表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
京都激動編
23/79

友達だから

 脱衣所の前で静と沙帆里が立ち塞がっていた。

 二人とも、剣呑な表情でこちらを見ている。

 恵美里は言わんとしていることを察し、その場を後にした。


 広い駐車場に停めた車に戻ると、後部座席に貴一がいた。


「どうしたの? 貴一。ピピンと行ったものだと思ってたけど」


「ピピンが言ったんだ。恵美里が戻ってくるだろうから一緒にいてやれって」


「なるほどね」


 恵美里は苦笑する。

 恵美里には、男性の魂が憑依している。それは、一緒に女風呂に入るのは嫌がられるというものだ。

 しばし、沈黙の時間が流れた。

 しかし、それは心に負担のかかる沈黙ではなかった。


「正直、私はまだ迷っている」


 恵美里は、淡々と言った。


「ほんのつい最近まで、世界の破滅を望んでいたのだから」


「じゃあ、なんでついてきたんだ?」


 貴一は、不思議そうに訊く。


「友達だからだよ」


 恵美里は、自身の放ったその一言で幸せな気分になった。


「貴一みたいな奴がいるなら、世の中捨てたもんじゃないって、そう思った」


「……そっか」


 貴一は苦笑して、背を椅子に埋める。


「それに、祖父母と一度距離を置きたかったしね。家は私にとって苦痛な空間でしかなかった」


「早めに終わらせないとな、この旅も。恵美里が大学進学するまで時間がかかるようになる」


「一浪ぐらいは覚悟しているわ。家族の視線は厳しくなるだろうけれど、友達がいるなら耐えられる」


「強いな、恵美里は」


「弱いのよ……」


 そう言って、恵美里は貴一の手を取る。

 温もりがそこにはあった。

 その温もりを自分のものにしたいというのはエゴだろうか。


「だから、一度は悪の道に染まった。私は、弱い女なの」


「……誰だって、環境が悪ければ不良になることもある。恵まれた人間ばかりじゃない」


「ねえ、貴一」


「なんだ?」


「私の……」


 貴一のスマートフォンが鳴った。

 恵美里は慌てて手を引っ込める。

 貴一はスマートフォンの通話モードを押した。


「貴一、風呂出たの?」


 静の声だ。


「恵美里と一緒だ。車にいる」


「二人きりでなにしてたのかしら?」


 静が呆れたように言う。


「お前らが恵美里を仲間外れにするからだろー。新人いびりみっともない」


「そんなんじゃないわよ」


 苦い口調で静は言う。異性に裸を見られたくないというのは自然な感情だ。


「沙帆里も上がったわ。交代よ、恵美里」


「んじゃ、俺も風呂に入るかね……せっかくのスーパー銭湯だ」


 そう言って、貴一は車を出ていった。

 恵美里は、しばらく、遠くなっていくその背中を見守っていた。



+++



 スーパー銭湯の座敷で、一同は集まった。


「静ー、恵美里ー、ソフトクリームあるわよ」


 沙帆里が手を振って言う。

 二人はその傍に歩いていって、三人でソフトクリームを買う。


「いや、馴染めるかどうか心配だったが、案外なんとかなるもんだな」


 ピピンが呑気な口調で言う。


「お前は大丈夫なのか?」


「と言うと?」


 ピピンは不思議そうな表情になる。


「ピピンをずっと表に出している。哲也の魂を侵食してしまうんじゃないか?」


「陰陽連と合流するまでの辛抱だ。一応、哲也の免許証も偽造してあるが、子供が運転席にいるのは目立つでな」


「その陰陽連ってのは信頼できるのか?」


「由緒正しい陰陽師の連合だ。今回の件について協力してくれるだろう。尤も、本部は東京に移転してしまったらしいがね」


「じゃあ、東京に行かなくていいのか?」


「ザザばあが京都にいるらしいからなあ……」


「占い師、ザザか」


 女子達がソフトクリームを片手に戻って来た。


「今から飯食うのに。太るぞ」


