俺と辛党と嘘つきチェシャ猫
私は帰ってきたああああああああああああああ!
誰も待ってないけど。
はい!ようやく主要人物が揃います!
リアルが忙しかった!!
題名でお察しと思いますが今回は甘党出てきません!田中の奮闘回です!!
お楽しみいただけると幸いです。
さて、とりあえず現状に対して一言。
「ここは一体どこですか!?」
これにお決まりの『私は誰』が付かなかっただけ幸運だと思っておくことにしようそうしよう。
とりあえず周りを見てみることにしよう。
藁ぶきの屋根に土の壁。しかもバリバリに隙間風が入ってきている。
待て。本当に待って。ここに来た経緯とかが一切思い出せないというか記憶にない。
「確か海坊主騒動の後に解散してそのあと…」
あれ?
記憶がない
本当にどこだ!?さっきまで寝てたみたいだし…
むっくりと起き上がって気が付く。藁を敷いただけの寝床、桶で組まれただけの多分飲み水であろう水。隙間風をいいことに換気口や窓の一つもない。超家畜待遇。ナニコレ。
「着の身着のままだし…ん?いや待て。ということは!」
ズボンの右ポケットをあさると、案の定スマホが出てくる。なんかGPSはイカレちゃってるけど、多分通話くらいはまともに出来るはず。
「はやく千里に電話を…」
あ。やばい。
「常日頃一緒にいるから連絡先交換するの完全に忘れてたあああああああああ!」
どうしようどうしようと一人慌てて踊るようにワタワタしている俺のズボンの左ポケットから、小さな紙がひらひらと落ちた。
『千里辛牙』と記された名刺。
「名刺…?ってことは多分!!」
くるりんぱと名刺を半回転させると、やっぱりTellと書かれており、電話番号が書いてあった。
大慌てでスマホに電話番号を打ち込んで発信する。
ピリリリリ、ピリリリリ、と耳元で呼び出し音が無機質に鳴る。
しばらくして発信音が止んだ。
《はいもしもし。こちら…》
「辛牙少年ッ!?」
《ん?その呼び方…あーあんたか。で?常に千里におんぶにだっこだったのに急にどうした?どういった風の吹きまわしだ?》
「おんぶにだっこ、って…」
《いや事実だろ》
「でもやめてその言い方!俺のプライドがズタズタになる!!」
《へーへー。で?用件は?》
「ここはどこでしょうか?」
《は?》
「目が覚めたら見知らぬ一室でした」
《いや、目が覚めたら異世界でしたー、みたいに言われても対応に困るんだが》
「でも事実だから」
《さっきの根に持ってやがるな畜生め》
「どうしよう」
《とりあえず現状報告その他経緯教えてくれ》
「OK!」
かくかくしかじか四角いムーブといった感じに現状その他を辛牙少年に報告。
《Ok, I’m understand. So, you must go away soon. Because…》
「ちょちょちょちょストップ!すとーーーっぷ!!」
《What’s up?》
「Why! Why English!?」
《あん?いやなんかOKって英語で返されたから英語で話したいのかと思って乗ったんだが、違ったのか?》
超ド天然でしたかこの子は。
しかもなんかめっちゃ発音良かったし。というか発音良すぎて大半聞き取れなかったし。
「英検3級にガチリスニングはきついです…」
《あ、そう。まあ言えることは一つ。さっさとそこから離れろ。じゃないと最悪の場合死ぬぞ》
「うそでしょ!?」
《ここでウソついて俺に何の得があるんだよ》
シレっととんでもないこと言わないでくださいよ!俺は君たちと違って一般市民だからね!?そんな現状を前に超冷静でいられるような鋼の心臓持ってないからね?むしろガラスのハートだからね?豆腐メンタルだからね?割れ物注意だからね!?
