躍動する英霊達
地下生活なので昼夜の感覚はないのだが、月が昇ったと言われて貴一達は外に出た。
陰陽師と憑依者、総勢百数十人。それが、陰陽連支部を囲んで配置されている。
貴一達は意外なことに、屋根の上での配置となった。
「ヴィニーは私を守ってくれる。そう私は信じていますゆえ」
とは、シルカの台詞だ。
なるほど、姫様を守る騎士をやれということらしい。
「私はここからでもチャンバラの最中に乱入できるけどね」
と、槍を担いで言うのはクリスだ。既に、フル・シンクロしている。
セレーヌもピピンも、フル・シンクロ状態にあった。
戦場独特の空気に、貴一は震える。張り詰めていた。
今夜、この場所で誰かが死ぬ。それは、親しい人間かもしれない。その予感が、貴一を震えさせるのだ。
「大丈夫」
クリスが貴一の右手を取る。
「褒めるのは癪だが、セレーヌがいる以上変なことにはならないさ」
「守りは任せろ。ヴァイスの剣技は習得しているつもりだ」
恵美里が貴一の左手を取る。
「ああ、そうだな」
貴一は、震えが僅かながらに和らぐのを感じた。
非常な現実に立ち向かう、人間の願い。その願いの暖かさが、貴一の凍った心を溶かしたのだ。
沙帆里が貴一に抱きついて頭を埋める。
「私、今日は頑張るから、褒めて」
「ああ、わかった」
貴一は、微笑む。
心強い味方達がいて、もう怖いものはない。
「貴一坊やはモテモテだ。哲也もああありたいものだな」
ピピンがからかうように言う。
その瞳が、細められた。
ピピンは弓を引いて、霊符のついた矢を放った。風を切る音がする。
「滅」
隆弘が呟いた。
「一体目、処理完了した」
「来たな」
ピピンと隆弘は敵を察知したようだ。
各々、戦闘態勢に入る。
貴一は双剣を手に浮かべると同時に、光の結界を張った。
確かに、魔の反応がある。しかし、遥か遠くだ。この闇夜で、そんな遠くの敵を、ピピンは察知したというのか。
貴一の驚愕などどこ吹く風で、ピピンは霊符がついた矢を放ち続ける。
「滅、滅、滅」
隆弘は悪霊退散の言葉を呟き続ける。
「……駄目だな、なにか硬い種族がガードに入った。君の矢では通らんよ、弓兵君」
「そっか。まあ、十体は削ったから良しとしよう」
ピピンはそう言うと、弓を下ろした。
地響きがする。
敵の軍勢が近づいてくる。
その数、二百を超えている。
「じゃあプランB、行ってみようか!」
ピピンが威勢よく言った。
シルカの左手が貴一の頭に触れる。
その右手が、セレーヌに触れた。
「なるほど、敵の配置はこうね……複雑ではないわ。数は多いけれど」
セレーヌは、杖の先端を地面に叩きつけた。
春の夜に、白い粉雪が舞う。
「氷華よ! 舞い散れ咲き誇れ!」
敵の多くが突如現れた氷山に足を絡め取られ、地響きが鳴り止んだ。
一人一人を的確に捕縛している。尋常な技術力ではない。
「氷の魔術!」
「流石セレーヌ様だ!」
喝采が上がる。
「さて、私達の仕事だ」
そう言うと、クリスは隆弘からホルダーを受け取った。
そして、霊符のついた矢を弓に番えたピピンと微笑み合う。
「どっちが多いか賭ける?」
「俺は負ける勝負はしないたちだ」
「そっか。体魔術、六十パーセント!」
クリスの体が輝き始める。そして、彼女は屋根を蹴って、地面に降り立った。
その手が、ホルダーから霊符を抜き出し、敵の一体一体に貼り付けていく。
時に敵の頭を蹴り、時に振られた斧を掻い潜り、素早く霊符を張っていく。
負けじとピピンも矢を射る。
敵の肩に次々に矢が深々と突き刺さっていった。
「不味いな」
ピピンがぼやく。
「なにか不備が?」
シルカが焦った声を上げる。
「いやな、この弓でこの距離だと威力が強すぎる。大怪我になっちまうなって」
「なるほど」
シルカは、苦笑したようだった。
「滅!」
隆弘が唱える。
敵の大半が、気絶していた。
戦闘開始から僅か数分後の出来事だった。
「見ろよ、あれだけいた敵の軍勢が……」
「これが、五聖の戦い……」
仲間達は感心を通り越して引いているようで、どよめきが起こっている。
しかし、敵は全て気絶してはいなかった。
気絶した仲間を巧妙に盾にして隠れているのが見える。
その後方から、怖気が立つような足音が響いているのを貴一は感じていた。
「竜種……!」
貴一は思わず呟いていた。不安を少しでも吐き出そうとするかのように。
ドラゴンが雄叫びを上げ、軍勢の前に立ちはだかった。
足が遅いので出遅れていたのだろう。
炎の息が吐かれる。
しかし、それは味方に届くことはなかった。
シルカの、防御結界だ。
それは、敵から投じられた剣や斧をも弾き飛ばした。
「おかしい!」
セレーヌが焦った口調で言う。
「貴一が感知した敵はドラゴンを除いて排除したはずなのに、それなのにまだ敵が何十匹もいる!」
ピピンは、考え込むように顎に手を当てる。そして、叫んだ
「さっさとそいつを排除してくれ、クリス! なにかおかしい! こいつら、なにかある!」
「あいよっ!」
クリスは高々と叫ぶと、跳躍してドラゴンの右頬に掌底を叩き込んだ。その先端には霊符がついている。
