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突然だけど私がこの世界で死にかけたのは、5歳の時が始めてだった。
「はぁはぁ・・・」
「・・・下がらないわね」
ベットの上で息苦しく私を見て小さく呟き、美しい顔を心配そうに歪ませ、白い手のひらが私のおでこをさする。冷んやりした母の手が気持ちよくて思わず目を細めたのをよく覚えてる。
その日の前日は体の弱い母の代わりにおつかいで、隣町に買いものに出かけていた。
梅雨入り前だけど雲ひとつない快晴に甘えて傘を持たずに家を出たのが運の尽き。
帰り道に突然大雨に打たれて、びしょびしょになって案の定高熱を出した。
昨日はそれでもピンピンだったのに、今朝急にしんどくなり、びっくりして大声で泣いてしまった。
あまり弱音を吐かない娘の急な癇癪に母もびっくりしたようでなかなか下がらない熱につきっきりで看病をしてくれていた。
「おかあ、さん・・・」
「なぁに、リオン」
母が優しく私の名前を呼ぶ。
母と呼べば私の名前を呼んで返事してくれるその瞬間が大好きで、今でもよく母さん母さんと呼んでいた。
「ごほっ・・・ごめんね」
「あら。何謝ってるの・・・リオンはもっとかあさんに甘えてもいいのよ?」
「うん・・・げほっ、ごほ」
「リオンが元気になるまで、母さんずっとそばにいるから。ほら、眠りなさい」
「ありがとう・・・」
優しいその笑みと、頭を撫でるその優しいてつきに安心してその日はじめて母に笑みを見せ深い眠りについた。
医者からもらった薬は苦かったけど、手厚い母の看病に甘えとても幸せな一時だったが、それでもなお、中々熱は下がらず、高熱の中うなされる日々が続いた。熱を出して3日目。流石に体力の限界か、私は意識朦朧の中、息をあげながら涙を流していた。
「おか、あさんっ・・・」
「リオン大丈夫よ!!もうすぐ先生来てくれるからね!?」
穏やかな母が焦ったように必死に言葉をかけてくれる。大丈夫は母がよく言ってくれる魔法の言葉。
その言葉を聞くと本当に大丈夫な気がしてなんでも出来る気持ちになる。
安心してこくりと頷けば、母はぎゅうと手を握ってくれた。
「リオンちゃん!!」
バンッと扉を開けて、ベットに近寄ってきたのは切羽詰まった顔のトーマ先生。私達のような身分が低い人でも安い値段でもしっかり診察してくれる優しくて優秀なおじいちゃん先生である。
お母さんのかかりつけのお医者さんでもある、トーマス先生は聴診器で私の容体を見るなり、私が不安にならない程度にだが少し顔を歪めていった。
「こりゃ、いかん・・・」
このままではまずいと言いながら、注射の準備をする
トーマス先生にずっと心配でたまらないと言った顔だった母がついに涙を流した。
「先生!リオンを、娘を助けてください!」
「セリーナちゃん・・・最前は尽くす」
「お願いしますっ、この子だけは、」
大きな瞳からポタポタと流れるのは母の涙で。
母の服に少しずつ皺をつくっていく。
そういえば、普段は穏やかで優しいけど実は強かで弱音を一切吐かない母が泣いてるところを初めて見たのもその日が初めてだった気がする。
母親ながらとても綺麗に泣くなぁなんて子供らしかぬ事も思えど、それよりも。
泣き止んで欲しくて。
笑ってほしくて。
力を振り絞って母の名前を呼ぶ。
「おかぁさん・・・」
「リオンっ・・・」
「大丈夫・・・げほっ、だいじょ、ぶ」
いつも元気をくれる魔法の言葉をとなえにかっと笑いかければ、一瞬は驚いたような顔をしたが、「そうね・・・リオン。大丈夫。大丈夫よ」と母はすぐに綺麗な笑みを見してくれた。
優しいその笑みに一気に力が抜けたのか、はたまた母の涙が止まったことに安心したのか、私はゆっくりと意識を飛ばした。