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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
異世界の英雄に憑依された件
20/79

死線

 学校のグラウンドの中央で、秀太と男は向かい合った。

 お互い、相手の様子を伺っている。


「ヴィーニアスでは、ないな」


 それが、この場に移ってから男が発した最初の言葉だった。


「この身はお前一人が足掻こうとどうにかなるものではないぞ」


 男の宣告が、秀太の肩に重く伸し掛かる。

 ロングソードの一撃が効かなかった。それどころか、こちらの刃がヒビ割れた。

 鋼鉄のような肉体のこの男に、なにができる?


 スマートフォンが着信音を鳴らしている。


「ちょっと待ってくれるか」


「仲間を呼ぶ気か?」


 男が、眉間にしわを寄せる。


「いや、音が鬱陶しい。電源を切る」


 秀太は宣言通り、スマートフォンの電源を切ってポケットにしまった。

 そして、ロングソードを両手で構える。


「一対一。それでも俺は、お前に勝つよ」


 秀太は告げていた。

 確かに、腕は硬かった。けれども、全身が硬化しているという保証はない。

 どこかに弱い部分があるはずだ。

 そう、秀太は静かに分析していた。


 男が高笑いを上げた。月夜に、男の声が反響していく。


「面白い。いいだろう。一対一とやらをやってやろうじゃないか。精々絶望しながら、死ね!」


 男が駆けてきた。それほどのスピードではない。貴一や恵美里の方がよほど速い。

 秀太はすれ違いざまに男の胴を打った。

 また、金属音。

 刃毀れしたのは、秀太の剣だ。


 男は腕を伸ばして近づいてくる。

 硬化した体はそれそのものが凶器だ。捕まった瞬間やられる。それを、秀太は察知している。

 男の腕が、秀太のロングソードの刃を掴んで、折った。

 秀太は柄から手を放し、新たなロングソードを呼び出す。


(腕力も並大抵ではないな……)


(相手が悪いぜ、秀太)


 剣豪の声がする。


(この相手、竜種だ。鱗は刃を通さず、腕力は人知を超える。これは撤退が無難だとおもうがね)


(学生名簿を抑えられたら厄介だ。関係ない生徒にも危害が及ぶ)