そう喚き散らしたくなったがさすがに年下相手にそれは情けなさすぎる。
湧き上がる気持ちをどうにか封殺して、扉へと近づく。
木製の扉。一応押したり引いたりスライドしてみたりしたが、開かない。
感触的にがっつり閂か何かがかけられているようだ。
他に出られそうなところ無し、小窓や換気口もちろん無し。
ここしかない。
甘原少女ならしれっと蹴破って出そうなものだが、あいにく俺に武道の心得なんてものは毛ほどもない。キングオブフツー、それが俺なのだ。本当に悔しいことに。
「待てよ。蹴破る…?そうだ!!」
◇
《待てよ。蹴破る…?そうだ!!》
それっきり、電話口からは何かがぶつかるゴンゴンガツンという音がひっきりなしに聞こえている。
「あー、やっぱ気づいたか。タックルなら自分にもできるってことに」
苦笑しながらその音を聞きつつボールペンをさらさらと滑らせる。
多分本人は気付いてないだろうが、田中さん(口には出さないが年上だし一応脳内ではこう呼んでいる)はだんだんと変わってきている。
千里に振り回されまくったことや、千里に叩き込まれた知識(千里本人曰く妖怪関連から現代社会、絶対要らないだろと思うようなサバイバル知識…例を挙げれば毒キノコと可食キノコの見分け方など…多岐にわたる)や、度重なる妖怪との遭遇で、異常事態に順応する速度が尋常でなく速くなっているのだ。
(多分本人は豆腐メンタルとかガラスのハートとか思ってんだろうけど)
田中さんもだんだんとコッチの住人になってきてる。今も冷静に判断できている。無自覚だが。
(ま、それをわざわざ親切に教えてやるほど俺も千里も優しくないけど)
ガンガンという衝突音が段々とガコッ、バキ、という破壊音へと変わっていく。
バキャッ、という一段と大きい音がしたと同時に、電話口から《ヤッター!!》というこちらのことを全く考えてない声量の歓声が上がった。
キーンとハウリングのような状態になった耳を押さえ、収まるのを待つ。
《次は!?次はどうしたらいい!?》
速く速く、とせかされはしないものの、せかされているのとほぼ同義な声で問われる。
「あんたちょっと待てよ…こちとらさっきのこっちのことまるで考えてない歓声のせいで耳痛いんだから…」
子供じゃあるまいし…と思ったが思うだけに留めておく。多分言ったらかなり長いこと根に持たれる。
《スミマセン…》
「はーいはい。とりあえず適当なとこに隠れな。多分さっきの騒動で見張りが文字通り飛んでくるから」
《マジッすか!?それ早く言って!!》
「はいはい慌てない。変に痕跡のこしたら見つかるぞー」
バタバタバタ、と大慌てで移動する音が聞こえてきたことに苦笑しつつ、ちょっとした注意をしながらボールペンを置く。
『甘原千里宛』と書かれた、たった今書きあげた伝達用式神に息を吹きかけて見送る。鳥の形になった式神は静かに飛び立った。
◇
慌ててよさそうな大きさの衣装棚に隠れて隙間から外の様子を窺う。
バサバサという羽の音や、風を切る音は聞こえても、肝心の妖怪の姿が見えない。
(そう言えば俺、甘原少女の補助なしじゃまだ妖怪視れないんだった!)
妖怪を『視る』力と視力は全くの別物。
甘原少女い曰く、
「赤ん坊も最初から全部が全部まともに見えてるわけじゃない。目を使って使って使いまくって、ひたすら何かを見て見て見まくって慣れてんの。要は慣れよ。
全部慣れ。子供ってたまーに『あそこに狐が居る』だの『女の子がお水欲しがってる』だの何もないとこ指差して不思議な発言することあるでしょ?これはマジで妖怪を視てるの。
子供だから妖怪が視える、はガセネタじゃなくて事実。
じゃあなんで大人になると見えなくなるんだ?ってのは簡単。使わなくなるから劣化する。
個人差でどんどん視えなくなるし、妖怪なんているわけない、自分は見えない、って否定されたら自分で視てた妖怪を信じなくなって、わざと『視』なくなる。他人と違うってのは怖いことだもの。だから大人になっても『視』えてる人は少ない。
君みたいに『後天的』なのはもっとレアケース。だから視えるようになるのも遅い。」
…だそうで。だから甘原少女の『視』る力のおこぼれに与って(眼鏡みたいな感じ)補助してもらって『視』ているのだ。
んでもって、今はその補助がない。だから視えない。さてどうすっぺ。
《おーい?なんの妖怪だったんだ?報告してくれー》
小声でせかされる。うん、告白するしかなさそうだ。
「実は俺まだ一人で妖怪視れないのです…」
《…ハイ?》
「甘原しょ…じゃなかった。千里の補助なしで妖怪視れないです」
《いま甘原少女って言いかけた?》
「エー?そんなこと言ッテマセンヨー。気ノセイジャナイデスカネー」
辛牙少年は俺が甘原少女に「まどろっこしいから千里って呼んで。はいこれ強制」と言われたのを知っている。チクられるのはご勘弁願いたい。
《すんっげえ棒読み…大根役者にもほどがあるだろ…まあいいよ、“今回は”見逃してやる》
あれ!?今すっごい今回は、ってところ強調しませんでした?二回目無いヤツ?
