魔剣1
「凶星ねえ」
哲也は顎に手を当てて、考え込んだようだった。
彼と共に歩きつつ、貴一も考え込む。
凶星。最後の一人が宿す星。それがこの後の冒険にどんな顛末をもたらすのか、貴一はまだ知らない。
「まあ、俺とピピンとセレーヌは大丈夫だと思ってるんだ」
哲也の発言は、予想外のものだった。
「なんでだ?」
「クリスとも意見が一致したところだが、話から聞き及ぶところ、その男には精神的な弱さがない。おいそれと悪の道に進むような人材ではないわけだ」
「男、なのか」
「女が良かったか?」
「からかうなよ」
貴一はつい鼻白む。
空には月が出ていた。
「男とわかったなら絞りこめる。後は魔力的に接近すればわかるって寸法だろう?」
「そういうこと。地道に行こうぜ」
「そうさな」
しばし、二人は無言で歩いた。
「今年は甲子園に行けると思ったんだけどな」
哲也のぼやきに、貴一は苦笑する。
「行けるさ。厄介事を全部片付けて、それで部に大手を振って戻ればいい」
「持久戦だと思うがね」
「最後の一人だって、目覚めてるんだろう?」
「夢は夢だと割り切る人間もいる。クリスが自分を表に出し続けていたのは、その夢と現実の境界を打ち崩す意味もある」
「まあ、実際それで境界が崩れた人間としてはなにも言えんな」
「警戒すべきは、敵に先手を取られることだ」
「と言うと?」
「最後の一人が合流もできずに殺されたらおしまいってことだよ」
「そうさなあ……」
物騒な話になってきた。
未だに命のやり取りをしているという実感が貴一にはない。
なにせ、現実離れしすぎているのだ。
命のやり取り。それは非日常の中にある。貴一はまだ、日常の側に感覚が深く沈んでいる。
その時、スマートフォンが鳴った。美鈴の名前が画面に浮かび上がる。
「もしもし、なんだい美鈴さん」
着信ボタンを押して、スマートフォンを耳に当てる。
美鈴の明るい声が聞こえてきた。
「あんたら、夜道を歩いてないでしょうねー」
図星を指されて、貴一は心音が早くなるのを感じた。
「まさか」
「最近また物騒な事件が起きてるらしいから、早めに帰りなさいよー。部の練習があってもね」
「物騒な事件と言うと……?」
「辻斬りよ」
「辻斬り?」
「そう。死者は出ていないみたいなんだけどね。通りすがりに斬られた人間が何人もいるって話」
「わかった。深夜徘徊はしないよ」
「お姉さんとの約束だぞ」
「うん」
美鈴とは古い付き合いだ。嘘をつくことに多少の罪悪感が募る。
しかし、今は非常事態だ。そうも言ってはいられない。
「哲也にもよく注意しておいて。あの子は遊び人のケがあるから」
「わかったよ。じゃあ、またね、美鈴さん」
「おう」
それきり、電話は切れた。
「なんだって?」
「辻斬りが流行ってるんだそうだ。それで、美鈴さんが心配して声をかけてくれた」
「辻斬り、ねえ。無関係とは思えんな。お前の光の結界には反応はないのか?」
「確認してみる」
町に張り巡らせた光の結界に意識をやる。
しかし、反応はない。
「反応、なしだ」
「……きな臭いな」
哲也はそう呟くと、立ち止まって顎に手を当てて考え込んだ。
「辻斬りなんて時代錯誤な行動を起こす奴、今時いるとは思えない。その手の犯罪は、俺達の側のものだ」
「異世界絡みってことかよ」
「この辺りにパトカーが出回ってないってことは、ここの辺りで流行ってる犯行ではないってことだろう。ちょっと場所を変えるか」
「五人目ってことだと思うか?」
「凶星、か……」
呟いて、哲也は月を見上げる。
普段はお気楽な彼が見せるシリアスな一面に、違和感を覚えてしまった貴一だった。
+++
「辻斬りねえ」
そう呟いたのは沙帆里だ。
翌日、四人はまた夕焼け時に集まった。
「どう思う?」
静が、哲也に問う。
「俺とピピンとセレーヌの考えは一致している。情報収集からだ」
「どうやるんだ?」
貴一は訊ねる。
「任せとけよ」
そう言って、哲也は妖しく微笑んだ。
「フル・シンクロ!」
そう言うと、哲也は姿を変え始めた。長身はより高く。服のあちこちには短剣がしまわれ、背中には弓と矢筒。金色の髪に緑色の目をした男がそこには立っていた。
「懐かしいでしょ、クリス」
沙帆里がからかうように静に問う。
「まあ、見飽きてるわね」
静は、淡々と返した。
ピピンは交番に向かって歩き始めた。
そして、警官に向かって語りかけた。
「私は本庁から来た本田只三郎刑事だ。辻斬り事件について情報がほしい」
警官は最初、胡散臭げにピピンを眺めていたが、そのうちその表情が夢でも見ているように緩んだ。
「御渡町で起こっている事件ですね。既に五人の被害者が出ています」
「ありがとう。俺のことは俺が去ったら忘れるように」
「はい」
そう言うと、ピピンは道を歩き始めた。
その姿が、哲也の外見に代わり少々縮む。
三人はその後を追った。
「決まったな。次の行き先は御渡町だ」
そう、哲也は蓮っ葉に言う。
「なんだよ、今の」
貴一は戸惑っていた。何故、警官はピピンを刑事と思い込まされたのだろう。
哲也は皮肉っぽく微笑んで振り返る。
