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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
異世界の英雄に憑依された件
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魔剣2

「中川君。どういうつもりかしら? 辻斬りは貴方なの?」


 静は慎重に、言葉を選んで問う。

 秀太はほんの少し前まで覚醒していなかったはずだ。

 ピピンの睡眠魔法にまんまとかかっていたのだから。

 それが、この暫くの間に覚醒したと仮定することはできる。

 ピピンの魔法が彼に覚醒のきっかけを与えたと言っても過言ではないかもしれない。


 しかし、何故それが辻斬りなどを?

 相手は魔の者なのか、慎重に判断する必要があった。


「ああ、斬ったよ。沢山斬った」


 秀太は恋人に想いを馳せるかのように、うっとりとした表情になった。

 その表情が、不意に曇る。


「けど、会えないんだ。ヴィーニアス国王に」


 ヴィーニアスが標的。静は手にバトン状に縮めた槍を召喚する。それを振って、長い一本の槍にする。

 静の中のクリスが叫んでいる。ヴィーニアスに迫る危機を看過するなと。


「おや、槍使いか。もしかして、クリスティーナ王室警護隊長かな? それは、困る」


「と言うと?」


「私の目的はヴィーニアス国王なのだよ。それ以外の敵は余計な難関に他ならない」


「だからと言って、無差別に人を攻撃して! そんなの、看過できるわけない!」


「逃げさせてもらおう」


 相手はクリスに背を向けて駆け出した。

 駄目だ。ここで逃しては更に被害が拡散する。ここで止めておくのがベターな選択肢だ。

 静は槍を掲げた。槍が光を放ち始める。


「一投……」


 狙いを定める。クリスではないので照準に自信はない。しかし、クリスの経験がそれを補ってくれる。


「閃華!」


 槍が放たれる。光を放ち、相手の太腿へと向かって。

 しかし、光る剣がそれを弾いた。

 槍は静の手元に戻ってくる。


「一投閃華を弾いた?」


 静は、相手を追いながら戸惑いの声を上げる。

 哲也の矢が数本、敵の後を追っていく。その全てを、敵は粉々に切り落として見せた。


「やるな」


 哲也も、後を追いかけてくる。声に、この状況を楽しんでいるような響きがある。


(気楽な奴)


 静は、心の中で舌打ちする。

 こうなっては仕方あるまい。


「フル・シンク……」


 そこまで言って、静は口を噤んだ。

 相手の投げた剣が、静の眼前まで迫っていた。

 それを、辛うじて回避する。

 秀太は、視界のどこにもいなくなっていた。


「逃したな」


 哲也が無念そうに声をかけてくる。


「冗談じゃないわよ。あんな辻斬りを野に放つだなんて!」


 静は、振り向いて哲也に怒鳴る。


「と言ってもなあ。奴の家も知らんしな」


 静は、口を噤む。確かに、中川秀太の家がどこにあるのかを静は知らない。


「凄腕だったな」


 哲也は、しみじみとした口調で言う。


「冗談じゃないわよ。奴は貴一を狙う。それを阻む必要が私達にはある」


「過保護じゃねえかな」


 哲也は投げやりに言う。


「ヴィーニアスなら、あれぐらいの手合は簡単に倒すことができた」


「貴一とヴィニーが同一人物じゃないって言ったのは貴方じゃない!」


 静は思わず怒鳴る。


「ただ、能力的には同等になってもらわなければ困るんだ。俺達の目的のために」


 静は口籠る。

 哲也は目を細めて、皮肉っぽく微笑んだ。


「なんだかんだで大事なんだな」


 静は、虚を突かれたような思いだった。

 頬が熱くなる。


「ば、馬鹿! 知らないわよあんな奴!」


 そう言って、静はそっぽを向いた。


「大丈夫かー?」


 貴一とセレーヌが駆け寄ってきた。

 静と哲也は目配せする。

 どちらが状況を説明するか。答えは決まっていた。


「辻斬りと会った」


 哲也が口を開く。こういう仕事は喋りが流暢な哲也の分担だった。



+++



「秀太が、辻斬り……」


 口に出しても実感が湧かない。

 朝、貴一は学校の制服に着替えている最中だった。


「憑依された霊の感情が強すぎて本体を乗っ取られることがある。それかもしれん」


 そう、哲也は語った。

 だとしたら、貴一がなんとかしなくてはならないだろう。

 浄化の能力を使えるのは、一行の中では貴一だけなのだから。


「行ってきます」


 言って、貴一は朝の町を歩き始めた。

 静が少し前を歩いている。

 追いかけて、声をかけた。


「よう」


 その二文字を口にするだけで、心臓が口から飛び出してくるような勇気が必要だった。

 静はしばらく物憂げに貴一を眺め、考え込んでいたが、そのうち疲れたように視線を逸した


「おはよう」


 貴一は飛び跳ねたいような気持ちになる。


「昨日は大変だったな」


「そうね」


「秀太は乗っ取られてるのかな」


「そうね」


「俺達がなんとかしなくちゃな」


「そうね」


 貴一は黙り込む。

 そして、しばし考えた後に口を開く。


「今日は豚が降ってるな」


「そうね」


 思わず、溜息を吐く。

 静は、何故か頑なだ。


「どうしてそんなに俺嫌われてんの?」


 静は貴一を見上げると、しばし考え込んで、立ち止まった。


「貴一は嫌いじゃないけど……」


 そう言って、彼女は躊躇うように言葉を続ける。


「貴一の中にいるヴィーニアスは嫌い」


 そう言って、彼女は駆け去ってしまった。


「なんだよ、それ。わけわかんない。まったくわけわかんない」


 貴一は、思わずぼやく。


(けど、俺自身が嫌われてるんじゃないって知れただけで前進なのかなあ……)


