秀太の挑戦
(もう少し素直になりなよ)
心の中で、クリスが呆れたように言う。
静は、自室のベッドでスマートフォンをいじっている最中だった。
(私はいつだって素直ですー)
(頑固だなあ、ホント)
(生まれ持った性格は中々変わらないわよ)
(そうだね。それは確かに……)
クリスは、しばし黙り込んだが言葉を続ける。
(けど、それじゃあ横からかっさらわれても文句は言えないよ?)
静が黙り込む番だった。
自分は貴一をどう思っているだろう。
貴一と話す時、嬉しいと思っている自分がいないだろうか。
そこで、静は自分の思考に蓋をする。
それは探ってはいけないことのような気がした。
(綺麗な子だよね。恵美里さん)
(いつでも制服の変人だよ)
クリスの率直な言葉に、静は苦笑した。
しかし、恵美里の外見は綺麗だ。人形のように。
貴一は彼女と親しくなって、心境の変化が訪れるのではないだろうか。
それを思うと、叫び出したいような気分になる静だった。
噂をすればなんとやら。スマートフォンの画面に貴一の名前が表示された。電話の着信だ。
通話ボタンを押して、耳に当てる。
「もしもし、貴一?」
いきなりだったので、思わず声が上ずった。
「静。学校から敵の反応が出てる。処理する必要があると思うんだが」
すぐに、静は仕事モードに自分のスイッチを切り替える。
「最後の一人、か……」
そして、あることを思い出して冷や汗をかいた。
「秀太君がまだ学校にいるかも」
貴一が絶句した。
「山上兄妹は俺が呼ぶ。高校に集合だ」
「わかった。けど、今回の戦闘はあくまでも様子見。撤退の準備はしておいて」
そう言って、通話を切った。
(思春期の女の子らしい日常ではないわねえ)
クリスがのんびりとした口調で言う。
(貴女の呑気さには呆れるわ)
静は、吐き捨てるように言った。
+++
時間は少し遡る。
秀太は、闇夜に包まれた学校の道場で正座をしていた。
心は波がないように静かだ。
(無の境地というものが漫画なんかでは持て囃されているが、そんなものはあるのだろうか?)
心の中の剣豪に問う。
(無の境地って単になにも考えてない状態だと思うが。ぼんやりとしていたらあっという間に一日が過ぎる。そういう状態のことだろう?)
(そういうものか。夢がないな)
(捻って考えてみるとすれば、集中状態でも時間は飛ぶように過ぎる。それのことではないかな。けしてそれは無ではない。経験から体が自然に動くように頭は集中状態を維持している。それは対極でありながらもなにも考えていない状態と似通った状態となる)
(つまり、極限の集中状態が無の境地だと)
(有り体に言えばそうなるな。この世の単語には疎いが)
(ふむ……)
秀太は考え込む。
確かに、命がけの戦いの時は、動きに集中するあまり発言も少なくなる。
命がけの戦闘を二度。秀太は、着実に成長していた。
今日の剣道部の練習試合、秀太は無敵だった。相手に少しもかすらせずに全勝だった。
感心して出てきた顧問にまで勝った。
「鬼気迫るとはこのことだ」
呆れたように言った顧問だった。
そして、皆が帰っても秀太は残っている。
胸にあるのは、打倒ヴィーニアス。
いつまでも二番手であるつもりは秀太にはない。
双破光帝陣の威力を見ると、その気持が少し揺るぐが。
(なに、必殺技なんて出させなければいいだけのことだ)
心の中の剣豪が言う。
(気安く言ってくれるもんだ)
(けど、負ける気はないのだろう?)
(……まあな)
秀太は溜息を吐いて立ち上がる。
無の境地。極限まで集中した状態。それを維持できれば、もっと貴一と戦える気がする。
問答の成果はあったといったところだろうか。
秀太の中に住む剣豪は、剣に一途に生きただっけはあって、細かな動きや疑問に対する解を与えてくれる。
少しづつ強くなっている。その実感が、秀太の生きる糧になる。
道場の鍵を締めて、職員室に向かう。
(しかしだ。封印が終わったらお前ら憑依霊はどうなるんだ?)
