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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
異世界の英雄に憑依された件
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兆し3

 日曜日は練習試合だった。三校が集まって順番に試合をする。

 と言っても、メインは他の二校。貴一の学校はその間にあっただけの話だ。

 遠征してくる学校はそれなりに実力がある学校で、レベルの高さを思い知ることができた。

 と言っても、貴一も哲也もそれに引けを取らない働きを見せていたが。


 貴一は一本塁打を放ち、哲也は安打になりそうな球を何度も受け止めた。

 まずまずといった成果で、顧問の頬が緩んでいるのがわかった。

 その時だった。貴一は、違和感を覚えてバックネット裏に視線を向けた。

 黒い制服を着た同年代ぐらいの女の子が試合を観戦している。沙帆里と少し離れた位置で試合を見ていた。


「おー、俺のファンかな」


 哲也が呑気な表情で言う。


「馬鹿言え。俺達まだ無名だぜ」


「それもそうだな。じゃあ他の二校を見に来たミーハーファンってとこか」


 哲也はつまらなさげに言って守備位置に走っていった。

 試合が終わった。

 空は夕焼けと夜の闇が混ざりあった狭間の時間。満足感に包まれて、家に帰る。


「まだまだね」


 沙帆里が手厳しくそう評する。


「一本塁打のなにがあかんのですか」


「全打席本塁打でもおかしくないはずよ」


「お約束だなあ」


 沙帆里が足を止める。


「私は本気よ」


 そう優雅に微笑む沙帆里は、何歳も年上のように見えた。

 その頭を乱暴に撫でて、哲也が沙帆里に歩くことを促す。

 沙帆里は不機嫌そうに頭を振って、歩き始めた。


「三年と二年は戦力十分。今年は狙えるかもな」


 哲也が、なんでもないことのように言う。

 けれども、貴一は胸が弾むのを感じた。

 球児の聖地甲子園。野球に触れる高校生なら、一度は夢見る舞台だ。


「狙えるかな」


「東邦学園からいかに点を取るかだな。あこの投手ドラフト候補だから」


「そうなんだよなあ……」


「お前が打つ。俺が守る。それでなんとかならんかな」


「そうも上手くいかんだろうよ。俺レベルの打者なんてあこにはいくらでもいるんだ」


「それは自分を過小評価しすぎだな」


 哲也が珍しく、大真面目に言う。


「お前は自分を過小評価する嫌いがある。お前は十分規格外のバッターだよ」


 褒められて、貴一はなんだかむず痒いような気分になった。


「お前らしくないな」


「真面目に言ってる。自信をつけてくれよ。それが、俺達の戦いを左右するかもしれないんだ」


「そうよ。貴一ならもっともっと上を狙える」


「兄妹揃って……なんだよ……」


 貴一は照れくさくなって、視線を背ける。

 その時、異臭を嗅ぎ取り、貴一は眉間にしわを寄せた。

 嗅ぎ慣れない臭いがする。まるで、鼻にへばりついてくるような臭い。


 視線を前へと向ける。

 人の集団が見えた。

 けれども、その動きはとてもぎこちない。

 まるで糸で操られているパペットのように。

 彼らの手には、刀剣が握られていた。


「おい、哲也……」


 哲也も気づいたらしく、沙帆里の手を掴んで動きを止めていた。

 集団の視線が、二人に向く。


「逃げるぞ!」


 哲也は軽々と沙帆里を抱きかかえると、走り始めた。

 貴一も、その後に続く。


「なんだ? あれ、コスプレって奴か?」


「変死事件の話もある。逃げとくにこしたことはない!」


「その意見、賛成」


 二人して駆ける。その間を、投じられた刀剣が掠めていった。


「人間の力じゃないぜ」


 貴一は焦りつつ言う。

 哲也は、返事をしなかった。


「きゃっ」


 沙帆里の髪が投じられた刀剣に切られ、周囲に散る。

 貴一は一つ、覚悟を決めた。

 バットを取り出し、投じられている刀剣類を弾き飛ばす。

 その動きは、誰に習うでもなく自然と身についていた。

 夢で何度も、ヴィーニアスの動きを見ていたから。


「ここは俺が足止めする! 家に帰ったら連絡するから、行ってくれ!」


「……すまん!」


 哲也の足音は、その一言とともに遠ざかっていった。

 金属バットを剣のように構える。

 どういうからくりか、投じられたはずの刀剣は彼らの手元に戻ってきている。


 再び、刀剣が投じられる。

 金属バットが火花を散らしてそれを防ぐ。

 パペットは徐々に近づいてきている。掴まれるようならば、殴ることもやむないだろう。

 脳裏に新聞の一面が浮かぶ。高校球児、金属バットで一般市民を殴打。


「……ろくなことにはならなそうだ」


 思わず、ぼやく。


「そうでもない」


 頭上から声がして、貴一は一瞬だけ視線をそちらに向けた。

 再び刀剣が投じられ、それを金属バットが弾く。

 今見たものの現実味がなさすぎて、貴一は頭が真っ白になるのを感じた。

 貴一と同じ学校の制服を着たクリスティーナが屋根の上にいた。

 青い三つ編みが、風に揺れていた。


「あれはリビングデッドドール。もう既に死んでいるもの。倒そうと貴方が殺したことにはならないわ」


 クリスティーナは淡々とした口調で言う。

 自分の頭はおかしくなったのだろうか、と貴一は思う。

 夢の住民が現実世界に現れて、一般人への暴行を唆す。


(いや、これ自体が夢なのか?)


 パペットは徐々に距離をつめている。

 哲也も既に逃げ切っただろう。貴一は、逃亡を図ることにした。

 しかし、投じられる刀剣の鋭さがそれを許さない。

 このままでは、ジリ貧だ。


「クリスティーナ、助けてくれ! このままじゃ、殺される!」


 貴一はついに、幻覚に等しい夢の存在に救いを求めた。


「あら、私の名前を思い出してくれたんだ」


 クリスティーナは楽しげに言う。


「なら、貴方の名はなにかしら?」


「なぞなぞなら後から聞くよ!」


 パペットの手は今にも貴一に届きそうだ。

 死の恐怖が、貴一の声を張り上げさせる。


「貴方の真の名前を思い出して。そして、こんな場所で死んでいる場合はじゃないってこともね」


(真の名前……真の名前だって?)


