蓮実の思うところ(2)
肖像画を描いている間、長峰と花蓮のやりとりをドアの隙間からそっと窺っていたお目付け役は、踵を返して考え込む。
親へ報告するべきか否か。
でも、何をどう話せばいいだろう? ふたりの間には何も……物理的には何も起きていないはずだし、相手を意識しているとしても特別な……甘い雰囲気が漂っているわけでもない。
だが、自分が留守にした二日間、何らかの変化があったはずだ。
森下邸に戻ってきた蓮実は目の前に広がる光景に違和感を覚えた。
アトリエ代わりの部屋で熱心に絵筆を走らせている長峰。その視線の先には姿勢を維持する花蓮が椅子に座っている。
これまで何度も見てきた場面なのに、これまでとはちがうものに見えてしまう。
(何が起きたんだろう?)
自分が不在中の出来事を花蓮に尋ねてみれば、素っ気ない返事しか返ってこない。
「別に――」
しかし妹から疑惑の視線をに当てると、ドギマギして目を逸らす。
花蓮は、やはり人を騙しつづけることのできない性分らしい。蓮実の視点で捉えても、それは明白な事実だった。
キャンバスに向かう男を見て、蓮実はある可能性を考えてみる。
長峰にとって、姉はモデル以上の存在になり得るのだろうか。花蓮はもちろん子どもの自分では、相手はまともに取り合ってくれないだろうけれど。
作家志望の蓮実は、まさかという展開が恋愛に火をつけてしまうものだと知っていた。
伯母の話では変わったことはなかったという。
しかし伯母の主観的な意見は判断材料にならなかった。伯母は自分たちの母と同様大らかな性格で、細かいことは気にしない。そうでなければ、画家と絵のモデルとはいえふたりを同じ屋根の下に住まわせるはずがない。両親が、特に父親が一番に心配していたのはそういうことだ。
(みんな、何を考えてるんだろ……? 全然わかんないよ)
花蓮も、長峰も自分の気持ちをはっきり言葉にしたことがない。
伯母の鞠絵はふたりが、自分たちに欠けているものを見出すことに期待している。かと言って両者を焚きつけるわけでもない。相手の考えもわからずに、どうして平気でいられるのか蓮実は不思議で仕方なかった。
「大人ってわからないなぁ」
心のつぶやきが、素直に蓮実の唇から零れた。