楽しい? デート
翌日、学校帰りに恵美里のスマートフォンに電話をかけてみることにした。
「週末の九時、この前の公園で」
それだけ言って、恵美里は電話を切った。
「どういうことだろう……」
ことの顛末を、周囲にいた仲間達に教える。
男性陣は華やいだ表情に、女性陣は考え込むような表情になった。
「デートだね」
と、秀太。
「デートだな」
と、哲也。
貴一は頬が熱くなるのを感じた。
「そんな大層なもんじゃないだろ」
哲也はそんな苦情は聞いていない様子だった。
「貴一ー、口説き落とせよお? 最後の一人なんだからなあ」
そう言って、哲也は肩を組んでくる。
貴一はそう言われると、とたんに肩に重荷が乗ってくるのを感じた。
「いいか、貴一。女は共感を良しとする生き物だ。お前の野球の話なんて聞きたがっちゃいねえ。そうだね。うん、わかるよ。俺もそう思う。この三フレーズを軸に会話を進めろ」
「私馬鹿にされてる? 今」
静が呆れたように言う。
「馬鹿! これは重要な会議なんだ。貴一は女慣れしちゃいねえ。俺達が教えてやらないといけないんだ」
「ファッションも気になるところだね」
秀太が言う。
「そうだ。貴一、貯金下ろせ。服を買うぞ。時計も今のダサい奴じゃなくて流行りの奴を買うんだ」
「お前、俺の時計ダサいと思ってたのか?」
貴一は、呆れ混じりに言うしかない。
結局哲也と静のコーディネイトに従って服と時計と靴を買った。
家に帰り、部屋の電気をつけ、机の前で溜息を吐く。
(変な話になってきたよ、ヴィーニアス……)
ベッドに寝転がった。
恵美里はなにを話してくれるのだろう。それが、気になった。
夢を見た。
しょっちゅう見る夢。
去って行くクリス。追いかけるヴィーニアス。
ヴィーニアスの手はついにクリスに届くことはない。
ヴィーニアスは眠っている。
繰り返し、繰り返し、悪夢を見ながら。
それを不憫に思ってしまうのは、事情を知らないからかもしれない。
そして、約束の当日がやってきた。
山奥の公園に行くと、相変わらず制服姿の恵美里が、笑みも浮かべずにそこには立っていた。
「よく一人で来たわね」
呆れたように恵美里は言う。
「友達を連れてこいとは言われなかったからな」
「私が貴方に襲いかかったら死ぬとは思わない?」
「切り抜ける程度の実力はあるつもりだ。それに、君は俺を襲わない」
「どうして?」
「遊んだほうが楽しいだろう?」
恵美里はしばし黙り込んで、値踏みするように貴一を見ていたが、そのうち溜息を吐いた。
「いいわ、行きましょう。と言っても私、友達と遊んだ時なんてないの。外界での遊び方を教えてくれるかしら」
まるで天上人のような言い草だ。
貴一は苦笑するしかない。
「いつも友達と遊んでる場所でいいならいいけどな」
「いいわよ」
繁華街に行くまで電車を使わなければならない。
その間、会話を繋げることが貴一の第一の難関だった。
「普段はなにしてるの?」
「ヴァイスの力を十全に使えるようにトレーニング」
「本格的そう」
とりあえず、持ち上げておくことにする。
「そうかもしれないわね。私、運動音痴なのよね」
「そうは見えなかったけどな……」
恵美里との戦いは常に即死すれすれの綱渡りだった。
「ヴァイスの経験で補ってる感じよ。私自身も力をつければもっとヴァイスの力を使えるようになる」
「十分苦戦したよ。三戦目は懲り懲りだ」
恵美里は優雅に微笑んだ。
「それならトレーニングしたかいがあったってものね。ねえ、どこに行くの?」
「繁華街。カラオケボックスもハンバーガー屋もバッティングセンターもある」
「へー。あいつの本拠地かぁ」
「あいつ?」
「こっちの話」
恵美里はとぼけている。まだ反ヴィーニアス派の仲間がいるのだろうか。
となると、繁華街に向かうという選択が危ういもののように思えてきた。
しかし、今更行き先を変えるというのも失礼だ。
貴一は、気にせず進むことにした。
「ねえ」
恵美里が口を開く。
「なんだ?」
「世界なんて滅んでしまえばいいのに、と思うことってない?」
貴一は絶句する。
哲也の言葉が脳裏に蘇る。
「そうだね。うん、わかるよ。俺もそう思う。この三フレーズを軸に会話を進めろ」
(どれ選んでも人類滅亡じゃん!)
