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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
異世界の英雄に憑依された件
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片貝恵美里の半生

「で? その女のスカーフは赤だったか? 青だったか?」


 遅れてやって来たピピンが冷静に訊く。


「えーっと……」


 貴一は考え込む。スカーフにまで意識はやってなかった。

 クリスは秀太の治療中だ。月明かりのような朧気な治癒の光が周囲を照らしている。


「赤ね」


 答えたのは沙帆里だ。


「血のような赤だったわ」


「それじゃあ制服で学校は絞れそうだな」


 ピピンは顎に手を当てて視線を空にやった。


「どうするんだ?」


 貴一は訊く。圧倒的な力を持った相手だった。剣術でも、魔術でも、こちらの一歩上を行く。あの怪物にどう対処するというのだろう。


「説得するしかあるめえよ」


 ピピンはそう言って鼻を鳴らした。


「聞くような相手かな……」


「そうしないと世界が滅ぶ。選択肢は少ない」


 ピピンの言うことは尤もだった。


「これでやっと五人揃うという時にこれか……」


 ピピンのぼやきが、闇の中に溶けていった。

 確かに、その通りだ。

 希望が見えたと思ったら、踏み出したその先は奈落の底だった。そんな気分になっている。


「貴一。ヴィニーは目覚めたの?」


 沙帆里が、身を乗り出して聞いてくる。


「確かにあの時、ヴィニーの気配を感じたわ。ヴィニーは目覚めたのね?」


「いや……」


 貴一は自身の心の中に問いかけてみる。返事はない。


「あの時薄っすらと目覚めたような雰囲気はあった。けど、また寝入ったみたいだ」


「なにやってんだろうなあヴィニー坊やは」


 ピピンは渋い顔でそう言うと、言葉を続けた。


「とりあえず明日までに学校を特定してその後、中学校時代の同級生のツテを使って生徒を特定する。今時長髪の奴なんて少ないからすぐに見つかるだろう」


「……静を危険な目に合わせるのか?」


 ピピンの考えを読んで、貴一は拗ねるように言った。


「相手側がクリスを苦手がっているんだ。同席してもらわなければ説得もままなるまい」


「理屈としてはわかる。感情論としてはわかりたくない」


「貴一」


 ピピンは鋭い声を上げる。


「命をかけてるのは俺もお前も一緒だ。全員同じラインにいる。依怙贔屓はなしといこうや」


 貴一は黙り込む。

 ピピンの言う大人の理屈に、納得する面もあれば、反目している面もある貴一がいた。


「私は大丈夫だよ、貴一。静は、私が守るから」


 クリスが穏やかな口調で言う。

 彼女にそう言われてしまえば、貴一に口を挟む余地はない。


「心配してくれてありがとね」


「いや、なんてことはない」


 貴一は少しだけ頬が熱くなる。


「秀太君、そろそろ意識が戻りそう」


「それじゃあ秀太が目覚め次第撤収して今日は解散だ。精霊の加護がある人間は注意して帰るんだな」


「大丈夫だと思う」


 沙帆里が言う。


「あれは尋常な力の使い方じゃなかった。あんな無理をしていたら、魂の侵食も早くなる……」


「ふむ」


 ピピンは考え込む。


「消耗戦、という手もありかもしれんな。ヴァイスの魂が表に出れば、全ては解決するんだから」


「最悪のケースの話だと考えたいね」


 沙帆里は沈んだ声でそう言う。


「今日乗り切れたのは、貴一の奮闘あってのことだ。それも、紙一重だった」


「綱渡りは今に始まったことじゃないだろう?」


 ピピンは戯けた調子で言う。


「これだ」


 セレーヌとクリスは異口同音に呆れたように言った。

 その後、秀太が意識を取り戻し、一行は解散となった。

 帰り道、クリスと歩く。


「ヴァイスを退けるなんて、私達も強くなったもんだ」


 しみじみとした口調でクリスは言う。

 貴一は、返事ができない。紙一重だった。あと少しのところで、死んでいた。

 楽観論を口にできるほど、今回の戦いは楽ではなかった。


「ヴィニー、ヴァイス、私の会いたかった人だ」


 クリスは、呑気な口調で言う。


「なんで会いたかった人に限って会えないかな」


「ごめん」


 責められているような気分になり、貴一はつい謝る。

 クリスは慌てて言葉を取り繕った。


「いや、そんなんじゃないんだよ。貴一のせいじゃないさ」


 そして、クリスは月夜を仰いだ。


「多分きっと、それは私のせいだから」


