1.近付く奴には容赦なく
華やぐ可憐な少女が薔薇の花びらを絨毯にして、おしとやかに歩いている。そのお姿はいつ見てもお美しい。この方のお傍にお仕えすることこそが、わたくしの役目であり、大いなる幸せでもある――
「リエ……ヴィリエ……起きているの?」
い、いけない、いけない……ついつい、お嬢様に見惚れていた。
「いえ。どうされましたか、リュドミラ様」
「今日もあの方が、あそこに見えられているのだけれど、どうすればいいのかしら……やはりお誘いに乗って差し上げるべきなの?」
身分をわきまえぬ下郎めが。可憐なお嬢様に毎日のように近付こうなどと、許すまじ行為――
「心配要りません。わたくしが、お話をつけてきましょう。お嬢様はお先にお戻りくださいませ」
「そう? では、ヴィリエにお願いするわ。くれぐれも無理をしてはダメよ? あなたのその美しい髪色を眺めているのが好きなの。すぐに戻ってね」
「はっ! お任せください」
お嬢様は可憐だ。それでいて、慈愛に満ちておられる……そんな方に近付く輩は、わたくしがお嬢様の傍付きになってからも後を絶たない。お嬢様のお屋敷の手前、痛みを伴うような攻撃はしていない。だが、お屋敷の敷地に立ち入るものがいれば、わたくしは容赦しない。
「何用か」
あざとくも黒い礼服に身を包み、いかにも礼儀正しい立ち振る舞いを見せてはいるが、お嬢様の心を付け狙う賊にしか感じぬ。丁重にお帰り願わねばならない。だが、引き下がらぬようであれば、アデプトに恥じぬ動きをご覧に見せて差し上げねば。
「これはこれは、ヴィリエ様。用と申すは、お屋敷で過ごされているリュドミラ様にお目通りを願いたく参った次第でしてね……」
「ならば、早急に去れ。敷地に足を踏み入れること許さぬ」
「そう言うわけには行かないのですよ。我が当主様がえらくお気に入りされているお嬢様ですからな。さすれば、一刻も早くお連れしたく……」
「無用。お嬢様には近づけさせぬ。わたくしの術を受ける前に去れ」
「ふははっ……、こちらも荒立てはしたくなかったのですが、致し方ありませんな」
やはり似非の礼儀だったか。黒服の輩は一歩後退すると、代わりの男たちがわたくしに牙を向けて来た。やはり賊か。
「……そ、その女を倒しなさい!」
「はっ! お任せを」
わたくしが余程邪魔な存在のようだ。寄ってたかって、ただ1人のわたくしに対して数人の輩が拳を構えて来ている。ここはオドを使用させていただきます。
「来なさい。すぐにお帰り願うことになりますが……」
「この女……! うおおおお――っ!? な、なんだ!?」
わたくしに襲い掛かる男たちは、全身に重圧を感じたかの如く動きが止まっている。
「ふふっどうしたのですか? あなたたちの体が恐ろしく鈍いですよ」
「ふ、ふざけるなっ……これではどうだ!」
あぁ、拳は早々に諦めて小物を出して来ましたか。無駄、ですよ。
「では、これでその物騒なモノを別のカタチへ交換してあげましょう」
手をかざすヴィリエ。手からは何らかの魔術が発動しているが、男たちは見えていない。かざされた剣は植物に姿を変えてみせた。
「な、何だこれは……これではどうすることも出来ないではないか」
「ぬぅ……ひ、引き揚げますよ。ヴィリエさん、あなたの言う通りに去りますがいずれその自信と余裕を砕いて差し上げよう」
「お待ちしております」
他愛もありませんね。これもわたくしに宿る力のおかげでもありますが、マナは使えずとも、オドで事足りますし、多少の魔術にも心得がありますからね。どんな輩が来ようともお嬢様には近付くこと叶いません。
※
「只今戻りました」
「ヴィリエ! 待っていたわ。ケガはしていないのね? あなたをよく見せて」
「は……」
リュドミラ様の御膝元に跪き、わたくしはお嬢様に顔を向けて口づけを御手に差し上げた。
「また一段と輝きを増しているのね……貴女の髪色は」
「はい。多少ではありますが、オドを使用致しました」
「まぁ……! それは大丈夫なの? ヴィリエ」
「問題ありません。それに、お嬢様がお好きな銀色にさらに輝きを増すことになるのであれば、本望でございます」
わたくしは生まれついての少量魔力。アデプトに至っては、錬金術こそが大元であって魔術ではない。しかし滅多なことでは錬金術は防衛に使用しない。だからこそ、体内に僅かしかなくとも魔術を使って輩に使用している。マナではなく、オドを使用しているにも関わらずある時から変化が起き始めた。
「無理はしてはダメよ。それでも、確かにヴィリエの髪色には見惚れてしまうわ……」
「いえ、リュドミラ様こそ、わたくしは見惚れてしまいます」
傍仕えをして、幾度かオドを使用しお守りをして来たわたくしは、髪色が銀色へと変わり始めた。だからといって、体には何の異変も感じられない。このことがかえって、お嬢様を満足させていることに繋がっているのだから、何も問題なんてないのです。
其の内、髪色だけでなく、瞳の色も変わるとしても本望であり、誇りでもあるのです。
「ねえ、ヴィリエ」
「は。何でしょうか、お嬢様」
「あなたはわたしが幼少の頃より傍仕えをしているわ。今、いくつになられたの?」
「21になりましてございます」
「わたし、ヴィリエにも幸せになって欲しいの。傍仕えをしていたら、出会いはおろかあなたとの恋を目指す方がお近づきになりにくいのではないかしら?」
「お心遣いいただきありがとうございます。ですが、今は無用と存じます……」
お嬢様に心を遣って頂くなんて……何て勿体無いのだろう。
「そんなことはないわ。今すぐじゃなくてもいいの。ヴィリエにも素敵な方が現れて、その方と幸せになって欲しいと願っているわ」
お嬢様は聡明な御方。わたくしの様な立場の人間でもそのようなことを仰っていただけるなんて、本当に勿体無いです。そのお心に報いるためにも、近付く輩には一切の妥協と容赦をしないことを誓います――