《視えないのはちと困るな…でも離れてるからおこぼれで補助ってのは出来ねえし…仕方ねえか。俺の力飛ばして直接右目に叩き込もう。おーい、最初は相当痛いけど我慢しろよー》
「え!?ちょちょちょ待って!?なにするつもり!?相当痛いんでしょ!?せめて説明を…」
《そんじゃ行くぞー。さーん、にー、ゼロ》
「1はあいだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ!?」
《1は痛い?》
「1は!?に悲鳴が重なっただけだよ!つか何やったのこれ!?」
ひいひいと右目を押さえて、痛みのあまりやたらとねっとりとした涙を拭いながら喚く。
右目にだけ激痛が走った。痛すぎてまだ目を開けられない。
《あー、やっぱ痛かった?》
「右目の中で熟練のスズメバチが集団でキレっキレで地面すれすれまで低い姿勢のコサックダンスをしているような痛みでした」
《下手すぎる食レポか何か?具体的すぎて逆に全く伝わってこない》
やっとこさ開くようになってきた目で大量に瞬きをして、涙で滲む視界をクリアにする。
すると、視界に大量の烏天狗が映り込んだ。
「烏天狗う!?」
《はあああああああああああああああああああああああ!?》
俺の叫びを聞いた辛牙少年が俺よりも大きな叫び声を上げる。
しかしキーンとはしなかった。甘原少女によるダブルアタックをよく受けているため、耐性が付いているらしい。俺グッジョブ。
《ちょ、おま、なんで?何でお前よりによって日本三大妖怪の一角に攫われてんだよ馬鹿なのか!?》
「?三大妖怪って?」
《酒呑童子、海坊主(集団に限る)、天狗!!常識だろうが千里に教わってんだろ!!そうじゃなくても今すぐ頭にたたき込め!!》
「はいいいいいいいいいいいいいいい!?え?これ結構ヤバイ状態!?」
《結構じゃなくてこれ以上ないくらいヤバイ状態だよ!!ああくっそ!いいか!?おま…力…後天て…に…く……脱しゅ…情報…嘘……紫…布……猫…》
「え!?ちょっと!?待ってノイズが!!」
ザザ、ザザザザ、と言葉の端々にノイズがかかり、ところどころしか聞き取れない。
ついには通話がぶっつりと音を立てたきり切れてしまった。
最後の頼みの綱が切れた。ここからは一人でどうにかするしかない。
「目の補正が無くなってないだけまだましか。どうしよ…」
紫だのなんだの言われた気がするが全く分からない。
「紫、情報、猫、布…」
衣装棚からはい出て辛牙少年の言葉…というよりは単語をブツブツ復唱する。
辛牙少年があの土壇場で意味のない言葉を発するはずがない。必ず何かしらの意味があるはずだ。
辛牙少年はあらゆる手を尽くせるだけ尽くしてくれた。後はそれを俺が活かしきり、掴みきれるか。
「紫、布、紫の布?」
紫の布…か。可能性はある。
とりあえず視線を巡らせると、壁に張られた紫色の布が目に入った。
紫の布。しかもそって進めば壁に張られた紫色の布の量が増えていっている。
これのことか…?もし罠だったら?俺に対抗手段はない。
「ええいっ、ままよ!」
ダッシュで布の張られた廊下を走りぬく。
なぜ走るのか?理由は単純。
「怖ええええええええええええええええええええええッ!!」
少しでも怖さを緩和するためだ。
ダッシュで走り抜けば、紫色の壁紙が貼られた不思議な雰囲気の部屋に行きつく。
生活用品その他も揃っていて、人一人くらいなら住み心地は良さそうだ。
ほこりなどは積もっておらず、管理されているが、部屋主の姿はな
「誰をお探しですかな?お客人」
「ぎにょあっ!?」
「あっはは♪変な悲鳴~」
目の前に突如逆さづり状態で現れた中世的な外見の少ね…少女?はケタケタと楽しそうに笑いながらスタンッと身軽に着地した。
色白で黒髪、もみあげだけが肩まである特徴的なショートカットで、茶色のキャスケットの下で煌々と輝く紫色の猫目は常人よりも大きく印象深い。
白黒のボーダーTシャツの上から青いジップアップパーカーを前を開けた状態ではおり、Tシャツの腰あたりを黒の極太ベルトで斜めに絞っている。
