俺と小学生と七不思議
駄作注意!
皆様の学校の七不思議は何ですか?
本日は珍しいことに、早寝早起き当たり前の甘原少女が一向に起きてこない。
苦肉の策として、俺にできそうな仕事を代行することにした。
しかし、いつもの通りに書類に目を通すものの、さすが売れっ子、警察絡みの案件ばかりで何が何やらサッパリ分からなかった。
カッチリとした明朝体、パソコンか何かで書かれた書類たちの中、一つだけお世辞には綺麗とは言えない筆跡の手書き書類があった。
明らかに子供が書いたであろうその依頼書類を手に取って読んでみれば、現状を上手く説明できないなりに持てる全ての語彙を酷使して書いたであろう文章が綴られており、文字だけで本人の必死さを必要以上なほどに切々と訴えかけていた。
先ずは聞いてみなくては分からないだろうと、依頼者に会う為、鞄その他を引っ掴んで玄関を開けていた。
目の前で小学生であろう男の子が泣いている。
今回の依頼者たる彼に接触できたは良いものの、探偵見習いだと名乗った瞬間に安堵のためか泣き崩れてしまい、会話もままならない状態が十数分近く続いていた。
やっと落ち着いて少しづつ依頼の経緯や内容をポツポツと話し始めてくれる。
「…学校の七不思議?」
「…うん」
「えっと…十三階段とか、トイレの花子さんとか?」
「…うん」
依頼内容をザックリまとめると、学校の七不思議が怖くて仕方がないので、俺に泣きついた、という事だった。
ただ気になるのは、他と全然違う、やけにグロテスクな内容だった。
「廊下さんはね、夜の廊下にいる人を捕まえて八つ裂きにして食べちゃうの。
廊下さんね、廊下以外の場所には出られないんだけど、廊下での速さは絶対に勝てないの」
連れて行かれる、や入れ替わられる、は聞いたことがあるが、【八つ裂きにして食べられる】というこんなにも直接的な表現は初めてだ。
多分ただの噂話——と、今までの俺なら言っていただろう。
でも、もしかしたら本当にいるのかもしれない。妖怪が七不思議という形を借りて力を増し、悪行を繰り返しているのかもしれない。
それに、本当に何もなかったとしても
今泣いている男の子を安心させてあげたい。
「分かった。行ってみよう。夜だったね?」
「うん」
「じゃあ、夜に学校正門前で会おう」
「…うんッ!」
深夜二時、学校正門前。
頭から抜け出ていたが、普通小学生が出歩くことはできない時間帯。
けれども彼はやってきた。
親に睡眠薬を一服盛って家を抜け出してきたらしい。
抜け出すだけでなく睡眠薬まで盛るとは、なんとも大胆な行動力の塊のような子供である。
目的の為には手段を選ばないその大胆さに、どことなくとある二人の面影を感じる。
「行こうか」
コクリを頷いたのを確認してから、正門をよじ登る。
先に男の子を押し上げてから横をよじ登り、先に着地して男の子を受け止める。
後は簡単だった。
予め男の子が一階の窓の鍵を開けておいてくれたのだ。
ここの学校の当直は殆どの場合、仕事をしているようでしていないらしい(要するに給料泥棒)。
侵入は楽々成功し、夜の小学校の中を二人懐中電灯をつけて徘徊する。
ひたひたと足音がやたらと大きく聞こえ恐怖心を煽る。
しかし何度も妖怪を目の当たりにしてきた俺にとっては、この程度怯えるには値しなかった。
ただし、男の子には効果抜群のようで、前に進む足ががたがたと震えており、歯の根がかみ合っていない音が聞こえてくる。
一応周囲に警戒しながら進むこと十数分。
トイレや教室を周り、さすがにもう何もないであろうと思った時、異常なまでの怖気が背中を駆け抜けた。
素早く振り返り懐中電灯を向けると、照らし出されたのは———-
真っ赤なピンヒール、黒いミリタリーコート、蝋人形のような病的な白い肌、落ち窪んだ巨大な、明らかに比率がおかしい目、顔の半分ほどを占めている巨大な口だった。
肌色を除き首より下は完璧な体型の女性だが、明らかに人外と分かったのはその顔だった。
否。もはや顔と形容していいのかも分からない。
目と口しか無いのだ。鼻も、頬も、額も、顎ももない。
頭いっぱいに目と口が半分ずつ領域を分け合って鎮座していた。
「…ッ!!」
「うぎゃああああああああっ!!?」
《 オ イ デ 》
《 食 ベ テ ア ゲ ル 》
巨大な口からハァー、と生臭い息が放たれ、鼻の中に入り込んでくる。
生臭いというよりは、鉄臭い。
それが体内を流れる液体を連想させ、尋常ではない吐き気に襲われる。
「うわああああああああああっ!!」
やっと体が言うことを聞くようになったのだろう。男の子が叫びながら走り出す。
【廊下さん】は迷いなくその後を追って走り始めた。
(やばい!)
