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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
異世界の英雄に憑依された件
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絶望はいつだって目の前にある

 セレーヌはスマートフォンを取り出し、哲也に電話をする。


「もしもし、お母さんいる?」


「いないよ」


「お父さんは?」


「いない」


「じゃー予定通りかえるわ。服返さなきゃね」


「あいあい」


 それで、電話は切れた。

 母の服を借りて着ている状態なので、沙帆里の体に戻る訳にはいかない。

 そうなると、家に入るのが中々の難関だ。

 近所の人にでも見られていたら噂になるかもしれない。

 金髪碧眼の外見は日本ではやや目立つ。


 そこで気がつく。


(沙帆里の服を持ってきて外で着替えれば良かったんだ……馬鹿だな)


 一つ吐息をこぼす。

 クリスとの再会に柄でもなく緊張していたのかもしれない。

 クリスという存在は、セレーヌにとっては前世で犯した罪の象徴だから。


「二百歳かぁ……」


 呟き、空を見上げる。


「まあそう悪い人生じゃなかったみたいね」


 そう思うと、罪悪感が少しは紛れた。

 家に帰ると、哲也が待っていた。


「今日も夕方時から行くぞ」


「うん、わかってる」


「明日は日中もやるからな」


「うん、わかってる」


「フル・シンクロは避けてくれよ」


 苦い顔で哲也は言う。


「それは約束できないわよ」


 セレーヌは、人差し指で天を指す。


「相手次第よ」


 哲也は視線を逸して、苦虫でも噛み潰したような表情になった。


「わかってはいるがな……」


「そう。命かけてんだから出し惜しみはしてられないわ」


 そう言って、セレーヌは哲也の横を通り抜けていった。

 いつからだろう。哲也は、沙帆里に兄として接さなくなった。

 沙帆里もセレーヌの一部だと考えているのかもしれない。

 セレーヌの中の沙帆里の部分は、それが少し寂しかった。



+++



「魔術的な接触かぁ」


 夜の公園で、秀太が難しい顔になる。


「俺は剣術一辺倒だったから魔術はからきしなんだよなあ」


「そこは私がフォローするわ」


 沙帆里が言う。


「ということで、私は秀太君と貴一取った」


 そう、沙帆里は両手を上げて高々と宣言した。


「まあいいけどね」


 投げやりに静が言う。


「静が文句ないなら俺もいいよ」


 哲也も同意する。

 困ってしまったのは貴一だ。


「俺の意見は……?」


 このままでは沙帆里とくっつけられてしまうかもしれない。そんな不安が少しばかりある。


「行きましょう、哲也」


「了解」


 静達はさっさと出ていってしまった。

 満面の笑顔の沙帆里と、戸惑っているような秀太が残る。


「じゃ、行きましょう」


 沙帆里はそう言って、腕を振って歩き始めた。

 秀太が戸惑うような表情になる。


「外見は子供だけど頼りになる先輩だよ。問題ない」


 貴一の言葉に背を押されたように、秀太も沙帆里の後を追っていった。

 貴一も、その後ろに続く。


「今日は月が綺麗な夜ねえ」


 沙帆里が上機嫌に言う。


「そうだな」


 貴一は、苦笑して返す。


「なあ、貴一」


「なんだ、秀太」


「どうしてヴィーニアスは二刀に至ったんだ?」


 予想外の質問に、貴一は戸惑う。


「だって、オーソドックスなのは一刀だろう? 二刀なんて珍しいぜ」


「そうだなあ……」


 この前見た夢を、思い出した。


「超えなきゃいけない人がいたんだ」


「超えなきゃいけない人?」


「ヴィーニアスを助けるために死んだ人だ」


 秀太は黙り込む。


「ヴァイスね」


 沙帆里が捕捉を入れる。


「そう。彼を超えられるビジョンがヴィーニアスには見えなかった。だから、二刀を試してみたら、案外としっくりきた」


「ヴァイスか。彼の名前は俺の時代にも轟いていたよ」


