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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
異世界の英雄に憑依された件
21/79

別れ

 貴一は自宅の玄関で落ち着かない気持ちでいた。

 身につけているのは恵美里とのデートのために揃えたお洒落な品々。

 時計を見て、息を吐く。

 あと十分だ。


「お兄ちゃん、中で待ってれば?」


 貴子の、呆れたような声がする。


「いいんだ。ここで待つ」


 貴一は気にせず時計に目を向ける。あと、九分。


「かーわいい」


 貴子はからかうように言って、ダイニングに戻っていった。

 貴一は頬が熱くなるのを感じた。

 そして、これから起こることを現実味がないように感じ始めたのだった。


(お前といて初めて良かったと思うことができたよ)


 心の中のヴィーニアスに話しかける。

 返事はなかった。


 あと、六分。

 玄関の扉が開いた。

 着飾った静が、気まずそうな表情でそっぽを向いて立っていた。


「行こうか」


「ああ、うん」


「いってらっしゃーい」


 貴子の上機嫌な声に背を押されて、二人は町を歩き始める。


「映画なんかいいのやってたっけ」


 静が言う。


「洋画で目新しいのが一本あるぞ」


「そんじゃ、それでいっか」


 沈黙が漂う。

 静の手を握れたら、どんなに良いだろう。そんなことを、思う。

 静は無防備に手を降っている。白く柔らかそうな手だ。

 その手が、急に動き、貴一の手を取った。

 静が渋い顔になる。


「クリスよ」


「ああ、なるほど……」


 クリスが自分の意志で静の体を動かしたということか。

 静は手を振りほどこうとしたが、貴一は逃さなかった。

 静の手は、思った通り柔らかかった。


「手、繋いでいかないか?」


 静は、ますます渋い顔になる。頬は朱色に染まり、貴一とは違った方向に向けられた視線も落ち着かなそうだ。


「……いいわよ」


 貴一は飛び跳ねたいような気分になった。

 デートとは良いものだな、と思う。


「けど、今日限りなんだからね」


 静は、念を押すように言った。


「ヴィーニアスに借りなんて作りたくないから、お義理で付き合ってるだけなんだから。勘違いしないでよね」


「わかってるよ」


 貴一は苦笑して、歩き始めた。

 再度、沈黙。

 二人のデートは前途多難だった。

 ただ、繋がれた手は温かかった。



+++



「パンフレット買わなくって良かったー」


 映画を見終わった後、バーガーショップで静が言う。


「まあ、あんまり面白い映画ではなかったな」


「一人の女が二人の男と肉体関係になる。不誠実だわ。挙句に一人が死んで残った二人が結ばれるなんてご都合主義ったらないわね」


 静の声には棘がある。


「まあ」


 そう言った静の声のトーンはやや嫌味っぽくなっていた。


「これが男女逆転したらハーレム物として盛り上がるのかしら?」


「ヒロインとしか一線は越えないでしょ、ハーレム物は」


「ハーレム築いた王様だった癖によく言うわね」


 そう言って、静はジュースのストローに口をつける。


「ヴィーニアスってそうなの?」


「妃が二人いたわ」


「けど、多分、好きだったのはクリス一人だ」


「……セレーヌに失礼だわ」


 ポテトの先端で静は貴一を指す。


「そうだったな」


 貴一は居住まいを正す。


(ヴィーニアスー、お前のせいでなんか責められてるんだけど……)