黒のショートパンツに白くのボーダーのニーハイ、白いハイカットシューズというシャレオツな格好をしているが、ナウでヤングな格好は俺にはよく分からない。
とりあえず似合っていること、白黒ボーダーのTシャツとニーハイ、紫の猫目から、アリスのチェシャ猫のようなイメージを受けることくらいしか分からなかった。
「ボクお兄さんが今何考えてるか当てる自信あるなあ」
カチャ、と白いワイヤレスヘッドホンを首にひっかけながら笑って言った少女…多分少女。は、丁寧に自己紹介を始めた。
「はじめましてお客人。ボクはLiar。情報屋だよ」
「らいあー?」
オウム返ししてしまった俺に、くすくすと楽しそうに笑いながら少女は付け加えた。
「そう、ボクはLiar。英語で嘘つきって意味だよ。皆そう呼ぶから自称してる。失礼だと思わない?言うに事欠いて嘘つきだよ?ま、気に入ってるからいいんだけどね」
くるくると俺の周りを回りながら、品定めするように見つめてくる。
「さて、お互いにお互いのことをまるで知らないんだし、自己紹介の一つくらいあってもいいんじゃないかな?雑用係君」
「ダウト。俺を雑用係って呼ぶってことは、少なくとも俺と甘原少女の関係は知ってるってことになる」
きっぱりと言い切ると、おっとっと、とワザとらしく口元を押さえて二マニマと笑っていてた。
「あははっ♪ごめんごめん。家事万能、順応能力、吸収速度も速く性格は素直。んでもってボクと同類。知ってるよ?情報集めたからね。で、用件は何かな?」
すいっと宙を泳ぐ何かを追うようにように動いた瞳が俺に焦点を合わせる。
大人顔負けの迫力を持つ、まっすぐな眼に少したじろいだ。
俺が最近知り合った少年少女たちは、揃ってこの眼を持っている。すべて見透かし見通すような眼。
勝手だが、この眼の前ではどんな小さな嘘も吐かないと決めている。なぜかそうしてはいけない気がするのだ。
「ここから出て…千里のもとに帰りたい。…できれば、一回も見つからずに。」
「わあ~お。嘘も妥協も一切なしかあ。むしろ清々しいね。拍手したいくらいだよ。」
本当に拍手をしながら壁に近寄ってその壁を押す。
がこんと音を立てて壁が一部分だけ外れて、人一人と俺そうな大きさの隠し通路が姿を現した。
「え」
「気に入った。ついてきなよ。ギリギリお兄さんも通れるとこだけ通ってあげるから」
眼が真剣だ。これは嘘ではないのだろう。
ついていくことを決め、通路へと足を入れた。
◇
天井裏をずりずりと腹ばいで進む。
さっきから超複雑な道のりを必死こいて進んでいるため、東西南北、下手すれば上下左右の感覚までもがパラリラピーになりそうで怖い。唯一の救いはココがガチガチの日本家屋式な間取りでギリ俺でも通れるサイズの道(?)が多かったことだろう。
「絶対服埃まみれだよこれ…」
ぼやきながら木の合間から下を覗くと、天狗たちが文字通り血眼で俺を探し回っている。
俺のどこにそんな価値があるのだろうか。
そう思っていると、板がみしみしと不穏な音を立て始める。
エマージェンシー、エマージェンシー。これ分かる、あかんやつや。
《バキッ!!》
「やっぱりいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
落下する体。甘原少女に叩き込まれた【教えられた、ではなく叩き込まれた、の時点でお察しである】受け身をとる暇もなく、背中をしたたかに打ちつける。
これは叩き込まれた条件反射のおかげで首を折らずに済んだことを喜ぶべきなのか、それとも叩き込まれたはずの受け身をとっさにできなかったことを嘆くべきなのか。
ポジティブにいこう、そうしよう。
「なにしてんのお兄さん!さっさと立って逃げて!!」
Liarの声が耳朶を引っ叩き我に返る。
気づけば天狗に囲まれていた。やっっっべえ。
槍だったり太刀だったり、とりあえず触ったら一発でお陀仏になりそうなものが俺をぐるりと囲んでいる。
女の子に囲まれたいという願望はあるけど明らかにヤバイ獲物持った天狗に囲まれたいという願望はない!