あてにならない奴。貴一の中で哲也の評価が一段階落ちた。
「俺はそうは思わないよ」
「そうね。貴方は日向を歩く人だものね」
恵美里は寂しげに空を見る。
「世界が滅んだら、君と遊べなくなる」
恵美里の呼吸が、数秒止まった。
「馬鹿言ってんじゃないの」
恵美里は苦笑してそう言ったが、満更でもない様子だった。
初めて、彼女の仮面をつけていない表情を見たような気がした貴一だった。
+++
同刻。哲也と静と沙帆里は貴一達の後を追っていた。
哲也の動きに合わせて、気配を消しながら三人は進む。
「なに話してる? なに話してる?」
沙帆里が急かすように訊く。
「えーっと……」
哲也は耳を澄ます。
「世界なんて滅んでしまえばいいのに、と思うことってない? って言ってるな」
「恵美里が動きを止めた! なんて返事をしたの?」
沙帆里は身を乗り出して哲也の肩に掴みかかる。
「世界が滅んだら君と遊べなくなる。やるな、貴一」
哲也は感心してしまった。あの友人は、本格的にジゴロの才能があるかもしれない。
哲也の肩に、沙帆里の爪が食い込んだ。
「ちぃぃぃぃぃ……」
静は微笑んでいる。威圧感のある笑みだった。
「誰にでもいい顔するんだね、貴一って」
哲也は寒気を感じた。この二人が放っているのは殺気に近い。
「お前らちょっとは気配を消すことを考えろよ。殺気がだだ漏れだ」
「殺気なんて放つわけないじゃない」
静が我に返ったように、淡々とした口調で言う。
「面白くない。属性相性的にも勝てないし! あいつ! いつか見てろ!」
沙帆里はそう言って地面を蹴る。
荷物付きの隠密行動。これは思ったよりも難儀しそうだった。
+++
貴一と恵美里は映画館で映画を見た後、喫茶店で紅茶を飲んでいた。
「テレビでしか映画見たことなかったけど、映画館って凄いのねー。なんていうか臨場感が」
「ちょっとお高いけどな。ポップコーンおごったから許してくれ」
「食べてる音しなかったかしら」
「口の中で響くだけで外にはそんなに漏れてないよ」
「次はどこへ連れて行ってくれるの?」
恵美里は期待に満ちた目で言う。
貴一は、恵美里に愛らしさを感じると同時に、不憫に思った。
映画館なんて、貴一にとっては当たり前に行ったことがある場所だった。その当たり前が、恵美里には通用しない。
恵美里はきっと何色にでも染まるだろう。貴一が誘導するのならば。
それは、無垢だから。
「どうしたの? ぼーっとしちゃって」
そう言って、恵美里は人差し指で貴一の額を突く。
貴一は苦笑して、紅茶を飲んだ。
「いや、ちょっとな。次はなににしようか考えてただけだ。ゲーセンなんてどうかな」
「お金はあるわよ。行こうじゃない」
「行こうか」
二人は席を立つ。伝票を貴一は素早く取ると、レジで支払いをした。
「それぐらいのお金は出すわよ?」
「いいんだ。奢らせてくれ」
「そう」
恵美里は満更でもない様子だった。
ゲームセンターで恵美里が釘付けになったのは、UFOキャッチャーだった。
ファンシーキャラの人形が景品となっている。
「これ、学校の同級生が文房具で使ってた」
「欲しいのか?」
「可愛いなって思うだけ」
「そんじゃー任せな」
そう言って、五百円硬貨を筐体に入れる。
「取れるの?」
「UFOキャッチャーは十八番だ」
一度にキャッチすることは狙わず、アームを使って、少しずつ人形の位置をずらしていく。
五百円分のクレジットが終わる頃には、人形は見事に落ちた。
「凄い! 凄い凄い! 貴一凄いじゃん!」
「コツがわかればどってことないよ。はい、景品」
そう言って、恵美里に人形を手渡す。
貴一は、息を呑んだ。
人形に目を輝かせている恵美里が、あまりにも普通の女の子だったから。
(凶星、かぁ……)
その言葉の意味するところはわからない。ただ、親が悪かったせいで当たり前を知れなかった少女がそこにいるようにしか貴一には見えなかった。
恵美里の無垢さ一つ一つが、痛みとなって貴一を刺す。
「貴一、他には得意なゲームはないの?」
「そーだなー。バッティングは本職だけど」
「いいわね。ホームラン競争しましょうよ」
「運動音痴じゃなかったっけ」
「ヴァイスの記憶があるからなんとかなる!」
恵美里がどんどん乗り気になってきた。
その事実に、ただ貴一は喜んだ。
この少女の傍にもっといたいと思った。
楽しいことを、もっと体験させてあげたいと思った。
