未知なる強敵
「一段落ついたって感じだなー」
哲也が伸びをしながら言う。繁華街は夕焼けに照らされていた。
「そうね。最後の一人は貴一がたらしこんでくれるから」
静がそっぽを向きながら言う。
「そんなんじゃないって。友達だよ、友達」
貴一は慌てて言い訳する。
「そうね。私っていうフィアンセがいるんだから」
「いつの間に沙帆里と俺の間で婚約成立したんだ」
「前世から」
沙帆里は夢でも見ているかのような表情だ。
「憑依霊だ。前世じゃない」
げんなりしながら貴一は訂正する。
「つれないなあ」
つまらなそうに沙帆里は手を後頭部で組む。
「まあ、女の子には不足しなくて楽しそうじゃない? 良かったわね」
静は呆れた様子だ。
「モテ期だな」
哲也が面白がるように言う。
「モテ期?」
「ああ、人生に三度やってくるっていうモテにモテまくる時期。モテ期だ」
「もっと平穏な時期にやってきてほしかったなあ……それに高校時代の恋愛なんて大人になるまで続くものか?」
「続くわよ」
沙帆里が身を乗り出して言う。
「私は継続してみせる。一生貴方を愛するわ」
「はいはい」
「もー。適当にあしらう。私がオバさんになったら貴方はオジさんなんだからね」
「古い曲知ってるなあ……」
「最後の敵について調べるべきだと思う」
静が淡々とした口調で提案する。
「敵の情報を知っておくにこしたことはない。クリスもそう言っているわ」
「それがなあ……」
貴一は、言葉を濁す。
「どうにも、聞き辛い」
「なんでよ?」
静は不満げな表情になる。
「ここで情報を問い詰めたら、それ目的でつるんでるんじゃないかって、友情を疑われそうな気がするんだ。恵美里はまだ人間を信じきれていない。長い目で見れば、ここでの余計なアクションはマイナスに働く」
沈黙が漂った。
「まあ、フル・シンクロできる人間が三人いるんだ。大抵の敵なら倒せるだろう」
哲也が呑気な口調で言う。
「大抵から外れて痛い目を見るのはこっちよ。ヴィーニアスも眠ってる今、幹部クラスの敵が出てきたら危ういわ」
「幹部クラスの能動的な人材がいたら今頃各個撃破されてるよ」
「でも」
「おかしいぞ、静。ムキになってる」
哲也に指摘されて、静は気恥ずかしげに視線を逸した。
「そんなことないわよ」
「新人いびりはよくないなあ」
「そんなんじゃない! クリスと私の共同見解よ」
「ふーん」
「また指折られたい?」
「やめてくれよ。あと数年でこの指が金を生むんだぞ」
「ドラフト引っかかる気でいるの? 呑気ね」
「夢を見るのは自由だ」
哲也はそう言って、空を仰いだ。
「この戦いが終わるのはいつになるやらな」
「もうすぐ終わるさ。恵美里がわかってくれて、協力してくれるようになって、ヴィーニアスも目覚めて」
貴一は、楽観論だなと思いつつも言う。
そう思っていなければやっていられない。
「そう。もう終わるんだ。こんな変な毎日」
貴一は、繰り返し言う。
「ヴィーニアスを叩き起こしてから言うことね」
静が、呆れたように言った。
+++
「ある程度敵は絞りこめるな」
哲也が電車で足を組みながら言う。
四人は男女に分かれて向かい合わせの席に座っていた。
「そうね」
静も同意する。
「どうしてだ?」
二人の会話についていけなくて、貴一は焦りを感じる。
「情報は三つ。幹部のような能動的な人材なら俺達を既に抹殺しに動いている。巨大なだけの敵ならばクリスが大体撃破できる。強いだけの敵ならセレーヌが大体氷漬けにできる。となると?」
「敵は刃物を通さない肌をしている可能性が高く、なおかつ氷では足止めできない。そして、幹部のような使命感を持つ存在でもない」
哲也の考察を、静が引き継ぐ。
「それらの条件を満たすとすれば、竜種」
「ドラゴンか……」
貴一の呟きが、人気のない電車に染み渡っていく。
「正味厄介よ。ヴィーニアスが目覚めていればそうでもないんだけど」
「双破光帝陣じゃ対応できないのか?」
「できないな」
断言したのは、哲也だ。
「ヴィーニアスとヴァイスの二人だけが使えた、魔法剣というスキルが必要となる」
「魔法剣?」
「剣に魔力を注いで斬れ味を格段に上げるスキルだ。この世の理を捻じ曲げて無理やり断ち切る。世界への反逆とも言えるスキルだな」