慌てて俺もそれに続き、廊下さんを追い越して男の子の手をとって走る。
しかし、廊下さんはぴったりとその後ろをついてくる。
「ど…してッ?廊下さんは…ッぼくが作った…のにッ!」
(…作った?)
引っかかったが、考え事をする余裕も、問い詰める時間もない。
ひたすら走り続けるが、ピンヒールであるはずの廊下さんの速度は一向に落ちない。
廊下では、絶対に速度で廊下さんに勝てない。
このままでは食われることは確定だ。
(…待てよ)
「こっち!」
力任せに男の子を引っ張り、二人して階段の踊り場まで転げ落ちる。
そうすると、忌々しそうな顔をした後、廊下さんが跡形もなく消えた。
廊下さんは廊下以外のところには行けない。
それをすっかりパニックで忘れていた。
ハァハァと息を整えてから、がしりと男の子の両肩を掴み、気になっていたことをぶつけた。
「廊下さんは君が作った、ってどういうこと?」
「…ッ!」
びくりと肩を震わせて、ぐっと唇を噛み下を向いて、黙り込んでしまう。
「怒ってるわけじゃない。教えて欲しいんだ。それが廊下さんを倒すヒントになるかもしれない」
目を合わせてそう訴えかけると、ポツリポツリと少しづつことの顛末を話し始めてくれた。
「学校で怖い話が流行って、怖がってたら馬鹿にされて…悔しくて、あいつらとは違う特別になりたくて、嘘の七不思議を作ったんだ………。
そしたら、何時の間にか、格好とか、速さとか…そんなのがどんどん勝手に付け足されていってて…。
しかも、見た、とか、襲われた、とかまで出てきて……怖くなって…!!」
「なるほどね」
甘原少女に教えられたことがある。
言い伝えや噂話、多くの人の間を渡り歩き様々な設定、容姿、総じて【力】を手に入れたものは、極たまにその設定を利用し、それに忠実な実体を持つことがあると。
口裂け女、座敷童がその例だ。
特に座敷童は、家にいる間は家を繁盛させるという能力は共通しているが、性別も違ったり、双子だったり一人だったり、服を着たり着ていなかったりと、まさにその象徴のような存在だ。
でも、大半の都市伝説や噂話はそのまま『単なる作り話』で終わる。
理由は単純、実態を持つほどの力を手に入れることができないのだ。
何万何十万という人たちの間を渡り歩き、やっとこさ実体を持つ。
そしてそうなる程渡り歩く前に【恐怖・好奇心】という力を手に入れられずに消えてしまう。
つまり纏めると、実体化するのに必要な条件は、
1.沢山の人の間を渡り歩く
2.ある程度具体的な設定を手に入れる
3.力に恵まれた人が元の話を発信する
の三つ。
これを考えて、あることが引っかかった。
(…最初に、彼は何と言った?)
【廊下さんは、夜廊下にいる《人》を捕まえる】
子供、とは限定されていない。
小学校の七不思議だったから、子供を捕まえるのだろうと思い込んでいた。
だとすると、一つ、変な点が出てくる。
俺は【贄】だ。妖怪も裏探偵も喉から手が出るほど欲しがる存在。
廊下さんは七不思議、なら実質妖怪と同じ存在のはずだ。
あの時、彼よりも俺の方が廊下さんに近かった。
なのに、廊下さんは【贄】である俺を無視して彼の方に行った。
そして、廊下さんは実体を持っている。
つまり、都市伝説等の実体化の法則性に基づけば、彼は人並み以上の力の持ち主、ということになる。
更には、俺は自分だけの力では妖怪その他が見ることができないはずだ。
なのになぜ、俺は補助なしで廊下さんが視認できた?