 返事はない。ヴィーニアスは気楽なものだ。


「お、井上と佐藤さんじゃん」


「デート?」


 クラスメイトの男子数人が目聡く見つけてきた。


「違うわ。ちょっとした付き合い」


 静が、淡々と返事する。


「へー。そっかー。やるな、貴一」


 そう言って、楽しげに男子達は去っていった。


「やり辛いわね、地元は。すぐに見つかる」


「明日から学校でしばらくからかわれるだろうなあ」


 貴一はそれを思うと、苦笑するしかない。


「忘れた? 明日はないのよ」


 静が、再びポテトの先端で貴一を指す。口にも、ポテトを齧っていた。


「そうだったな……」


 今日、貴一達は旅立つ。この世界の精霊の力を求めて。

 魔物の封印に必要な精霊の加護。異世界で受けたそれは、この世界では力が足りないのだそうだ。


「私の能力を使ってネットワークを作り、努力しましたが、京都に占い師のザザ様がおられるという情報しか掴めませんでした」


 ギルドの受付嬢はそう言った。

 だから、貴一達は京都へ向かうことになっている。

 今頃ピピンとセレーヌが車の運転の練習をしている頃だ。

 偽装免許も作るらしい。

 まったく、コネとは恐ろしいものだ。


「とっととヴィーニアスを起こしなさいよ。戦力になるのは間違いないんだからさ」


 そう、蓮っ葉に静は言う。


「昔、さ。クラスで鳥を飼ってたよな」


「ん? うん、小学生の頃だね」


「死んだ時、皆悲しんだ。女子達は、皆泣いてた」


「そうだったかなあ」


 静はうろ覚えのようだ。貴一にとっては印象的な出来事だったから、忘れようがない。


「その中で一人だけ、鳥に、頑張ったね、お疲れ様って言って、墓を率先して作った奴がいた」


 静は黙り込む。照れ臭げに、ポテトを鷲掴みにして口に入れる。


「それから、なんとなく、その子のことがいいなって思うようになったんだ」


 静は独特の生死感を持っている。達観しているとも言える。そこから感じられる芯の強さが、貴一が静に惹かれたきっかけだった。


「次はなにをしようかしら」


 話をはぐらかすように、静は言う。


「バッティングセンターでも行くか」


「貴方って本当野球バカね」


 静は、微笑んだ。最近見せたことがないような、優しい笑みだった。



+++



 夕方頃、秀太に呼び出された。静もつれて、山の公園へ行く。


「俺は、残るよ」


 秀太は、そう言った。


「残念だ。戦力ダウンだな」


 貴一は、そう言うしかない。

 しかし、秀太は五人と違って必須メンバーではない。誰が地元に居着くことを止められようか。


「今の時代は危険だ。俺は、この町に残って皆を守ろうと思う」


「ああ。頼んだぞ、秀太」


 貴一と秀太は、手と手を握りあった。


「そこで、最後に手合わせといきたい」


「手合わせ?」


「俺がこの地の戦いで得た経験を、お前にぶつけたいんだ。佐藤さんがいて丁度良かった」


「わかった。ダウンロード」


「ダウンロード」


 風が吹いた。

 貴一の両手には双剣が。秀太の手にはロングソードが握られている。


 二人は正面切ってぶつかりあった。

 剣が幾重にも応酬される。しかし、相手の肌を傷つけるには至らない。

 秀太が、少し距離をおいた。


「豪覇斬!」


「双破斬!」


 地面に向けての豪覇斬。舞い上がった土を、双破斬が斬っていく。秀太は素早く回避して、貴一の側面に回った。

 双剣が、その一撃を受け止める。

 いや、受け止めたかと思った。

 双剣は、バターのように切れてしまった。


 貴一は辛うじて避けて、渾身の一撃を叩き込んだ秀太の首筋に剣を突きつける。

 しかし、秀太の剣も貴一の腰を斬ろうとしたところで寸止されていた。


「引き分け、だね」


 静が、淡々とした口調で告げる。

 二人は脱力して、剣を消すとその場に倒れ込んだ。


「しんどいわー」


 貴一は溜息混じりに言う。


「お前とはもうやらん」


「いや、やろうぜ」


 秀太は乗り気だ。


「だから、帰ってこいよ」


「ああ、わかった」


 これが言いたかったのか。

 貴一は苦笑して、秀太に片手を伸ばした。秀太は、その片手に自らの片手をぶつけた。

 そして、二人は何がおかしいのかわからぬままに、その場で笑い始めた。


「男の子の世界ねえ。わかる? クリス」


 静が呟く。自身の中にいるクリスに話しかけているのだろう。


「うん、私もわかんないわ」


 静は、淡々と言った。



+++



 旅行の準備は整っている。着替えで少し荷物がかさばったが、やむないことだろう。

 ハシゴを使って、窓から家を出る。住民達が寝静まる夜に、月夜が輝いている。

 家の前には、車が止まっていた。ピピンが運転席に、セレーヌが助手席にいる。


「まずは陰陽連とやらとコンタクトを取ることからだな」


 ピピンが淡々とした口調で言う。その瞳は、前だけを見ている。

 後ろの座席のドアが開く。静と恵美里が座っていた。

 恵美里が、恐る恐る手を伸ばす。

 その手を、しっかりと握って車に乗った。


「お兄ちゃん。何処へ行くの?」


 その一言で、体が硬直した。

 振り向くと、貴子が玄関の外にまで出ていた。


「お前こそ、こんな時間に何をやってる?」


「最近、おかしいと思ってたからだよ。夜に何度も、出かけてたよね? その荷物は、なに?」


 貴一は、返事ができない。

 貴子の表情が、不安に歪む。


「嫌だよ、私。お父さんまでいなくなっちゃって、お母さんは大怪我して、お兄ちゃんはいなくなっちゃうなんて! 嫌だよ!」


 貴一は車を降りると、貴子の唇に指を当てた。


「しーっ」


「お兄ちゃん!」


 貴子の体を抱きしめる。


「俺は必ず帰ってくる。誓うよ。けど、今は行かなくちゃいけない。世界の危機なんだ」


「世界の、危機……? それがお兄ちゃんとどう関係あるって言うの?」


「これも運命。避けられない戦いなんだ。けど、どこでも貴子と母さんのことを思うと誓うよ」


「嫌だよ。私は、嫌だよ!」


「貴子」


 小指を貴子に差し出す。そして、相手の小指を無理やり絡め取った。


「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます。指切った」


 絡み合っていた小指は、離れた。


「じゃあな」


 そう言って、貴一は車に乗った。

 ドアを閉める。


「発進させてくれ」


 しばらく、貴子が走って追いかけてくるのがバックミラー越しに見えた。それも、次第に見えなくなった。


「必ず帰ろう。この地に」


「うん」


 静が、頷く。

 車は法定速度を守りながら、一路京都へと向かった。

 この町の風景を窓から眺める。

 けして取りこぼすまいとするかのように。

 生まれ育った町との別れ。それは新たなる旅の始まりだった。

次回、第二章

の前に簡易的なキャラ紹介を載せようと思います。

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