シルカ参戦
道の駅で車が止まる。
貴一達一行は、そこで表に出た。
「約束の時刻には間に合ったな」
ピピンが満足げに言う。そして、哲也に姿を変えた。
「いやー、正直しんどい」
ぼやくように言った哲也だった。
長い間ピピンを前面に出していた疲労も、ピピンの長距離運転の疲労も、一身に背負っているのだろう。
「お疲れ様。助かったよ」
貴一はねぎらいの言葉をかけるしかない。
「仕方ねーさ。運転席と助手席はカメラに映る恐れがあるからな。子供は避けた方がいい」
静達は周囲の風景をスマホで撮影していた。
「このスマホ、借り物だけどデータだけ残せるかな」
「残せる残せる」
恵美里の疑問に、静が答える。
「本当?」
「今度うち来なよ。教えてあげるよ」
女子は女子で親睦を深めているようだった。
他に同性がいないのだから、揉めたらことだと察しているのだろう。
「もうすぐ時間になるから、今のうちに自由行動な。俺、トイレ」
そう言って哲也は歩いていく。
貴一は気配を感じて横を見る。沙帆里が立っていた。両腕を腰に当てて、胸を張って立っている。
「さて、陰陽連とやらがどうでるかと言ったところね」
「なんでそう君は自信満々なんだろうね」
貴一としては、得体の知れない組織との接触が不安で仕方がない。
「私は強いからね。貴一も存分に頼りなさい」
「恵美里に負けた癖に」
静が小声で言う。
「なんか言った?」
「なんにも~」
静はとぼけた調子で、トイレに向かって歩いていった。恵美里がその後についていく。
「同年代でかたまって。やあね」
沙帆里は拗ねたように言う。
そういえば、この中では年齢が離れているのは沙帆里だけなのだ。
少し、気を使ってみることにした。
「俺じゃ不服か?」
沙帆里は目を輝かせた。
「大満足!」
貴一はしゃがみこんだ。
「肩の上に座れよ。高い景色を見せてやるよ」
「うん!」
沙帆里は貴一の肩の上に座る。
そして、貴一はささやかな重みを感じながらもしっかりと地面を踏んで立ち上がった。
「いい景色だろ?」
「うん、いい景色。誰か写真撮ってくれないかなあ」
「いい景色ならそこから撮ればいいだろ」
「違う!」
そう言って、沙帆里は人差し指で天を指した。
「婚約者二人の仲睦まじい図を誰かに撮って貰うのよ」
「ああー」
そういえばこんな奴だった。気を使ったことを少々後悔した貴一だった。
「悪いけれど、俺は君の婚約者にはなれないよ」
「えー?」
沙帆里が不平の声を上げる。
「どうして? 前世が夫婦で今世も傍に生まれた。これって運命じゃない」
「まずその前世って前提が間違ってるから」
沙帆里は黙り込む。
「人生長いんだから、そう焦ることないよ、沙帆里。いい男は世の中にたくさんいる」
「……私は貴一がいいの。そう、子供扱いしないで」
沙帆里は、祈るように頭に抱きついてきた。
その時、シャッター音が鳴った。
「ロリコン撮った」
哲也が飄々とした表情で言う。
「これ静に何円で売れるかな」
「でかした!」
「哲也ぁ……」
貴一の中で哲也の評価がまた一段下がったのだった。
時間になると、道の駅に黒塗りの車がやってきた。
車は貴一達の傍に止まり、助手席から人が窓を開けて顔を覗かせてくる。
「ヴィーニアス御一行様で間違いないでしょうか」
「はい」
貴一はダウンロードと呟くと、双剣を手に呼び出した。それで、相手も納得したようだった。
貴一がデリートと呟くと、双剣は消えた。
「失礼ですが、目隠しをさせていただきます。この車の中に乗ってください」
指示に従い、車の中に乗る。
視界は真っ暗だ。
そのうち、車が走り始めた。
揺られている車の中で、貴一は視覚以外の感覚を鋭敏にさせた。相手が自分に害をなす存在ではないとは限らない。
手に、柔らかな温もりが触れた。
「大丈夫。それは私とピピンの管轄だ」
クリスの声だ。
貴一はその一言で、気が休まるのを感じた。
背もたれに背中を預ける。
三十分ほど走って、車は止まった。シャッターの閉まる音がする。次に、床の下降音が五人の耳に響き始めた。
「地下……?」
「はい、そうです」
運転手が答える。
「我々の本拠地は地下にあります。かつては日本の中心だったこの場所に、陰陽連の支部は息づいているのです」
なるほど、地下なら活動が露見する恐れは少ない。
金がかかってるな、と感心してしまった貴一だった。
「税金の無駄遣いね」