「そう。ヴィーニアスはヴァイスの打ち立てた流派の保護に尽力したみたいだからな」


「なるほど。最強を超えるために正攻法を捨てたと」


「そういうことになるな」


「俺も工夫の余地がありそうだなあ……」


「全国大会ベストエイトが気弱な」


 貴一は苦笑する。純粋な剣術だけなら秀太は十分に強い。


「高校生の大会だからな。上にはまだ上が山ほどいるよ」


「そんなもんか」


「そういうもんです。いつだって一番になんてなれないんだ。特に、俺みたいな凡人は……たまに出会う。次元が違うような化け物に」


「化け物、か」


「ああ。化け物としか言いようがない。圧倒的な才を持った人間が世の中には存在するんだ」


「ヴィーニアスにとっては、それがヴァイスだったんだろうな」


「……果てしないな」


 秀太は、星空を見上げる。その心境は、わからない。

 その視線が、不意に貴一に向けられる。


「けど、ヴィーニアスも修練を積んだんだろう?」


「ああ。かなり修練したようだな」


「なら、勝てるんじゃないか? 絶望的な敵に」


「会ってみなけりゃわかんないなー」


「そうだなあ」


「会わせてあげようかしら」


 突如響いた鈴のような少女の声に、三人は立ち止まった。


「貴方達が探している最後の一人、ヴァイス。彼に、会わせてあげようかしら」


「お前は……」


 曲がり角から、黒い長髪と制服を着た少女が現れた。

 彼女は、口角を上げて、微笑んでいた。

 ドットを倒した時に会った少女だ。

 彼女から漂う溢れるような殺気に、貴一は吐きそうになる。


「ヴァイスを知っているの?」


 沙帆里が二人の前に立ち、言う。


「ええ、知っているわ。よく知っているわ。セレーヌお嬢さん」


「気をつけろ、沙帆里。こいつは、ドットの仲間かもしれない」


 貴一は自分の言葉で、周囲の気温が数度落ちたような錯覚に陥った。


「魔物なら今すぐ正体を現しなさい。退治してあげるから」


 沙帆里は、凛とした声で言う。


「怖い、怖い。なら、命がけの遊びと行こうじゃない!」


 そう少女が鋭く叫ぶと、その手には、彼女の外見に似つかわしくない巨大な大剣が握りしめられていた。


「大剣? 人がベース?」


 沙帆里が、戸惑うように言って貴一と秀太の後ろに回る。

 しかし、貴一は唖然としていた。

 あの大剣には、見覚えがある。


「あれは……ヴァイスの大剣だ!」


「なんですって?」


「見間違いようがない。何度も夢で見た。ヴァイスの大剣だ! あんたなのか? ヴァイス!」


 少女は、薄く笑った。


「構えないと、死ぬわよ」


 貴一は我に返って、双剣を手に呼び出す。

 秀太も、剣を手にしていた。

 二人は構えて、少女の動きを待つ。


 少女は、構えてなどいないようだった。

 ただ大剣の切っ先を地面に置いて休んでいるように見えた。

 けれども、剣術を齧っていた人間ならばわかることがある。


「隙がない……なんだ、これ。自然体のようであって、打ち破る隙が見えない」


 秀太が、悪夢を見ているかのような口調で言う。


「迂闊に踏み込むなよ。真っ二つだぞ」


 貴一は、冷や汗が背中を伝うのを感じた。

 これは、本物だ。

 ヴィーニアスがいかにヴァイスを超えようとしていたか、貴一が誰よりもよく知っている。だからこそ、わかる。このヴァイスは、偽物ではないと。


「なぜ剣豪と誉れ高い貴方が悪の道に!」


 沙帆里が叫ぶ。

 少女は、薄く笑った。


「天は私を見捨てた。だから、天を私は見捨てた。天の下に我は非ず。我は天を壊す者なり」


「狂ってる……」


 沙帆里はそう言って、杖を呼び出した。

 それが、開戦の合図だった。


 少女が大剣を振りかぶって直進する。


 貴一は双剣で、秀太は両手剣で相手の一撃を同時に受ける。重い。


「秀太! 二人なら、やれる!」


「ああ!」


 剣戟の激しい音が響き渡る。

 二人でヴァイスに打ちかかる。しかし、大剣の防御を突破できない。

 一撃を与えるたびに、しっかりと返ってくる手応えで腕力差に戦慄する。

 貴一も秀太も歴戦の英雄を憑依させている。だというのに、嵐のように振り回される大剣の前に状況が覆せない。