「そんな大層な技があったのか……」
「多分、フル・シンクロなしには使えないと思う」
と言うのは静だ。
「妥当な推論ね」
沙帆里も同意する。
「魔力と剣技のバランス感覚が必要だから、玄人が必要となる。貴一は残念ながら剣士ではないからね」
「ふーむ……」
そこで、貴一は気がついた。ここにいない一人に。
「秀太ならどうだ? あいつは剣技に長けているぞ」
「魔力面は素人だもの。無理よ」
沙帆里は断言した。
「ゲーム風に言えばMPを消費して使うスキルってとこだな。そして秀太はMPを使うのが下手だ」
哲也が電車の椅子に背中を預けて言う。
「それにしても、お前らどうして秀太を置いてきたんだ? 仲間外れは酷いと思うがな」
貴一の質問に、哲也はすぐに答えた。
「デバガメしている時間があれば修行をしたいんだってよ」
「あいつらしいと言えばあいつらしいな」
「あいつは強くなるよ。現状を維持するのも中々に大変だ。その中で現状を超えようとする人間は強くなる」
哲也はそう言って、窓の外に視線を向けた。
「魔法剣、練習だけはしておくよ。必要になるなら、努力はしておいたほうがいい」
「ん、そうしてくれ。しばらく、夜の外出は避けよう。最後の敵ってのが気になる。分断している時にやられる愚はヴァイスの件で懲りたしな」
「……なんか変な感じだな。それが当たり前だったのに、なんか落ち着かない感じだ」
貴一の言葉に、哲也は苦笑する。
「そうだな。まあ、しばらく家でゆったりしよう」
+++
家に帰ると、予想外の顔が貴一を待っていた。
母である。
松葉杖を使って立って、貴子に料理を教えている。
「母さん、もういいのか?」
「うん。足はご覧の通りだけどね。貴子、お茶淹れてくれる?」
「はーい」
「座りなさいよ、貴一」
「うん」
母と貴一は、ダイニングで向かい合って座った。
「色々話してないわね、まだ」
「そうだね」
「野球部辞めたところからだっけ」
貴一は不味いものでも飲み込んだような気分になる。
その件に関して言い訳は思いついていない。
「ちょっとやりたいことができたんだ」
「今じゃなきゃいけないこと?」
母が冷たい目で貴一を見る。
「まあ、そうなる」
「お母さん途中で物事を投げ出すのは良い顔できないわ」
「投げ出さないよ。野球部には、必ず戻る」
「訳ありみたいね……」
母は、溜息を吐く。
「ねえ、貴一」
母は、遠くを見るような表情になった。
「ヴィーニアスって単語に、思い当たる節はある?」
貴一は、息を呑んだ。
母の中にも、異世界の人間が憑依しているのだ。
その記憶が、流れ込んできているのかもしれない。
「どこで、その単語を?」
母はしばらく黙り込んでいたが、そのうち、苦笑した。
「馬鹿らしい話ね。忘れて。野球をしないなら勉強なさい」
そう言って、母は貴子が淹れた茶を一口飲んだ。
話は終わったらしい。母の中のもう一つの魂が、貴一を必死にフォローしてくれているのかもしれない。
貴一は、逃げるようにその場を去った。
その時、貴一は悪寒を覚えた。
光の結界に反応がある。
闇のように黒い魔の反応。
その反応は、学校の方向からしているのだった。
+++
時間は少し遡る。
恵美里はスマートフォンをいじっていた。
ある人物に向かって、電話をかける。
数コールの後に、相手は電話に出た。
「どうだった? ヴィーニアスは倒せたか?」
「……悪いけど、私はこの件から手を引こうと思うの」
「光の道に惑わされたか」
「光……そうね。眩しいけれど、魅力的な光だった」
「所詮は善の者か……ドットの言う通りだったな」
沈黙が漂った。
「かくなる上は僕が出よう。高校に行けば生徒の名簿ぐらいはあるだろう」
恵美里は慌てた。
「貴方は憑依霊に引きずられるのは躊躇っていたじゃない。なんで?」
「今までが他力本願だっただけさ。ドットが破れ、君は日和った。残ったのは僕一人だ。僕がやるしかない。じゃあな」
「待って!」
通話は途切れた。
恵美里は、しばらく無言でスマートフォンを眺めていた。
貴一の日常が滅茶苦茶に壊れてしまう予感がしていた。
次回『秀太の挑戦』




