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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
京都激動編
28/79

戦後処理

「負傷者と浄化された敵の収容を第一に! まだ夜は終わっていませんよ!」


 シルカの叱咤の声が夜空に響く。

 戦闘を終え、貴一達五人は瓦礫の上で座り込んでいた。


「今回は想像もつかない化け物だったな」


 貴一はぼやくように言う。

 ちゃっかりと隣に座っている沙帆里が、貴一の肩にしなだれかかりながら口を開く。

 戦いが終わったら褒めると言った手前、邪険にできない。


「けど、退けたのは貴一だ」


「気になることを言っていた」


 恵美里が口を開く。


「心に潜む弱点を見つけた、と……」


「おかしなことはまだある」


 哲也が発言する。


「貴一のサーチに引っかからない敵が多数いた。あれは、なんだ?」


「俺のミスだろうな」


 貴一は、渋い顔で言う。今回のミスは痛恨のそれだった。


「俺はそうは思わない。これだけの近距離で光の精霊の加護を受けた貴一が敵を発見し損ねる。ありえないことだ」


「だとしたら、彼らは……?」


「わからんところよ」


 哲也はそう言って肩を竦める。


「裏ではどんな魔物の霊が憑依していようと表は人間だからな。そのロジックを上手く使ってサーチを掻い潜る技術があるのかもしれない」


「次の戦い、私は出ないほうが良い気がするんだ……」


 恵美里は、足元の石ころを蹴りながら言う。


「お前がいなかったら誰が俺の背中を守ってくれるんだよ」


 貴一は茶化すように言う。

 恵美里は、深刻な表情を崩さずに、項垂れてしまった。

 秀太だったら今の一言で乗ってきただろうに、女性の扱いは難しい。


「心が弱いのは私だ。私の弱点を見抜かれたのかもしれない」


 なるほど、それが不安の種だったのか。貴一は納得したような気持ちになる。


「守るよ」


 その言葉は、自然と貴一の口から出ていた。


「なにかあっても、俺が守る。だから、恵美里は逆に俺を守ってくれ」


 恵美里はしばらく考え込んでいたが、そのうち表情を緩めた。


「わかった」


「人手不足の感は否めんしな。悪いが休暇は取れんと思ってくれ」


 苦い顔で言ったのは哲也だ。


「まったく、化け物だぜ。あんなのどうやって倒したんだろうな」


「前の世界ではお前達が倒したんじゃないのか?」


 哲也の言葉に、貴一は戸惑いながら問う。


「倒したのはヴィニーだよ」


 沙帆里が言った。


「今回は一人の方がいいって言って、単独で敵砦に侵入して倒したんだ」


「侵入の手助けはしたがな。ヴィニーが目覚めない限り、奴の対処法も闇の中ってわけだ」


 投げやりに言った哲也は、恵美里が蹴って足元に転がってきた石ころを遠くに投げた。


「とりあえず次はドラゴンを真っ先に処理しよう。そこからシルドフルに五人で挑む」


「結局はこの五人か……」


 貴一は考え込んだ。

 クリスがいれば、相手を撹乱してくれるだろう。攻撃は、貴一と恵美里でなんとか捌ける。しかし、肝心のトドメは?

