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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
京都激動編
26/79

恵美里の迷い

 恵美里は与えられた個室の電気を消して、服を脱ぎ、下着姿で考えにふけっていた。

 静と仲良くなったきっかけは、旅に必要な服を買った時に選んでもらったことだ。

 それからなんとなく、つるむようになっている。


(我ながら緩いなあ……)


 そんなことを、思う。少し前までの自分ならば考えられなかったことだ。

 今は、いい。静にとって、恵美里は利用価値がある。

 けど、利用価値がなくなればどうなる?

 静は、今と同じように笑ってくれるだろうか。


 それを考えていると、貴一まで信用して良いのかわからなくなって、怖くなる。

 恵美里には、信頼していた存在に裏切られた経験がある。大きな存在だった。それ故にその傷跡は大きく恵美里の心に残っているのだ。


(お前さんはごちゃごちゃ考えすぎだよ)


 心の中のヴァイスがぼやくように言う。


(あんたみたいに単純にできていないのよ。作りが繊細なガラス細工なの)


(自分を綺麗なものに例える余裕はあるじゃねえか)


 恵美里は、返事を失う。


(貴一坊やも言ってたじゃねえか。一緒に遊んで楽しかったら友達ってな。お前さんも楽しい、あいつらも楽しい。人間関係なんてそれだけで十分だ)


(……彼女達は、楽しいのかしら)


(楽しんでるだろ?)


(私には、わからないわ。私は人間がわからないの)


(俺が言うのもなんだけどよ。沙帆里嬢ちゃんの方は相当単純だぜ。静嬢ちゃんはちょっとひねてる感はあるが、悪い奴じゃねえ)


 あんまりな物言いに、恵美里は苦笑する。


(ストレートなのが魅力なのよ、沙帆里は)


(そうやって、人の良い面を見るのだな。人の悪い面はいくつでもある。そればかり見る人間はつまらない人間だ)


(説教は結構)


(説教たぁなんだ。人生の先輩としてありがたい言葉をだな)


(それが説教なのよ)