 少女は笑っている。この瞬間を楽しみにしていたように笑っている。


 その時、少女の足が止まった。

 氷が、少女の足の動きを防いでいた。

 沙帆里の魔法だ。


「我は水の精霊の加護を受けし者。氷は我が下僕にして同胞なり!」


 少女の形相が変わった。

 貴一と秀太は一撃を加えようと接近する。

 瞬間、大剣が一閃した。

 少女が、笑っているのが見えた。


 貴一は双剣ごと後ろに吹き飛ばされ、秀太は腹部を深々と切り裂かれた。


「ごほっ」


 秀太が地面に倒れ伏す。血を吐いていた。


「秀太ぁ!」


「まずは、一人……」


「多少の凍傷や火傷は我慢なさいよ……!」


 沙帆里は、覚悟を決めたようにそう言った。

 そして、唱えた。


「フル・シンクロ!」


 セレーヌがその場に現れる。漆黒のローブを纏い、宝玉のついた白銀の杖を自在に操る。

 少女はセレーヌを指して、値踏みするように見た。


「セレーヌ。貴女は氷と炎の魔術が得意だったようね」


「ええ。それが何か? 焼かれて死んだヴァイスには、火葬が似合うでしょうね」


「お生憎様。その弱点は、もう克服した……」


 少女の高笑いが、闇夜に響き渡る。神々しい炎が、少女の背後に山のように燃え盛った。

 少女の足を捕らえていた氷も、溶けて消えてしまう。


「我は炎の精霊の加護を得し者。ってね」


 セレーヌの形相が変わった。彼女は素早く、貴一の前に回る。そして、片手を動かして秀太の傷口を焼いた。止血なのだろう。


「貴一。逃げなさい」


 セレーヌは、淡々とした口調で言う。


「秀太もセレーヌも見捨てられるか!」


 死の恐怖はある。けれども、それ以上に味方を死なせたくないという思いが勝った。


「……そうね。貴方はそういう奴よ。だから、好きになった」


 セレーヌは、切なげに笑う。


「さあ。腕試しといきましょうか。炎と氷、どちらが上かを!」


 少女は笑いながら、手に炎を灯し、それを放った。家を丸ごと飲み込むような巨大な炎だ。


「獄炎に焼かれて死になさい!」


「氷よ、我を守る城となれ!」


 セレーヌの作り出した氷の城が、それを防ぐ。

 しかし、氷の城は徐々に徐々に溶けていった。


「防げない……?」


 貴一は、唖然とした口調で言う。

 フル・シンクロした万全の状態。魔術師のセレーヌの氷が、炎に勝てない。


「ゲームで属性相性ってあるじゃない」


 少女が、歌うように言う。


「あれ、昔から私は不思議だったの。なんで炎が水に弱いんだろうって」


 炎の攻撃が止まる。

 氷の城は、半壊状態だ。


「だって、氷の限界を本当の熱は簡単に突破するのだから」


 その指が、セレーヌを指した。

 少女の指が赤く光った。そうと思った次の瞬間には、赤い閃光が走った。

 氷の城に小さな穴が空いている。

 セレーヌは肩を抑えた。

 炎の矢に肩を焼かれたらしかった。


「さあ、セレーヌお嬢さん。どうする? 炎で勝負する? 炎の精霊の加護を受けた私には勝てないわよ?」


「ヴィニー……逃げて」


「けど!」


「お願いだから、逃げて!」


 セレーヌの叫び声が、虚しく夜空に響いた。

 再び、少女の片手から大規模な炎が放たれる。

 その瞬間、その片手が塞がっていることを貴一は見逃さなかった。

 側面に回り、コンクリートの塀を蹴り飛ばして、少女に斬りかかる。

 後頭部を打って気絶させる。

 それが最善の策。


「待っていたわ、ヴィーニアス」


 その澄んだ声は、闇夜に深々と響き渡った。


「ヴィニー!」


 セレーヌの叫び声が響く。

 氷が少女の腕を絡め取る。しかしそれすらも溶かして、少女の腕は進んだ。一瞬で大剣の柄を両手で握り、振り切った。

 貴一は双剣でそれを受け止める。

 吹き飛んで、コンクリートの塀に叩きつけられた。

 氷の矢が少女の足止めをしようと次々に飛んでくる。

 しかし、炎はそれを通さない。


「ヴィーニアスは眠ったまま、か。呆気ない最後だったわね」


 少女は大剣を振り上げる。

 意識が朦朧としていた。

 セレーヌの叫び声が、どこか遠くに聞こえる。


(もう駄目か……)