(【贄】を無視した廊下さん、人並み以上の力の持ち主たる発信者、そして俺の認知能力が強化されたから見えたであろう廊下さん…)
そこでようやく、点が線になった。
男の子の両肩を両手で掴み、狼狽している彼に極力静かに告げた。
「…おめでとう。君は特別な人間だ。どうやら君は俺と同じ人間らしい」
「…え?」
「【贄】、妖怪にとってのそれ以上とないご馳走。
君の認知能力を俺が、俺の認知能力を君がブーストし合っていたからあんなにはっきり見えた上に聞く、嗅ぐなんてことまで出来たんだろうね」
【贄】であれば発信者としての力量のボーダーは悠々と超えられる。
つまり、廊下さんは彼の作り話という段階で、もう彼の『言霊』の力によって実体化していたのだろう。
それに居合わせた能力値が常人より高い子たちによってどんどん広まり、着々と力をつけてきた。
「理由その他は分かった。でもどうするか…」
(一旦帰って甘原少女呼んで出直すのが最善策か…)
幸い一階なので、窓に手をかけて開けようと試みる。
しかし、一ミリたりとも動かなかった。
(…まさかっ!?)
《 ニ ガ サ ナ イ 》
「なんで!?ねえお兄さん!どうして窓が開かないのッ!?」
廊下ではないから、廊下さんはこちらに来ない。しかし、廊下から俺たちを凝視したまま、ただ《ニガサナイ》と延々呟いていた。
「窓は無理か…逃げるよ!」
廊下から足こそ出していないが、腕を伸ばしてくる廊下さんから逃れるべく逃走を開始する。
だが、勿論廊下で逃げることになるため、狂ったような金切り声で笑いながら廊下さんはどんどん距離を詰めてくる。
判断を誤った。だがもう遅い。
男の子の手を引きひたすらに走る。
廊下からとにかく逃れようと、丁度見つけた扉の無い部屋へと飛び込んだ。
「イッテテテ…あれ?お兄さん、ここって、女子トイレ…」
余裕のないまま飛び込んだ先はどうやら女子トイレだったらしい。
男の子が赤面する。
しまった。やらかしたが、緊急事態だったのだ。致し方あるまい。
そうこうしているうちに、またずるずると手が伸びてくる。
この手に上限というものは存在しないのだろうか?
場所が悪い。完全なる袋小路だ。
度重なる恐怖が限界突破したのだろう。狂ったように泣き喚きながら、男の子が個室のドアを力の限り叩き始めた。
「もう嫌だぁッ!なんでどこも開かないんだよ!!
助けて!助けてよ!もう口裂け女でも花子さんでもなんでもいいから助けてぇぇぇッ!!!」
しかし無情にも固く閉ざされた扉は開かない。
無慈悲に、手がずるずると近づき、男の子と俺の頭を鷲掴みにして廊下に引き戻す………直前
「そんなに何度も叩かなくても聞こえているわ」
その手が両断されて霧散した。
「…へ?」
男の子の背後、つまりトイレの個室が開いており、その洋式便所の蓋の上に、おかっぱ頭、白いブラウス、赤いミニスカートの小学生低学年程度外見の女の子が足を組んで悠々と座っていた。
「呼ぶのは三回のノックで充分よ。常識でしょう?」
「…トイレの花子さん、ですよね?」
「ええ、そうよ。全く…随分我が物顔で歩いているのね」
再度回復した手が伸ばされてきたが、またもや花子さんは触ることもせずに楽々その腕を両断した。
「私は今虫の居所が悪いの。勝手に【七不思議の最後の七番目】を名乗られると困るのよ」
花子さんから沸々と怒りが湧いているのが俺にも分かる。
「最後の七番目…?」
目を廊下さんのいる方から離さずに、花子さんが答える。
「学校ごとに差はあるけど、この学校の場合は……十三階段、無限回廊、歩く二宮金次郎、ひとりでになるピアノ、開かずの間、そして私、トイレの花子さんね」
「六つしか無いですよ?」
反射的にそう聞くと、ポカンとした顔をしてから破顔し、クスと笑った。
「あなた、この状況で随分肝が座ってるのね?……ええそうよ。『七番目は存在しない』それが七不思議の鉄の掟。子供達自らが壊す場合もあるけれどね」
子供達“自ら”が壊すとは…?と考えかけたが、その思考を叩き壊すように花子さんが言葉をつなげた。
「壊すとしても、『七番目を知ると死んでしまう』…とか、元々を残しているわ。けれど廊下さんは全てを覆す。
それは好ましくないわ。
元々私たち七不思議は子供を楽しませ、並行して冒険心や想像力を養う為の存在よ。
