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1 喧騒

 1 喧騒


 宏一は悩んでいた。真っ白な楽譜を目の前に、あぐらをかきギターを抱えている。右手に持ったペンで頭を掻く。

 新曲のアイデアが浮かばない。もう一週間考えつづけている。書きたいテーマが見つからないのだ。

 気分直しにキッチンへ出てきた。このアパートはかなりのボロだがこのキッチンが気に入って安価で借りている。

 冷蔵庫からスカッシュを取り出すと、左手を腰に当てて口をつける。

 もやもやしている頭を左手で掻きながらため息をつく。

 メジャーデビューが決まった今、彼は歌を聴かせたい相手を見失っていた。インディーズ活動はライブの動員こそ少ないもののの観客のノリがよかった。だがメジャーともなればそれだけではなにか物足りない。その物足りないなにかを形にしてみたい。そう思うのだが言葉にならない。

 ドアの向こうから階段を駆け上がってくる足音が聞こえてきた。

「宏一いる?」

 ガバッと扉が開くと、黒髪をなびかせた少女が、元気な声をあげて部屋に飛び込んでくる。白いTシャツの上から黄色のブラウスの裾を結び、水色のショートパンツを履いている。

「なんだ、深雪か」

 ここに出入りする人間で、階段を駆け上がってくるのは彼女しかいない。たやすく予想できた結末に再びかるくため息をついた。

「深雪か、じゃないわよ」

 頬を膨らせた彼女は宏一に食ってかかる。一七歳の少女は自分が子供に見られることを極端に嫌う。今年二五歳になる宏一からみれば、まだまだ子供の年齢だ。子供として見ていないのは、物好きな将人くらいだろう。

「なんの用だ?」

「次のライブが決まったのよ!」

 これも容易に予想できたことだ。今までも、ライブが決まったりレコードディスクやネット配信がチャート入りしたりといっては駆け込んできていた。

 宏一はインディーズチャートでナンバーワンをひた走る五人組人気インディーズロックバンド「ホワイトナイト」のヴォーカルとリードギターを担当している。そのバンドで深雪はサブヴォーカルをしながらキーボードを弾いていた。深雪は作詞もできるので自分が歌う曲がいくつかある。ホワイトナイトはメジャーレーベルからデビューする段取りがすでに調えられていた。

「あ、そっ」

 今の宏一にライブの話はどうでもよかった。歌に対する情熱が散漫なのだ。曲作りに身が入らないのもそのせいかもしれない。

 あ、そっじゃないわよと深雪はカリカリする。

 我関せずとスカッシュ片手に居間へ向かって楽譜の前に座ると、宏一はギターを爪弾きだした。ポーズとしてやっているだけである。

 そっと後を追うように深雪もやってきた。そして真っ白な楽譜を眺めて、

「ずいぶん進んでいるようね」

 と嫌みを言う。

「次のライブは一週間後よ。間に合わないんじゃない?」

「てめぇにゃ関係ねぇだろ!」

 振り返りざまきつい口調で返した。うまくいかないイライラをそんな形で発散してしまって、宏一は少し悔いた。

 肩をすくめた少女はいそいそと居間を出ていく。冷蔵庫の前まできたとき、彼がスカッシュを飲んでいたことを思い出した。ここまで駆けてきたこともあり、ちょうど喉が乾いていたところだ。

「スカッシュもらうね」

 返事は聞こえない。代わりにギターの音色がする。冷蔵庫を開けてスカッシュを取り、流しに置かれているストローを一本抜いて封を開いた。

(新曲は無理かな?)

 飲み干した後、近くにあったゴミ箱に空きケースを投げ込むと、

「これから将人さんとデートなの」

 といって彼女はドアから出ていった。

「何がしたかったんだ、あいつぁ」

 あきらめにも似た声をあげる。宏一は楽譜に向き直ってひたすらギターをかき鳴らした。



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