 男の猛攻を掻い潜りながら秀太は心の中で情報を得る。

 男が息を吸って、炎を吐いた。

 秀太は側面に回り、剣をその男の頭に思い切り叩きつけた。

 金属音が響き渡った。


「確かに、腕ではお前のほうが上だ。だが悲しいかな、生まれついての差がある。お前ら人間は、僕に搾取される為に生まれた存在だということだよ」


「違う! 人間の可能性は、そんなもんじゃない」


 秀太は意識を集中させる。相手を斬るビジョンを脳裏に浮かび上がらせる。

 それは、妄想だ。

 しかし、妄想を現実に変える力があると、秀太は貴一達の戦いから知っている。


「豪覇斬!」


 秀太は叫んで、地面に向かって豪覇斬を撃った。

 土がはね飛んで視界を遮る。

 その時、秀太は至ったという感覚を得た。

 無の境地。完全に集中した状態。剣が光を帯びる。秀太の一撃は、男の頭部を掠めて確かなダメージを与えた。

 やった。その思いが、雑念を産んだ。


 次の瞬間、男は回転した。

 いつの間にかついていた男の尻尾に弾き飛ばされ、秀太は地面をバウンドしながら転がっていく。


 足に電流が走るような痛みがある。折れている。

 これでは、戦闘続行は不可能だ。


「奥の手は隠しておくものってな。お前はよくやったよ。僕に一撃を当てた」


 頭から流れてくる血を抑えながら男は言う。

 その目が、鋭く細められた。


「誇って、死ね」


 男が息を大きく吸う。その時だった。秀太は空に、流星を見た。いや、流星ではない。流星というのはそれはあまりにも近すぎた。

 炎を纏い、大剣をサーフボードのように扱って飛んでくる恵美里の姿が見えた。

 八方手詰まりか。

 秀太は、目を閉じた。

 炎が吐かれ、まぶた越しにも明るい光を見せる。


 しかし、死はやってはこなかった。

 目を開くと、恵美里が秀太の前に立って、炎の防壁を展開していた。

 恵美里の炎は徐々に相手の炎を押していく。そして、最後には押し切った。

 両者の炎が消える。周囲は再び闇に包まれた。


「本格的に善の道に戻ったようだな、恵美里」


 男が渋い顔で言う。


「そんなんじゃない。私は、まだ迷っている……」


 恵美里は大剣を構える。


「友達の友達なら、助けるのは当然のことだと思っただけ」


「そうかい!」


 男が駆け出した。

 大剣がその腕を弾く。

 秀太は、痛みのあまりに呻く。恵美里と男の勝負が始まろうとしていた。



+++



 男と恵美里の戦いは速度での戦いだった。

 男の腕が恵美里を掴むか、恵美里の攻撃が男にあたるか。

 そして、こと技術と速度においてはヴァイスの魂を憑依させている恵美里に軍配が上がる。

 男は恵美里を掴めずに、苛立ってきたようだった。


 息を吸いこみ、炎を吐き出す。

 それは、恵美里の炎にかき消された。

 硬直状態。それが、今の状況を表すに相応しい言葉だった。


 永遠に続くかと思われた持久戦。

 恵美里が、呼吸を乱し始めた。


「ふん。所詮はフル・シンクロも出来ぬ半端者よ。このまま持久戦になれば、必ず僕に軍配があがる」


「そうかしら」


 恵美里は、淡々とした口調で言う。


「来たみたいよ」


 恵美里の一言に、男は戸惑うような表情になった。

 その時、男の周囲に雪のような白い結晶が漂い始めた。


「咲き誇れ! 氷華!」


 まだ幼さの残る声がする。

 結晶は巨大化し、氷の塊となり、男の体を完全に埋め尽くした。


 貴一達が、その場に現れていた。

 貴一、ピピン、クリス、セレーヌ。

 ここに、五人の選ばれし戦士が揃い立った。


「風の結界を張った。一般人はこのグラウンドに侵入できない」


 ピピンがセレーヌを抱き上げながら淡々とした口調で言う。


「とどめを刺せたと思う?」


 恵美里は問う。

 セレーヌは、無言で首を横に振った。


 氷漬けの男が震える。

 その体が、徐々に巨大化していった。肌は赤い鱗に覆われて、体は人間の数倍の大きさになり、長い首が氷を突き破り、角が二本生えた鋭い牙を持つ顔が六人を見下ろしていた。


「面白いぞ、人間」


 大気が震えるような声だった。


「ここで人類の希望を根絶やしにしてやろうではないか」


「恵美里、フル・シンクロは?」


 ピピンが問う。


「できない!」


 恵美里はやけっぱちになって答える。


「となるとジリ貧だな。やるか?」


「生徒名簿が相手の手に渡れば、関係のない子供に被害が及ぶ」


 そう、クリスは毅然とした表情で言っていた。


「ここで、止める」


「そうかい」


 ピピンは微笑む。


「それじゃあ、パターンAで行くぞ!」


「了解!」


「あいさ!」


 セレーヌとクリスは勇ましく返事をした。


「体魔術百パーセント……!」


 そう呟いたクリスの体が淡く光り始める。

 それと同時に、ドラゴンを囲むように巨大な氷の柱が何本もそそり立った。

