた。


 ヴィーニアスは、目を逸らした。

 熱せられた鉄がクリスの左手の肉を焼き、刻印をつけた音が、周囲に響き渡った。


 貴一はその光景のショックで、目覚めた。

 目の前には、灯の顔がある。

 貴一の手を掴んだまま、寝入っている。


 なんだか女だらけの部屋に男が一人。落ち着かないものがある。

 今の夢はなんだったのだろう。

 夢にしては、あまりにも生々しすぎた。


「どうしたの? 貴一」


 灯が目を開く。起き続けていたようだ。


「いや……変な夢を見た」


「どんな夢?」


 記憶はおぼろげで、徐々に煙のように拡散して薄まっていく。

 しかし、あの肉が焼ける音は忘れようがない。


「俺はクリスを捕まえて、その左手に咎人の印をつけるんだ……」


 灯ははっとした表情になったが、そのうち目を細めた。

 その顔がシルカに代わり、貴一の体を抱きしめる。


「悪夢を見たんだね、ヴィニー」


 貴一の後頭部を、シルカが二度軽く叩く。


「大丈夫だよ。ここはもう、貴方が王である世界ではないのだから……」


 ヴィーニアスの犯した罪と罰。

 それは一体なんだったのだろう。

 シルカの温もりを感じながら、貴一は母に抱かれる子供のように寝入った。


 翌日、朝食に向かう際に、静を掴まえる。


「なあ、ちょっとクリスに用事があるんだけど」


 静は怪訝な表情をしたが、すぐにクリスを表に出した。


「はあい、貴一。どうしたの?」


 問答無用で左手を取り、その甲を見る。刻印は、ついていない。

 貴一は、胸を撫で下ろした。


「なんでもない。ちょっと悪夢を見たんだ」


「……そっか」


 クリスは苦笑すると、すぐに静に戻った。


「今日もカレーじゃないでしょうね」


 前を灯と共に歩く沙帆里が、言う。


「三日連続カレーの日とかあったなあ」


 灯はとぼけた調子で言う。


「昨日の女子会楽しかったね、静」


「そうだね、恵美里」


 二人組が二組と一人ぼっちの貴一。


(哲也早く合流しないかなあ……)


 そんなことを思いながら、貴一は足を進めた。

次回『貴一争奪戦』

来週更新になります。

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