そして、屋上のバッティングセンターで隣り合ったケージに入る。
貴一は金属バットで快音を響かせた。
一方、恵美里は結果が芳しくない。
「なんで当たらないのー?」
不満げに言う。
まだバッティングマシンが投球中だったが、貴一は恵美里に意識をやることにした。
「もうちょっと脇を締めて」
「うん」
「頭はなるべく上下させずに。踏み込んだ反動で頭が大きく動いてる」
「脇を締めて、頭を上下させず……」
「そうそう。あとは前足を軸に右足からねじり上げて駒みたいに体を動かすんだ。足、腰、腕は連動するものだ」
「急にややこしくなった。ヴァイス、わかる?」
恵美里はお手上げとばかりに自分の中のヴァイスに訊く。
「ふむふむ。ほーほー。なるほど、流石一流派の設立者ね」
機械が球を投げ、恵美里はバッティングに移る。恵美里のバットが、快音を響かせた。
貴一は、表情を緩めた。
+++
哲也は階段の影から二人の様子を見守っていた。少し下の段では、沙帆里と静がバーガーショップの袋の中身をあさっている。
「二人の様子は?」
静が無感情な声で訊く。
「愛のバッティングレッスン、個人教授で成績うなぎ上り、ホームランと一緒に二人の気持ちも頂点に達するか? です」
「週刊誌にでも就職すれば?」
軽蔑したように静は言う。
「俺を軽蔑しようとも貴一がデートしてるという事実は変わりませーん。ざ・ん・ね・んでしたー」
そう言って、静を指す。
静はその指を握って、逆方向へねじり上げた。
「ぎゃっ」
哲也は思わず声を上げる。
「悪い、力加減間違った。今治療してあげるね」
静はそう言って、空々しく治療を始める。
鈍い痛みが、指に残っていた。
(こいつをからかうのは危険だ。やめておこう……)
しみじみと思った哲也だった。
「あいつ不意打ちで殺せないかなあ」
物騒なことを言うのは沙帆里だ。
「殺意は抑えてくれ。気配が漏れる」
「はい」
「はあい」
(こいつらやっぱ連れてくるべきじゃなかったなあ……けど、いざ戦闘となったらクリスは必要だしな)
哲也は、小さく溜息を吐く。
「なんか不満でも?」
静が微笑む。
「尾行に協力して感謝の印はないの?」
沙帆里が不服げに鼻を鳴らす。
(二人して勝手なこと言ってくれやがる)
「なにやってんだ、お前ら」
貴一の、呆れたような声がした。
我に返って振り返ると、貴一と恵美里が店を出るところだった。
「奇遇だな、貴一」
「それは無理があると思うぜ、哲也……」
貴一は呆れたように、哲也を見ていた。
+++
「選ばれた五人で仲良く遊ぼうよ!」
沙帆里が弾んだ声で言う。
「そうねえ。せっかくの縁なんだしね」
静も微笑んで言う。しかし、その目は笑っていなかった。
「まあそういうわけで賑やかに行こうぜ!」
哲也も叫ぶ。少し自棄になっているように見えた。
「はーあ。デートが台無し」
恵美里の言葉に空気が凍る。
「デートなの? 貴一」
沙帆里が貴一に詰め寄る。
静も、冷たい目で貴一を見ている。
「まあまあ、皆仲良くしようぜ。恵美里はとてもいい奴なんだ。きっと皆で仲良くできる」
「どうも」
そう言って、恵美里は苦笑する。
沈黙が漂った。
「そ、それじゃあカラオケボックスにでも入るか!」
哲也が声を上げる。
「そうだな!」
貴一も、頷いた。
「ドリンク持ち込みオッケーだって。買ってく?」
恵美里が入り口の貼り紙を見て言う。
「ドリンクバーがついてるよ。大丈夫。コップを中で貰える」
「うん。そっか」
そして、五人でカラオケボックスに入った。哲也の指揮で、三時間コースを選ぶ。
割り当てられた部屋の部屋の電気をつけて、各々の席に座った。
沙帆里と哲也が早速デンモクをいじり始める。
それを、恵美里は物珍しげに見ていた。
「恵美里はカラオケ来た経験は?」
「初めて。友達いないもん」
「俺達が友達さ!」
「いえーい!」
山上兄妹が適当なことを言う。
恵美里は苦笑して、返事をしなかった。
早速曲が流れ始める。沙帆里がマイクを握った。
そして、歌が始まる。
哲也はタンバリンを鳴らしてそれを盛り上げる。
貴一は静と、回されてきたデンモクを眺めていた。
「まだラッド好きなんだ」
静が、呟くように言う。
「悪いか?」
「ううん、相変わらずだなって」
貴一は表情を緩めた。
久々に、静と感情を共有している。そんな気持ちがあった。
「ごめん、ちょっと席立つ」
そう言って、恵美里は部屋を出ていった。