 ヴァイスは拗ねたのか、黙り込んでしまった。

 恵美里は笑う。この相棒にも随分と慣れてきた。

 その時、部屋の扉が開いた。


 貴一が入ってきて、恵美里を見て硬直する。

 恵美里は、その視線の先を追った。

 そして、自分が下着姿だということを思い出したのだった。


 悲鳴を上げ、ベッドの枕を貴一に叩きつける。


「ごめんごめんごめん!」


 貴一は焦ったように言って、部屋を出ていった。

 服を着て、部屋を出る。

 哲也、沙帆里、静、貴一、灯と勢揃いだ。


「なんの用……?」


「貴一が恵美里の下着姿を見たいって言ったから」


 哲也が言う。見られたことを再認識して恵美里は頬が熱くなるのを感じた。


「言ってねえ!」


 貴一が哲也の胸ぐらを掴む。


「お前の軽口にはもうほとほと愛想が尽きたよ!」


「そうかい相棒、けど俺達は腐れ縁でズッ友だよ!」


「見たんだ」


 静が、冷たい口調で言う。


「私だって後数年したら……あれぐらいの胸には」


 沙帆里が自分の平たい胸を見下ろして苦い顔になる。


「挨拶、済んでない人いるでしょ」


 騒々しい面々を放置して、灯がなにを考えているのかわからない無感情な表情で言う。


「五聖が味方についたとわかれば味方の士気も上がる。そう考えて、交流の場を持ったわ。まあ、シルカの案だけど」


「ちょっとした凱旋ね。セレーヌ派とシルカ派。どっちが多いと言えばそれは肉体美に優れたセレーヌ派よ」


「こっちの世界でまでセレーヌ派とシルカ派で争うのは勘弁して欲しい」


 灯が苦い顔になる。

 一瞬、静寂が場を包んだ。

 沙帆里も、静も、哲也も、灯も、苦い顔になる。ただ、貴一と恵美里だけが戸惑いを顔に浮かべていた。


「まあ」


 灯が手を叩いた。乾いた音が響く。


「貴方達は英雄よ。戦意高揚で役立つのならば思う存分使わせてもらうわ」


 そう言って、灯は飄々と前を歩き始めた。

 五人はその後に続く。


 連れて行かれた場所は、食堂だった。

 数十人の若い男女が、席についている。

 その表情が、五人を見て期待に輝く。


「……なんか、居辛い」


 貴一の袖を引いて、呟く。恵美里は人に期待をかけられた経験が少ない。今のような視線は苦手だ。

 貴一は苦笑して、恵美里の手を上から包んだ。


「これも仕事だと思って我慢しよう」


「……うん」


 居辛いと思っているのは自分だけではないらしい。静は、灯の後ろに隠れてしまっている。

 その逃げ道を哲也に塞がれて、なんとかその場に残っている感じだ。


 灯が、シルカへと姿を変えた。


「死してなお戦う戦士達よ、朗報です」


 食堂に響く朗々とした声でシルカは告げる。

 ざわめきが静まった。


「今日、ここに、五聖が集いました。これからの戦いは我々に有利に運ぶことでしょう」


 喝采が起こった。


「まずは、貴一。ヴィニーの宿主です。ヴィニーはまだ目覚めていませんが、その二刀は我々に勝利をもたらすことでしょう!」


 ヴィーニアスコールが巻き起こる。

 場は完全に熱狂している。

 貴一は戸惑いがちに軽く頭を下げた。


「哲也。ピピンの宿主です。その権謀術数は我々を導いてくれるでしょう!」


 今度はピピンコールだ。

 哲也は慣れたもので、手を振っている。


「沙帆里。セレーヌの宿主です」


 沙帆里が胸を張る。


「乳なしちんちくりんですが役には立つでしょう」


 沙帆里がセレーヌに姿を変えてシルカの胸ぐらを掴んだ。


「お上品とは言い辛い物言いね、シルカ」


「その手もお上品とは言い難いのでは?」


 セレーヌコールが巻き起こる。しかし、多くの人が怯えたような表情になったのを恵美里は見逃さなかった。

 この二人の間には、なにかある。そんな印象を抱いた恵美里だった。

 哲也が間に入って、掴み合いになった二人を離させる。


「そして、恵美里。あの伝説の男、ヴァイスの宿主です。フル・シンクロはできませんが、その剣技は敵の大軍の前でもキレを見せるでしょう」


 ヴァイスコールが起こる。

 恵美里は照れながらも、手を軽く振る。

 自分が必要とされている。その実感が、嬉しかった。

 けれども、こうも思う。

 もし、自分がヴァイスの宿主ではなかったならば。

 この歓声は、一気に静まるのだと。


(こんな時にまでペシミスト発揮しなくてもいいだろ。歓迎されてるのはお前さんだ)


 ヴァイスがやれやれとばかりに言う。


(そうね)