だからあんなに死に直結する【しっぺ返し】もありはしない」
花子さんが俺たちを庇いながら、大量に複製されたらしき腕をトイレットペーパーで断ち切り、凌ぎ続けている。
「…チッ、キリがないわね…」
まだ全然余裕ではあるらしいが、攻撃に転じることが出来ないでいるらしい。
徐々に焦りが見えはじめた。
ここで俺の頭の中である一つの仮説がたった。
「もしかして…トイレでは絶対負けないけど、攻撃的な能力を持ってない…とか?」
「…ッ!!」
花子さんが部分だけ弩に弾かれたように、勢いよく振り返る。
どうやらアタリのようだ。まあ七不思議を聞く限り、十中八九そうだろうとは思っていた。
「仕方ないわ…これ以上人間を巻き込むのは趣味では無いけれど…」
そう言いながら、花子さんは思い切り息を吸い込んだ。
「四年二組出席番号十五番ッ!!!」
「ふぁいっ!?」
おお…なんつー見事な複式呼吸を…声でッか…俺の耳耐性がなければ鼓膜吹き飛んでたよ。超至近距離だもん。
てかもしかして全校生徒憶えているの…?愛が深い、とても、深い…
脊髄反射で飛び上がった男の子に、花子さんは廊下さんの相手をしながら確認を始める。
「アレの生みの親はあなたでしょ?」
「…ハイ」
「なら、あなた自身がアレに決着をつけなさい」
ガキィィィン!と学校で聞こえるべきでない金属音が響き渡る。
見ると、微細な美しい装飾を施された小さな小さな短剣が、タイルと擦りあって不協和音を奏でていた。
きっと小学生でもギリギリ持てる大きさなのだろう。
男の子が半ば怯えながらも、それをしっかりと手に取る。
「そしてアナタ」
「俺ですよね。大丈夫、サポートしますよ」
「…さっきから色々と、やたら察しが良いのね。鍛えられてるの?」
「まあ色々ありまして…」
「ま、裏探偵なんて、まず変人でないとなれないものね」
「HAHA…」
苦笑いしか出ねえわこんなん。
フー、フー、と肩が上下し、荒い息を繰り返す男の子に近づき、静かに、落ち着かせるように話しかける。
「やる決意は決まったんだね?」
「…うん、ぼくが…全部の始まりのぼくが、やる!」
「良い決意だ」
ポン、ポンと肩を一定のリズムで軽く叩き、リズムを教え込む。
それが突撃タイミング。
なんというか、色々な妖怪に休日も会うようになって、逃げるタイミング、攻撃の切れ目がなんとくなくだが分かるようになっていた。
ポン、ポンと叩き続けて、グッ、と足に力が入ったのを確認して、思い切り【押した】。
「今!」
思い切り良く走り出したその背中を見送る。
花子さんのトイレットペーパーを逃れた腕が頭を掴みそうになる直前に、俺は叫んだ。
「ガア!マー!」
男の子が透明になる。
俺の式(友達)、鎌鼬の3人組の能力『透明化』だ。
そして、廊下さんが短剣を見つけて雄叫びのような声を出す。
爆発的に増えた腕が視界全体を覆い隠す前に、俺はもう一人の友達の名を叫んだ。
「オル!!」
瞬間、全ての腕が切り落とされる。
鎌鼬のうち一人の能力、全てを斬る鎌による攻撃。
花子さんのトイレットペーパー攻撃に特化し始めていた腕は、予想外の方法で切断されたことで大幅に再生が遅れる。
その時間を利用して懐に入り込んだ。
「うまい…!今よ!決めなさい!!」
「いけーーッ!」
「わあああああああああっ!!!」
逆手に持った短剣が、深々とミリタリーコートとその下の体に沈み込む。
《 ……… オ メ デ ト ウ ….ツ ヨ ク イ キ テ 》
そう言ってから彼の優しく抱きしめ少し頬を撫でて、廊下さんは霧散した。
これで俺は、初めて一人で依頼を完遂した。
後日、また彼に話を聞いてみたところ、彼は自分の『言霊』の力による今までの事象を認識し、使わないように心がけるようになったらしい。
『廊下さんは存在しない』という言霊を最後に。
彼はアレ以降とても明るくしっかりとした性格になり、なによりも、精神的に比べ物にならない程強くなった。
廊下さんの『おめでとう』とはきっと
生みの親の本当の人間としての門出を祝うものだったのだろう。
俺は裏探偵見習いとしての確かな結果の手応えと、達成感を感じていた。
「人は皆等しく成長し続けるものよ」
あの個室で、花子さんはとても満足げに呟いた
半失踪失礼しました…
一応失踪するつもりはないのでご安心を!
また読んでいただけると嬉しいです!