トラウマになりそうなんでやめてください!チェンジ!!チェンジッ!!
《これはどうする》
《希少だ》
《今すぐにでも》
《しかし人数分はない》
《小分けにするか?》
何を話して…はい?
ちょっと待て今なんつった。
小分け?何を?…もちろん俺を。
ぎらりと光る太刀が俺に向けられる。
「いいいいいいいいいいいいいいいいやあああああああああああああああああ!!俺まだ五体満足が良いッ!人間パズルにはなりたくないいいいいいいいいいいいいいい!!」
大絶叫して暴れまくる。豚肉感覚で細切れにされてたまるかああああああああああああ!
無情にも振り下ろされる太刀。
それは、俺に触れる前に弾き飛ばされた。
「…え?」
薄い繭のようなものが俺を覆っている。幻覚なのか何なのか、見慣れた背中が俺の目の前に、天狗たちから俺をかばうように立っていた。
「千…」
「お兄さん!走るよ!!」
この隙に割って入ってきたLiarが呆然としている俺の手を引いて、凄まじい早さで走りだす。
《裏探偵風情が小癪な…!》
《追え!逃がすな!》
天狗たちの視線を切るように逃げるLiarについていくのに必死で、もうどこを走ったかなど分からない。
ただ、気づけば海に面した裏道らしきところに出ていた。
「ここまでがボクの仕事」
そう言ってLiarは俺の手を離した。
「代金はなしでいいよ。結局見つかっちゃったしね」
「え…ちょ、俺帰り道分からないよ!?」
事実だ。ここがどこかすらも分かっていないのに、帰り道が分かるはずがない。
「うんそうだね。だから…」
軽やかな足取りで海に近づき、くるりとターンして俺の方を向く。
その眼は不安など一切感じていない眼だった。
「だから、後は彼らに任せることにするよ」
パチンと指が鳴らされると、ググググッ、と海面が盛り上がり始める。
ざばあああああああああああああと盛大な音を立てて海から出てきたのは、底抜けの柄杓を持った件の海坊主と、それに乗った辛牙少年だった。
「よお、無事かー?
ったく、珍しく底の大嘘吐きから連絡来たと思ったら用件お前の回収かよ。
途中までしかナビゲートしてやれなくてごめんな。
つか、あの状況でよくここまで正確に動けたな。成長してるぜ。
千里には連絡入れといたから安心しろ。多分折檻で済む」
よお、と謝りながらのんきに片手を挙げて挨拶される。どうやらこの海坊主は辛牙少年の式になったらしい。後半は聞こえなかったことにしておこうそうしよう。
「おかげさまでー!というか謝らないで、むしろ感謝の一念ですよ」
ひょいっと海坊主に飛び乗ろうとすると、「ほれ」と辛牙少年に手を差し伸べられる。やだ紳士。
「Liar!ありがとう!」
「いえいえ~♪ボクお兄さんのこと気に入ったし、これからも味方してあげるよ♪
いつでも頼ってね♪次からは有料だけど」
抜け目ないな!!と思いながらも、Liarに見送られながら辛牙少年と一緒に帰路につく。
その間、彼女はずっと笑っていた。
「気に入ったから、ボクはずっと君に味方してあげる。
この言葉に嘘はないよ。これから先、君が君である限りは………ね」
Liarが一人、寂しそうにぽつりと呟いた言葉は、誰にも届かずに波音に沈んだ。
「…私の出番は?」
「なかったな。ドンマイ!てか田中どうした」
「全身が痛い…」
「甘党ブートキャンプを1からやり直しただけだよ」
「ご愁傷様」
「さてとー!次回もお兄さんが主軸!?やっと主人公っぽくなってきた♪」
「「帰れ大嘘つきがッ!!」」
「うーん、デジャヴ」