隆弘が印を結んだ手を振り上げ、叫ぼうとする。
勝利は目の前にある。
そう、皆が浮き立った時だった。
死神は唐突に現れた。その振りまかれた殺気に、皆の動きは怖気に止まった。
背後からの急襲だ。
それはなにもない場所から忽然と現れ、人の身の丈より大きな巨大な剣を振るった。
貴一と恵美里とグレンとピピンは、同時に駆け出していた。
防御結界が割れる。
グレンはシルカを、ピピンはセレーヌを抱きかかえて避難する。
貴一と恵美里は、双剣と大剣を構えて、巨大な剣を受け止めていた。
次いでの振り下ろしの一撃で、京都支部の表層部分が半壊する。
「貴一!」
恵美里が叫ぶ。
「ああ。まともにやりあっても勝てないな……」
巨大な剣を軽々と振り回し、コンクリートの建物を半壊に追い込む一撃。防御結界で威力が削がれていなければ、双剣を弾かれて真っ二つにされていただろう。
まだ浄化されていない敵と、味方がぶつかりあい始めた。剣と剣がぶつかり合う音が周囲で響き合う。
貴一と恵美里は、双剣と大剣を構えて相手の隙を窺う。
巨大な敵だった。
身長は二メートルから三メートルの間。筋肉質な体を、黒いホロで隠している。
「やっと来たか、五聖。待ちかねたぞ。しかし、わずか数分で我が軍勢の半数を壊滅させてくれるとはな」
「待っていた、だと……?」
瓦礫の中から、隆弘が這い上がってくる。左腕はあらぬ方向に曲がっていた。
「貴様、まさか、今までの接戦は……!」
化け物は高々と笑った。
「茶番よ。私はジルドフル! こんな雑兵共に遅れを取るものか!」
矢がジルドフルの脳天を射抜いた。ピピンだ。
「今だ、隆弘!」
「滅!」
隆弘は叫ぶ。
そして、唖然とした。依然として、平然と佇むジルドフルに。
ジルドフルは、頭から矢を引き抜いた。
「こんな貧弱な光で我が魔を覆おうとは笑わせてくれるわ。さあ、五聖よ、ここで散るがいい!」
ジルドフルの剣が振るわれる。
貴一と恵美里は、すんでのところでそれを躱した。
「隆弘さん、下がって! 俺達でも厳しい!」
隆弘は悔しげに表情を歪めると、足を引きずりながら下がっていった。
「クリスはドラゴンの相手で精一杯だ!」
恵美里が叫ぶ。
「俺達で、やるしかない!」
貴一が双剣を掲げて、溜めの姿勢に入った。
周囲からの光を、集める。人の心の光。それは至る所に輝いている。
「無理を言ってくれるもんだわ!」
恵美里は呆れたように言うと、貴一に向かって振り下ろされたジルドフルの一撃を受け止めた。
「ふんぬっ!」
恵美里の口から呻き声が漏れる。
大剣の角度が逸れる。
それに合わせて、敵の攻撃の軌道も逸れていった。
「サンキュー、恵美里。信じてたぜ!」
「勝手なことを!」
恵美里は、貴一の背後に退いた。
そして、貴一は放つ。最高の一撃を。眩いばかりの輝きが、双剣から放たれていた。
「双破……!」
「ぐぬ……」
眩さに慄くように、ジルドフルは目を細める。
「光帝陣!」
巨大な光刃が放たれる。それは地面をえぐりながら、巨大な化け物へと向かった。
ジルドフルは剣を引いてそれを受け止める。
「ぐぬ……ぬ……」
ジルドフルは徐々に押されていく。
「おおおおおおおおおおお!」
その巨大な剣が、再び薙がれた。
双破光帝陣は打ち砕かれた。
しかし、貴一の動きは止まっていなかった。
その時、貴一は既に、敵の足を踏み台にして駆け上がっていた。
そして、見事に敵の右の目に剣を突き立てた。
「ぐおおおおおおおおお」
ジルドフルは呻いて、暴れる。
大地が抉れ、建物の破片が舞った。
「グレン、放しなさい! ヴィニーに防御結界を!」
「シルカ様は隠れていてください! 敵は化け物ですぞ!」
シルカ達の言い争いが聞こえた。貴一も、少しは冷静になったということか。
「左目も、貰い受ける!」
貴一はそう言って、再び跳躍して双剣を振る。
シルドフルが手を振るって払おうとした。
「危ない!」
叫んだのは、恵美里とセレーヌだ。
シルドフルの左の肩から手にかけた部分が氷で覆われ、その掌は恵美里の大剣で貫かれた。
貴一の一撃は、ジルドフルが後部に頭を逸したせいで空振った。
「ふふふふふ……」
シルドフルは低く笑っていた。
そう、これだけ傷つけられて、なお、笑っていた。
(なにか奥の手があるのか……?)
貴一は身構える。
シルドフルの体の自由を奪っていた氷が粉々に砕け散った。
「流石は五聖。一筋縄ではいかん。今日は退いてやろう」
シルドフルの目から、煙が上がった。次の瞬間、斬られたはずの目が完治していた。
「しかし、私は見つけたぞ。お前達の心に潜む弱点をな……ふふふふ、ふふふふふふ!」
そう言って、シルドフルは、現れた時と同じように唐突に消えていった。
敵の軍勢も、徐々に退いていく。
「派手に壊しちまったな」
弓から矢を放ちながら、ピピンがぼやくように言った。
「あれを受け止めろって無茶を言うのは貴一だけにしてよ」
恵美里もぼやくように言う。
「言わんさ。あれはジルドフル。敵の、幹部だ」
そう言って、ピピンは矢を放つ手を止めた。
敵は退き、いつの間にか静かな時間が戻りつつあった。
次回『戦後処理』