 ヴィーニアスは前世でどんな業を背負ったのだろう。それは、今の貴一にはわからなかった。

 教室に行くと、予想外の人物が貴一の席の傍にいた。

 中川秀太だ。

 彼は、暗鬱な表情をしていた。



+++



「逃げたと思ってたぜ」


 昼休みの時間。

 学校の屋上で、貴一、哲也、静、秀太が集まっていた。


「鍵どうしたのよあんた」


 静は、哲也に問う。


「この前コピー作っといた」


 哲也は悪びれずに言う。

 静は目を丸くして、そして深々と溜息を吐く。

 秀太は正座をして、俯いて、二人の会話を聞いている。


「秀太……お前、辻斬りなのか?」


 貴一の一言で、場の空気が引き締まった。

 秀太は、しばし考え込んで、そして呟くように言った。


「俺は、嫌なんだ」


 堰を切ったように、秀太は語りだす。


「けど、俺の中の誰かが許してくれない。ヴィーニアスって奴を探すんだって、聞いてくれない!」


 悲鳴のような声だった。


「気がついたら夜に意識が途絶えていることが増えた。そして、気がついた時にはいつも俺の手には不思議な剣が握られている」


「その人の記憶とかは、覚えてない?」


 静が、優しい口調で問う。


「よくわからないイメージみたいなものはある。俺は城に忍び込むんだ。その国の王と戦うために。そして、衛兵に見つかって、七人まで斬り倒したところで大勢に囲まれて滅多刺しにされる」


 秀太はそう言って、頭を抱える。


「あの生々しい血の匂いが、俺の抱える一番のイメージなんだ……」


「あー。あったあった」


 静の口から、クリスの呑気な声が上がる。


「あったな」


 哲也が苦い顔になる。


「旅の腕自慢の剣士が、ヴィーニアスに挑戦しようとして断られ、最終的には城に乗り込んで衛兵に殺された。確か犠牲者は七人」


「あれは、現実に起こったことだったのか……?」


 秀太は、戸惑うように言う。


「俺は今、自分がどういう状態に陥っているのかもわからない。わからないんだ」


 そう言って、秀太は俯いて深々と溜息を吐いた。


「秀太。お前の中にいる人間に言っておけ」


 貴一は、口を開いていた。


「ヴィーニアスとは近日中に必ず戦わせる。だから、辻斬りはやめろと。辻斬りをしたらこの話はご破綻だ」


 秀太は顔を上げる。


「それを聞けば、意識が飛ぶことはなくなるのか?」


「最後に一回飛ぶかもしれないけれどな。それで最後だ」


「本当か?」


 秀太は、真剣な瞳で貴一を見る。


「ああ。約束だ」


 秀太の表情が緩んだ。

 そして、彼は貴一に抱きついてきた。


「ありがとう。ありがとう、貴一。お前を憎んだりして悪かった」


(憎む……? あー、剣道部での一件か。恥かいただろうしな、こいつ)


「いいってことよ」


 そう言って、貴一は秀太の背を二度叩いた。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


「ありがとう、貴一」


 そう言って、秀太は去って行く。


「どうする気だ? 貴一」


 哲也は、悪戯っぽい表情で問う。


「ヴィーニアスと戦えばあいつに憑依した霊は納得するんだろう。なら、戦わせてやろうじゃないか。俺が代理なら問題なかろ」


「それでこそヴィーニアスの器だ」


 哲也は愉快げに言う。

 静は不服げだ。静かに、冷たい瞳で貴一を見た。


「相手の力量わかってるの? フル・シンクロもできないのに」


「大丈夫だと思うぜ」


 哲也が返事をする。


「あいつ程度に、ヴィーニアスは負けない。確かに衛兵達はクリスが育てた手練だった。けど、ヴィーニアスとは実戦の経験値が違いすぎている」


 静は、そっぽを向いて、言葉を続けた。


「勝つのはわかってるわよ。ただ、タイマンなんて不合理だと思っただけ。勝つよ、貴一は」


「うん」


 信じてもらえるのが嬉しくて、貴一は思わず表情を綻ばせた。


「それに、クリスは貴一にもっと無茶をさせている」


「無茶?」


「ドット相手に斬り込ませた」


「そいつあ無茶だ……」


 哲也は呆れたように溜息を吐いた。


「お前、よく生きてたな」


 哲也はそう言って、貴一の肩を叩いた。

 今夜、命がけの道を歩くことが決まった。

 それは細くて、少しでもバランスを崩せば落ちてしまう道。

 けれども、相手がヴィーニアスを望んでいるのならば、自分が出るしかないだろう。そう、貴一は思っていた。

 この決意はどこからやってくるのだろう。

 自分も、自分の中に眠る王に随分と影響されているようだった。



次回『魔剣3』に続く。

本日中に投稿予定です。

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