 恵美里は苦笑する。


「そして最後のサプライズゲスト!」


 観衆が息を呑む。

 静が、哲也に押されてシルカの陰から一歩前に出た。


「クリスティーナの宿主、静です。歴史にも残る圧倒的な武は今回も我々の強力な矛となるでしょう」


 ざわめきが起こった。

 静は居た堪れなさそうに俯く。


「クリス様」


 観衆の一人が、恐る恐る手を挙げる。

 それを数秒のタイムラグもなくシルカは指差した。


「はい、そこ!」


「ヴィーニアス様とは仲直りしたのですか?」


 静はしばらく黙り込んでいた。唇を噛んでいるようにも見えた。


「静……?」


 恵美里は静の傍に行き、肩に手を置く。その手に、静は手を重ねて、苦笑して恵美里を見た。


「大丈夫。ありがとね、恵美里」


 静が姿を変えた。そして現れたのはクリスだ。


「私とヴィーニアスの仲を心配する者もいる。尤もな話です。しかし、私達の間に元から溝などない」


 クリスの手に槍が現れる。それを、彼女は高々と掲げた。


「この槍はヴィーニアスのために!」


 ヴィーニアスコールが再び巻き起こる。

 その後は、会食だった。

 六人は別々の席に座り、周囲の面々と談笑する。


 ヴィーニアスが目覚めていない貴一と、この場にいる新規の面々と共闘した経験がないヴァイスを憑依させている恵美里だけが、ぎこちない笑みを浮かべていた。

 その点、沙帆里は慣れたものである。


「セレーヌ様、小さくなられましたね」


「将来有望って言って」


「セレーヌ様の魔術があれば我々の勝利は確実です」


「そうでしょうとも。この氷帝の恐ろしさをあらためて目の当たりにする敵も気の毒だわ」


 一方、哲也は。


「君、可愛いね。電話番号交換しない?」


 ナンパをしていた。気楽なものである。

 意外だったのは、クリスを囲む面々が熱狂的だったことだ。

 中には男泣きしている者までいる。

 かく言う恵美里の席も静かではない。


「ヴァイス殿、一手ご教授願いたい」


「いやいや、私こそ」


「ヴァイス殿、魔法剣の極意をお聞きしたい」


 どうしたものだろう、と思う。

 貴一と目が合った。

 空気に馴染んでいないのが透けて見えて、互いに苦笑したのだった。



+++



 誰かがビールを飲みだした辺りから場がおかしくなったのは覚えている。

 乱痴気騒ぎになった食堂から抜け出し、屋根の上に出て、大剣を杖のようについて周囲を見る。

 周辺は平地。ならば策らしい策は互いに使えまい。

 セレーヌ達は屋根の上に立って、恵美里や貴一は地上に立って戦うといった感じになるだろう。


 しかし、食堂にいた人間は五十を越えていた。彼らの一人一人が手練なのだろう。それでも殲滅できない敵。

 さて、どうなる。


「漂流者達は随分盛り上がっているようだな、小娘」


 背後から声をかけられて、恵美里は振り向いた。

 気配があるのは気づいていた。


 のっぽの優男が立っていた。


「英雄達の凱旋ってシーンらしくてね。陰陽師さんにとっては面白くないかしら」


 漂流者、という呼び方で、恵美里は彼が陰陽師なのだと察しとっていた。


「彼らは所詮流れ者。いざという時に役に立つのは我々だ。長老もそれを理解していなくて困る」


「大した自信ね。剣を持った私と素手の貴方、争えばどちらが勝つかは目に見えているでしょうに」


 男が腰につけたホルダーから何かを取り出して恵美里の額につけるのと、恵美里が大剣を男の喉元に突きつけるのは同時だった。

 恵美里は感触と視界の断片からそれが札だということを察する。


「霊符だ。お前の憑依霊を吹き飛ばすには十分な念が篭めてある。しかし……」


 男は札をホルダーに戻した。


「まともにやりあっていたらその前に私の腕が三つに切られていただろうな。くわばら、くわばら。どうやら我が身が相対しているのはとんだ化け物らしい」


「女の子に化け物って、失礼ね」


 恵美里も、大剣を引く。そして、再び杖のようにして地面に突き立てる。


「恵美里さん、隆弘さん、ここにおられましたか」


 グレンが階段を上がってくる。


「戦場の視察を兼ねてね。気分転換に来たところ。この男は?」


「二条隆弘さん。凄腕の陰陽師で、竜退治の英雄ですよ」


「私が処分したのはただの悪霊に過ぎんよ」


「またまた、ご謙遜を。竜退治といえば我々の世界では英雄の所業です」


 隆弘は、褒められることから逃げるように階段に足を向ける。


「そちらの世界の計りで物事を考えようとしないことだ。あれはただの悪霊。我々の仕事の範疇だっただけのこと」


 そう言って、隆弘は去って行った。


「強い人ですね、今の人」


「陰陽連京都支部のエースだそうで。その手腕で数多の敵を退けてきました」


「その人がいても優勢にはならない?」


「敵にも軍勢を操る指揮官がいますし、霊符を貼るには接近が必要です。中々上手くはいきません」


「そういうものか……」


 恵美里は周囲を見る。


「ぶつかってみなければ結果はわからないわね」


「五聖の皆様が協力してくだされば容易いことですよ」


 グレンは呑気だ。純朴な青年といった印象がある。


「五聖の全盛期を見たことがないのに余裕ね。噂話には尾鰭がつくわ。貴方が見ている幻想は、厳しい現実に打ち砕かれるかもしれない」


「私はヴィーニアス様に直々に稽古をつけてもらったことが何度かありました」


「結果は?」


「一本も取れませんでした。その頃にはヴィーニアス様は全盛期の実力はなかったはずです。それより強いヴァイス様が弱いはずがありません」


「そうか……貴方はヴィーニアスが好きなのね」


「ええ。ヴィーニアス様達を守ることが私の使命ですゆえ」


「勝ちましょうね」


 恵美里は言って、周囲の平原を見渡す。

 皮肉なことに、戦いが近くなるに連れて、恵美里の中の迷いは薄れていった。



次回『躍動する英霊達』

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