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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
京都激動編
29/79

歪み

「前世はセレーヌ派が勝ったが今世ではシルカ派が勝つかもしれんな」


 自販機の傍で、漂流者達がそんな会話に花を咲かせている。


「なにせセレーヌ様のあのちんちくりんぶりよ。シルカ様に分がある感は否めまい」


「そうだな。男ならシルカ様一択だろう。今回の世では我々も生きやすくなりそうだ」


 藤吾は足音を立ててその傍を歩いて行った。

 漂流者達は、揃って口を閉じた。


 昨日の夜からと言うもの、歪な空気が建物の中を覆っている。

 今まで一体感を持って活動していた共同体が二つに割れてしまったような雰囲気。


 その原因を、藤吾は噂話から敏感に察しとっていた。

 元凶は、食堂で呑気に朝食のカレーを食べていた。

 その向かいの席に、座る。


「灯、話がある」


「藤吾かい」


 灯は、なにを考えているかわからぬのんびりした口調で返事をした。


「なんの用かな。シルカの面倒は見ているつもりだが」


「いつから五聖の世話までお前の仕事になった?」


 灯の無感情な視線と、藤吾の責めるような視線が空中でぶつかり合う。


「今日の朝、貴一の部屋から出てきたお前が目撃されたという噂がある。それは、事実か?」


 灯はカレーに視線を落とすと、一口分を咀嚼して食べると、口を開いた。


「なにか問題でも?」


 藤吾は、テーブルを叩いて立ち上がった。


「お前はシルカではないんだぞ! あいつもヴィーニアスではない!」


「可哀想だろう。前線に立って戦うのは彼らだ。怖くて眠れない夜もある」


「したのか?」


 灯は困ったような表情になる。


「そういうことはしてないよ。寝付くまで一緒にいただけのことだ」


「お前は女なんだぞ!」


「私がどこで誰と寝ようと藤吾に責められる言われはないと思うんだけどね」


 淡々と言って、灯は再びカレーに視線を落とした。

 沈黙が漂った。

 話していても無駄だ。そう、灯は無言で言っている。


「逃げよう、灯。今回の化け物は俺達の手に余る。あとは陰陽連にでもなんにでも任せておけばいいんだ」


「そうはいかないよ」


 灯はスプーンを持った手で人差し指を天に向ける。


「人類の命運をかけた戦いだ」


「そんな大層なものに、俺達ただの大学生が何故付き合う必要がある?」


「シルカは逃げないよ。人の上に立つ者だから。私も逃げない。話はそれで終わりだ」


 そう言って、灯は黙々とカレーの処理を再開し始めた。

 藤吾はテーブルを一度殴ると、背を向けて、部屋を出て行く。

 いざとなれば、灯を拐ってでもこの場から逃げさせる。そんな決意が、藤吾の中で湧き上がりつつあった。



+++



 昨日はぐっすりと眠れたらしい。貴一は心地よい目覚めを味わった。シルカは既に部屋にいない。

 シャワーを浴びて着替えて外に出ると、剣呑な表情の沙帆里と出くわした。


「シルカと寝たって本当?」


「……寝入るまで横についていてもらっただけだ」


「そんな子供だましの言い訳、誰が本気にすると思う?」


「本当だよ。やましいことはなにもない」


「貴一は、誰にでも優しいから……たまに苛つく」


 そう言って、沙帆里は俯いた。貴一は黙り込む。そして、沙帆里を抱き上げた。


「放して! 私はこんなんじゃ誤魔化されないんだから!」


「悪かった、沙帆里」


 沙帆里は黙り込む。そして、貴一の頭を抱きしめた。


「……どうして、私じゃ駄目なの?」


「あと何歳か歳を取って出直してきなさい」


「精神年齢はもう大人よ」


「けど、体は子供だ。もっと子供の時間を大事にしよう……と言っても、この戦火の中では無理な話か」


「そうよ。私はヴィニーを守る魔術師なんだから……」


 沙帆里は、消え入るような声で言う。


「早く平和な世にしないといけないな」


 沙帆里は、少しだけ微笑んだ。


「ずるい」


 懐かしげに、沙帆里は貴一を見る。


「ヴィーニアスみたいなこと、言うんだもの」


「そうか。影響されているのかもしれないな」


 沙帆里を下ろして歩き始める。朝食がまだだった。


「沙帆里は朝食は?」


「まだ」


「じゃあ一緒に食べよう」


 歩いている途中で、哲也に声をかけられた。


「よう。よく眠れたか」


「ああ。ぐっすりだ」


「呑気だな。俺は敵の対策を練っていてろくに寝ていない」


「五聖が揃えば不可能はないさ」


「……まあ、図体がでかいだけの敵にはクリスティーナがいるからな。けど、引っかかるんだ」


 貴一と哲也の視線が交差する。


「どうして、あの時ヴィニーは一人で砦に行ったのか。どうやって倒したのか。それを思うと落ち着かなくてな」


 哲也は言葉を続ける。


「俺達はなにか重大なことを見落としているのかもしれん」


「ピピンならその見落としにも検討がついているんじゃ?」


「ああ……けど、その可能性を考えたら、お手上げという結論に辿り着く」


 貴一は足を止めた。

 この参謀がお手上げと言うのは珍しいことだ。


「まあ、朝食でも摂るか。夜は嫌でもやってくる」


 三人は、揃って食堂に向かったのだった。



+++



 恵美里は部屋で一人黄昏れていた。

 朝が来た。

 不安な夜に繋がる朝が。

 今回の敵は難敵だ。自分と貴一が揃っていなければ太刀打ち出来ないだろう。


 そして、トドメを刺せるとしたらヴァイスの大剣。それで首を掻っ切る。それが一番手っ取り早い。

 責任の重さを感じる恵美里だった。


(そりゃ、引っ込めさせては貰えないよな……)