(いなくなるんじゃないかね)
淡々とした返事に、秀太は黙り込んだ。
(俺達は混乱を生む。そのままってことはないだろうよ。そういう計算にはなってないはずだ。こっちの世界の精霊達も迷惑がるだろう)
今の一言に、秀太は戸惑った。
(こちらの世界にも精霊がいるのか?)
(ああ。そりゃいるだろうよ。光のヴィーニアス、土のクリスティーナ、氷のセレーヌ、風のピピン、火のヴァイス。全て精霊から力を得た。光、土、水、風、火、闇、それぞれの精霊がこの世界にもいるはずだ)
(なら、この世界にも精霊の加護を受けた人間が存在しているということか?)
(それはわからないな。精霊は基本生物を選り好みしない。生物全体が絶滅の危機に襲われでもしない限りは)
秀太は考え込む。
精霊の力を得て自らの力を強化するという手はあるのだろうか。
強くなることに対して、秀太は貪欲だった。
そして、秀太は前を歩いている人物の背中に気がついて、警戒態勢に移った。
「貴方、誰ですか?」
男は、スーツ姿だった。
夜の学校に似つかわしくないスーツの男。
その存在に、秀太は警戒心を抱いた。
男は振り返る。
「いや、僕はこの学校の関係者だ」
「そうですか……」
「君はなんでこんな時間に?」
「道場を借りていたんです。宿直の先生に言って、鍵を開けて貰って出るようにと……」
そこまで言って、秀太はまた気がつく。
「貴方、一人で歩いているけれど鍵はどうしたんですか?」
男は黙り込む。
その沈黙が、答えのように見えた。
(無駄だぜ、秀太)
心の中の剣豪が言う。
(そいつ、魔物の匂いがぷんぷんする)
秀太は、その一言で集中状態に入った。
竹刀を捨て、ロングソードを手に呼び出す。柄を握りしめて構える。
「ダウンロード!」
「憑依者か……こんなところにまでいるとはな」
男は、無感情な表情でそう言った。
貴一もいない。他の仲間達もいない。
相手の力もわからない。
これは、秀太の挑戦だった。
逃げることもできる。
けれども、学校を守りたいという思いが、ヴィーニアスに迫りたいという思いが、秀太の背を押していた。
男は両手を伸ばして、呟いた。
「ダウンロード」
その爪が、長く伸びた。
秀太は地面を蹴って、男に斬りかかる。
男は爪を前に出してそれを防ごうとする。
(動きは単調!)
秀太は男の爪を回避し、その腕を斬りつけた。
鉄と鉄がぶつかりあうような、澄んだ金属音がした。
ロングソードがひび割れている。
男の肌は、傷一つついていなかった。
「な……」
あまりの驚きに、頭が真っ白になった。
そこを、蹴られた。
体が吹き飛ぶ。
受け身をとって、立ち上がった。腹を抑えて、胃液を吐く。
(そんなことをしている暇はないぞ!)
剣豪が叫ぶ。
男は、斬られた自分のスーツを見ていた。
「まったく。一張羅が台無しだ。どうしてくれる? 高いんだぞ?」
(集中状態を解くな! 死ぬぞ!)
痛みを頭から追い出して、再度集中状態に入る。
(そうだ、それでいい。さっきは集中を乱したからやられた。回避できる範疇の攻撃だ)
(一撃が重い……これが、魔物か)
(ああ。しかし、俺は魔物の情報には疎くてな。力にはなれん。すまんな)
(勝手を言ってくれる)
秀太は、両手で剣を握りしめる。
(ヴィーニアスが超えた壁だ。俺も、超えてみせる!)
秀太は再び駆け出した。
男は大きく息を吸い込む。
(炎がくるぞ! 窓の外に逃げろ!)
集中状態にあった秀太の体は、一瞬で窓ガラスを突き破って外へと飛んだ。
学校内部が炎に煌々と照らされる。
「こっちだ、来い! 俺を逃したら仲間が来るぞ!」
そうと叫んで、秀太は校庭へと駆ける。
あの炎で、これ以上学校を傷つけたくなかった。
秀太は、学校が好きだった。
次回、来週更新