「覚えてないのか、貴一。幻惑の術だよ。俺と目が合った人間は耐性がないと幻惑にかかる。この世界の人間は軒並み耐性が低いからどこでも通じるだろうぜ。この技で村娘達にいいことしてもらってたのに忘れちまったのか?」
「サイッテー」
静がうんざりしたように言う。
「我が兄ながら最低ね」
沙帆里も同調する。
二人の視線は、責めるように貴一を向けられた。
「え、いや、俺、覚えてないって言うか、記憶にないって言うか」
「冗談だよ」
哲也の一言で、場の張り詰めた空気が緩んだ。
「哲也ぁ、勘弁してくれよ。お前の冗談で俺まで巻き込むな」
「俺はこういう男だ。相棒になったお前が運の尽きだな」
哲也は飄々としている。
まったく、疲れるパーティーメンバー達だった。
+++
御渡町に辿り着いて、一行は二手に分かれた。
今日は貴一と沙帆里、哲也と静に分かれている。
沙帆里と哲也は後衛だ。前衛と組むことがベターなのだ。
「手をつなごっか、貴一」
「かまわんが……」
貴一と沙帆里は手を繋ぐ。
なにも感じない。妹と手を繋いでいるようなものだ。
「ヴィニーもそんな感じだったなあ」
どこか寂しげに沙帆里が言う。
「私を女として見ていない」
「そうでもないだろ。結婚したんだから」
「嫁は英雄のほうが見栄えがいいからね。合理的な男だよ、ヴィニーは」
「そうと聞くと、冷たい男のように思えるな」
「そうでもない。誰にでも優しいんだよ。貴一と一緒だ」
「俺は鈍感でいつも誰かを知らないうちに傷つけてるよ」
「そうかな?」
「そうだよ」
「優しいからそうやって気にするんだと思うよ」
「そうかな?」
「そうだよ」
二人で歩いて、町の境界にまで辿り着く。
「結界張るから、手を自由にさせて」
沙帆里は素直に、手を引いた。
地面に手をついて、念じる。光が町を包むイメージを作る。
そして、光の結界は張られた。
「精霊様のおかげとはいえ見事なものね。破壊魔法しか使えない私が嫌になっちゃうわ」
沙帆里は、どこか誇らしげに言う。
「そのセレーヌのおかげでヴィーニアスは勝てたんだろう? なら、誇るべきだ」
「そうね、貴一にそう言われるなら誇っちゃおうかしら」
沙帆里は楽しげな表情になる。
どうでも良いことを、一瞬思った。
(静とも、こうやって心を通い合わせることができたらどんなにいいだろう)
しかし、それは叶わぬ夢だ。
貴一は早足で歩き始める。
「どうしたの? 貴一」
「反応がある……人の反応じゃない。けど、これは、魔性の類だ」
沙帆里は表情を強張らせると、貴一の後を駆け足でついてきた。
+++
「こんな理由がなければあんたとデートなんて勘弁ね」
静は歩きながらぼやく。
「貴一のほうが良かったか?」
「まさか」
哲也のからかいに、静の声は自然と大きくなった。
「仲良かったじゃんか、お前ら」
哲也のからかいは止まらない。
「そういう時期もあったというだけで、過去になんの意味もないわ」
「やっぱあれかなー。潔癖な静ちゃんはヴィニーと貴一を同一視しちゃうのかな」
静は黙り込む。
「けど、貴一とヴィニーは同一人物じゃないんだぜ」
「わかってるわよ」
静は、図星を指されたような気分だったので、弱々しく返事をした。
その時、二人の傍にパトカーが止まった。
二人の警官が降りてくる。
「君達。こんな夜中になにをしているんだ?」
「学生か? 学生証は?」
「頼むわ、ピピン」
静はそう呟くと、手を組んで目を逸らした。
「フル・シンクロ」
哲也が呟く。
そして、ピピンの声が響き始めた。
「馬鹿者! 私は本庁からの刑事だ! こんなところでなにを油を売っている! 早く捜査に戻らんか!」
「は、はい!」
「すいませんでした!」
パトカーのドアが閉まる音が二回。そして、勢い良くパトカーは発進した。
「便利ね、それ」
呆れ混じりに静は言う。ピピンは哲也に戻っていた。
「大人に怒鳴るって気持ちいい……」
「本当馬鹿ね、あんたって」
静はうんざりして、溜息を吐いた。
その時だった。
静は殺気を感じて、哲也を庇うようにして立った。
道の向こうに、先程までなかった気配がある。
気配を消していた?
パトカーに気を取られていて、気づかなかった。
クリスならば既に襲える位置に、敵がいる。
その敵の持つ剣は、自ら命を持っているように光り輝いていた。
西洋で作られるようなロングソード。禍々しい妖気を放っている。
静は目を丸くした。
ロングソードの持ち主を見て、目を丸くした。
「佐藤さんと山上じゃんか。お前らも、そうなのか?」
そう言って、彼は微笑む。
「ダウンロード」
哲也が、静かに呟く。
静も、それに習った。
クリスの経験や身体能力が静の華奢な体に流れ込んでくる。
と言っても、生前のクリスは体魔術なる身体強化魔法で自らの力を増強していた。
フル・シンクロなしの状態ではそれは使えないので、戦闘能力は半減状態になる。
フル・シンクロをするかしまいかは、相手の能力によるところだ。
「やっぱりそうか。お前達も選ばれし者。俺と一緒だ!」
そう言って、彼は歓喜の表情を見せた。
そして、剣を構える。
(隙がない……)
静はクリスの経験を活かしてそう分析する。
そう、なにせ彼は全国大会ベストエイトにして剣道部のエース。
中川秀太が、剣を構えて二人の前に立っていた。
来週に続く