沙帆里が皮肉っぽく言う。
「はは、これは手痛い」
運転手はおおらかな人物らしく、沙帆里の嫌味を聞き流してくれた。
「けど、我々はお役に立つと思いますよ。この、魔都を知る上でね」
「魔都……?」
貴一の呟きに、運転手は答えなかった。
下降音が止まった。
貴一達は目隠しを取られ、外に出る。
天井が高い。白い壁の広いフロアが目の前に広がった。
「ようこそ、陰陽連京都支部へ。お会い出来て光栄です、ヴィーニアス王」
部屋の奥にいた、白髪の老人が、真っ直ぐ貴一に歩み寄ってきて頭を下げる。
貴一は慌ててしまった。
「いえ、ヴィーニアスは目覚めていませんし、俺はただの高校生です。子供を相手にすると思っていただいたほうがこちらも気が楽だ」
「そうもいかんですな。それに、今、大変な方を預かっているばかりですし」
「大変な方?」
駆け足の音が近づいてきた。
桃色の長髪をした美少女が、両手を広げて駆け寄ってきた。
「ヴィニー!」
彼女は飛んで、貴一を抱きすくめる。
貴一はよろけて、その場で半回転した。
「なに? 一体何ごと?」
「私よ、シルカ! 忘れたの? ヴィニー!」
シルカの顔は、鼻と鼻がぶつかりそうなほどに傍にある。
「私の旦那様」
愛しげにそう言うと、シルカは貴一を力いっぱい抱きしめた。
女性陣から殺気が漂うのを感じた貴一だった。
「正妻戦争ラウンドツー、カーン! ファイッ!」
哲也が悪戯っぽく言ったので、哲也の評価は貴一の中で二段階ほど下がった。
気になることがあった。
シルカ。彼女の顔立ちは、クリスによく似ていた。
「まあ冗談はおいておいて、俺達への挨拶はなしか? シルカ」
哲也がからかうように言う。
「貴方はピピンおじさまね!」
「どうしてそう思う?」
「消去法と……嫌味っぽいところがピピンおじさまそっくり!」
「手痛いね」
哲也は苦笑する。
「あとはクリスとヴァイスさんと……もしかしてそこのちっちゃいのはセレーヌ?」
したり、とばかりにシルカは微笑んだ。
沙帆里が、嫌なところを見られたとばかりに舌打ちした。
シルカはほくそ笑んで、沙帆里にスキップで近づいていった。
「今度は私がこう言える番ね」
そう言って、シルカは沙帆里を指差す。
「このちんちくりんの胸なし娘」
「防御系統の術と記憶を探る術しか使えない小娘が……この氷帝によくもまあ喧嘩を売れたものね。いいわ。買ってやろうじゃない、その喧嘩!」
冷気が周囲に漂い始める。
「おいおい、沙帆里ちゃん」
恵美里が慌てて仲裁に入る。
「詳しい話はわからないが、ヴィニーの正妻は貴女だと聞いていたが。これは一体?」
恵美里の戸惑うような視線が、貴一に向けられる。
貴一は、静の発言などから思い当たる節が多数あるので喉が詰まったような気分だった。
「第二王妃だよ」
哲也が言う。
「クリスが去った後、貴一が城下町から見つけてきた一人の少女。蝶よ花よと育て最終的には自分の妃にした。それがシルカだ」
「ということです。今世では私のほうがヴィニーと年齢が近いみたいだし、残念ながら重婚も認められていません。だから、私がヴィニーの妃ということで決定しましょうか」
「好きにすれば」
静は、疲れたとばかりに言う。
「またこの系統のキャラが増えるのか……」
静の嘆かわしげな溜息がその場に響き渡った。
「クリスおばさま。セレーヌと一緒にされるのは好きません。ただ付き合いが長いだけの女ではないですか」
「おばさま? おばさまっつったか今その口? ああん?」
静が低い声で言う。
「とりあえず!」
貴一は大声を出した。
皆の視線が貴一に集まる。
「状況整理しない? 俺、京都の現状もザザさんの所在についても聞いてないし」
「それもそうですわね」
シルカはそう言うと、姿を変えた。パーカーにスキニーというラフな格好の若い女性だ。ウェーブのかかった髪をしており、口にはチューインガムがある。
「状況説明にシルカは邪魔だ。引っ込んでもらった。私は東雲灯。以後よろしく」
貴一が灯の手を両手で握ったので、灯は若干怯えたような表情になる。
「頼むからそのままの君でいてくれ!」
「は、はあ……まあシルカのあのテンションには戸惑いますよね」
貴一は勢い良く首を上下に振る。
「今の貴方のテンションにも私は戸惑ってますけどね……」
灯が呆れたように言ったので、貴一は手を引いた。
「すいませんでした」
次回『京都の現状』