「どうしたんだろ?」
貴一は戸惑う。コップも置いたままだ。
「トイレだろ」
哲也が適当に言う。
マイクの順番が回ってきたので、貴一は歌い始めた。
歌い終わっても、恵美里は帰って来なかった。
これは流石に遅い。皆の意見が一致しているのを感じて、貴一は部屋を出た。
店を出ると、人形を片手に、恵美里が呆けたように空を見ていた。
「どうしたんだ? 恵美里」
「わかんないの」
「わかんないって、なにが?」
「流行りの曲が、わかんないの」
「そんなこと……」
「流行りの服も、わかんないの」
貴一は、黙り込む。
「流行りの遊びも、流行りのゲームも、流行りの言葉も、わかんないの」
恵美里は、振り返る。
「それでも、貴方は私と楽しそうにしてくれた」
恵美里は、今にも泣き出しそうな表情で貴一を見ている。
「わかってる。努力不足だって。それでも、貴方と一緒にいていいですか?」
それは、恵美里が初めて踏み出してくれた一歩だった。
勇気を振り絞って、踏み出した一歩だった。
ならば、それを受け止めるのが貴一の役目だ。
貴一は微笑んだ。
「いいよ。俺達、友達だろ?」
恵美里は、驚いたような表情になった。
「友達ってそんなに軽いものなの?」
「一回一緒に遊んで、気があったら友達だ。俺は恵美里と遊んでて楽しかった。だから、友達だと思ってる。恵美里は違うのか?」
「私は……」
恵美里は、躊躇うように視線を逸した。その目が、自らの手が掴んだ人形を捉える。
「楽しかった」
「じゃ、友達だ」
貴一は、手を差し出した。
恵美里は、その手を握ろうと手を差し出した。しかし、躊躇うように腕の位置を戻した。
「私はまだ、貴方を信用しきれていない」
「うん、わかるよ。ゆっくりでいい。ゆっくり俺をわかってくれればいい」
「うん。ごめんね。今日は、帰る」
「ああ。また遊ぼうな」
恵美里は、虚を突かれたような表情になった。
その表情が、ゆっくりと緩む。
「うん」
恵美里は、貴一に背を向けた。
「この町に、最後に一人、とんでもない化物がいる」
「化物?」
「彼は人間としての一線を越えたくないと思っている。けれども、私が日和ったと知れば、なりふり構わなくなるかも……」
「そんなに強い敵なのか?」
「ええ」
恵美里は、一つ頷く。
「諦めない? 貴一。世界の平和なんて、高校生が背負い込むには重すぎる問題だわ」
尤もだ、と思う貴一がいた。しかし、諦めたら、世界が滅んでしまう。
「俺には、妹がいる」
貴一は、喋り始めた。思いついたままのことを、そのままに。
「母親が交通事故にあったら、毎日見舞いに行くできた妹だ。俺は妹には幸せになって欲しい。恵美里や友達連中にも幸せになってほしい。だから、戦うよ。全てを背負って」
恵美里は振り返った。
切なげな表情だった。
「貴方ってつくづく、光みたいね。私みたいな影には、その光は少し眩しすぎる……」
恵美里は去って行く。
「また遊ぼうな!」
貴一は、叫ぶ。
恵美里は、手だけ振って振り返りはしなかった。
部屋に戻ると、哲也達は盛り上がっている最中だった。哲也がダンスを踊りながら歌い、沙帆里がタンバリンを鳴らしている。静はデンモクを熱心に眺めていた。
「お前らみたいに気楽だといいよな」
貴一は思わず、ぼやくように言ったのだった。
「恵美里は?」
哲也が曲を止め、真顔になって訊く。
「勝手についてきて勝手に盛り上がってる連中に教える義理はなかろうよ」
「尤もだ」
哲也は頷く。
「いつからついてきてたんだ?」
「最初から」
悪びれもせず哲也は言う。
「皆貴一が心配だったんだよ」
沙帆里が言う。
「随分親しげだったわね」
嫌味っぽく静が言う。
(こいつらに恵美里の無垢さを移植したい……)
そうは思うものの、貴一を心配しての行動だ。責めるわけにはいかない。
貴一は座って、話し始めた。
「新しい情報を得た」
全員、身を乗り出して話を聞く。
「この町にいる残り一人の敵。それが、酷い化物なのだそうだ」
「化物、かぁ。具体的には?」
「聞きそびれた」
沈黙が部屋に漂った。
「いや、そこは聞き出せよ」
呆れたように言う哲也だったが、尤もだったので貴一は言い返せなかった。
次回『未知の強敵』『秀太の挑戦』
本日中に投稿する予定です。
五人そろって第一部で完結かと思われるかもしれませんが、第二部第三部ぐらいまではいくんじゃないかなと思っています。