 ピピンの矢でもセレーヌの氷でも威力不足だ。

 双破光帝陣も決定打になるかは怪しい。


「なんつったって自然治癒持ちだもんなあ……」


 貴一のボヤキから考えていることを察しとったらしい。哲也が口を開く。


「どんな自然治癒能力でも首を断たれればそれまでよ。それに、俺達の目的は撃破じゃない。浄化だ」


「浄化、か」


「憑依された人間も生き残るのが一番のハッピーエンドだからな」


「そう上手く行くかな」


 哲也の意見に沙帆里は懐疑的だ。


「目標は高くにおいておいたほうがいい。失敗しても次善の策が練れる。ピピンの意見だ」


「尤もだな」


 貴一は腕を背後において、体重を預けて夜空を見上げた。

 怪我人の治療や搬送、瓦礫の撤去で周囲は騒がしい。

 瓦礫が僅かに軋む音がした。

 クリスの治療を受けて完全回復した隆弘が、瓦礫の上に立っていた。


「借りを作ったな」


「どってことないよ」


 貴一は、苦笑して答える。


「俺達全員、ベストを尽くしただけだ」


「しかし、借りは借りだ。この借りは次の戦いで返す」


「お前にも、策があるのか?」


 哲也の目が細められる。


「陰陽師は憑依霊などには負けん。またな」


 そう言って、隆弘は瓦礫を飛び跳ねて降りていった。


「プライドが高いというかなんというか」


 哲也が呆れたようにぼやく。


「けど、貴重な戦力だ。間違いなく役には立つ」


「だな」


 貴一の言葉に、哲也は同意する。


「どうしたものか……」


 貴一の言葉に、答える者はいなかった。

 皆が不安がっているのだろう。

 今回の敵に勝てるかどうかに。


 今回の敵は、あまりにも強大すぎた。



+++



 瓦礫の撤去が終わり、陰陽連の地下施設へ移動できるようになった頃には深夜二時を過ぎていた。

 沙帆里は既に半分寝ているようなもので、哲也の背におぶられ寝言なのかなんなのかわからない言葉を呟いている。

 貴一は自分の割り当てられた部屋に入ると、服を脱いで、布団に入った。

 眠れない。

 目を閉じると、あのシルドフルの恐ろしい形相が脳裏に浮かび上がってくる。


(助けてくれよ……)


 思わず、祈る。


(助けてくれよ、ヴィーニアス……!)


 静寂と闇が部屋を包んでいた。

 物音一つしない。

 闇の中で、貴一は一人きりだ。


 その時、部屋にノックの音が響いた。

 貴一は立ち上がり、部屋の扉を開ける。

 シルカが、そこにはいた。


「こんばんは、貴一」


「ああ、こんばんは。つってももう寝る時間だけどな」


「部屋に上がってもいい?」


「かまわないけど」


 そう言って、貴一はベッドに腰掛ける。シルカは、その隣に座ると、しなだれかかってきた。


「困る」


 貴一は、照れくささに頬を染めながら言う。

 沙帆里にされるなら冗談で済むが、シルカにされると意識してしまう。

 それは、シルカが綺麗な女性だから。


「ヴィニーは落ち着かない夜、いつも私に添い寝を頼みました。貴一も今、さぞ落ち着かないだろうと思って来たのです」


「俺はヴィニーではないよ」


「けれども、ヴィニーの魂を持つ者です。私は、記憶を探る者。不安がっていることは、わかります」


「そうか。じゃあ隠し事はできないな……」


 貴一は、シルカの頭に頭を擦り寄せる。


「怖いよ、シルカ」


「私も、恐ろしゅうございました」


「今回ばっかりは、死人が出るかもしれない」


「ええ。そうですね。けど、大丈夫ですわ」


 シルカは、自信に満ちた表情で言う。


「私達には、ヴィーニアスがついてますから」


「信頼してるんだ、奴のこと」


「ええ。妻が旦那を信頼しなくて誰が信頼するのです。私のヴィニーへの信頼は絶対です」


 貴一の手が、自然に動いた。シルカを抱き寄せて、その頭を撫でていた。


「俺じゃないぞ、ヴィニーだ」


 貴一は、慌てて弁明する。

 シルカは滑稽そうに笑う。


「わかっております。気配で感じておりました。寝ぼけたのですね。さあ、横になって」


 貴一は、促されるがままにベッドに横になる。

 その頭を、シルカは撫でた。


「寝るまで、傍にいてあげましょう。貴方の不安が、少しでも安らぎますように」


「……ありがとう」


 ここまで安らいだ気持ちで眠りにつくのはいつ以来だろう。母に抱かれて眠る赤子のように、貴一は穏やかな眠りについた。

 こうして、京都に来てからの初戦は幕を下ろしたのだった。




次回『歪み』

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