 それは、どういう意味なのだろう。

 問うことは、できなかった。



+++



 あの少女はすぐに特定できた。

 片貝恵美里。

 篠塚高校に通う生徒だ。

 情報を集めたのは哲也で、学校の昼休みの時間には既に特定を終えていた。


「クールでシニカルな女で教室ではちょっと浮いているらしい。友達がいるって話も聞いたことがないそうだ」


「そこまでよく調べたな」


 貴一は感心してしまった。


「女の噂話ってのは怖いのさ。広まるのだけは一瞬だ」


 そう言って、哲也は肩を竦める。


「そうでもないけどなあ……」


 静が小さな声で不平混じりに言う。


「まあ見解の相違ってのはあるものだから」


「都合のいい逃げ台詞ね」


 呆れたように静は言う。


「全員揃って、放課後訪問してやろうじゃないか。槍使いであり体魔術使いのクリスを相手は苦手がっている。戦闘になっても、まあ乗り切れるだろう」


「秀太は、どうする?」


 青い顔で黙っていた秀太に、貴一は声をかけた。


「行くよ」


 秀太は言った。


「俺は、あいつに勝ちたい。俺の中の魂が、そう叫んでいる」


 貴一は呆れてしまった。対峙して一番最初に脱落したのは秀太ではないか。


「危ないぜ」


「前回の戦闘を教訓にすれば、勝てるさ」


 秀太は、微笑んだ。


「俺と、お前なら、勝てない奴なんていないさ」


 貴一は苦笑する。

 そうだ。二人でしばらくの時間を乗り切った。

 前回の戦闘を計算に入れれば、勝機は見えるかもしれない。

 なにより、相手が苦手だと公言するクリスが同席するのだ。

 頭数では、こちらが圧倒的に有利だった。


「じゃあ、行くか。放課後」


「ああ。次は勝とう」


「味方に引き入れる糸口でも見つかればめっけもんだな」


「まあ、クリスは必要だろうから同席するわ。治療役も必要だろうし」


 こうして、話はまとまったのだった。



+++



 早退して電車に乗って、五人は篠塚高校にやって来た。

 県下では私立高校に落ちた生徒の受け皿として機能している高校だ。

 チャイムが鳴り、授業を終えた生徒達が学校から出てくる。


「いるか?」


 哲也が言う。


「いたら言うわよ」


 静が、呆れたように言う。


「それも尤もだな。頼むわ」


 哲也はそう言うと、スマートフォンをいじり始めた。


「なんか恥ずかしいな……」


 貴一は、思わず呟いていた。

 他校の生徒が下校する前に違う制服を着た子供が数人。これは目立つというものだ。

 通り過ぎる人々は、奇異のものでも見るような視線を向けてくる。


「てーつやー」


 人混みの中から、少女の声が聞こえてきた。


「おう」


 哲也はスマートフォンから視線を上げて、片手を上げる。

 中学校時代の同級生が、哲也に向かって歩いてきていた。


「片貝さん探してるの?」


「うん、そう。ちょっと話があってな」


「片貝さんなら今日早退したよ? 体調が悪いって言って」


「マジかよ」


「うん、マジ」


「伝言あるなら聞くけど」


「家の住所とかわかんないかな……」


「ストーカーみたいだなあ」


 呆れたように女子生徒は言う。


「込み入った話なんだ」


 哲也は苦い顔になる。


「東雲町から来てるって話は聞いた覚えがあるなあ」


「サンキュー。借りは返すから」


「クレープでいいよ。予定あけといてね」


「おう」


 女子生徒は会話を終えると、去って行った。


「東雲町ってどこだ……」


「スマホで調べたけど、電車乗らなきゃ行けない土地だね」


 静が淡々と言う。


「また電車か……移動費が馬鹿にならんぜ」


「仕方ないでしょ」


 静は投げやりな口調だった。


「俺沙帆里の分まで移動費出してるんだからな」


「ありがとうお兄ちゃん。大好き」


「歳上に言われても嬉しくないなあ……」


 紆余曲折を経て、一行は東雲町に辿り着いた。駅前のシャッター街が五人を出迎える。数十年前には栄えていた町。そんな印象だった。


「散開したいところだが、単独行動は危険だ」


 哲也が、淡々とした口調で言う。


「五人で行動するしかないわね」


 淡々とした口調で静が言う。


「あ!」


 秀太が声を上げた。

 貴一は彼の見ている方向を見る。

 駅の待合室。そこで、あの少女が座り込んでいた。

 少女もこちらに気がついたようだ。駆けて逃げ始める。


「ダウンロード!」


 貴一と秀太が同時に唱える。


「フル・シンクロ!」


 哲也と静と沙帆里が同時に唱えた。

 五人は、少女の後を追った。


「睡眠呪文を使え!」