 パペットの一体が貴一に向かって剣を振り下ろした。それを、金属バットで受け止める。押されて、貴一は思わず膝をつく。

 他のパペット達も、剣を振りかぶっている。


「井上貴一! 十六歳! 野球部所属! 趣味はゲームと野球!」


「違う違う違う……」


 クリスティーナは、からかうように言う。


「死んじゃうよ、ヴィーニアス」


 その言葉がキーになったように、貴一の中で何かが弾けた。

 今まで夢で見ていた何者かの記憶。全ては、夢でしかないと思っていた。自分の脳が作った妄想なのだと。

 しかし、それは誤解だったのだとこの瞬間に理解できた。

 あれは全て真実だ。

 自分の中には、あの経験をした何かが存在する。


「起きなよ、ヴィニー」


 クリスティーナは、寝ている幼児に囁くようにそう言う。

 次の瞬間、沢山のパペットの刀剣が貴一に振り下ろされていた。

 金属バットが宙を舞う。

 その代わりに貴一の手に握られていたのは、白銀の一対の双剣。それが、襲い掛かってくる刀剣を尽く受け止めていた。

 目の前にいたパペットの首が寸断され、地面に倒れ落ちる。

 倒れたパペットはまるで初めから幻だったかのように消えた。


「そうよ、ヴィニー。貴方の守護精霊は光。光は全てを浄化する」


 クリスティーナが上機嫌に言う。

 勝てる、という確信があった。


「唱えて、ダウンロード、と」


「ダウンロード!」


 貴一は唆されるがままに呟く。何故かはわからない。相手を切り刻める進路が見えている。大量の戦闘の経験。それが貴一の中に流れ込んでいていた。

 そして、貴一はその経験の導くままに双剣を振り回した。

 パペットが次々に消滅していく。


 剣を振るう、振るう、振るう。

 次々に敵は消滅していく。

 二十人近くいた敵が、十人近くまで減っていた。


「ならば、私も応じよう」


 クリスティーナはそう言うと、落下してきた。

 手に持ったバトン状の何かが振られると同時に伸びて、槍の形を成す。


「王室警護隊、元隊長クリスティーナ! 我が王に害意あるものは全てこの槍で屠らせてもらう!」


 そう言うと同時に、クリスティーナの姿が消えた。

 そうと思った次の瞬間。三体のパペットが頭部を貫かれて倒れ落ちた。

 クリスティーナは壁を蹴って高速移動をしつつ敵を削っているようだ。

 貴一はただ必死に、目の前の敵を浄化していった。


 そして、ついに最後の一体が倒れ伏した。

 いや、まだ気配がある。

 貴一はそれがする方向に剣を振るった。

 槍がそれを阻み、澄んだ金属音が周囲に響き渡った。

 クリスティーナだ。

 敵はどうやらいなくなったらしい。貴一は力を抜いて、その場に座り込む。


(今のは、なんだ……?)


 戦っていた。化け物の集団と。

 それに適応するように貴一は力を発揮してみせた。

 まるで、悪い夢だ。


「どこからどこまでが現実で、どこからどこまでが夢なんだ……?」


 現実と夢の境界が崩れたような、そんな気持ちの悪さがある。


「その調子じゃまだ寝てるのかな、ヴィニー坊やは」


 槍を担いで、クリスティーナは苦笑混じりに言った。

