5.埃一つも逃さずに
「お嬢様、ダージリンをお淹れしました」
「ありがとう、ヴィリエ」
茶会の催しから数日が経った後、ご当主からなぜかわたくしに従僕を与えられてしまったのですが、彼の正体は未だに掴めておりません。しばらくは様子見といったところでしょうか。
「ヴィリエ様、貴女の袖に埃が付いております。じっとしていてください」
「埃……?」
ラーティクはわたくしに触れようとしてきている? 何か企んでいるというのですか?
「ラーティク。わたくしにそのような振る舞いは無用。貴方はあなたのことをしなさい」
「……申し訳ございません。では、隣室を磨いて参ります」
分からないですね。何故、わたくしに近付こうとするのか。お嬢様にはまるで見向きもしていないように感じます。本当にただの従僕とでも?
「ヴィリエ、彼はあなたに献身的なのね。憧れを持ってしまうわ。うふふっ、いいことね!」
「リュドミラ様……わたくしには何のことなのか分かりかねます。何故、あの男はわたくしに近付くというのでしょう?」
「ふふっ。ヴィリエはラーティクのすることが気になるのね?」
「ええ。お嬢様には指一本、触れさせません。従僕である以上、本来はお嬢様のお傍にすら近づけない立場なのです。それが許されているのはわたくしの従僕だからに過ぎないのです。しかし、袖の埃を気にすることなど理解出来ません。彼の目的は何だと言うのでしょう」
「そ、そうではないのよ。き、きっとね、彼はあなたのことが気になるの。立場に関係なく、あなたの近くにいたいんじゃないかしらね。ヴィリエは綺麗ですもの。いつもわたしだけがヴィリエを独り占めしていては、進展も叶わないんじゃないかしら」
「わたくしもお嬢様をずっと、独り占め……お傍に――」
「――失礼致します。ヴィリエ様、お客様が見えられております」
客? あぁ、また懲りもせずにおいでになられたのでしょうか? 何故お嬢様を執拗に狙うのか、わたくしには理解出来ませんね。今日はどんな形でお出迎えを致すとしましょうか。
「ではお嬢様、わたくしは客人をもてなしに行ってまいります」
「ヴィリエ。無理をしてはダメよ」
「有難きお言葉にございます」
さて、本日はどのような方々が見えられているのでしょうね。どんな形であれ、お嬢様には近づけさせません。
いつものようにわたくしは外に出て、客人をもてなすつもりだった……それがどういうことなのでしょうか。わたくしが対する前に、すでに客人たちが地面に寝転がっておいでではないか。
「……あそこにいるのはラーティク? まさか……」
「ヴィリエ様。あなたに危険を及ぼす客人でしたので、私が片付けておきました。褒美を頂けませんか?」
「この方々……あなたが?」
「はい」
「ラーティク……貴方は何者なのです? 害をなす者としてわたくしに仕えましたか?」
地面に転がっている客人はいつもの顔ばかり。しかも大人数……とても従僕であるラーティクがしたとは思えません。それともやはり偽りの姿とでも?
「俺はヴィリエ様。いや、ヴィリエを守る為に傍に仕える従僕さ。当主様にはそう言われただけだ。あんた、その髪色……綺麗な銀色をしている。惚れてしまう位にな。だが、危険だ。だから俺があんたの傍にいる。それだけのことさ」
「……なるほど。では、ご当主様はラーティク。あなたの力をお認めになられてわたくしに仕えさせたのですか。お嬢様には目もくれず、わたくしを守る為の存在ということですか」
従僕とは偽り。強さのほどは目で追うことが叶いませんでしたが、この男……油断なりませんね。何故、わたくしにこのような男を付けられたのですか、当主様。……わたくしに何かご不満でもおありなのでしょうか。
「守る……あぁ、そうだ。俺はあんたを守る為だけの存在だ。そういうわけだから、今後もよろしく頼むぜ。ただし、リュドミラ様には内緒にしてくれるとありがたい。あなたなら分かるはずだ。それが賢明だということをな! じゃあ、よろしく頼みます俺の主、ヴィリエ様」
「……くっ」
どういうおつもりなのだ本当に。わたくしは乱されてはいけないのだ……この心は我が主、リュドミラ様にお捧げするためだけにあるのですから――