エピローグ
成田国際空港で泉喪は目を疑った。
一週間前の晩。つまり招き猫に襲われたその晩に、泉喪は境間に連絡をとった。
「境間です」
「泉喪っす。すいません夜に急に」
「いえいえ、私は基本夜行性ですからね。で、どうされました?」
「休暇終わりたいです。任務やりたいっす。強い奴と戦闘たいです。弱い者いじめじゃない、きついとこできつい奴と戦闘たいです」
「ふむ。……先生からちらっとうかがいましたが、やけになってますね」
「あ、えっと。…はい。でも、戦闘たいんです! 強い奴と!!」
「結構結構。若い時は元気であるべきです。…そうですねえ。海外の任務になりますが、行きますか?
きついですよ」
「はい」
……航空券は前の晩に、久しぶりの境間から手渡された。
「今回はペアで行動してください。相方さんは空港で合流する手はずです」
「一人がいいっす」
「駄目です。1人だと、やけになりますから、ね」
にっこりと笑顔を作る境間に、泉喪は何も言えない。図星だからである。
※※※※※※※
「なんであんたなのよ?」
「俺が訊きたい」
藁卑がいた。
「八幡さん、どうしたんだよ。頑張って助けたのに、別れたのか?」
藁卑は目を背けた。
「……振られたのよ。意識が戻ったら、『出家する』とか言って、本当に出家しちゃった。て、あんたは? 日本語しかできないやつが、何で海外案件なのよ?」
「そりゃ、……まあ。色々あったんだよ」
……色々あった。過去形である事に青年は悲哀を感じる。とても辛い。
「藁卑」
「何よ、改まって」
「俺の、手を握ってくれないか?」
「は? 何言ってんのよ童貞」
「頼む」
泉喪はその大きな手のひらを亜麻色の髪の幼馴染に差し出してた。
藁卑は色々迷った挙句、
「八幡を助けてくれた、お礼、だから」
と言って、そっと彼の手を握った。
柔らかな体温にさぷりちゃんとの記憶が蘇る。彼女との時間。日々。夜。空気と音楽。日差し。
それらが全て蘇りかつ。その全ては、過ぎ去りし事象にすぎない。
泉喪は瞼をぎゅっとつむった。すきまから涙が溢れてとめどなくその頬を伝う。
それは止まらず、やがて嗚咽となる。
そんな彼に
「なに、よ。馬鹿みたい。ほんと、ばかみたい」
と藁卑はもらい泣き混じりに言う。がその手をはなすことはなく、伝わり続ける温かさに泉喪は号泣を続ける。