 それは、少女の口から放たれたが、少女の声ではなかった。野太い男の声だ。

 ピピンが手を強く握りしめ、放した。

 少女は立ち止まり、そして振り向いた。


「どうにも苦労をかけたな、諸君。魔法の抵抗力を一時的に下げて、強制的に睡眠させた。やっと、表に出ることができた」


 少女の佇まいに、貫禄が漂い始めた。

 直感的に察する。少女の体を使っているのは本人ではない。ヴァイスだと。


 クリスが数歩、前に歩み出る。


「ヴァイス……! 会いたかったよ、ヴァイス。ヴァイスが死んでから、本当に、本当に、色々なことがあった」


「それは俺も伝え聞いている。お前がエルフになったことも、体魔術を体得したことも」


「ヴァイス」


 ピピンが、一歩前に出た。


「どうなっている。俺達五人は精霊の加護を受けて封印を完成させるために次の命を得たはずだ。これでは話が違っている」


「そうさな。話せば長くなる」


 少女は腕を組んで、深々と溜息を吐いた。


「場所を変えよう。駅の待合室のほうが座れて便利だろう」


「人が来るんじゃない?」


 クリスが戸惑うように言う。


「こんな田舎町、来る奴なんてほとんどいないさ」


 そう言って、少女は歩き始めた。



+++



 片貝恵美里は、物心つく頃には家事の大半を任されていた。

 両親は常にイライラしており、怒鳴り声が響く日常で恵美里は育った。

 それでも、恵美里は自分が幸せだと思っていた。

 大好きな父と母と一緒にいられて、幸せだと思っていた。

 それに尽くすことが、恵美里の楽しみだった。


 そのまま、時間は過ぎた。

 恵美里は、小学生になった。

 怒鳴る両親に怯えて過ごしていたせいで、内向的になり、友達はできなかった。

 それでも、恵美里は自分が幸せだと思っていた。

 テストで良い点数を取ると、両親は上機嫌になった。


 恵美里は、中学生になった。

 家事のせいで宿題をこなすのがやっとな恵美里は、学校の成績が落ちた。

 両親の態度はなお冷たくなった。

 恵美里は、自分が不幸せなのではないかと思い始めた。

 学業の結果で態度を変える両親。歳をとるに経て、その意味を恵美里は敏感に察しとっていた。

 眠れない夜が続いた。

 もしかしたら、自分は両親には愛されていないのではないか。

 そんな疑問を、何度も考えた。


 そして、恵美里は捨てられた。

 両親は各々の道を進み、恵美里は祖父母の家に預けられた。

 祖父母は自分の子を疎んでおり、その子である恵美里が可愛がられるわけがなかった。

 恵美里は、もう色々なことがわかる歳になっていた。

 両親が自分にした仕打ちを、理解できるようになっていた。

 恵美里は、自分が不幸だと悟った。

 愛されずに産まれ、愛されずに育ったのだと悟った。


 恵美里が憎んだのは神だった。このように自分の人生を作った神だった。

 そして、ヴァイスが目覚めた時、恵美里は笑った。

 この理不尽な世界に復讐できる幸せを喜んだ。

 恵美里は、自分が幸せなのだと思った。


 恵美里の半生を語り終えて、少女は一つ溜息を吐いた。


「つーことでな。恵美里は完全に世の中を憎んでいる。子供にとって親は世界みたいなもんだ。それをひっくり返されたんだから、拗ねもするよな」


「巻き込まれるこっちはいい迷惑だけどな」


 フル・シンクロを解いて、本来の姿に戻った哲也が言う。

 各々、フル・シンクロやダウンロード状態から元の姿に戻っていた。


「人生は配られたカードで勝負するしかない。そのカードがどんなに悪くても。それを恵美里はわかっていない」


 少女は、また一つ溜息を吐く。


「俺の言葉も、ただの小五月蝿い説教にしか聞こえないだろうな」


 貴一は、立ち上がった。


「俺に、考えがある」


 全員の視線が貴一に向く。


「俺が恵美里と対決する。それで勝ったら恵美里を仲間に誘う。負けたら二度と恵美里には接触しない。これで、どうだろう」


 沈黙が漂った。


「恵美里さんだって、俺達に追っかけまわされて生活したくないだろう?」


「勝算はあるのかよ」


 哲也が問う。


「クリスさえ出さなければいいんだろう?」


 貴一は、堂々と告げていた。


「俺と秀太で勝負に挑む。その中で、彼女を説得してみせる」


「まるでヴィニーだ」


 静が呆れたように言った。

 少女が微笑む。


「そうか……ヴィニーは立派な王になったと聞いたが、その一端を見れた気がするよ」


 それは、とても、とても、満足げな笑みだった。



次回『最強の剣士』

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