(諦めるな)


 心の中で、声が響いた。


(力に力でぶつかるのは愚かなことだ)


 渋みのある声。自分のものではない声。


「ヴィーニアス……?」


 大剣が振り下ろされる。

 絶体絶命のピンチに、貴一は意識を取り戻した。

 大剣を紙一重で回避し、その上に乗る。

 少女は、唖然とした表情をしていた。

 双剣を左右に引き、そして振る。この軌道ならば、少女の首を峰が打つだろう。

 しかし、足場にしていた大剣を振り上げられて、吹き飛ばされた。


 電信柱を蹴り、地面に降りる。


「目覚めたのかい……ヴィニー坊や」


 少女は、顎を服の袖で拭った。


(状況を再確認しよう)


 心の中で声がする。自分のものではない声だ。


(パワーと技術は相手が上。隙はない。ならばどうする?)


(スピードで撹乱する! ヴィーニアスの経験を持っていながら俺が不覚を取ったように、ヴァイスの経験を持っていようと相手は素人だ! 不測の事態に弱い!)


(そうだ!)


 貴一は駆け出す。相手の大剣をくぐり抜け、左右へと敵を翻弄する。

 大剣の動きは勢いを増していく。

 しかし、心の焦りが影響したのか、少し雑になっていた。


 貴一は双剣の片割れを投じた。それは、少女の制服を掠め、夜空に消えていった。

 かわしたことで、少女の体勢は崩れている。

 貴一はそこに、残った剣を振り下ろした。

 同時に、大剣が振られる。

 貴一は一瞬で、防御に意識を切り替えた。

 剣と大剣がぶつかり合う。


 吹き飛ばされて、コンクリートの塀に、頭からぶつかった。

 血が一筋頭から垂れてくる。

 それを舐めて、鉄の味を感じながら立ち上がった。


「セレーヌ。逃げることなんてない」


 貴一はそう言って、一歩を踏み出す。


「俺も相手も棚ぼたで力を得ただけのトーシロだ。恐れることなんてないんだ」


「なにを!」


 少女が大剣を振る。


「豪覇斬!」


 光刃が放たれ、貴一に迫る。

 貴一は飛んで行った双剣の片割れを新たに召喚し、頭上に掲げた。


「双破斬!」


 双方から放たれた光刃がぶつかり合い、衝撃波を生む。

 二人は、コンクリートの塀に背中からぶつかった。


「ちぃぃぃぃぃ……」


 少女は歯噛みする。

 そして、大剣を高々と振り上げた。そこに、光が集まってくる。


「これを披露させたことを誇りなさい! そして悔いなさい! ヴァイス流剣術最終奥義! 貴方に見せてあげましょう」


 頭が冴えていた。

 相手は力を貯めている。

 しかし、距離が開きすぎている。

 一歩でも前に踏み出せば、その瞬間に相手は技を放つだろう。


(なら、やることは一つだよな。ヴィーニアス)


 自らも力を貯める。次の一撃に備えて。

 光が、双剣に集まってきた。

 その時だった。


「貴一!」


 クリスが駆けてきた。

 車のような速度だ。

 そして槍を振り上げ、少女に向かって投げる。


「一投閃華!」


「豪覇光帝陣!」


 光をまとった槍と光り輝く光刃。二つの光がぶつかりあった。

 槍が弾かれ、巨大な光刃がアスファルトを削りながら前進する。

 クリスはセレーヌを抱き上げると、紙一重でそれを避けた。

 全員が行動を終えた時、アスファルトにはクレーターのような傷跡が残っていた。


「ヴァイス……なの……?」


 クリスは戸惑うように言う。


「随分と可愛らしくなったわねえ」


「五月蝿い!」


 少女は叫び、そして全員に背を向ける。


「クリスティーナとは相性が悪い。今日のところは一旦去るわ」


 そう言って、少女は一歩を踏む。


「けど、宣言する。選ばれし五人はけして揃わない。それが私の行動でわかったでしょう?」


 少女は去って行く。

 暗鬱な沈黙が、その場に残った。



次回『片貝恵美里の半生』

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