 クリスは氷の柱を蹴り、空を駆ける。


 目にも留まらぬ速さだ。ドラゴンはクリスの動きについていけていない。

 クリスは四方八方からドラゴンに素手で攻撃を当てた。


「痛い! 何故だ! この鱗が!」


「貫通技だよ。この世界では発剄って言うのかな」


 クリスは飄々と言って、打撃を積み重ねる。

 ドラゴンは唸り声を上げて、四方八方に炎を吐いた。

 氷の柱が溶けていく。しかし、次の瞬間には元の太さに戻っていた。


 秀太の保護に行っていた貴一が、声を上げた。


「クリス! 秀太が傷を負わせている! 頭部に、むき出しの肉があるはずだ!」


 クリスが目を輝かせた。

 その目が、ドラゴンの頭部を素早くチェックする。


「チェックメイト!」


 ドラゴンの頭の上に立って、クリスは槍を振り上げた。

 その瞬間、ドラゴンの姿は消えていた。

 ドラゴンは男の姿に戻り、クリスは空中から落下する。

 ピピンが矢を放って、クリスの服に引っ掛け、落下位置をずらす。

 しかし、数秒遅かった。


 クリスの足は、男に掴まれていた。


「素早い足もこうなっては役を果たしまい」


「ぐ……」


「よくもいたぶってくれたなあ!」


 男がクリスを振り回して、何度も地面に叩きつける。

 クリスはそのたび鈍いうめき声を上げた。

 ドラゴンの腕力は人間の比ではない。クリスの開放は、ほぼ不可能だった。



+++



 貴一は掴まれたクリスを見て焦っていた。

 このままでは、クリスも、静も、危ない。

 息も絶え絶えの秀太が、貴一の手を取った。


「斬れる……俺達なら、斬れる……」


 そう言って、秀太は意識を喪った。

 立ち尽くす。

 あの圧倒的な暴力の塊にどう対処すればいいのだろう。

 心を埋め尽くすのは二人を助けたいという思い。


(危ないんだ)


 心の中に、呟く。


(死んじゃうかもしれないんだ)


 呟き続ける。


(ここで起きなければ、いつ起きるんだよ!)


 男が、そのうち腕を上げた。


「人間の肉を食うのは久々だ……癖になると困るな」


(唱えろ!)


 心の中で、声がした。


(フル・シンクロ、と!)


 言われるがままに唱える。

 時はここに至ったという実感があった。


「行くぞ、ヴィニー。フル・シンクロ!」


 その瞬間、世界が変わった。

 肉体の操作を手放し、貴一の意識は精神世界へと引っ込んだ。

 表に出たヴィーニアスは一瞬で男との間の距離を詰める。

 そして、光り輝く双剣でその体を四回斬った。

 傷はない。しかし、黒い靄が男の体から滲み出ていく。


「馬鹿な……これは浄化の光……ヴィーニアスは眠っていたのではなかったのか?」


 男は呻き、呟き、地面に倒れ伏した。

 落下してきたクリスを、ヴィーニアスは抱き上げる。


「酷い有様だ」


 クリスはしばらくヴィーニアスを信じられないように眺めていたが、そのうちその体に抱きついて泣き始めた。


「あんたがいなかったからだ」


「すまない。傍にいてやれなくて」


 しばし二人は、そうやって抱き合っていた。


「すまない。もう少し、眠い……再び、眠りに落ちるだろう」


「また、会えるよね」


 クリスが、珍しく切なげに言う。


「ああ、約束だ」


 そして、ヴィーニアスは再度眠りに落ちた。

 貴一は、クリスを地面にゆっくりと下ろす。

 その体を、光が包んでいた。治癒の光だ。


 ピピンとセレーヌも遅れてやってくる。


「ヴィーニアスは目覚めたのか?」


「また、眠ってしまった」


「そうか……」


「恵美里、ありがとう。こっちへおいで。皆でお疲れ様パーティーでもやろうぜ」


 貴一の言葉に、恵美里は小さく震えた。

 しばし、沈黙が漂った。

 恵美里は苦笑して、貴一の傍に歩いて行った。


「あとは俺と恵美里のフル・シンクロを完全にして、魔物の居場所を見つけるだけだな」


「そうはいかないんだな」


 聞き慣れた声がした。


「異世界からの精霊の力は弱まっている。貴方達はこの世界の精霊達とも契約を結ばねばならない」


 その場に、新たな登場人物が現れた。

 その予想外の人物に、貴一達は目を丸くする。


「美鈴……さん?」


「はい、美鈴お姉さんです」


 そう言って、美鈴は何事もなかったかのように微笑む。


「けど、今はこう言ったほうが良いでしょう」


 そう言うと、彼女は姿を変えた。

 現れたのは夢で何度か見た顔。

 ピピンが素っ頓狂な声を上げる。


「ギルドのお姉さん?」


「貴方達の次の目的地について。移動手段について。全てバックアップは任せておいてください。それが、私の仕事ですから」


 そう言って、彼女は穏やかに微笑んだ。

次回『別れ』

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