 ピピンがからかうように言う。


「甘いものは別腹ですー」


 沙帆里が拗ねたように言う。


「ねー、静、恵美里」


「うーん、実質的にカロリーは摂っちゃうと思うからどうかなあ」


 と、恵美里。


「別腹別腹。恵美里は細かいこと気にしすぎ」


 と静。


「そうかな?」


「そうだよ」


「そうだそうだ!」


 静の言葉に沙帆里が便乗する。


「まあいいか。俺ぁビール頼んで寝るから明日の朝出発な」


「明日はコインランドリー見つけてほしいなあ」


 とは、静。


「着替えがかさばってる。日付を考えない旅行ってのも問題ね」


「了解、スマホで検索しておくよ」


 その日は、スーパー銭湯内の料理屋で食事を腹いっぱい食べた。

 賑やかではないが、穏やかな時間が流れていた。



+++



 朝、車が出発する。


「体重落ちてた」


 後部座席の静が唐突に言った。


「痩せすぎもどうかと思うな。俺はもっと肉付きがいいほうが好みだ」


「あんたの好みなんて聞いてないわよピピン」


 静は渋い顔になる。


「クリスが縦横無尽に動くからだわ。カロリー消費してんのね」


「それにしても、車と当面の活動資金はどうしたんだ?」


 それが、貴一の気になる点だった。

 流石に哲也の貯金ではここまで賄えないだろう。


「ドットに憑依されていた人がいただろう? 彼が協力してくれた」


「なるほど。被害者だもんな。それを思うと、ギルドのお姉さんはいつから俺達を監視してたんだろう」


「俺達が夜歩きしてると知ってて危険な事態が起きてるって情報を横流ししてたんだろうな。まったくやり口が恐ろしい」


 ピピンは呆れたように言う。


「美鈴さんも憑依者ってのが未だにピンと来ないのよね……」


 と、静。


「脳天気なお姉さんってイメージだったから」


「何気に酷いこと言ってるぞお前」


 と、貴一。


「実際そうだから仕方ないでしょ?」


「まあまあ夫婦喧嘩はそれぐらいにしておいてだな……」


「誰が夫婦だ」


「誰が夫婦よ」


「私、認めないからね」


 沙帆里が苛立たしげに言う。

 恵美里は、複雑そうな表情で苦笑するだけだった。

 その瞳が、大きく見開かれた。


「海……?」


 閑静な住宅街を抜けた先に、湖面があった。


「湖だな。カーナビによると、琵琶湖だ」


「広いなあ」


 沙帆里が感心したように言う。


「なにか、感じる……」


 恵美里が、呟くように言う。


「ちょっとよってくか?」


 ピピンの言葉に、皆同意した。

 琵琶湖の傍に車を停め、五人で降りる。

 広い湖面と、草原が五人を出迎えた。

 春の良い風が吹いていた。


「なにか、感じない?」


 恵美里が、不安げに言う。


「なにも」


 ピピンはそう言ったが、言葉を続ける。


「けど、その感じ方は大事なものだ」


「探索してもいいけど、京都への到着が遅れるわね」


 静が思案するように言う。


「全ては、ザザばあと会ってからにするか」


 そう、ピピンは結論づけた。


「それにしても色気ないな。琵琶湖饅頭とか売ってるもんかと思ったが、閑静な住宅街だ」


「ここで暮らしている人は、毎日琵琶湖を見て過ごすんだねえ……」


 静が、しみじみとした口調で言う。


「他の地域に住んでいる人の生活は、不思議に見えるものな」


 貴一は、実感を込めてそう言っていた。

 この地に暮らす人にとって、この湖面を見ることは当たり前のことなのだ。けれども、貴一達にとってそれはとても珍しいものだ。

 この狭い日本でも、ほんの少し住む場所が違うだけで視界に映る景色は大きく変わってくる。


「面白いな、旅行って」


「そうさな」


 ピピンは苦笑して、頷いた。

次回『シルカ参戦』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