 自分の肩に乗る期待の重さを感じる。

 けど、もし自分に力がなかったら。彼らは同じように自分に接してくれるだろうか。

 考えても、答えは出ない。

 漠然とした不安は、卵となって、殻を破り、恵美里の中で肥大化していく。


 その時、部屋の扉がノックされた。

 扉を開ける。

 静がいた。


「や、恵美里。用事を忘れていたと思ってね」


「用事……?」


「腕、痛いでしょ?」


 筋肉痛のような鈍痛が確かに腕にはある。


「治療してあげるよ」


 そう言うと、静はさっさと部屋の中に入っていってしまった。

 追い出す理由もないので、二人して、ベッドに座る。

 恵美里は両腕を差し出す。その上から、静の放つ治癒の光がそれを照らした。


「あんな大きな剣の一撃を逸したんだもんね。筋肉の繊維の何本かは千切れても仕方ない」


 その言葉に、恵美里は背筋が寒くなった。


「治るの?」


「治るよ。スポーツしてるだけでも筋肉の繊維は切れるからね」


「そういうものなんだ……」


「そう。そしてより強い形で再生するんだよ。切り傷が膨れ上がるのもそれが原因。人間は傷を受けた場所を強化して再生させる性質がある」


「スポーツ医学でも学んでるの?」


「聞き齧りだよ。友達にスポーツ馬鹿がいてね」


 両腕の痛みと倦怠感が徐々に和らいでいく。


「本当なら遊びにでも出かけたいね。せっかくの京都なんだし」


 静が微笑んで言う。


「そうも言っていられないだろう。いつシルドフルが襲ってくるかわからない」


「休憩時間は楽しんでおくべきだよ。いつが最後になるかわからないから」


 平然とそう語る静が、恵美里は不思議になった。


「静は、死ぬのが怖くないのか?」


「そういうことを考えている時期はもう過ぎた。命は限りあるものだ。私達は死者にはお疲れ様と労うことしかできない」


「達観しているのね」


「どうなんだろうねー。自覚はないわ」


 治癒の光が消えた。


「この戦いが終わったら、一緒に旅行しようよ。今度は、ややこしいこと抜きで」


「そうね。車にすし詰めの旅行は優雅さに欠けるわ」


 静は滑稽そうに笑った。


「色々な景色は見れるけど、快適とは言い難いわね。朝食食べに行く?」


「うん、行こう」


 心の中で、問いかける。


(この戦いが終わっても、静は友達でいてくれるのか……?)


 墨汁を白紙に一滴垂らしたような不安が、心の中に滲んでいった。



+++



 そして、六人は食堂ではち合わせした。

 灯の隣に貴一が座り、その隣に沙帆里が座る。

 逆側の席では静、恵美里、哲也の順に並んでいた。


「昨日は抜け駆けしてくれたみたいねシルカ……」


 沙帆里が低い声で言う。


「どうも」


 もう食事が終わっている灯は気だるげに片手を上げる。


「氷帝が怖くないと見えるわ」


「やめてくれよ。シルカのおかげで俺は助かったんだ」


「助かったってなに?」


 静が微笑んで会話に加わる。


「いや、それはだな……」


 貴一は言葉を濁すしかない。


「寝るまで手を繋いでてあげただけだよ。やましいことはなにもない」


 灯は飄々とした表情で、手を左右に振る。

 周囲に殺気が漂い始めた。


「寝床に女性を招き入れたの?」


 静が、信じられないとばかりに言う。


「いや、その、誤解だ」


 貴一はたじたじだ。


「役得って思ってるでしょ」


 静は唇を尖らせて言う。


「まあ安眠はできた。やましいことは本当にないよ」


 貴一はそう言うしかない。


「なにもないならなにもないで男としてどうなのって感じだけどな」


 哲也が混ぜっ返す。


「哲也ぁ、お前なあ……」


「まあ、女を口説いて寝所に連れ込む貴一なんてそれこそ想像できないだろう? 手繋ぐのが精々だろうよ」


 その一言で、女性陣は黙り込む。

 灯が、手を叩いた。


「君達、京都旅行しない?」


 その呑気な一言に、貴一達は戸惑ったのだった。


「ん、嫌?」


「いや、命がけの戦闘に備えてたからギャップにね……」


「気を抜く時は抜かないと駄目さー。じゃあ、準備しといてね」


 そう言って灯は食器の乗ったトレイを持つと、去って行った。




次回『束の間の休息』

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