 そして、言葉を続ける。


「けど、貴方は感じたはずよ。貴方の中に、別の誰かがいると……」


 貴一は、胸の辺りに手を置く。

 確かに、感じた。別の誰かの得た経験を使って戦ったのだから。


「私達は別の世界からやって来て貴方達に憑依した」


 クリスティーナは、淡々と言う。


「全ては、この星を救うために」


 貴一は、クリスティーナの顔を見上げる。

 クリスティーナは、子供のように悪戯っぽく微笑んでいた。



+++



 家に帰り、哲也に電話をする。

 哲也は、即座に電話に出た。


「大丈夫だったか? 貴一」


 哲也は静かな口調だった。


「ああ。金属バットがボロボロになったけど、なんとか」


 そう言って、貴一は苦笑する。まだ、夢を見ているかのようだ。

 クリスティーナとの出会い。彼女が語ったこと。全ては夢のように思える。


「なんだったんだろうな、奴ら……」


 哲也が、躊躇うように言う。


「忘れよう。今度から、早めに帰るようにしようぜ。こんなのは、もうコリゴリだ」


 自分は普通の高校生なのだ。そう何度も命のやり取りなんてしたくない。貴一は心底、そう思う。


「貴方はこれから何度も命を賭けることになるわ」


 クリスティーナの予言めいた言葉が、脳裏に蘇った。

 貴一は背筋が寒くなるのを感じて、それを振り払うように頭を振る。


「……そうだな。物騒になった。なんにせよ、助かったよ。借りはいつか返す」


「ああ。またな」


 そうして、哲也との短い会話は終わった。

 着替えて、部屋の電気を消して、ベッドに寝転がる。

 目が覚めたら、全ては夢だったことにならないだろうかと思う。

 ならないだろう。

 この夢には、あまりにも現実味がありすぎる。


 手を掲げ、呟く。


「ダウンロード……」


 ヴィーニアスの経験と力が体に流れ込んでくる。身体能力や気配を察知する力も随分強化されていたのだな、と実感する。夜目も効くようになっている。


「デリート」


 呟くと、周囲は再び闇に包まれて見えなくなった。

 興奮して中々寝付けなかったが、そのうち、疲れとともに意識が落ちた。


 夢の中で、ヴィーニアスは、手を伸ばして駆けていた。


「クリス!」


 ヴィーニアスは駆けて、叫ぶ。しかし、ゆっくりと歩いていくクリスティーナに届かない。

 風に吹かれて、クリスティーナの三つ編みが揺れた。

 それを見送るように、クリスティーナが横を向く。

 整った横顔が、見えた。

 

「クリスゥー!」


 ヴィーニアスは吠えるように叫ぶ。しかし、城門が二人の間を隔つ。

 目が覚めると、泣いていた。


「あれ、なんで……」


 涙はぬぐってもぬぐっても、次から次へとこぼれ落ちてきた。

 クリスティーナに会いたい。そんな気持ちが、心を占拠していた。


(それが、あんたの気持ちなのかな。ヴィーニアス)


 心の中で、問いかける。しかし、返事はなかった。

次回『流れ着いた魂達』

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